1章 チート能力は無いけど元気にやってます

第3話 冒険者

 鬱蒼とした繁みをかき分けながら、薄暗い森の中を俺達は進んで行く。しばらく進むと後ろにいた咲耶が俺の肩を叩く、どうやら魔術で強化された彼女の五感が待ち伏せしている『敵』を捉えたらしい。俺はその指示に従い、腰に佩いた剣を抜き放ち構える。それを確認した咲耶が視線の先にある繁みに向かって、魔術による光弾を放った。

しかし、光弾が当たる直前に繁みの中から飛び出した影が俺達に向かって猛然と襲い掛かってくる。それはワニの様な大きな口を持つ犬の様な魔物だった。


俺はその魔物を十分引き寄せて、横薙ぎに剣を振るう。

が、魔物はその斬撃を食え込み防いでしまった。更にはその状態で体ごと回転してきた為、俺は剣を取り落してしまう。


銜えた武器を吐き捨て、大口を開け襲い掛かってくる魔物に対し、俺は左腕を前に出しそれをわざと噛ませる。

そして食い千切られぬ様に腕に力を入れ、そのまま近くの木に叩きつけると、それと同時に腰からナイフを抜き放ち、魔物の胴体に突き刺す。


刺された痛みで激しく暴れ狂う魔物を全身の力を使って抑え込み、ナイフをより深くに押し込む。


しばらくすると魔物の抵抗は弱まり、やがて完全に力を失う。


死骸となった魔物をゆっくりと地面に降ろし、大きく息を吐く


「お疲れ様、秀助。取り敢えず傷の治療をしようか」


呼吸を整えている俺に対して、咲耶がそう声をかけてくる。


「いや、いいよ。どうせすぐ直るし」


 この世界の人々は皆『アニマ』と『マナ』と呼ばれる力を持つ

『アニマ』とは肉体の力とも呼ばれ、形あるモノ全てに宿るとされている。これは誰でも簡単に使う事ができるものだが、身体能力向上や物質の硬化と云った、限られた用途にしか使えない。しかし、外敵に対抗する為の最も一般的な力でもある。

『マナ』は神秘の力とも呼ばれ、有形無形を問わず全てのモノに宿るとされる。こちらは使うには高度な技術が必要とされるが、火を起こしたり、水を生み出したり、その用途は多岐にわたり、戦いだけでは無く、この世界のインフラを支える重要なエネルギーにもなっている。


 これらの力は召喚された際に俺達にも宿っている。そのアニマを全身に巡らせる事で自然治癒力を高める事も出来るし、更に今俺が身に着けている鎧にはマナを利用した自動治癒の機能が備わっている。その相乗効果で大抵の怪我は直ぐ治ってくれる。


 因みにこの鎧は最初に案内された館の倉庫で見つけた物なのだが、他にも自動復元能力や除菌、消臭、温度調節などの機能が付いていて時間が経てば外見も元通り、匂いも気にならない! そんな便利な鎧である。その代わり簡単に壊れる位脆いが、まぁ気にするほどの事じゃ無いだろう。


「私の魔術の練習でもあるから協力してもらえないかな?」


「まぁ、そう云う事なら……」


「それでは、傷をみせてもらえるかな」


「ああ」


そう言って左腕を差し出すと、彼女は傷口に手を翳し魔術による治療を始める。


 魔術とはマナを利用した技術であり、簡単に使えるものでは無い。本来なら指導者の下で難解な専門書を元に何年も学んで漸く使う事が出来るものだ。それを彼女が使えるのは召喚される際、授かった『加護』によるものらしい。プライバシーの侵害になりそうなので詳しくは聞いていないが、多分俺が同じ『加護』を持っていても同じ事は出来ないと思う。


「さんきゅ、仕事の方もさっさと片付けるか」


治療が終わった俺は、魔物の死骸から濁った赤い色をした石、魔石を取り出す。魔石は魔物だけが持つ器官『魔核』が結晶化した物で、強力な魔物ほど魔石は大きくなる。それ以外にも食性や環境でも変化があるらしいが、俺には見分けがつかない。


「この仕事にもだいぶ慣れて来たね」


「そうだなぁ」


 俺達はこの世界で生きる為に冒険者になった。この国の教育機関に通うと云う選択肢もあったが、元いた高校でも三年生だったし、召喚された際に読み書きも出来る様にしてくれたらしく。日常生活において不便な事も特に無かったので、少し早いが就職をする事にしたのだ。


しかし、冒険者と言っても前人未踏の秘境を冒険したりするわけじゃない。そう云う仕事もあるが、それは極一部の実力者達がギルドや商会、場合によっては国のサポートを受けて行う仕事で、大多数の冒険者にとっては無縁なものだ。

一般的な冒険者は主に生活圏の外を探索し、その際の収集物をギルドに売る事で生計を立てている。中でも魔石は安定した価値のある代表的な収集物の一つだ。



「うーん……しかし、もったいない気がするな」


魔物の死骸を眺めながら俺はポツリと呟く。

魔物といえども、魔核が無ければただの動物と大差はない。だから当然その肉や皮にも使い道はあるのだが……。


「確かにそうかも知れないね、君が持ち帰りたいのなら私は止めないよ」


「……それは遠慮シマス」


この世界は畜産も紡織も発達していて、魔物の素材としての価値はあまり高くない。しかも解体するのは大変だし、匂いもきついし、運ぶにも嵩張るし、で中々割に合わない。

もっと強力な魔物なら話が変わるらしいのだが、そんな魔物なんて滅多に遭遇しない。


「既に終わっていましたか、お待たせして申し訳ございません」


そんな会話をしているとメイド服の少女、シオンが姿を見せる。そう俺の世話役を任されたと云うこの少女もなぜか一緒に冒険者になって、俺達に付いてきていた。咲耶の方の世話役は俺達が王都を離れた時点でその任を解かれ、別れたのにも関わらず、だ。


まぁそれはともかく、彼女は俺達が魔物の痕跡を見つけ、それを追いかける際、別の魔物に横槍を入れられない様に哨戒役を買って出てくれた。


「いや、大丈夫だけど」


「お心遣いありがとうございます。お詫びという訳ではございませんが、こちらをお納めください」


そういってさっきの物より一回り大きな魔石を手渡してくる


「シオンさん?こちらは……」


「あちらの方にいらしたので」


改めて彼女の容姿を観察する。光を反射し輝く銀色の髪に空色の瞳、透き通る様な白い肌。そして、



「……今日はもう帰るか」


深くは考えないでおこう。俺は慎ましく生活できる資金を稼げればそれで十分なのだから。





 冒険者になった俺達は王都を離れ、王都から見て北に位置する『アルテア』を拠点にして活動をしている。ここは特に畜産業が盛んな場所で、土地の大半が放牧地のとても長閑な田舎町


「うおおおお!抑え込めぇ!逃がすんじゃねぇぞ!」

「ぎゃあああああ!」

「サム達がやられた!医療班を呼べ!」

「まだだ!たかが肋骨を折られただけだ!まだやれる!」


というわけでも無い。


なにせ育てている家畜は象のように大きく、力も相応に強い。畜産業を行っている人もタフなので、命がけ、というほどじゃ無いらしいのだが、屠殺の際は毎回激闘を繰り広げる様をよく見かける。しかしその肉の味は絶品で、この街における魔物の肉の需要が無くなるほどだ。冒険者としては稼ぎ口が一つ潰されている事でもあるが、俺もその美味しい肉の恩恵を受けている一人なので文句は無い。


ド派手な屠殺風景を眺めながら、この街に来てから毎日の様に食べている肉の味を思い出しつつも、俺達は冒険者ギルドへと向かう。






 冒険者ギルドはアルテアにある施設の中では大きな方だ。内には収集物の買い取りなど、様々な手続きを行う受付カウンターの他に武具の販売、修理等を行う店や治療所といった、冒険者としての活動に必要不可欠な施設が揃っている事もあって、あちらこちらで冒険者の姿が見受けられる。


その中で空いているカウンターに向い、受付の人に声をかける。


「すいません、査定をお願いします」


「はい、ではこちらに提出をお願いします」


そう言って差し出されたトレイに収集物を全て乗せる。

と言っても、魔石二つだけなのだが、最初の頃こそ色々集めて持ってきたりもしたが、状態が悪くて買い取って貰えなかったり、労力のわりに報酬が少なかったりした事もあり、最近では基本的に魔石しか集めていない。


魔石はこの世界で一般的な魔導具の動力などに使われる為、需要が多く。何時持ってきても安定した値段で買い取ってもらえる。


「はい、確認しました。では、報酬を付与するので冒険者カードを貸して下さい」


 俺は懐からチーム用の冒険者カードを取り出し提出する。冒険者カードは魔術式を組み込んで作られた魔導具で、身分証としての機能の他に報酬の受け取り代金の支払いに使える便利な物だ。


 更にチームを組んで活動している場合、冒険者カードは個人用だけで無くチーム用の物も作る事になる。一応俺達もチームで活動している為、両方を所持している。


 個人用の物でも報酬を受け取ることが出来るが、チーム用のカードに付与された報酬は、同チーム内の各個人のカードからでも使用できる為、俺達は基本的にチーム用のカードで報酬を受け取っている。


 報酬には冒険者の評価の指針となるRP(ランクポイント)と、ギルド内及び提携施設で通貨として使えるGP(ギルドポイント)が存在する。RPの方はギルドの規約に違反したり罪を犯さない限りは減算されず、累積され続ける。そして累積されたRPに応じて冒険者ランクが決定され、低い順からブランク、ブロンズ、アイアン、シルバー、ゴールド、プラチナとなる。俺達は現在ブロンズランクだが、ブランクは仮免許の様なものなので実質的に一番下のランクになる。


冒険者カードを受け取った彼女はそれをカウンターに備え付けられた魔導具に差し込み、操作を行う


「はい、報酬の付与が完了しました。今回の報酬でランクの変動はありません」


俺はそんな言葉と共に返却されたカードを受け取る。毎回の決まり文句みたいな言葉だが、そう簡単に冒険者ランクは上がらない。なんでも一般的な冒険者が引退まで大体30年位活動するとして、ギリギリでシルバーまで行くかどうからしい。



 一通りの手続きを終えた俺はギルド内の休憩所で一息つく咲耶達のもとへ歩いて行く。


「これで今日の仕事は終わりだな」


「お疲れ様。まだランチには早いけど、どうしようか?」


「どうする、ねぇ……」


ギルドの提携施設には娯楽施設も存在するが、その娯楽と云うのはビリヤードやダーツを連想させる、なんというかオシャレ~、な感じのモノでどうにも俺は馴染めないのだ。


だから、昼までの暇つぶしに適当なモノを探すべくギルド内を見まわした際、目に入ったとある施設を指さす。


「ずっと気になってたんだが……あの店って何なんだ?」


「魔法屋でございます」


(あー、読みは魔法屋であってるのな)


この世界の言葉や文字は自動で翻訳されるのだが、翻訳される単語は俺の知識の中から選ばれるせいか、たまーに齟齬が生じる事もある。

だが、今聞きたいのはそれじゃない。


「ええっと、そうじゃなくて……」


「ああ、魔術では無いのか、という事だね?」


俺の疑問を察した咲耶が助け舟を出してくれた。


「そうそう、魔法と魔術って違うのか?」


「それは一般的な認識と学術的な定義によって異なるね」


「と、言うと?」


「学術的にはマナの性質をそのまま利用して行使するものを魔法、マナを術式でコントロールして行使するものを魔術と呼んでいます」


「ふむふむ」


「ただ、魔法屋で扱っている魔法は記録魔術を使い、魔術式を人の体内のマナに刻み込み、その魔術を自由に使える様にするものだ

簡易魔術なんて言われる事もあるけれど、魔術と区別する為に一般的に魔法と呼ばれているみたいだね」


「……それってややこしくないか?」


「仕方ないよ、魔術士を名乗るには資格が必要だからね。当然、簡易魔術を使えるだけでは魔術士は名乗れない」


「ふーん、まぁ、取り敢えず魔法の方なら俺でも使えるのか?」


「なんでも、と云う訳では無いけどね。人の持つマナにも属性があって、その属性と相性の良い魔術式しか刻む事は出来ない」


「例えば、火属性の人なら火属性しか刻めない、みたいな?」


「そうだね、そんな感じの認識でも大丈夫だよ」


「その、属性とか相性はどこでわかるんだ?」


「全国の魔法屋において無料で測定してもらう事が可能です」


「なるほど、じゃあ調べるだけ調べてもらうか」


どう転んでも損はなさそうなので、軽い気持ちで魔法屋のドアを開く。


「いらっしゃい、初めて見る顔だね、測定かい?」


中はそれほど広くはなく、ドアをくぐると同時に黒衣を纏ったお婆さんが声をかけて来た


「あ、はい。取り敢えず測定だけでも大丈夫ですか?」


「ああ、問題無いよ。使い道のない魔術に金をかける意味は無いからね」


良いらしい、よかった。


「じゃあ、この水晶に手をかざしな」


「はい」


言われるがまま、机の上に水晶に手をかざす。


「こっ! これはっ!」


お婆さんの目が驚愕に染まる。


「け、結果は……?」


「無い! これっぽちも! 欠片も素質が無い!」


……そっすか


「いいかい? 魔術式を刻むには属性や相性以外にもマナの総量が必要だ、しかし、お前さんからは属性すら判別できんほど微量なマナしか感じない」


「えっと、じゃあ、使える魔法は……?」


「無い」


デスヨネー


「いやぁ~、あたしもこの仕事を始めて長いが、ここまで素質の無い人間は初めて見たよ」


そこまでか




「気を落とすんじゃないよ~、魔法なんて使えなくたって、生きていけるんだからね」


そんな生暖かい慰めを背中に受けながら俺達は帰路につく。



「さて、俺は魔法も使えないみたいだけど、お前たちが俺と一緒にいる意味はもう無いんじゃないか?」


帰り道で周囲に人影が無い事を確認して、おもむろに切り出す。俺は二人が俺とチームを組んだ理由に納得していない。


「魔術が使えなくとも、私が頼れるのは君だけだよ」


咲耶は友人も多く、後輩からも慕われている。一緒に召喚された者達に一声かければ大半が協力を申し出ただろう。しかしそれをする事も無く、加護も持たない俺に付いて来た。本当に俺の何をそんなに当てにしているのだろうか? それがさっぱりわからない。


「あー、シオンは? 俺なんか監視しても意味無いだろ」


シオンは俺、正確には俺達を監視するのが仕事らしいのだが、その割には冒険者にもなったりするし、単独行動もする事もあるからよくわからない。まぁ監視役である事を隠す様子すら無い辺り、別の目的があるのかもしれないが。


「例の少ない特殊な存在ですので、監視する必要性はむしろ増したかと思います」


「あー、そうですか


……はぁ」


彼女達からチームを組む事を持ち掛けられた際、どうせすぐに愛想を尽かされると思ったから応じたんだけど、安請け合いするんじゃなかったかもしれない……。そんな考えが頭の中を過った。

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