第15話 シオン・バースライト

 翌日、バースライト家の皆さんのご厚意で、バースライト家の戦いを見学させてもらえる事になった。


というか、皆さんがシオンに良い所を見せたいと言って、頼み込まれたので同行する事になった。どうもシオンは家族にかなり溺愛されているらしい。




 ドラグニア山脈からやってくる魔物は主に亜竜だ。竜はいない、というか、やってこない。


竜と亜竜の違いは基本的に竜核の有無で判断する。魔物には必ず魔核が存在するように竜には竜核が存在する。なので、姿かたちがどんなに竜に似ていてどんな大きな力を持っていても、魔核を持っているものは亜竜に分類される。


竜核は高密度のエネルギーを持つ物体で魔核同様、死後結晶化し竜石となる。しかし、魔石と竜石ではその性質は異なる。


魔石はマナを蓄える事の出来る容器の様な物だが、竜石はそれ自体が膨大なエネルギーを持つ物体で、もはや永久機関に近い物だ。入手の難しさと膨大過ぎるエネルギー故にほとんど研究が進んでいないが、大規模な兵器や強力な武具、インフラの動力、或いは医療など様々な分野に劇的な発展をもたらすと目されて、高値で取引される。


竜と亜竜の違いは他にもあって。例えば、亜竜は見境なしに人間や他の生物に襲い掛かるが、竜は空腹だったり、危害を加えられたりしない限り、他の生物を襲う事は基本的に無い、とか


亜竜は魔物同様に他の生物、魔物を捕食する事によって、脚が増えたり、翼が生えたり、二足歩行になったりと、極端に身体の構造を変化させる事があるが、竜の場合、捕食どころか世代を跨いでも変化が起きない、とか


こう言った竜の性質は、亜竜はおろか一般的な魔物ともかけ離れている為、竜は魔物では無い、という説を主張する人もいるらしい。



 まぁ簡単に言えば、亜竜は竜よりはちょっと弱い魔物で、種類によるが火を吹くし、空も飛ぶし、鱗も硬い、大多数の冒険者にとっては手に負えない強敵だ。


そんなのが相手だから、俺はあまり乗り気じゃなかったんだが、「絶対に危ない目には合わせないから」という、バースライト家の皆さんの熱意に負け、同行する事になった。


まぁ、亜竜退治のプロが言うなら大丈夫だろう。




 という事で、俺達は完全武装の皆さんに連れられて、来た道とは逆方向のドラグニア山脈へと続く道を歩いている。因みにシオンのおばあさんとお母さま方が留守番をしている。この国においては家を守る(物理)のは女の役目だそうだ。


バースライト邸に向かうまでの道も民家は疎らだったが、山脈に続く道は人工物が全く無く、もはやここが完全な戦地である事を現しているように思えた。


そんな道を皆で固まって歩く中、俺はシオンのお兄さん達に質問攻めにあっていた。横をみれば咲耶とエファリアもお姉さん達相手に同じ状態の様だ。ただ、幸いな事に婚約者云々に触れる人はおらず、話題はもっぱら筋トレの事だった。


そうして、しばらく進んでいると、前方上空に飛鮫竜の異名を持つ、亜竜ベルガバーンの姿が見えた。昨日の夕食に丸焼きになって出てきた奴である。よく見ると怪我人を背負った冒険者を追いかけている様だ。


そして、ベルガバーンがその冒険者に襲い掛かろうと滑空を始めた時


勢い良く放たれた投擲槍ジャベリンがそのベルガバーンを貫く。

それはシオンの祖父グランツさんが放ったものだった。ベルガバーンはその一撃で呆気ないとも思えるほど簡単に絶命してしまった。


それを確認するや否や俺達は急いで追いかけられていた冒険者の元に駆け寄る。


「お、お願いします! こいつを助けてください!」


冒険者は俺達、というよりバースライト家の皆さんを見るとそう言って縋り付いてくる。


良く見れば彼も体のあちこちに裂傷があり酷い怪我をしているが、背負われていた人に至っては、呼吸はか細く、半身はぐちゃぐちゃに潰れていて、腸も飛び出ていて、思わず目を背けたくなる様な重傷だった。


そんな彼等に対し、シオンの父ガイウスさんは腰のポーチから小瓶を一つ取り出すと、その中身を迷う事なく、彼等に振りかけた。


すると、彼等の傷は瞬く間に癒えてしまった。


「あ、ありがとうございます!」


傷が跡形も無く癒え、呼吸も落ち着いた相方を抱え、冒険者は涙ながらに感謝を口にする。


「礼を言われるほどの事では無い。元より、一つでも多くの命を救う為に用意した物だ」


何度も頭を下げながらバースライト基地へと向かう冒険者を見ながら、俺は咲耶にひっそりと耳打ちする。


「なぁ、あれって……」


「最高等級の治癒ポーションだ。生きていれば、どんな傷でも治せる」


「……簡単に使える物なのか?」


「あれ一本で家が建つよ」

「ひぇっ」


俺がそんな薬を躊躇なく使える豪快さと、使わなければ死人が出る環境に戦慄していると


「一応、製造に必要な材料の大半は近くで揃うので、他で買うよりは安く手に入れる事ができますので」


シオンがこっそり耳打ちしてくれた。


(うん、でも、大して変わんねぇな)


そもそも安くなると言っても、せいぜい一本で家が建つ所が二本で家が建つに変わるくらいだろう。元々のスケールが違い過ぎる。





 バースライト領は遮蔽物の無い開かれた土地だ。だから、魔物が近づけばすぐ分かるし、魔物からもこちらの存在が良く分かる。そして魔物はこちらに気付くと、すぐさま襲い掛かって来る。


バースライト家の人々はそんな魔物達を軽々と蹴散らしながら進んでゆく。


ここにいる魔物達は血の一滴まで高値で売れるので、死骸はバースライト家の人達が持ち回りで持って帰っていた。


なんの役にも立っていない俺が持って帰る事も提案したが、すぐ戻ってこられるから、と断られてしまった。


実際、すぐ戻って来た。バースライトの一族は移動速度も速い。


幸いあれ以降、大怪我した人は見かけなかった。ガイウスさん曰く、基本的にここに来ている人達は亜竜と渡り合う術を持っているので、よほど運が悪くない限り、あんな大怪我をする事は無いらしい。



そして、また一頭シオンのお兄さんが亜竜を仕留める。鎧装竜とも呼ばれるその亜竜ブリガンドラは、空も飛ばないし、火も吹かないが、剣も魔術も寄せ付けない堅牢な甲殻を持つ強力な亜竜だ。しかし、そんな亜竜もバースライト家にかかれば大きなトカゲと大差ないらしい。


「本当に凄いな、シオンの家族は……」


目の前で繰り広げられる常識外の出来事を眺めながら俺はしみじみと呟く。それこそ、あまりにも非常識すぎて実感が湧かない程に凄い。


「はい、みんな本当に凄いのです。私が幼い頃から、ずっと……」


俺の呟きにシオンも感情を押し殺すような口振りで同調する。


しかし、そんなシオンの様子とは裏腹に、俺は心の奥底に沸き立つ感情を抑えきれなくなってきていた。



 そんな中で、新たなブリガンドラがこちらに向かってくる。それを見た俺は堪えきれずに、みんなの前へと躍り出る。


「シュウスケ殿!?」


「みんながどれくらい凄いかなんて、自分も体験してみないとわかんないでしょう!」


心配気に声をかけてくるガイウスさんに、俺はそれだけ言うと


剣を抜き放ち、ブリガンドラへと突っ込む!


そのまま、すれ違いざまに剣を振り抜くと、金属同士が擦れる様な甲高い音を響かせた後、弾かれる。


ベルクアントを真っ二つに切り裂いたその斬撃は、糸の様に細く薄い傷跡しか付ける事が出来なかった。


「硬ってぇ!」


衝撃に軽く痺れた手を一、二度振ると、再度、剣を持ち直す。


そんな俺に対してブリガンドラは前脚を高く上げると、それを勢い良く地面に叩きつけてきた。


俺はそれを回避する為に後ろに跳んで、距離をとったが、その威力は予想を遥かに上回り、強烈に地面を揺らした。


足場が不安定になり、態勢を崩した俺にブリガンドラが一直線に突っ込んでくる。


しかし、それは横合いから飛んできた火球に阻まれる。

エファリアの魔術だ。


連続して放たれるエファリアの火球にブリガンドラは僅かにひるんでいるが、致命傷を受けている様には見えない。


「エファが押さえてくれている内にこちらも準備を済ませよう」


そして、気が付けば俺の真横に咲耶がいた。


彼女は俺の剣に手を当てると、魔術を発動させる。すると剣に文字の様な光る文様が浮かび上がる。


「君の剣を強化した。これで奴にも攻撃が通るはずだ」


「さっきの俺の無様な姿を見て、良くそんな事を言えるな」


「君の事を信じているからね」


「……ったく、なら、もういっちょやるか!」


白々しさすら感じる咲耶の返答に呆れながらも、俺は強化された剣を八双に構え、敵を真っ直ぐに見据える。


そして、エファリアの火球が途切れた瞬間、ブリガンドラに向かって、全速力で突撃する!


相手も俺の姿を認めたのか鼻先を沈め、角をこちらに向けて突っ込んでくる。


俺はこちらを迎え撃たんとするかち上げにタイミングを合わせ、全身全霊で剣を振り下ろす!


重く鈍い金属音と共に、剣が俺の手から弾かれて空に舞う。


「シオン!」


それと同時に俺は大声で彼女の名を呼ぶ。


「かしこまりました」


彼女は中空で身を捻りながら、勢い良く投擲槍ジャベリンを撃ち出す!


を、寸分違わず貫いた。


数瞬遅れて、少し離れた場所に俺の剣が突き刺さると同時にブリガンドラの体躯が地面を揺らしながら倒れ伏す。



「いえーい!」


俺は俺達で倒したブリガンドラの死骸の前でエファリア、咲耶、そしてシオンとハイタッチを交わしてゆく。


そんな中でガイウスさんはブリガンドラの死骸に手を置き


「シオンが初めて倒した亜竜……


家宝にしよう……!」


ちゃんと換金して下さい


そう伝える勇気は俺には無かった。


なにせガイウスさんだけでなく、バースライト家の皆様が似た様な姿勢でしみじみとしている。


恐らく考えている事は同じなんだろう。


そして、今日はこれで引き返す事になった。まだ時間や体力には余裕があったのだが、一刻も早く家族みんなで感動を分かち合いたい、との事。


因みにブリガンドラはちゃんと換金してもらえた。




 館に戻ると、最初は早く戻って来た事で何かトラブルがあったのでは無いか、と心配されたが、詳しい事情を知るとお母さま方も使用人の皆さんもガイウスさん達と同じ様に感激し、大いに喜んだ。


そして、みんなでシオンを胴上げしていた。さっきは外だったから我慢してたらしい。そんな中シオンはいつもと同じ無表情で胴上げされていた。


その後、軽めの昼食を挟み、シオンの初亜竜討伐を記念したパーティーを開く事になったので、俺もその準備を手伝う事にした。


その際、ブリガンドラの角を食堂に飾る事になった。袈裟懸けに切られたせいで、中途半端にサイズになってしまい、武具に加工するのが困難になってしまった物で、大した値が付かなかった事もあって、これを家宝にする事にしたらしい。


……はい、犯人は私です。



 若干の罪悪感に苛まれながらも着々と準備を進め、準備が全て頃にはちょうど良い時間になっていた


みんなで食堂に集まり、グラスを手に取るとメインの料理が運ばれてくる。


運ばれてきたのは俺達が倒したブリガンドラの丸焼きだった。


なんでもバースライト家では、一族の者が亜竜を初めて討伐した際は倒した亜竜の料理で祝うしきたりがあるらしい。


鎧の様な甲殻を全て剥ぎ取られた鎧装竜は意外とスマートだった、甲殻で結構かさ増しされていたらしい。しかし痩せ細ってはいない、しっかりと筋肉の付いた戦士の肉体だ。


そして、ガイウスさんの祝杯の音頭と共にパーティーが始まる。


祝いの言葉は既にみんな言っているので、このパーティーは食べるのがメインだ。


俺も早速ブリガンドラの丸焼きを一口食べる。筋肉質な肉は硬いのかと思いきやそんな事は無い。弾力はあるが歯を立てると小気味の良い噛み応えが帰って来て、噛むほどに肉の旨味と香草の風味が口いっぱいに広がる。素材も良いのだろうが、それ以上にやはり匠の技もあるのだろう。


俺はその肉をたっぷりと堪能した。



 パーティーが終わった後、俺は膨れた腹を摩りながら、腹ごなしに館の中を散歩していた


「おお、シュウスケ殿。ちょうど良かった。少し時間を頂きたいのだが、よろしいかな?」


そうしていたらガイウスさんに声をかけられた


「えっと、はい、大丈夫です」


「シオンの事で少しお話がありましてな」


その一言に思わず背筋が伸びる


「長い話になる、あちらで話す事にしよう」


そう言うガイウスさんに案内され、応接間に通される。そこで俺は彼と向かい合って席に座る。


「君には話しておかなければ、と思っていてな」


そう前置きをしてガイウスさんはゆっくりと話し出す


「シオンは、生まれた時とても小さかったのだ」


「……それは、未熟児だったって事ですか?」


「いや、上の子供が大きかっただけで、ごく一般的な大きさだと医者は言っていた」


流石バースライト、生まれた時からでかい。


「しかし、そうは言っても上の子供達は皆大きかったのに、シオンだけ普通の大きさだったのは何か異常があるのではないかと、そんな考えが拭えず、私達はシオンを大事に育ててきた」


例えそれが普通だと言われても、心配が尽きる事が無い。それが親心というものなのだろう。多分


「例えばシオンが一歳の時に……」


それから、しばらく末娘大好きの親バカによる、うちの子かわいい自慢が長々と続いた。


…………


………


……



「……と、この様に私達はシオンを大切に育ててきたのだ」


ようやく、うちの子かわいい自慢が終わったらしい、それと同時に緩んでいた顔が引き締まり厳しいものに変わる。


「しかし、私達にはどうする事もできない事もあった」


「そうなんですか?」


シオンが家族を大切にしてるのは良く分かるし、彼等がシオンを大切にしている事も胸焼けを起こしそうなくらい伝わっている。それなら大抵の問題はなんとかなる気もするが……。


「うむ、シオンは弱く、小さく生まれついた事を気に病んでいる様なのだ」


「ああー……」


確かにシオンは他のバースライト家の人間と比べると、背も小さく、華奢な体形をしている(それでも背は標準より少し高めだが)しかし、それはどうしようもない事だろう。というか、どうにかできる人もいないだろう。


「私達もありのままで良い、無理をする必要は無いと、言い聞かせてきたのだが、あの娘は強さを追い求めるばかり」


ガイウスさんは憂鬱気に溜息をつく、しかし、シオンが強さを追い求めている。というのは、俺には思い当たる節が無かったが


まぁ彼女を良く知る人が言っているのだ、たぶんシオンにはそういう所があるんだろう。


「いつか、人としての道を踏み外してしまうのではないかと、不安に思っていた。しかし……」


そこで言葉を区切りガイウスさんは俺をみる


「今日の戦いぶりを見て、その不安も綺麗さっぱり無くなった」


ガイウスさんは晴れやかな顔で俺の両手を掴むと


「ありがとう、君がシオンの隣にいてくれて本当に良かった」


「へ、はぁ……?」


唐突にお礼を言われ、良く分からず気の抜けた返事をしてしまう。


「これからもシオンの事をよろしく頼む」


「はぁ、って、それは……」


普通に頷こうとして、婚約の事を思い出し、とっさに身構えてしまう。


「ん?ああ、婚約の事は追々考えてくれれば構わんよ。取り敢えずは友人として、一緒にいてあげて欲しい」


婚約の事は関係ないらしい。


「そういう事なら……まぁ、わかりました」


俺が傍にいる事で、どんな影響があるのかは知らないが、初めからシオンに拒否されない限りは、友人を続けるつもりではある。


その後は取り留めの無い話をして過ごした。主に筋トレとか、筋トレとか、筋トレとか


そんな話をしている内に夜も更け、あてがわれた部屋に戻りながら、俺は今日一日の事を振り返る。


今日は色々な事があった、その中でも最も印象に残ったのは


バースライト家の肉体は生まれつきの才能だけでなく、日々の弛まぬ努力によって培われているものだ、という事だろう。


後、亜竜は旨い。





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