第5話 ヤバいかもしれない

「――で、成哉。お前は今日も愛妻弁当?」


「……。……別に愛妻ってわけじゃねーよ。渡されたからもらっただけだし、もらったから食べてるだけだ」


 灯璃を介抱した翌日の昼休み。


 俺はその日も渡された手作り弁当を食べながら、いつも通り雄太と共に駄弁っていた。


「それにしても、今日はお袋さんの作ってくれたやつと合わせて二つかよ。食いきれんのか、それ?」


「なんとかな。一応今日も灯璃が俺に弁当をくれるってのは予想できたから、お袋には少なめに作ってくれるよう頼んどいた。だからいける。見てみろ」


 言って、俺はお袋の作ってくれた少なめの弁当を開き、雄太に見せてやる。


「ふんふん。確かにこっちは少なめか……。……けど、なんかムカつくな。灯璃ちゃんにもらえるのわかってたとか、なんか惚気られてるみたいだわ」


「ばか。そんなんじゃないっつの」


「昨日はあんなに毒が入ってるかもとか疑ってたのに、今日はバクバクいってるしよー。あー、俺も灯璃ちゃんみたいな可愛い子が幼馴染として欲しかったぁぁぁ~」


 まるで聞き耳を持ってくれない雄太。


 まあでも、弁当は見た目自体普通だし、こうした反応をするのも仕方ない。


 本当は灯璃が俺に送り付けてるとんでもないものなのにな……。


「あー、くそっ! もう耐えられん! 成哉、その灯璃ちゃんの作った卵焼き、俺にも食わせろ!」


 言って、雄太は俺の弁当箱に自分の箸を突っ込んできた。


「ば、ばかっ、やめろっ!」


「うるせ! たとえ親友とはいえど、目の前でリア充がいれば邪魔すべしってのが俺の信条なんだ! よこせっ!」


「ちょ、マジバカなこと言うなよ雄太! 戻ってこれなくなるぞ!」


 少々大きめな声で拒否すると、雄太は怪しみのこもった目をこっちに向け、動きを止めた。


「どういうことだよ? 戻ってこれなくなるって?」


「――! あ、い、いや、別になんでも……」


「なんだよそれ! 意味わからんことを言うな! ちくしょう! ちくしょうっ!」


「だからやめろって! 落ち着け、これはお前の思ってるような甘いラブラブ弁当なんかじゃない!」


「嘘つくんじゃねえよ! そのおにぎりとか、どう見てもハートの形じゃねえか! 舐めてっとぶっ飛ばすぞ!?」


「いやガチ泣き!? ちょ、頼むから信じてくれって! マジでこれはそんなんじゃないんだって!」


「黙れ黙れ! お前だけはチェリーフレンドだって俺信じてたのに! 許さん! 覚悟しろ成哉!」


「話を聞けえええ!」


 止まらない雄太からの箸連撃をなんとか避けつつ、俺は叫ぶのだった。


 けど、この弁当は言葉通り本当にラブラブな愛妻弁当とかじゃない。


 下手をすれば俺を殺しかねない、とんでもないものだった。


 昨日の夜、先輩に話を付けてよかったって心の底から思うよ……。



 時は少しばかり巻き戻り、昨日の夜。灯璃と別れてから。


 どうにも腑に落ちない灯璃の様子と、拾った紙切れのこともあり、俺は家に帰ってからずっと悶々としていた。


『惚れ薬って……あいつまさか、今日渡してくれた弁当にそれを混ぜたのか?』

『じゃないといきなり弁当を渡すなんてことしないと思うし……』

『けど、あの灯璃がそんなことするとも思えない。だって、今まで振り返ってみても仲が良かったってわけじゃないし、今さらすぎるだろ……』

『じゃあ、あいつが自分で服用したとかか……? 弁当くれたのはその薬のせいで俺に惚れたから……?』

『いやいや、なんで薬使ってまで俺に惚れるような真似をする。さすがにいい方向に考えすぎだ。冷静になれよ』


 考え続けたのはこんなこと。


 何の目的もなく《惚れ薬EX》とか灯璃が持つはずないし、俺に弁当を作ってくれるとか、マジで不自然。


 けど、それを都合よく解釈するのもまたどうかと思う。俺と灯璃は幼馴染だけど、小さい時からそこまで仲が良かったとは言えなかった。


 あいつ、誰かに脅されたりとかしてるんじゃ……? 薬の密売人に騙されたとか……?


 心配し始めると気が気じゃなくなる。


 少しでも何か手掛かりが掴めないかと思い、気付けば俺は電話をかけていた。


 灯璃――ではなく、薬についてよく知っている一人の先輩に。


「あ、もしもし」


『おぉ、どうしたんだい? 珍しいじゃないか。成哉君がアタシに電話をかけてくるなんて』


「……できることならかけたくなかったんですけどね……。ちと、中津川先輩にお聞きしたいことがありまして」


『っはは! 相変わらずひどいな君は~。中学時代、科学部で愛を語り合った仲だっていうのに』


「そういう根も葉もない嘘をブッ込んでくれなくていいですから。愛なんて語り合ってませんから。だいたい俺科学部に入ってたわけじゃないし、先輩に無理やり付き合わされてただけだし」


『なるほど。認知しないというわけだ。でも、アタシの体には未だにしっかり刻み込まれてるよ? 下腹部に、君のぬくもりがね……』


「だからそういう不穏な発言はやめてくださいってば! 何もしてないからね俺!? 断じて!」


『あははは! わかったよ、パパ』


「だからやめれぇ!」


――中津川奈切(なかつがわなきり)。


 電話相手であるこの人は、俺より一つ年上の先輩であり、中学時代からの顔なじみだ。


 頭脳明晰すぎることと、常に白衣を身に付けている美しい外見から、俺の通っていた中学では《科学姫》なんて二つ名で呼ばれ、みんなから憧れのまなざしを受けてたような人だ。


 そんな人なんだけど、いざこうして絡みが深まっていくと、非常に残念な人だったということがよくわかった。


 とにかくとんでもない冗談をよく言うし、何かと面倒ごとに巻き込んでくるから、できれば絡みたくない人なのだが……、こういう状況だ。仕方ない。


 「はぁ」とため息を一つつき、話を本題に戻す。


「もう、ちょっとそういう疲れる冗談はなしでお願いします。割とヤバいかもしれないことに今俺巻き込まれてるんで……」


『ん? ヤバいこと? どうしたんだい?』


「灯璃のことなんですけどね」


 俺は一から細かくことのあらましを先輩に話すのだった。

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