第17話 光


 どだい無理な話だったのだ。


予備動作も無しに近づいてくる相手を避け続ける。なんて、器用な真似が俺に何度もできる訳が無く


案の定、あっさり捕まってしまった。


剣を持った右手と左足の膝から先がソレに飲み込まれた。しかし、痛みは無い。というか感覚自体無くなってしまった。


それなのに、取れもしないし抜けもしないのだから、もう訳が分からない


コイツに触れると飲み込まれてしまうらしいので、外に出ている右腕を左手で掴み、引っ張っているが、全く手応えが無い、どころか少しずつ飲み込まれて行っている。


更には意識も次第に朦朧としてくる。頭を振ってなんとか抗おうとするものの、そんな努力も空しくどんどん意識は遠くなる。


このまま気を失ったらどうなるのだろう?


そんな考えが頭をよぎる


そして、俺の意識が限界を迎えようとした、その時


視界の隅に咲耶達の姿が見えた。


(良かった。間に合った)


彼女達がここに戻って来たという事は、何か解決方法が見つかったのだろう。


それならばコイツが野放しになる事は無い。


俺は助からないかもしれないが、まぁ、コラテラルダメージというやつだろう。


案の定、彼女は俺ごと巻き込む様に術を発動した。


周囲を回りながら数を増やす光の輪を眺めながら、最後に見る風景がこれなら、そんなに悪い人生でも無かったと思う。


(でも、少し悪い事をしたな)


やむにやまれぬ事態とはいえ、味方を巻き添えにするのは後味が悪いだろう。


(いや、そんな玉じゃないか)


そんな程度で苦悩も後悔もしないだろう


あいつは強い女だ、どんなものを背負っても揺るがず進み続ける。


だからこそ


(負けてられないよな……!)


心の奥底に火がともる。その火は熱を生み、熱は血潮に乗って全身を巡る。熱が魂の淵まで満ち溢れた時


指先に何かに触れる感触がした。


剣だ


俺はその剣の柄を思い切り握りしめ、魂の熱を剣の切っ先にまで行き渡らせる。


そして―


振り抜く。


光を纏った刃は、煌く三日月を虚空に描きだした。


それと同時に爆風が巻き起こり、瞬く間に世界が色を取り戻す


「ひっでぇな、俺ごと封印するなんて」


ふと、そんな言葉が溢れ出た。


すると


「君を信じていたからね」


相も変わらない、白々しい言葉が返ってくる。



 そして、俺達は形容し難い音を立てながら起き上がるソレに改めて向き直る。


ソレは苦し気に蠢くと、俺が抜け出た部分から黒い靄を噴き出す。その靄は少し立ち昇ると光の粒子になって大気中に溶けていった。


今は夢か幻覚の様な奇妙な感覚は無くなり、ソレの姿をハッキリと認識できた。


しかし、ソレは俺が剣を構えると、ぐるりと体を反転させ、遠ざかってしまった。


「は?」


呆気にとられる俺の横で


「逃がすつもりは無い、エファ」


「ん」


複雑怪奇な術式を中空に描いていく咲耶の手に、自分の手を添える事で応えるエファリアは、心成しかやる気に満ち溢れている気がした。


そして咲耶とエファリアが術式を発動させると、さっきの封印術とよく似た光輪が、さっきとは比べ物にならない規模で出現した。


「これでアレはここから逃げられない。後は、よろしく頼むよ」


「わかった」


俺は短く答えると、剣の柄を強く握りしめ、一気に間合いを詰める。


ソレは俺を迎撃する様に、黒い手を尖らせ、いくつも伸ばしてくが、俺はそれを切り落としながら突進し、その勢いを殺さずに肉薄すると、剣を大きく振り上げ


渾身の力を込めて、振り下ろす!


輝きを纏ったその一撃は何の抵抗も無く、しかし、確かな手応えと共にソレを断ち切った。左右に両断されたソレは靄が噴き出しながら霧散し、その靄がすべて光の粒子へと変わると、ついには完全に消滅した。


それと同時に咲耶達の造った光輪も消える。


「……これで終わったんだよな」


手応えはあった。けれど念の為、咲耶に確認をする。


「今回は、ね」


「はぁ~」


不穏さを隠さない咲耶の物言いに溜息をつきながら、ひとまず肩の力を抜く。


「あー、ところで業者の人はどうだったんだ?」


気が抜けた所で当初の目的を思い出した俺は咲耶達に問いかける。


「向こうの方で気を失っているが……」

「亡くなってしまった。という事にいたしましょう。あの方には色々聞くべき事がありますので」


「そっか……じゃあ、ひとまず村まで戻るか」



 その後、村に戻った俺達は森に入った男は魔物に食われて亡くなったと報告した。遺体が無かった事もあり、業者の人達は半信半疑だったが、血の付いた服の切れ端を見せる事でやや強引に納得してもらった。


細かい所を突っ込まれたら、ボロが出るかもしれないが、その辺りの隠蔽工作は偉い人に任せれば大丈夫だろう。


そうして、長かった俺達の仕事もようやく終わりを迎えた。



と、思いたかったのだが……。


 冒険者ギルドに戻った俺達はギルドの偉い人に連れられ、応接室に通され、なんだか偉そうな人と対面していた。


部屋に通されてすぐにシオンと咲耶が跪き、少し遅れてエファリアも跪いたのを見て、俺も慌てて跪く。


「楽にしてもらって構わない。今日は貴公らを労う意味もあるのだから」


そう声をかけられて、三人が立ち上がったのを見てから、俺も立ち上がり、目の前の人の顔をよく見ると、どこかで見た事のある様な気がする人だった。


王様だった。

偉そうな人ではなく、偉い人だった。


「まず、この国に訪れ様とした危機を未然に防いでくれた事に感謝する」


「臣下として、当然の事をなしたまででございます」


俺達を代表してシオンが言う。偉い人との会話なんて、どうすれば良いのかわからないので、俺は黙ってシオンに追従しておいた。


「うむ。では、次の話に移るとしよう」


王様はやや厳しい面持ちでそう言う


「君達が倒した存在、あれはかつてこの世界を襲った邪神、その一部だ」


重苦しい口調で告げられる事実に俺の気が一気に重くなる。


「伝承によれば、あれは神器を用いなければ傷つける事は出来ない、とされている。それを君達はどうやって倒したのか、話してもらえるだろうか?」


どうやって、と聞かれても俺にもわからない。なんとなくやってみたらできた、としか言い様がない。それ以外で可能性があるとすれば……。


「まさか……俺の持っているこの剣が実は神器だったとか……?」

「いや、それは間違いなくただの鋼鉄製の剣だよ」


俺の仮説は光の速さで咲耶に否定された。よく見れば王様も「何言ってんだコイツ?」的な目で見ていた。まぁ普通に考えて、神器が倉庫に乱雑に置かれているなんて事あり得ないよな。


「陛下、彼が邪神の欠片を討伐出来たのはルクスを用いたからです」


「ルクス……とな? いや……まさか……だが、あり得ない話ではない、か」


咲耶の言葉に王様は何やら考え込むそぶりをする。一方俺は新しい単語の登場に完全に置いてけぼりを食らった。


「ルクスとはマナでもアニマでもない第三のエネルギーだ。ゴーストやエレメントといった実態を持たない存在に効果的なエネルギーとされる。だが、今はもう廃れて久しい。恐らく使い手もいない」


俺の様子を察してくれたらしい王様がルクスに関して軽く説明してくれた。


「なるほど。でも、なんで廃れちゃったんですか?」


「ルクスは非常に微弱で遠距離攻撃にも向かない。ゴーストやエレメントに対する攻撃手段としては簡易魔術の方が安価で強力だ。それ故に簡易魔術の普及に伴い、廃れていってしまった」


「はぁ、そうなんですね」


「そこで君に頼みがある」


「へ?」


「私はこれからルクスの使い手を集め、対邪神部隊を組織する。しかし、一度廃れた技術故、育成には時間がかかるだろう。その間、国内にある邪神の封印場所をめぐり討伐していって欲しい。もちろん、報酬も十分に支払おう」


「えぇと、報酬はどうでも良いんですけど……その封印場所ってどのくらいあるんでしょうか?」


「……我々が管理しているものだけで21か所だ」


「う~ん、まぁ、それくらいなら大丈夫かなぁ」


「それは了承と受け取っても問題無いかな?」


「あ、はい、問題ありません」


「協力に感謝する。封印場所についてはシオンに聞いてくれ。それから、君にはこれを渡しておこう」


そう言うと、王様は懐から見るからに高価そうな装飾の施された懐中時計を取り出し、それを俺に手渡してきた。


「それを見張りの兵に見せれば、話が通じるはずだ。後は君の裁量に任せよう」


「わかりました」


「私からは以上だ。君達から何かあるかな?」


そう王様が問うと、咲耶が控えめに手を挙げる。


「私から一つお渡ししたい物がございます」


「それは何かな?」


「これです」


咲耶は複雑な紋様が書かれた一枚の紙を取り出す。


「これは……魔術式か?」


「邪神の欠片を封印していた術式にございます」


「……! なるほど。では、これは城に持ち帰り、王宮の魔術師に研究させるとしよう」


王様はその紙を丁寧に懐にしまい込むと


「では、改めて君達に感謝を伝える。事が事だけに世に公表する事はできないが、君達の功績は間違いなく、英雄と謳われるに相応しいものだ。後で僅かばかりではあるが報酬も用意させよう。これからも君達の活躍に期待している」


王様は最後にそれだけ言うと退室していった。それを跪いた状態で見送った俺達は王様が出て行った後、顔を見合わせる。


「なんか、悪いな、めんどくさい事になっちゃって……」


「君が謝る様な事ではないさ。この世界で生きるなら、いずれ対処しなければいけない問題だ」


「シュウ様の動向に関わらず戦う事になっていた相手にございます。有利な条件で戦える事は、私にとって感謝すべき事ではあれ、厭うべき事ではありません」


「……色々な場所に行くなら……色々な物が手に入る。……損は、ない」


「みんな……」


三者三様に慰めの言葉をかけてくれる彼女達に思わず返事に窮する。


「あっ、そうだ、あの邪神の欠片? って何でも吸収するよな?」


そんな照れくささを誤魔化す為に俺は無理やり話題を変える。


「そうだね。厳密に言うのであれば同化の方が近いと思うけど」


「ん? そうなのか? まぁどっちでも良いけど、そんな能力があるのに俺の剣は同化されなかったんだけど、それはなんでなんだろうな?」


戦っている最中は気にしている余裕も無かったが、冷静に考えてみると樹でも人でも同化してしまうのに、俺の剣だけは同化されなかったというのは、少し不思議に思える。


「それは、ただ単にその価値が無かっただけじゃないかな?」


「……価値?」


「そう、倒れていた兵士は武器を持っていなかったから、恐らくあの個体はすでに兵士の武器を同化していたのだと思う。その状態で君の持つ鋼鉄製の剣を同化する必要が無かった、という事だろう」


「下位互換だから、って事か、なんだか世知辛いな。まぁ、俺にとってはありがたい事だったが」


この世界において、魔物の蔓延るこの世界で鉱山を掘るのはリスクが大きい為、鋼鉄は割と貴重ではあるが、ダンジョン産の良質で加工し易い金属が多く流通している為、あまり価値は無い。


なので、鋼鉄製の剣なんて冗談抜きで駆け出しの冒険者でも使っていない物だったりする。


しかし、そんな物のおかげで邪神の欠片を倒せた、少なくとも俺はそう思っている。


だから、特別な力を持たないものであっても、いつか何かの役に立つ事があるという事なのだ。この剣や俺自身の様に、この世界にあるもの全てが


まぁそんなもんなんだろう、きっと。






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