第16話 封印されしモノ

 翌日、俺達はお世話になったバースライト家の人達に別れを告げ、アルテアに戻る事にした。因みに移動手段は天音の加護チカラだ。本当に便利な加護チカラである。


「しかし、ガイウスさん達は本当に凄かったな。一体どんな特訓をすれば、あそこまで強くなれるんだか」


帰った後も話題はバースライト家の人達の事だ、特にあの非常識な身体能力が筋トレだけで手に入いるとは、とても思えない。


「確かに強力なアニマの持ち主だったね。しかし、手に入れる事は不可能とは限らないよ」


「……冗談だろ?」


「冗談ではないさ、アニマは生まれつきの素質も確かに重要だけど、基本的には訓練によって培われるものだ」


「ふむふむ、具体的には?」


「筋力トレーニングだね」


衝撃の真実、バースライト一族の身体能力、筋トレだけで培われていた。


「お言葉ですがサクヤ様、私は兄姉達と同じ訓練をしてきましたが、結果は見ての通り遠く及びません。この事から考えて、それだけで十分だとは思えません」


しかし、咲耶の主張にシオンが反論する。長い時間を一緒に過ごしていた家族だけに、その言葉にも説得力がある。


「トレーニングというものは、人と同じ様にやれば同じ様な結果が出る、というものではないよ。個々人の適性に合わせたメニューを組む必要がある。まぁ、確かに私やシオンでは彼等の様になるのは難しいだろうけどね」


咲耶もシオンの反論に丁寧に答えていく


「……そうですか」


その説明でシオンも納得した様でそれ以上反論する事は無かったが、なぜかそれだけでは収まらず、二人の視線が俺に向く。


「え?なに?」


「秀助にその気があるなら、私は訓練に協力するけど、どうする?」


戸惑う俺に咲耶はそう提案するが


「いや、いいよ。大変そうだし」


筋トレはガチでやると凄く過酷そうだし正直、俺に続けられるとは到底思えない。


俺達が宿の談話スペースでそんな会話をしていると


「ああいたいた、サクヤさん」


いつもギルドで受付をしているタニアさんが声をかけてきた。


「タニアさん、どうかしましたか?」


声をかけられた咲耶が対応すると、タニアさんにしては珍しく歯切れの悪い態度で話し出す


「はい、その、ですね。あなた達に依頼したい仕事があるんだけど……」


「いいですよ」


言い淀む彼女に対して、俺は迷い無く答える。


「はい……って、良いんですか? 内容も聞かずに決めちゃって」


「ギルドの人が直接依頼を持ってくるって事は、あまり報酬を出せないけど、やらなきゃいけない仕事ですよね。それなら、俺に断る理由は無いです」


俺はそう言った後、咲耶達を見る。彼女達も頷いてくれた


「ありがとうございます……こほん、では早速依頼内容を説明しますね。まず、少し前にマザーが発生したのはご存知ですか?」


 魔物は捕食を繰り返す事で身体を変化させる事がある。変化した魔物は特異個体と呼ばれ、危険性も跳ね上がるのだが、捕食と変化の因果関係は完全にはわかっておらず、現状、分かっているのは魔石を食べた個体ほど比較的変化しやすいという事ぐらいで、ギルドが魔物を倒し際、魔石に安定した報酬を出しているのはそういう理由もある。


 その特異個体の内、繁殖力に特化したものは『マザー』と呼ばれる。魔物は基本的に単為生殖で個体数を増やすが、繁殖力はそれほど高くない。しかし、『マザー』は繁殖力が極めて高く、放置すればほぼ確実に魔物の大量発生を引き起こす。


「はい。ですが、対応が早かったおかげで、大きな被害を出す事無く対処できたと聞いています」


「ええ、マザー自体は滞りなく対処できたのですが、その際、村の近隣が戦場になってしまいまして……運悪く魔物避けの魔導具がいくつか破損してしまいまったのです。万が一、村の産業に被害が出ると代金の支払いが困難になるという事で、代わりの魔導具が届くまで、持ち回りで冒険者を派遣しているんです」


「魔物が魔物避けを破壊したのですか?」


タニアさんの説明に対して、咲耶が一つ質問をする


「いいえ、魔導具を破壊したのは村で飼っている家禽です。なんでも、襲撃があった時に興奮して暴れてしまった様で」


「なるほど、そういう事ですか」


「あくまでも保険の範囲としての派遣なので、何も無かった場合は大した報酬は支払えないのですが……」


「まぁ、その辺りは大丈夫です」


申し訳なさそうにするタニアさんに俺はあっけらかんと答える。なにせブリガンドラの素材が凄い高値で買い取ってもらえた為、俺達の懐は今だいぶ温かい。今なら例えただ働きであっても気にならないだろう。


「では、現在派遣されている冒険者が明日の昼に任期が終わるので、その前に村に着く様にお願いします」


「わかりました」


俺達はそのままギルドに赴き、依頼の手続きを済ませると、明日に備えて早めに休む事にした。







 翌日、朝早くに出発し派遣先の村に着くと、村長さんと先任の冒険者に挨拶をして、早速、村の警護を交代する。


村を警護するにあたって、俺達はまずは地理の確認をする為、村の中を散策する事にした。一応地図も持っているし、前任の冒険者からある程度の情報は貰っているが、やはり自分の目で確認した方がいざという時動きやすい。


この村は主に養禽業で生計を立てている様で村のあちこちで家禽であるグアガ鳥が放し飼いにされているのが見えた。


そんな中で意外な、それでいて少し懐かしい物を見つけた。ただ少し気になる事もある。


「あれって、あまり効果無いんじゃなかったっけ?」


俺が見つけたのは目玉模様の鳥避け道具だった。


「確かに見た目は似ているけど、あれはちゃんとした魔導具だから、効果は保証されているよ」


「そうだったのか……って、もしかしてあれが魔物避けの魔導具なのか?」


「はい、主に鳥獣型の魔物に高い効果を持つ魔導具でございます」


「……もしかして、戦うかもしれない魔物って空飛ぶ奴?」


「そうだろうね。家禽の天敵は鳥獣型の魔物だから」


「俺、空飛ばれると手も足も出ないんだけど……」


魔術は使えず、投擲はノーコン。アニマを利用した技には遠距離攻撃もあるのだが、高度な技術力を要求される為、俺には使えない。


「別に見張りに専念してくれるだけでも十分だけど……もし、良ければ魔術の習得を目指してみるかい?」


「え? 俺は魔術を使えないんじゃなかったっけ?」


「君が使えないのは簡易魔術だよ。自ら術式を構築する通常の魔術なら使える可能性はある」


「はー、そうなのか。じゃあ、せっかくだし試してみようかな」


難しそうだから避けていたものの、魔術自体に興味が無かった訳ではない。せっかくなので、この機会に挑戦してみる事にした。


「では、今夜から早速始めようか」


「わかった」


 鳥獣型の魔物は基本的に夜目が利かないらしいので、俺達は日が暮れるのと同時に用意してもらった家屋に戻る。用意してもらった家屋はシャワーやトイレなど水周りや、明かり、冷蔵庫など、それなりに充実していたが、これは特別良い場所を提供してくれた訳ではなく、この当たりでも一般的な家屋らしく、なんでも国の政策で国内ならどんな場所でも大体このくらいのインフラは整っているらしい。冒険者をやめた後は田舎でのんびり暮らしても大丈夫かもしれない。


そして交代でシャワーを浴び、夕食を済ませたら、早速俺の魔術特訓が始まった。


「魔術は基本的にはマナで術式を構築するだけだ。高度な魔術ほど要求される術式は複雑化するけど、まずはこの術式をマナで構築してみようか」


そう言って咲耶は文字の様な紋様が一つ書かれた紙を差し出してきた。


「……まずマナで術式を構築する、って言うのが、よくわからないんだが」


「まぁ、そうだろうね。本来であれば師となる術者、つまり私が君のマナを操作して、術式を構築する、という感覚を覚えさせるわけだけ、問題は君のマナが外部からの干渉に極めて強いという事だね」


「……それって詰んでないか?」


「そんな事は無いさ、少し力業になるけどね


エファ、君も手伝ってくれるかい?」


「……ん」


咲耶が呼びかけるとエファリアも俺の元にやってくる。


「二人がかりでやろう。私が操作の術式を構築するから、エファはそれに全力でマナを込めて欲しい」


「……わかった」


そう言うと咲耶は俺の左手に右手を合わせ、エファリアは俺の右手に左手を合わせた。


「ちょっとドキドキするな」


とうとう俺も魔術が使える時が来るのだと思うと、だんだん胸の鼓動が速くなって行くのが分かる。


「いくよ、せーのっ!」

「……んっ!」


咲耶が掛け声を出した瞬間、二人と触れている手のひらがぼんやりと温かくなってきた。


「これが……魔術」


現象を見れば、ただ温かくなっただけだが、俺は確かに自分のマナが変化したのを感じた。


「そうそれが最も初歩的な魔術、正の温度変化。後は反復練習をして、その感覚を体に覚えこませるだけだよ」


「ふむ、なるほど」


俺は手のひらに残る感覚をマナでなぞり、温度変化の魔術を繰り返し行う


「しかし、エファのマナを借りたのにギリギリとは、君のマナは本当に重いね」


「そこまでか……無理させてごめんな」


「謝ってもらう必要は無いさ。ただ、今日はここまでだね。私も疲れてしまった。明日も早いし、もう休ませてもらうよ」


「ああ、そうだな」


明日も夜明けと同時にまた仕事が始まる。俺も練習したいという気持ちを抑えて、今日の所は眠る事にした。




 翌日から俺達は、朝は村の警護、夜は魔術の特訓をする生活を始めた。


まぁ村の警護といっても、幸いにして魔物の襲撃は無く、村人に挨拶して、たまにおすそ分けを貰ったりして平和に過ぎていった。


因みに以前冒険者ギルドの前で会った少女とも再会したが、俺達が挨拶をしたら、彼女はなぜかこの世の終わりみたいな顔をして去ってしまった。しかし村の男の子が追いかけて行ったので、たぶん大丈夫だろう。


なお、魔術の特訓の方は少し温度が高くなった気がするぐらいの進捗度だ。まだまだ先は長い。



けれど、結局特訓の成果を実感する事ができないまま、新しい魔導具が納品される日がやってきてしまった。



獣車に乗ってやってきた魔導具設置の業者さんは村長さんの下に向かい、村長さんに受領書を渡しサインを求める。それに村長さんがサインをすると、魔導具の設置が始まった。


業者の人達は獣車の荷台から分解されている魔導具を運び出すと、幾つかのグループで手分けして設置作業をする


それが終われば、次は動作確認だ。班長と呼ばれている人が計器を持って、しっかりと効果を発揮しているかどうかを確認していく。


その間、俺達は彼等の作業をずっと遠くから眺めていた。万が一、魔導具に不具合があれば依頼は継続される。


しかし、そんな心配は杞憂だった様で、魔導具の動作確認は滞りなく終わった。


「……一人足りないな」


しかし、咲耶がそんな事を呟いたのを皮切りに辺りが緊張感に包まれる。


「あれ、そう言えばユングがいない……」

「ユングならこっちの作業が早く終わりそうだから他のグループの手伝いに行くって……」

「嘘だろ!?こっちには来てないぞ」

「まさか、便所に行ってるだけだろう?」

「班長!便所にもいませんでした!」


予想外の事態に業者の人達も次第に焦りだす。


「落ち着いて下され、小さな村です。焦らずともすぐに見つかるでしょう」


村長が呼びかけると少し落ち着きを取り戻したものの、彼等の表情には不安の色が浮かんでいた。


「念の為、俺達で森の方を探してきます。みんなもそれで良いか?」


そこで俺は村人と業者の人達にそう提案し、咲耶達にも確認を取る。


「ああ、それが良いと思う」

「私もそれで構いません」

「……ん」


三人の了承が取れたので、俺達は急いで森へと向かった。



 樹が生い茂っていて薄暗くなっている森の中を俺達は人の痕跡を探しながら進んで行く。しかし、森の中にはそれらしい痕跡は見当たらなかった。


「う~ん、やっぱりこっちには来てないのかな?」


村から出ていないというのなら、それはそれで問題ない。ほどほどにして切り上げる事を考えて、俺がそう言ったが


「……」

「……」

「……」


三人から返ってきたのは沈黙だった。


「……えっと、まさか」


「はい、痕跡を消した跡がございます」


「森に入って、わざわざ痕跡を消すって……」


「ああ、どうやらクロみたいだね」


「はぁ……」


面倒な事になりそうだ。そう思いながら正面を向くと



がいた


全身が黒く、辛うじて人型と呼べる様な輪郭をしているが、頭と思わしき場所にそこの半分ほどの大きさの眼球の様な物が見える。はっきりとわかる事は人間でも魔物でもないという事だけ。強いて言うなら美咲の加護に近いモノだがそれとも明確に違う、と俺の本能が強く訴えかけていた。


ソレが目測で20mも無いほどの近距離に、咲耶達の警戒網をすり抜け、そこまで近づいていたのだ。


直感的に危険な存在だと理解した。


そして、後ろの咲耶達が弾かれる様に距離を取るのと同時に、俺は真っ直ぐソレに向かって突撃し、斬りかかる。


しかし、俺の剣はソレの体をぬるりとすり抜けた。実体が無いのか、或いは幻覚なのか、目の前にいるはずなのにひどく現実感が無い、まるで夢でも見ている様な気分だった。


そのくせ、嫌な感じだけはヒシヒシと感じる。もし夢だとしたら確実に悪夢だろう。


何度か斬りつけるが全く手応えが無い、俺が一度距離をとって剣を構えなおすと、ソレは緩やかに蠢き、次の瞬間


目の前にいた。


俺は咄嗟に横に跳ね退くと、ソレは背後にあった樹に突っ込んだ。そして、その樹が根本からゆっくりと倒れていく


へし折ったのではない、ソレが触れた部分が無くなったのだ。


「触れたらアウトって事か……」


こちらの攻撃は通らず、相手の攻撃は食らえば即死、勝算は完全にゼロだ。


(後は咲耶達を信じるしかないな)


に一縷の希望を託し、俺は剣を構え、改めてそれと対峙する。




 私の加護には欠点がある。


私の加護は知覚したものに対する情報を、ほぼ無制限で手に入れる事ができる、というものだ。天音は『叡智』などと呼んでいるが、そんな大仰なものではない。


なぜなら、相手の情報を得た所で私の領分を超えていたら何も出来ない、という欠点があるからだ。


今回遭遇した『邪神の欠片』にはその欠点が顕著に表れてしまった。


「エファ、攻撃はやめた方が良い、アレに効果は無い」


秀助が邪神の欠片に斬りかかり、時間を稼いでいる間、私はまず、魔術を放とうとしているエファを制止する。そして、次にシオンに向き直る


「シオン、アレが封印されていた場所が近くにあるはずだ。そこまで案内して欲しい」


「……かしこまりました」


彼女は僅かに逡巡したが引き受けてくれた。


恐らく邪神の欠片の封印場所は国家機密、本来であれば、部外者に話すだけで重罪に問われるのだろうが、背に腹は代えられない。彼女もそう考えてくれたのだろう。




 全速力で最短距離を走るシオンに私とエファも全速力で付いて行く


私は彼を、秀助を失いたくは無い、彼以外に私の欠点を補う事の出来る人間はいないのだから


この世界に召喚されて加護の力を理解した者の多くは、この力に希望を見出した。

「この世界で生きる為の大きな武器になる」と


しかし、私は逆だと思っている。この加護は私達の弱点そのものだ。


私は『未知』を恐れた

故に『知る』為の加護を与えられた。


では、秀助は?


彼は何も与えられなかった

彼は何も恐れなかったからだ


それは私が何よりも求めていたものだった。



 封印の場所に辿り着くと、その周囲には倒れ伏している兵士達と業者の中に紛れていた男がいた。


「ククク、今ぐほっぁ!」


その男が喋り終わる前にシオンの斧槍が薙ぎ払う。彼女もバースライト領から戻って以来、吹っ切れた様で、槍捌きにも益々磨きがかかっている。


そんな中、私は一目散に破られている封印に手を当て、加護を使い、その術式を読み取る。


瞬間、膨大な量の情報が私の頭に流れ込んでくる。


そして、理解する

これは、神代の術式であると


(大丈夫、問題なく使える)


神代の術式は使う言語が異なるだけで、使い方は魔術と大して変わらない。言語さえ理解していれば、使う事は可能だ。


「準備は整った。秀助の元に戻ろう」


私は二人にそう声をかけると、来た道を急いで戻ってゆく。


 秀助の事はこの世界に来る前から知っていた。彼はある意味目立つ生徒だった、本人にその気が無くとも


誰とも距離を置き

誰からも危害を加えられず

誰であっても助けた


そんな彼は学校という小さな社会で、当たり前の様に独特な立ち位置を獲得していた。


尊敬されず、畏怖されず、軽視もされない。


そんな彼の立ち位置はとても魅力的で


いつか手に入れたいと、ずっと思っていた。



 私達が秀助の元に戻ると、彼の体は既に半分以上、邪神の欠片に同化されていた。


─もう、助からない


私の加護は瞬時にそんな結論を弾き出した。


―私の加護には欠点がある


私は迷う事無く、封印術を発動させる。


―知る事が出来るからこそ、不可能な事もわかってしまう


封印の光輪が彼等を囲む様に生じ、それは彼等の周りを回りながら、その数を増やし連なってゆく。そして、連なった光輪が新球となった瞬間


―所詮、私は私の領分を超える事は出来ない


、封印の光輪を切り裂いた。


切り裂かれた封印術は爆風を巻き起こしながら砕け散り、その爆風が収まった時、その場所には


―だからこそ


彼がいた。


「ひっでぇな、俺ごと封印するなんて」


「君を信じていたからね」


―彼が欲しい。



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