チートも、超能力も、勇気も、隠された過去も、隠れた力も、運命も、なにも持ち合わせていない主人公が白髪美少女とラブコメを謳歌するようになるまで

@yuyu0218

チートも、超能力も、勇気も、隠された過去も、隠れた力も、運命も、なにも持ち合わせていない主人公が白髪美少女とラブコメを謳歌するようになるまで

桜があまりにも綺麗に散るものですから。


 そこに立つ君の姿が、あまりにも遠くに見えたものですから。


 この次元に存在していいものなのかと、思ってしまったのですから。


 ですから、僕は恋を始めたのだと思います










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 ツイッターで知り合った瀬川君は、初対面でも失礼な奴だった気がする。アイコンは去年の覇権アニメのヤンデレヒロインだったと覚えている。黒髪の清楚系な感じのキャラで、語尾に「ですの」を付けたアニオタに媚び媚びの典型的な属性大盛り系ヒロインである。だからといって、別に嫌いというわけでもない。なんなら大好物ともいえる。というか、なんどかお世話になりました。何がとは言わないけれど。




 なにはともあれ、瀬川君は本当に失礼な奴だった。まだフォローもしてない僕に意味の分からない下ネタを送ってくるくらいには失礼だった。いや、失礼すぎるだろ、瀬川。今思い出しても、当時の驚愕が蘇ってくるようだ。




 瀬川君は話せば話すほどに、意味不明さを増していった。驚くほどの速さで送られてくる下ネタは過激さを増していったし、ある時は写真でそういう画像が送られてくることさえあった。さすがにこれは不味いですよと思いながらも、一発致した。致してしまった。いや、別に何を致してしまったかということは明言しないけれど。




 しかし、いや当然ということなのかもしれなかった。なぜか僕と瀬川君は波長が合ってしまったのだ。彼の下ネタは確かに、一般人の枠を超えていたけれど僕もまたそれに対して適応できる逸材であったのだ。




 簡単な話、類が友を呼んだのだ。非常に残念、まことに遺憾の意を示したい。瀬川君の下ネタにすこしずつ適応していった僕は、徐々に自らの頭脳で下ネタについて考えることを始めていた。朱に交われば朱に染まるというけれど、まさに僕はその通りだった。




 僕のキモ度指数は驚くほどの速さで進行していった。世界がピンクに染まっていくのを感じられた。しかし、だからと言って僕は負けているというわけでもなかった。いや、正確に言うのならば、僕のアニオタ精神がといった方が正しいかもしれない。瀬川君は、アイコンにアニメのヒロインを採用するほどには、オタクであったが、だからといって彼はサブカル文明にどっぷりその身を沈めているというほどでもなかったのだ。これもまた、正確に言えばサブカル沼の端に立つ常識の柱に彼はまだ捕まっていたのであった。




 しかし、僕もまたツワモノであった。伊達に毎シーズン30クールをノルマとして、日々を送ってきたわけではないのだ。思い返せば、僕の人生はアニメーションとの遭遇から始まったとさえいえるほどであった。幸か不幸か、当時五歳だった僕をプリキュアの力はサブカルへといざなったのであった。だって、こんなにプリキュアのおにゃのこ達は可愛いのだ。仕方あるまい、仕方あるまい。プリキュアはすごいし、可愛いのである。あと、えっちい。




 僕の初めての精通もまた、プリプリのキュアキュアを見た時であった。僕が始めて見た戦士たちの五代後の戦士たちのえちえちも、また同様に限界突破していた。そんな訳で、僕はこの身に溢れるほどのオタクパワーを日々、瀬川君に染み込ませていった。変化は徐々に表れていった。はじめは深夜アニメを見始めるようになったことからであった。そこから、彼の趣味は声優の方々へと移行していき、そして僕もまだ完全に捜索の手が及んでいるわけではない二次創作の世界へと広がっていった。




 ちなみに、僕はそこまで二次創作に興味があるわけではない。まあ、好きになった作品のやつは見るかなくらいである。本題に立ち返って見ると、ここで僕はあまりにも強大な力と力の遭遇を見てしまったような気がする。




 世界が恐怖し、火山は噴火し、第三次世界大戦が開始される。それに比する勢いの世紀の大事件である。アニメオタクとキモ下ネタ変態が合体したのであった。恐怖。狂気。震撼。ノストラダムスが現在生きていたならば、カップラーメンができる時間で三十回は予言を世界に発表したことだろう。




 オタクっぽいキモさと、下品なことへのキモさという別ベクトルへのキモさたちがここで足並みを揃えてきたのであった。そして今振り返ってみても、僕たちの現実世界での出会いはまるでドラマみたいだったなと思う。なにせ僕たちは、ツイッターの中でしか知らなかったし、実際の顔すら見たことはなかったのだ。




 ドラマといっても、決して感動系と評されるようなものではないし、むしろ、いや確実にコメディと呼ばれるものには違いないだろうけど。なにせ、僕たちは実は同じ学校、同じ学年、同じクラス、それも右前、左後ろ、というあまりにも近い距離で生活していたのだから。




 ツイッターでバカみたいな、やり取りをかわし、お互いを慰みあっていたような二次元を生きる僕たちが三次元の限りなく近い座標で出会った。これだけみれば、運命であった。しかし、やはりここで僕たちの奇跡の出会いを汚したのは、自らの咎であったのだ。




 僕らは、現実ではしがない高校に通う、やはりしがない学生であった。当然である。アニメ的な、劇的な設定を持つものは決してアニメになどはまらない物なのだ。僕たちは、付け加えるならば、いわゆる暗めの、つまり陰キャとあちこちでささやかれる人種でもあった。




 朝起きて、学校に到着する。友達はいない。いや、瀬川君には少しいたようだが、しかしそれもあまり仲が良いといえるほどではなかったようだ。席に座る。黙ってスマホをいじくる。授業をうける。家に帰る。これが、簡単にまとめると僕たちの日常だった。




 平凡で、憂鬱で、暗めの僕らの日常であったのだ。楽しいイベントは存在しないし、可愛い幼馴染はもちろんいない。学級委員長は普通に不真面目だし、そもそも男。なんなら、生徒会長はなんだか明るそうなイケメンだったが、陰で人を悪く言うようないわゆる怖いカースト主義者であった。先生は、ときたまなぜかよくわからないけれど怒鳴るし、なんだかよく分からないけれど青春ラブコメが行われそうな女の子いっぱい、みんな優しい、みたいな部活は存在しなかった。普通に、どの部活もどろどろしているみたいだったし、カーストがのさばっているようでもあった。




 まあ、この話もうわさで回ってきたものだったけれど。しかも、その噂も人づてに聞いたものだったけれど。しかし、もしかしたら僕の目には見えないけれど僕たちの学校のどこかにもラブコメや青春はあるのかもしれなかった。




 僕のところには来ないかもしれないけれど、あるのかもしれなかったのだ。まあ、でもそれは無いと同意義なのかもしれないなと思った。存在するけれど、僕には見えないし、そこにたどり着くような、ステータスも、魅力もないのが僕であったのだ。




 まあ、そんな暗い話はさておき、結局のところ僕たちツイッター変態集団がであったのは修学旅行の班決めの時であった。まあ、よくあるあれである。




 クラスで班分けを行います。二人ずつ、班を組んでください。その一言でクラスは若干ぎくしゃくしながらも、和気あいあいと思い思いの人とペアを組んでいく。思い思いの人なんていなかった悲しき孤高の人間が二人。こんなところである。




 班を組んで少し経って、人見知りながらもなんとかお互い話を始めた。話はじめて、すこし経ってみれば、僕たちはまるで何年も付き添った親友のようであった。二人とも、あまり面白い話し方というものは知らなかったけれど、お互いの空気感がマッチしたのだ。そして、さあツイッターを交換しようというときに僕たちは改めて出会ったのであった。




 そこからの僕たちの生活は、なんだか楽しいものだった。なにせ、訳のわからないクラスの雰囲気に合わせなくてもよくなったのだ。一人であれば、辛さが僕たちを責め立ててくるようだったけれど、二人ならそんな辛さは超えていけるような気がした。僕は生まれて初めて心の底から、親友と呼べる存在を見つけたのであった。




 そんな訳で、僕らは今日も屋上に上がった。なぜならば、昼休みに屋上に上がるなんて、僕らにとってはアニメの中で見たかっこいいイベントみたいに感じられたからだ。




「お前はさ、アニメでいたらどんなキャラクターなんだろうな」




 二人で、青空を見上げながら瀬川君は唐突にこういった。彼はツイッターではあんなに、下ネタ好きではあったけれど、しかしどこかロマンチストなところがあった。けれど、僕も僕でロマンチストだったので、彼とそういう会話をするのは結構好きだった




「うーん、どうなんだろうね。今まで、考えたこともなかったよ」




 僕は、空を流れるソフトクリームみたいな雲を見つめて、昨日母さんが買ってきてくれたちょっと高めのアイスを思い浮かべた。




「だよな、結構難しいよなあ。ていうのはさ、一昨日に何があったかは知らんが、妹がふいに聞いてきてなあ。それから、俺も悩んでいるんだよ。」




 瀬川君は、そういって隣においてあった水筒に口を付けた。確か、彼の妹は今小学何年生かだったことを覚えている。それくらいの年なら、そういう疑問がわくのも当然と言えた。




 僕はしばらく頭をひねって、そしてまた空の青さに目を向けながらも、彼に答えた。




「瀬川君は、きっと主人公かもね。ほら、小さい頃に結婚を約束した恋人がいるとか何とか言っていたじゃないか。それに、人生楽しそうだし」




 それは先週くらいに彼に聞いた話だった。彼には驚くべきことに結婚を約束した幼馴染がいるのだ。聞いた限りによると、彼の幼馴染は、親の都合とか何とかの理由で、この街を離れてしまったらしいけれど、僕はその話を聞いて、しかしその幼馴染はきっと瀬川君のことを覚えているんだろうなと思っていた。なんたって、瀬川君とはずっと話しているけれど、彼は優しいし、理不尽に人を嫌ったり、貶したりということはないのである。そんなところも彼は主人公っぽいなと僕は思っていた。




「なあ、お前はいつもいつも俺のことを主人公っぽいだのなんだの言うけれど。俺なんて、あれだよ。暗いし、どっかで人のことを見下してる節があるし、重度のツイッタラーだしで、良いとこなしだぞ?」




 彼はそう言って、頭はこそばゆいように搔きむしった。それは、彼が褒められたときに行う癖のようなものだった。しかし、そんな自分に対してどこか一歩距離を置いて眺められるところも、なんだか僕には彼の長所のように感じられた。




 彼は、もう一度水筒の水を飲んで、僕をじっと真剣に見つめた。




「俺はさ、お前がもっと自信を持てばいいと思うんだよ。だって、お前口を開けば俺のことをほめるか、自分のことを貶すかでさ。もっと、俺まで行きすぎたらだめだけど、自分を持った方がよくねえか?ほら、アニメの事しゃべってるときみたいに」




 いつになく真剣な表情だったので、僕は彼が僕のことを思って言ってくれているのだと切実に感じた。両親も、なにかにつけて僕に「もっと自分を持ちなさい」ということが多かった。だが、僕には自分というものがよく分からなかったのだ。




「分かんないんだよね、自分がなにがしたいとかさ。ほら、瀬川君はこれがしたいとか、あれがしたいってちゃんと意思を持ててる感じがするけどさ。僕にはないんだよ。そういうのは。人がやりたいって思ってくれることをやった方がさ、なんだか楽な気がしない?」




 僕はよく分からない気持ち悪い微笑を口に形作った。自分でも、なよなよしたことを言っているなあという気がした。こんな感じだから、僕はこんな僕なのだ。




「初めの質問の話なんだけどさ。俺は、お前はきっとこの質問に答えを出せないような気がしたんだ。だから、お前にも質問を投げかけたんだよ」




「お前はさ、きっとどこか悲観主義なところがあるんだ。自分を一つ下に見てるっていうかさ、何と言うか、自分を舞台から降ろしてみてるっていう感じがするんだよ」




 そういわれて、僕は納得した。自分の精神状態を綺麗に説明されたような気がしたのだ。




「確かに、俺らは学園ラブコメでいえばゴミダメみたいなもんだしさ。なんなら、アニメにはならないような暗い人間かもしれないけどさ。でも、こんな俺達でも夢を見ることくらいはできるんじゃないかとふと思うんだよな。」




 彼は自分が言うことに、恥ずかしさを覚えたのかすこし顔を赤らめていた。彼の目は小さな子供のころに見たヒーローの輝く瞳に似ていた。




「僕は、きっとダメなんだ。瀬川君みたいにはいかないよ。どうしてもさ、自分なんかがっていう感じがするんだ。」




 僕は、そういって少し息をのみこんだ。なんだか、自分の気持ちがあふれそうな感じがしたのだ。




「最近、思うことがあるんだけどね。きっとアニメみたいな展開ってのは、来るべきものに来るっていう感じがするんだ。主人公は主人公であるがゆえに、ヒーローになれるのであって。ヒロインは、ヒロインであるがゆえに、ヒーローに巡り合えるのであって。つまり、きっと世界は僕みたいな人間にキャスティングを回さないってことだと思うんだ。」




「だって、僕、こんなんだし」




 瀬川君はそう言い切った僕を見て、なんだか悲しそう顔をした。そして、少し考えて何か決意を固めたような顔をした。




「じゃあ、まだなのかもしれないな。きっと、お前が自分の意志みたいなものを持つときは必ず来るんだ。だから、その時でいっかな。俺は、そのとき全力でお前の背中を押してあげたいんだ。」




 彼は、また頭を掻きむしると、ごろんと屋上の空気を吸い込んだ。それから、僕たち二人はまたバカみたいな話を始めるのであった。




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 僕と瀬川君が初めて出会ってから、一年半が過ぎた。僕らはあいかわらず、サブカルチックな日常を流れるままに過ごしていた。いや、僕らはというよりも僕はといった方が正しいかもしれない。




 瀬川君には、彼女ができた。金髪の、背が低い綺麗な女性だ。名前は柳川奏さん。これもまた、驚くべきことに彼女は例の昔、生き別れた結婚を約束した幼馴染さんだというのだ。瀬川君に似て優しい女性で、瀬川君と彼女のカップルは学校でも有名な関係であった。瀬川君は、いつも否定するけれどやっぱり彼は主人公なんだと僕は心底思ったものだった。




 瀬川君と柳沢さんが付き合うまでにも、様々なドラマがあったらしいけれど、ここでは割愛したい。とにかく、瀬川君は喜ばしいことにいわゆる人生を謳歌するものになったわけである。あのころ、バカみたいな夢を語っていた僕らだったけれど、瀬川君は先に夢を叶えたということのなる。そこに、少々の寂しさを感じなかったといえばウソになる。しかし、僕の中では瀬川君を祝福する気持ちの方がずっと大きかった。おめでとう、瀬川君。きっと君は舞台に上がるべき人だったんだよ。




 そんな訳で、僕は今日も一人、帰り道を進むのであった。三年生になった僕らの前には、受験という大きな壁が立ちふさがっていた。瀬川君は、ようやっと再会できた彼女と同じ大学に行きたいらしく最近はずっと彼女と二人の合同勉強会に忙しかった。彼は幾度か僕をその会に誘ってくれたけれど、さすがの僕も、二人の愛を邪魔することはできないとその度に断った。彼とはクラスを異なってしまったから、僕らはここ一週間ほど話していなかった。




 街路時に咲いた散り始めた桜を眺めて考えた。やはり、人はあるべきところ、与えられたドラマによって違っているのだ。瀬川君や柳川さんには、そういうドラマが用意されていたのであって、僕には用意されていなかったという話。それだけのことで、別に彼らが悪いわけでは決してないのだ。




 一度、道が近づいてしまったから勘違いしてしまったけれど、これが本来の僕らのあるべきところなのだ。なんて、そんなことを考えていても不要なことなのだ。納得して前に進むしかない。あるいは、停滞し続けるしかないのだ。僕は息を大きく吸い込んで、あるく速さを少しだけ上げた。




 ふと気づくと、近所では有名な桜の名所のそばまでたどり着いた。小さな池の周りには、煌びやかな桜たちが自らの美しさを誇っていた。僕は池の右岸に置かれたベンチに座って、この綺麗な光景をできる限り楽しもうと決意した。しかし、ぽつぽつと降り続ける美しい雨を眺めていると、なんだか瞼が落ちていくのが感じられた。最近、夜遅くまで勉強していることも多くなったか、ら―――――




「 ――さい。―――きてください。ねえ、起きてください」




 目を開ける。なんだか、ずいぶん寝てしまったような気がする。




「目、覚まされましたか?ほら、もう十時半になっちゃってますよ。このままだと、補導されちゃいます。」




 前を向くと、そこには女神がいた。髪は真っ白で、肌も真っ白で、神聖な気配が周りを囲んでいるようだった。僕は眠った間に、天国への扉を開いてしまったのだと考えた。まあ、悪くはないが、良くもない人生だったなあ。でも、まあ今考えると悪くはないか。死んだあととは言っても、こんな人に、いや神に目を覚まされる栄誉を頂くけたのだから。




「あの、大丈夫ですか。ぐっすり、寝ていらっしゃるように見えたんですけれど。実は、苦しかったりしますか?ああ、どうしよう。お医者さんを呼んだ方が、いいのかしら。」




 女神様は、次第にそわそわし始めた。一体、何を困惑しているのだろうか。




「分かりました。声が出せない状態なんですね?で、電話をします。お医者様に電話をします。」




 女神様はあたふたとしながら、ポケットから電話を取り出した。神様達も案外、科学技術を使ったりするのだろうか。なんだか、思っていたのとは違う気がする。僕はなんだかおかしくなって、神様に話しかけることにした。




「か、か、神様達も電話を使われるんですね。び、ビックリしました。」




 これまで、というか前世では女性に話しかけられるような人生を送ってこなかったこともあって、なんだか口がごもごもとしてしまった。だが、普段であれば、話しかけることすらできなかったので、一度死んだことでそこは少し改善したということなのだろうか。バカは死んでも治らないというけれど、コミュニケーション能力はすこし治ったわけだ。まあ、あまりにも相手が神々しすぎるが故かもしれないけれど。いや、たぶんそうだろう。




「神様?神様ですか?どこに神様がいらっしゃるんですか?」




 神様は不思議そうに、首を傾げた。そしてぽんと手を叩いて納得したような顔をした。




「きっと混乱されているんですね。ここは池のベンチで、今はもう真夜中であなたはずっとここにいたのですよ?」




 そう言われて、なんだか急に恥ずかしさが増してきた。もしかしてここは普通に現実で、神様みたいな女の子は普通に、というか普通じゃないほどに綺麗な人間であるのかもしれない。いや、彼女の口ぶりと冷静に見渡した周りの状況的にそうであるのは確実なのだ。




「す、すいません。な、なんていったらいいか。まさか、こんなに寝ちゃうだなんて思ってもみなかったものですから。」




 僕は、自分の顔がどんどんと熱くなってくるのを感じた。もう女の子の顔なんて見れたものではなかった。そして、自分のもごもごさがどんどんと増していくのも感じられた。なさけなし。なさけない、自分。しかし、こんな神様みたいな女性が現実に存在するんだ。うわあ、ビックリしちゃうなあ。




「もう、十一時になっちゃいますよ。帰らないとお巡りさんに逮捕されてしまいます。私も、あなたも交番でお茶することになってしまいますよ。」




 女の子は、そういった後になんだかにこにこと笑った。こんな夜なのに、そこには太陽が下りてきたかのようだった。




「あ、あ、あ、ありがとうございました。ぼ、僕を起こしてくれて。」




 緊張のあまり、言葉が壊れた機械みたいになってしまった。でも、きっと彼女は随分と長い間、僕を起こそうとしてくれたのだ。こんな時間に、自分の時間を使ってまで。




「いえいえ、お礼を言っていただくほどではありません。今日は夜のお散歩をしてたところだったのです。帰り際、なんだか暇でしたから少し楽しかったのですよ。」




 そんな風に言われて、僕はなんだか心が洗われるようだった。女子に、というか人に優しくされるなんて、瀬川君を除けば久しぶりだった。


 そして女の子はまたにっこりと笑って、僕の前に手を差し出してきた。




「ほら、一緒に帰りましょう?出来れば、私の話し相手になってほしいのです。」




 僕は、差し出された手に恐る恐る掴まって立ち上がった。陶磁器みたいな手だった。白くて、可憐でお日様の香りがすっと香った。




「は、話し相手ですか?ぼ、僕なんてそのつまらない人間ですから。あまりお話しする話題なんて持ち合わせていませんよ」




 そうだ。一体こんな僕とかけ離れたような女性と、何を話すことが出来るというのだろうか。僕は最近、ネットで習得した下ネタの一発芸を思い出した。というか、なぜこんな時に下ネタを思い出すのだ。僕はどういう人格なんだ。




「いえいえ、だって貴方、可愛いアニメのストラップを付けていらっしゃるではないですか。私、あまりアニメには詳しくなくて、一度だれかに聞いてみたかったのです。」




 僕は、彼女の言葉に地面に置かれたカバンに視線を落とした。赤髪の女の子が書かれたストラップがゆらゆらと揺れている。確か、このストラップは半年前くらいに瀬川君と映画を見に行って購入したものであるはずだった。僕はその映画に今でも思い出せるほどに感動して、原作から何から全て見直すほどに入り込んでしまったのだ。




「あ、アニメですか?確かに人並みには見ていますけれど、そ、そんなに詳しいわけではないですよ?」




 なんだか、変な意地を張ってしまった。僕は人並みというか自分の高校ではアニメに関しては負けるものなど、ほとんどいないと自負していたし、もしいたとしてもそれは瀬川君であると考えていた。もちろん、アニメに関しては論文をかけるのではないかというくらいには詳しい。僕のただ一つの人に自慢できることだ。まあ、実際に論文を書けと言われても、何を書けばいいのかわからなくなってしまうけれど。




「でしたら、そのアニメキャラクターのことだけでも教えていただけませんか。なんだか可愛くて、何度も目で追ってしまったのです。」




 そう言われると、変な気概みたいなものがわいてきて「では、教えて進ぜよう。むはははっは、このアニメ博士に任せんしゃい」なんて心の声が聞こえてくるようだった。




「じゃ、じゃあ僕の知っている限りですけれど。お話しできることがあれば、よろしくお願いします。」




「はい、お願いします」




 そんな風にお互い言ってから、僕たちはちょっと微笑んだ。好きなアニメの話だったからか、相手の女の子が優しそうだったからかわからなかったが、僕の口はなんだかいつもよりも滑らかに動くみたいで、僕たちは桜並木の街路樹を話しながら、帰路を進んだのであった。




 桜並木の終わりに差し掛かった。彼女はここの近くに家があるらしく、ここで終わりという流れとなった。僕たちの、なんだか突発的なお話し会は結構盛り上がって、話は赤い髪のキャラクターの話から僕がどの高校に通っているか、瀬川君という友達について、女の子の友達の話という風に膨らんでいった。僕は人と話すのはこんなに楽しいことなのだと、すこしビックリしていた。知らない異性との会話なんて、それこそ初めてに近かったけれど、彼女と話していると自分が自分でないみたいに優しい気持ちになっていくのだ。僕は、彼女は実は地上に降りてきた神様なのではないかと改めて疑いたくなった。




「今日はとっても楽しかったです。私、こんなに男の方と話すことなんて今までありませんでしたし、最初も少し緊張していたんですけれど。なんだか初めて話したとは思えないほど、話し込んでしまいましたね。」




 彼女は、そう言ってまたはにかんだ。少しの間話して分かったことだけれど、彼女はよく笑う子だった。きっといつも笑っているから、こんなにも心が綺麗なんだと思って僕は少し納得した。




「ぼ、僕もです。あの、改めて有難うございました。僕を起こしてくださって」




 僕は深々と頭を下げた。もちろん、起こしてくれたことも有難かったけれど、こんな僕と会話してくれたこととか、一緒に帰ってくれたこことか、そういったことたちも全て有難く思えたのだ。




「いえいえ、私こそ本当に有難うございました。私、実は、今日のお散歩は不安を紛らわすために始めたんです。」




「私、近々ここに引っ越してくる予定なんです。今はお父さんがホテルを借りてくださっているんですけれど、あと少ししたら住む家を変えようという話になっていて。親しかった友達の皆さんとも離れ離れになってしまうから、寂しくて寂しくて。新しくちゃんとやっていけるのかも不安で。」




 彼女は言葉を軽やかに紡ぎながら、また太陽みたいに笑った。




「だけど、今日あなたと話して、なんだか大丈夫な気がしてきました。だって、きっとこの町に住む人もいい方ばかりのような気がするんです。そう優しいあなたを見ていると感じるんです。」




 僕はその時、何と返せばいいのかわからなくなった。彼女の優しさに心を打たれた気がしたのだ。




「では、また。改めて有難うございました。本当に今日は楽しかったです」




 彼女はそう言って何度も手を振りながら去っていった。僕はその姿が消えても、なんだか彼女の太陽のような笑顔が頭の中心から退いてくれないのを感じた。なんて綺麗で桜が似合う人だろうとも思った。随分長く呆けた後、僕は少しずつ自分の頬の赤みを確かめていった。そしてその赤みがいつまでたっても消えないと実感したときに、これはどうしようもないなと思った。










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 あの夜からひと月ほどが経った後、僕たちの学校には空前絶後の衝撃が走った。それは突然のことで、事件が発生した僕のクラスにまでも驚くべきスピードで伝達したのであった。また、ありえないような噂までもがその衝撃に追随していた。




 噂の大筋はこうである。3ー2に天使が降臨した。天使は可憐で優しく賢く、そして天使であったのだ。最後の方は、天使は天使であるなんて何を当たり前のことを言っているのかと思ったが、しかしそんなにすごい人が表れたのかと思って僕は内心ワクワクしていた。だって学校のアイドルなんて、それこそアニメみたいだなと思ったからだ。




 確か、3-2は瀬川君が所属しているクラスで、僕とは地理的に遠くかけ離れたような場所にあるはずだった。まあ、直接は関係することはないだろうけれど、一度くらいはお目にかかりたいなと思った。何か、ラブロマンスみたいなものに発展するなんて夢にも思わないけれど、しかしモブのうち一人としてその姿だけでも確認したい。あわよくば、サインももらいたいなと思った。それだけだった。


 しかし、後から振り返ってみればそこからが驚くべきところだったように思う。なんだか、様々な事件が例の彼女の周りで繰り広げられているのだ。




 瀬川君に言わせると、例の彼女は生粋の主人公体質であるらしい。聞いた限りに置くと、例えば例の彼女の周りにいたことで怒り狂う体育教師は実はつらい過去を持っていたことが判明し、それを彼女が克服させたことで生徒思いのナイスガイになった。




 例えば、カースト制度の支配者として君臨していた生徒会長は財閥の跡取りであり、その重圧から逃れるために性格の悪い男を演じていたことが分かった。この場合は、彼女がその財閥の頭取に直談判することで問題を解決した。




 例えば、内部がドロドロしていたことで有名だった演劇部は、例の彼女が入会してきたことによって今では日常漫画みたいな仲良し状態になった。ちなみにこんな風に変わった部活は、演劇部のみではなく、野球部、サッカー部、剣道部、美術部、エトセトラエトセトラとほとんどの部活がそうであった。一部を挙げただけで、こんなところだ。




 僕らの学校は今では、まるで本当にアニメの中みたいな状態にあった。どうも彼女は学外でもこんな生活を過ごしているらしいけれど、そこまでは僕は瀬川君から聞いてはいなかった。とはいっても、では僕の生活も劇的に変わったのかと言えば、そんなことはなかった。




 いつも通り一人だし、いつも通り寂れた様子だった。瀬川君は、もう一端の高校生といった様子で、一度例の彼女の噂について聞いて以来、ずっと話してはいなかった。きっと、いわゆるアニメ的な生活に忙しいのだ。そこに交じる勇気もキャラクターも持っていないから、僕は今日も一人寂しく屋上で昼ご飯を食べるのであった。というか、なんだか様変わりしてしまって、きらきらとしたクラスでご飯なんて食べられそうにもなかった。昔の僕はアニメ的な生活に夢想していたけれど、実際そんな風になったところで、逆に自分の劣等が際立ってどうしようもないのだなと最近は常々感じていた。




 空は快晴だった。昔見たことのあったソフトクリームの形をした雲がまたゆったりと漂っていた。僕は不意にあの頃は良かったな、なんて年よりじみたことを考えた。




 瀬川君とは今よりずっと話せていたし、アニメの世界に入ったらどうなっちゃうんだろう、なんて気軽な感じで夢を見ることが出来た。受験勉強に苦しむこともなかった。僕は僕なりに学校を程よくこなしていたのだなと思った。しかし、今こういう状況になって、僕はなんだか周りと自分とで住んでいる世界が違うような気がしていた。




 どこか、明るい光の中に影があるような、美しい画集の一ページにどぶが塗りたくられているような、澄んだ海の中に汚れたプラスチックが沈んでいるような。そんな気持ちが僕の心をじっとりと押し付けていくような気がした。やけくそになった僕は、そばに置いてあった弁当を一気に胃に詰め込んだ。




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 今日も今日とて、気分は最悪。昨日見た深夜アニメのシーンを頭のなかでリフレインしながら、僕は教卓を見つめていた。




 今は六か月後に来る卒業旅行について時期尚早に学級委員長があつく語っていた。昔はもっと怖い感じだったのに、人って変わるものなんだなあと僕は改めて感じていた。もちろん、僕のクラスにも例の彼女の影響は広がっているのだ。




 僕たちの学校は例年なら、卒業なんてものをこの受験前の時期に開くような学校ではなかったのだけれど、しかし今年はある人の良い体育教師がその計画を推進したらしいというもはもっぱらの噂であった。もちろん、これは例の彼女の以下略。




 委員長曰く班分けは今回の旅行は完全に自由なものであるらしく、行き先関係なく、クラス関係なく、男女関係なく自由であるらしい。うっとうしい人数問題を解決するために、人数も一人から百人まで自由ということらしかった。




 僕は、いつもこういった場合では余ったりのけられたりする立場の人間であったので、机の下でガッツポーズをなんども行った。まあ、今の学校の状態を見ればそんなことを気にする人はいないような気がするけれど。僕だけがやはりこの波に乗り遅れている。瀬川君は例の彼女や柳川さんと遊んでいるようなので、僕は卒業旅行は一人で行くことになりそうだと予想を立てていた。




 行先は映画館とかどうだろうか、確かそれくらいの時期には桜の下で出会った女の子に語った映画の続編が公開される予定のはずだ。監督は前作と全く変わらず、キャストも同じ。ストーリーも原作者書下ろしとくれば、もうどこで失敗するのかといった感じだった。期待が膨れ上がる。




 そういえば、あの桜の子はいったい今何をしているのだろうか。転校してこの町に来るといっていたけれど、一体どの高校に通っているのだろうか。まさか、この高校だったりして。まあ、この高校だったとしても関係ない話か。きっと僕は改めて彼女に話しかけたりなんてできない。彼女と僕の生活はあまりにかけ離れている気がしたのだ。そんな訳で僕は早々と結論を出して、またアニメのリフレインという重大な作業への復帰をしたのであった。




 授業後、僕はこれもまたいつも通り一人で帰路を歩いていた。もうずいぶん前に、桜の木はその本分を忘れてしまって、いまでは青々とした緑で美しく着飾っていた。そういえば、今日の帰りは随分と学校が騒がしかった気がする。




 どうも噂を聞いている限り、例の彼女を卒業旅行に誘いたい人々が皆そろって動き出したらしい。ここまで学校の中でスターとしての位置を確立した彼女のことだから、いやもはやこの地域一帯のスターとしての位置をも確立したといっても過言ではない彼女のことだから、こうなっててしかるべきということなのかもしれない。




 人気者も人気者で、一種の悩みを持っているのかもなとふと思った。とはいっても、それは僕なんかから見たら、少し楽しそうなイベントに見えてしまうのだけれど。アニメでもハーレム主人公はそういったイベントに事欠かないものだ。まったくうらやましい限りである。




 とまあ、そんな批評を頭の中で考えていると、もう目の前に自宅が見えることに気が付いた。一般的な一軒家である。そこらを見れば、一山いくらとばかりに転がっている感じのデザイン、両親ともに普通で健在、特に家にいないということもなく、残業がある日はたまに家に帰れなかったりするくらいだ。悪く言えば平凡ということだけど、僕は結構自分の家庭環境を気に入っていた。尖らせるのではなく、丸めていくことが家庭繁盛の常用事であるというのは父がよく言う言葉だった。




 そんな訳で、結構自分の家が気に入っている僕なのだけれど、しかしどうにも今日の自宅は様子がおかしいようであった。家の周りに、何人かの学生がいるのだ。それも皆そろって僕の高校の学生服を着ており、見目麗しい。僕の知るコミュニティは限りなく閉じていて、知っている人間も瀬川君と柳川さんくらいだ。




 その柳沢さんとも特にこれといった会話をしたことはない。僕から一方的に親しげに思っているだけで、きっと向こうからは認識さえされていないかもしれない。瀬川君のみ。もはやコミュニティというより、ワンオンワンという方が正しい。しかも、付け加えるならば瀬川君とはここ暫く会話をしていない。よって、僕は彼らのことを一人として知らない。




 どの方も、モデルに採用されそうなほどに顔立ちが整っているし、髪色も赤、青、黄と様々だ。きっと学校では素晴らしき青春を送っているのだろう。僕を除いてカメラを回せば、日常アニメだって撮れてしまえるくらいにそれぞれの存在感が強い。




 僕はなんだか気後れしそうになって、改めて自宅の表札を確認した。実はここは僕の家ではなかったりするのだろうか。どこか知らない組織に買い取られたりしたのだろうか。しかし、僕はその考えをすぐに取り消した。きっとそういう劇的なことは僕には起こらない。このよく分からない謎の集団もたまたまここで集まったということなのだろう。そうだ、そうなのだ。期待してはいけない。妄想してはいけない。そういったことをして、僕は何度も自らに絶望してきたのだ。自らのキャパシティーも性質も十分に、僕は痛感しているのだ。




 僕は決意して最近古びてきた扉を開けようとして、しかしそこで鍵が開いていることに気が付いた。少しの違和感を感じつつも家の中に入ると、母さんの置手紙を発見した。どうも、僕にお客さんがあるようで僕の部屋に入れてあるらしい。




 母さんはすこし天然なところがあるので昔は僕の友達を無人の自宅に上げるようなことは良くあったけれど、しかし、僕には今友達といえる友達は瀬川君くらいしかいなかった。そう思って靴箱を見てみると、瀬川君と思わしき白い靴が置いてあった。僕は納得するとともに、瀬川君はしかし何の用があるのだと疑問に思った。




 僕の部屋に入ると予想通りそこには瀬川君がいた。スマートフォンをいじりながら、なんだか手持無沙汰なようである。僕らはお互いに久しぶりだの、最近どうだのといった障りのない会話をした。そして、そのあとに瀬川君はきらきらとした目で真剣に僕を見つめてきた。




「なあ、今日はさ。お前に聞いてもらいたい話があって来たんだ。」




「どんなことかな、もしかしてブルーレイを貸してほしいとか?そういう感じのこと?」




「いいや、違うんだ。今日はお前と昔話したことの続きを話しに来たんだ。」




 そう言われて、なんだか僕はよく分からなくて頬を掻いた。




「どういうことかな?もしかして、おすすめのアニメのこととかかな?それとも、見せたいラノベがあるとか?」




「ああ、その話もいずれしたいな。だけど、まずはこの話からしなくちゃいけないんだ。」




「昔、お前と屋上で自分がアニメの世界にいたらどうなるだろうって事を二人で考えたのを覚えてるか?」




 その話なら、まだ鮮明に覚えている。まだ瀬川君と相棒みたいに仲良くしていた時のことだから。




「うん、覚えてるよ。僕が瀬川君に主人公気質だって言ったりした話だよね?今じゃ、本当に瀬川君アニメの中みたいな生活を送っているもんね。うらやましい限りだよ。」




「ああ、そうだ。そして、俺はその最後にお前にいったことを今果たすべきだと思ったんだよ。」




 約束?約束なんてしただろうか?




「覚えていないか?俺はあの時、お前がいつか舞台に上がりたいっていう意思を持つときに、背中を押せるようにしたいっていったんだぜ。」




 ああ、そう言えばそんなことを、あの時瀬川君は言ってくれたような気がする。しかし、それが今だというのはよく分からなかった。




「大丈夫だよ、瀬川君。僕はそんな大それた意思なんてもっちゃいないよ。僕は今のままで十分だよ。確かに瀬川君とは話せなくなって寂しいけれど、満足なんだ。」




 そう聞いた瀬川君は納得した様子だった。しかし、その納得というのは僕の言葉にというよりも、自分の中の何かにというように見えた。




「やっぱりだ。やっぱりなんだよ。そうじゃないかと思っていたんだ。お前は無意識に舞台を、輝いて見えるものを避けているんだ。」




「理由はいくつもある。まずお前は今、瀬川君とは話せなくなったといったけれど、それは違うんだ。お前はある時から俺が話しかけても無視して、俺のDMやら連絡を避けるようになっている。そしてそれは俺が柳沢と付き合い始めてからずっとそうだったんだ。たまにお前を捕まえても、お前はあの子の名前を聞くたびにすぐに逃げ出して、一度だって最後まで話を出来たことなんてなかったんだ。」




「二つ目に、お前はあの子のことを避けている。あの子だ。心のどこかではわかっているんだろう。お前がきっと例の彼女と呼んでいる人のことだ。お前がずっと顔すら合わせないようにしている、知らないふりをしている彼女は、お前が去年、桜の下であった彼女なんだよ。当然、おかしいんだよ。あんな、やたらめったら何処にでも顔を出すような女の顔を見たことがないなんて、普通に考えてありえないんだ。お前がどんなに避けていても、いやでもお前は彼女がお前の出会ったことのある少女だって知っているはずなんだよ。」




「なあ、そろそろちゃんとあの子のことを見てあげろよ。あの子は、ずっとお前のことを待っているんだぜ?」




 そう言い切った瀬川君の顔を僕は見ることが出来なかった。自分の隠していた、避けてきたことが今、僕の前に立ちふさがったような気がした。しかし、僕はここで本当に自分の気持ちを認めることはできなかった。そうしてしまえば、そうしてしまえば僕は――――




「あの子のことが好きなんだろう。あの子に本当は好きだといいたいんだろう。」




「あの子が何かをするたびに、屋上でお前のクラスへ行っていたことを覚えているだろう。お前はその度に、今じゃ立ち入り禁止になった屋上に隠れて、やり過ごしていたみたいだけれど。屋上に隠れたお前が泣いてたことくらい、俺は知っているんだぜ。」




「ち、違うんだ。僕は、僕は、せ、瀬川君を待っていたんだよ。そうだ、瀬川君を待っていたんだよ」




 そう嘯いた僕の背中を瀬川君は優しくさすってくれた。いつからかは分からないけれど、僕の顔は涙でいっぱいになっていた。




「なあ、俺がさ、理由を聞いてやるからさ。お前があの子を好きなのに、あの子を避けてしまう理由を聞いてやるからさ。話してみろよ。俺は、お前が俺のことをずっと避けていたとしても、あのころからずっとお前のことを親友だって思っているんだぜ。」




 僕はその言葉に、親友のその言葉に自分の心が決壊するのを感じられた。




「こ、怖いんだ。自分でいいのかってずっと怖いんだ。瀬川君のことは親友だと思っているし、あの子にずっと恋しているのに、それでもずっと怖いんだよ。」




「瀬川君が幼馴染の彼女と付き合い始めたって聞いたとき、どこか遠くに行ってしまった気がしたんだ。アニメの中みたいなきらきらした世界に行ってしまった気がしたんだ。あの子が何かをするたびに、あの子のことを知るたびに彼女が僕とは違う次元の存在のような気がしたんだ。」




「僕は今の瀬川君や、彼女に釣り合う存在ではないんだよ。なんのストーリーもないし、個性もないし、才能だって持ってない。人に好かれるわけでもない。こんなに暗いし、こんなにも不細工だ。きっと僕の存在は君たちのストーリーを汚してしまう。だから、だから―――」




「だから、僕は君たちと一緒にいられない。瀬川君と昔みたいに仲良くできないし、彼女に恋だってできない。」




 暫く続いた僕の劣等感の告白をただ瀬川君は黙って聞いてくれた。そして、僕が疲れ果てて涙をぬぐうと僕の頭をわしわしと撫でた。




「嬉しかったよ、お前の気持ちを聞けてさ。もしかしたら、お前は本当に俺のことを嫌いになったのかってちょっと思ってたからさ。安心したよ。これで、やっと本題を話せるな。」




「本題?本題って今の話がそうじゃないの?」




「いいや、違うね。まあ、確かに今の話も大事だけれど、もっと大事な話があるんだ。というか、今できた」




 その言葉に首をかしげていると、瀬川君はごろんと寝ころんだ。それはいつか、二人で一緒にロマンチックな話をしていた時の僕らの日常だった。僕もなんだか、なつかしくなって瀬川君の隣に寝転んだ。




「あの時、俺がお前に約束をした話の時。しかし、俺はお前にもう一つ伝えなければいけないことがあったんだ。」




「伝えなければいけないこと?さっきの約束とは違う話なんだよね?」




「ああ、きっとこれを伝えることがお前にとって一番に重要だったのかもしれない。その時の俺は、言葉を呑み込んでしまったけれど、俺は率直な気持ちをお前に伝えるべきだったのだ。」




 瀬川君は大きく息を吸い込むとあの時からいろいろな事があったけれど、しかしその全てを無視して、あの頃と同じ表情をしたように見えた。




「俺がお前にした質問、アニメの世界にいたらお前はどんなキャラクターなんかという質問。お前は聞かなかったけれど、俺はお前こそがきっと主人公にふさわしいって思っていたんだぜ。」




 そう言われて、少し唖然とした。少しも瀬川君の言っていることの理由が分からなかった。僕が主人公だなんてそんな、そんなことは普通に考えてありえない。




「買いかぶりすぎだよ。さっきも言った通り、僕なんてこんなにダメダメなんだ。舞台に上がれるほどの何かも持っていないのに、ましてや主人公なんて。」




「いいや、違うね。違うさ、お前は個性だ、能力だ、ストーリーだなんだというけれど、実際そんな要素は一つだって主人公には必要ではないんだぜ。必要なのはたったちょっとのことで、シンプルなんだ。」




 そこで瀬川君は手を大きく天井に伸ばした。僕らは今、小さな部屋の中にいるはずだけれど、僕には屋上からなんども見たあの透き通るような青空が広がっている気がした。




「主人公に必要なのは、優しさだよ。誰かに優しくできること、それだけなんだ。それだけでいいんだよ。」




「優しさ?優しいことが大事なの?」




「ああ、そうだ。その他のことはどうだって良いんだ。そして、俺はきっとこれまで俺が見た誰よりも優しいやつでだ。つまり、それは誰よりも主人公らしいってことなんだよ。」




「複雑に考えるなよ。お前は舞台がどうとか、要素がどうとかじゃなくいつものお前らしくあればそれで十分、十分に主人公なんだよ。」




 僕はその言葉を聞いて、自分の中の鎖みたいな重たいものが消えていくように感じられた。瀬川君の言葉が僕の中を温かく照らしてくれるようだった。僕は時間がたつうちに、心の中に青空が広がっていくような気持ちになった。


 それから暫く瀬川君と言葉を交わした。なぜか、瀬川君も泣いてしまったみたいで、僕らはお互いの顔を見て笑った。帰り際、瀬川君は僕に一枚の手紙を渡した。それはきっと僕をずっと待っていてくれた女の子からの手紙だった。「今日の夜、初めて出会ったあの池で待っています」手紙には簡潔にそう綴られていた。




 待ち合わせ時間にあの池に到着すると、もう緑に染まった池の右岸で彼女は眠っていた。可愛らしい顔が、うっとりうっとりと揺れている。僕はそっと彼女の隣に座り、「起きてください」と言って彼女の肩をゆすった。彼女はすぐに眠い様子もなく目覚めて、朗らかに笑った。やっぱり自演だったかと思って、僕も釣られて笑った。




「どうも、起こしてくださってありがとうございました。」




 彼女はわざとらしくそう言ってまた笑った。太陽のような笑顔は変わっていないんだなと僕は思った。僕は背筋を正して彼女に右手を差し出して、緊張交じりに行った。




「起きてくださって良かったです。ほら、もう十一時になってしまいますよ。一緒に帰りましょう。出来れば僕の話し相手になって下さると嬉しいです。」




 僕の下手なアプローチに彼女は、しかし楽し気に僕の手を取った。




「ええ、帰りましょう。私、実はアニメに興味があるんです。行きすがら教えていただけませんか。」




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チートも、超能力も、勇気も、隠された過去も、隠れた力も、運命も、なにも持ち合わせていない主人公が白髪美少女とラブコメを謳歌するようになるまで @yuyu0218

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