第4話 ワタシ、ソンナノシラナイ

 河川敷公園から、灯璃の家まではそこまで遠くない。


それが功を奏し、俺は長い時間を掛けずに家まで到着することができた。


 できたのだが、問題はここからだった。


「っ! く、くそっ……! マジか……!」


 家のインターフォンを鳴らすも、灯璃のパパさんやママさんが中から反応してくれることはない。


 加えて家の鍵も見事なまでに閉まっている。


 俺はその場で思わず頭を抱えてしまった。


 パパさんは仕事だということもあり、そもそも出てくれることを期待してはいなかったのだが、専業主婦をしてる灯璃のママさんなら出てくれるんじゃないかと思っていた。


 が、ママさんは夕方、この時間帯になるといつもスーパーへ買い出しに行く習慣があったことを思い出す。


 今から電話で呼び出したりしてても時間がかかるだろうし、灯璃は家の鍵を持ってるかもだけど、どこにそれを忍ばせてるかわからない。チェックするために体を探るのもヤバすぎる。


 だったらもう、取れる選択はこれくらいしかないだろう。仕方ない。


 俺は諦め、灯璃の家から自分の家を目指すのだった。



「灯璃、大丈夫か?」


「うぅ…………」


「まだ気持ち悪いか? 熱は……さっきよりも下がってきてるみたいだな……」


「……ふぇ……なり……くん……?」


「……ちょいその呼ばれ方恥ずかしいんだけど……、まあいいや。気が付いた?」


「……なり君……ここ……どこ……?」


「俺んち。先にお前んちに行ってみたんだけど、パパさんもママさんもいないし、家の鍵も開いてなかったからこっちに連れて来た。だいぶ具合悪そうだったから、一刻も早くってことでな」


「……なり君……ち……?」


「うん」


「………………へ? なり君ち……!?」


「そうだよ」


 俺がそう言った瞬間だ。


 ベッドの上で寝ていた灯璃がすごい勢いで上体を起こす。


 さっきまでの具合の悪さなどどこ吹く風といった具合だった。


「お、おい、大丈夫かよいきな――」


「なり君っ!」


「は、はいっ!」


 有無を言わさぬ早さで名前を呼ばれ、俺は気付けば頓狂な声を上げて返事をしていた。


 灯璃はまたしても顔を朱に染め上げ、涙目になっている。


「い、いいいいきなりすぎるよこんなのっ! なんで!? どうして!? こういうことって、もっとお付き合いして、段階を踏んでからだよね!?」


「ちょっと待ってなんか勘違いしてない!?」


「勘違いも何もないよぉ! なり君のバカぁ! 私、初めてだったのにぃ!」


「俺だって初めてだよ! ……ってそうじゃなくてぇ!」


 何を張り合ってんだ俺は!


 混乱して訳の分からないことを口走っていた。そんなことを言ったら肯定してるようなもんじゃないか。


「と、とにかくだけど、俺は何もしてないから! 灯璃の具合も悪そうだったし、一刻も早く寝かせてあげないとって思っただけだから!」


 必死の弁解をすると、灯璃は涙目の状態で黙り込み、もぞもぞと布団の中に潜りだした。


 そこから赤いままの顔を少しだけ出し、俺と目を合わせずに問うてくる。


「……ほんと?」


「ほんとほんと」


「……天に誓って?」


「天に誓って」


「……じゃあ……なり君は……何歳で初めてをしたい……?」


「それは……って、えぇ!? 何その質問!? 灯璃ほんとにどうしたんだ!?」


 驚きと恥ずかしさのあまり、つい俺が声を大きくして問い返すと、灯璃もこれまた恥ずかしくなったのか、自爆するみたいにしてボンとさらに赤くなった。


 それを隠すかのごとく、また布団にゴソゴソ潜り込む。真っ赤な耳が見えてはいるのだが……。


「だ……だって……そんなの……私も希望に合わせて頑張んなきゃ……だし……」


「な、な、なんて? 今なんて言った?」


「っ~! な、何でもないっ! なり君のエッチ!」


「うぇぇっ!?」


 意味不明だ……。


 やっぱり、完全にいつもの灯璃じゃなくなってる。


 風邪とかで頭がおかしくなるって聞いたこともあるし、これは真剣にマズい。早いとこママさんに電話しないと……。


 なんてことを冷や汗交じりに考えている時だ。


 ふと、さっき灯璃のスカートのポケットから落ちた紙切れのことを思い出した。


「そういやさ、灯璃」


「……なに?」


「さっき灯璃のポケットからこんなものが落ちて、ちょっと気になってたんだ」


 言って、俺は拾った紙切れを見せた。


 すると――


「っっっっっっっっっっ!?!?!?」


 驚きのあまり、ガチンと固まる灯璃。


 心なしか石化してるようにも見えるんだけど、錯覚か……? まあいいや。


「『惚れ薬EX。これを使えば大好きなあの人もたちまちあなたに振り向くはずよん。今までそっけなかったボーイだって血眼になってあなたを襲おうとし始めるわ☆』……って書いてあるんだけど、これ、灯璃まさか――」


「シラナイヨ!」


「……え?」


「ワタシ、ソンナノシラナイ!」


「……えぇ?」


 いきなりカタコトになる灯璃。


 よくわからないが、どうも怪しい。何か俺に隠してる気がする。


「お前、まさかだけどこれ誰かに使おうとしてるのか? 惚れ薬ってやつ」


「ワタシ、ソンナノシラナイ!」


「知らないって、でもこれ灯璃のポケットから――」


「ワタシ、ソンナノシラナイ!」


「………………」


 ダメだ。壊れたロボットみたいになってしまった。


 以降も灯璃はその日、俺が何を聞いても「ソンナノシラナイ」と連呼するだけだった。


 完全に謎だが、体調が悪いと人はこうも壊れてしまうのだということがよくわかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る