第2話 異世界
光が収まると、最初に星空を濃縮したような宝玉が目に映る。美術品の類の事は正直よくわからないのだが、その宝玉からはなぜか目を離すことが出来なかった。
美しい、と感じている訳じゃ無い、感動している、とも違う。どうにも形容しがたい感覚が俺の中に渦巻いていた。
そんな訳の分からない感情に納得が行かず、思考のループに陥っていた俺を現実に引き戻したのは剣呑な雰囲気を漂わす周囲の騒動だった。
「殿下!どうかっ!ここは穏便に!」
騒ぎの中心に目を向ければ、うちの生徒達とこの世界のお偉いさんらしき人が一触即発の状態で、それを重そうな鎧を着込んだ護衛らしき人が押しとどめていた。
だが、それで収まってくれる様な状況でも無いらしく。
「ええい!退けマルドゥク! この私をバカ呼ばわりする無礼者など、即刻首を刎ねてくれる!」
ついにはそんな物騒な言葉まで飛び出してくる。その発言を受け、ますますヒートアップしていく騒動を見て
(話聞いてなかったから、なんでこうなったのか全くわからん!)
全く状況についていけない俺は、取り敢えず状況を把握するために辺りを見回し一番近くにいた人に話しかける。
「あの、なんで彼らはあんなけんか腰なんですか?」
「へ?」
黒いローブを纏った、この世界の人っぽい彼女は素っ頓狂な声を上げた
「あ、すみません。少しボーっとしてて話を聞いて無くて状況が良く分からないんで、教えてもらいたいんですけど……」
「……」
黙ってしまった。
って言うか、睨まれてる? 俺は何か失礼な事でもやってしまったんだろうか?
「なんで、そちらに聞くのかな? 普通こちらに話を聞くべきだと思うけど」
異世界カルチャー的なサムシングに困惑していると、不意に背後から声をかけられた。
「……蒼井さん」
振り返った先にいた眼鏡をかけた女生徒の名を口にすると、彼女は柔和な笑顔を浮かべる。
「ええっと、近かった……から?」
この人を選んだ理由に大した意味はないのだが、咎められている様なニュアンスを感じ、なんとなく歯切れが悪くなってしまう。
「……はぁ」
俺の答えに蒼井さんは呆れを滲ませたため息をつき
「彼はこの様な人間なので、他意は無いと思いますよ」
「……その様ですね」
なんか女性二人がわかり合ったような空気を出した
「さて、現状の説明だったね。と言っても、説明が必要なほど複雑でもないけどね」
「そうなのか?」
「私達を召喚した、あの王子様が私達に軍属になれと命令して、それに反発した一部の生徒が抗議の声を上げただけだよ」
「それだけであそこまで拗れるものなのか?」
喧騒の中心はいつの間にか殴り合いに発展していた。両者とも怒号をまき散らしながら拳を叩きつけている。両者の間に割って入っている護衛の人に
って言うか、なぜ王子様まで殴っているんだ?味方じゃ無いのか?
護衛の人可哀想。
「お言葉ですが、その抗議に暴言が混じっていたのも原因の一つです。王族に対して礼節を弁えない様な野蛮な人種であれば強硬な対応も致し方ないとも言えます」
「そう言われましても、私達にとってあなた方は誘拐犯の様に見られても仕方ない状況です。その様な状況で礼節を弁えると云うのは少々難しいと思いますが」
「……私達は召喚された者達は、こちらの呼びかけに応じてやって来るものと考えていましたが、あなた方は意思に反して召喚されたという事でしょうか?」
「ええ、私達は何の前触れも無く、この世界に召喚されました」
「それは……大変申し訳ありませんでした。どうやら、お互いの認識に齟齬があったようです。その点も踏まえて一度話し合いをすべきだと思いますが……」
そう言って二人共が喧騒の中心をみる。
「とても話し合いが出来そうな状況ではありませんね」
「このまま殿下にもしもの事があれば、我々としても相応の手段を取らねばならなくなってしまいます」
「あー、要はあいつらを止めればいいんですね?」
「え? ええ、まぁ」
「わかりました」
取り敢えず大体状況が分かったので、喧騒の中心に足を向ける。
いい加減空腹も限界なのでそろそろ巻いていきたい。
「これでこちらは大丈夫です」
「……そうでしょうか?」
「はい、なので……」
「……わかりました」
「よろしくお願いします」
そんな風に後ろでコソコソと話をする蒼井さん達に構わず、意気揚々と騒動の中心に近づき、手近な生徒に声をかける
「なぁ、そんなにけんか腰にならずに、先ずは落ち着いて話し合おうぜ」
「なんだよ、お前はあっち側の味方なのか?」
「いや、別に」
「だったら黙ってろ!」
「……」
気を取り直して、別の生徒に声をかけてみる。
「なぁ」
「あ゛!?」
「なんでそんなけんか腰なんだ?」
「はぁ!?ふざけてんのか!」
「いや、そんなつもりは無いけど」
「すっこんでろ!」
突き飛ばされた。
その後、何人かに話しかけたが大体似たような反応を返された。
「……」
だが、俺は諦めるわけにはいかない。
もう一度集団に近づき、手近な生徒の襟首を掴み
思いっ切り後ろに放り投げる。
「な、何すんだよ!?」
後ろから抗議の声が聞こえたが、気にせずに別の生徒を掴み放り投げる。5人ほど放り投げた所で、他の生徒達が鋭い眼光で俺を睨み付けてきた。
「この裏切り者め!」
その内の一人の生徒が罵声と共に殴りかかって来たので。俺はその拳打を受けながらもそいつの胸倉を掴み
思いっ切り後ろに放り投げる。
「くそっ!なんでこんな事するんだ!」
あなた達が私の話を聞いてくれないからです。なんて、俺がそんな事を言おうとした瞬間
「君たちは少し落ち着きなさい」
蒼井さんが良く通る声でそう呼び掛けた。その声を聴くと殺気立っていた生徒達も少しずつ落ち着きを取り戻していった。
(……解せぬ)
そして、彼女はそのまま王子様の前まで歩いて行き、一礼した
「初めまして、私は蒼井咲耶というものです。先程は後輩たちが不躾な真似を働き申し訳ありませんでした。ですが彼等は皆、予期せぬ召喚に会い、気が動転していたのです。
どうか寛大なご配慮を頂けるよう、お願いいたします」
「予期せぬ召喚だと?おかしなことを言う。ならばお前達はなぜここにいるのだ?」
王子様は若干苛立った様子で問い掛ける。
「なぜ、とは?」
「ふん、とぼけても無駄だ。召喚魔術は対象が応じない限り成立しない。今ここにいる者達は皆、望んだからここにいるのだろう」
その言葉に周囲がざわめく
「何事にも例外はございます。現に我々はここに至るまでいかなる意思確認も受けてはいません」
「そんな戯言を信じろと? いいか!もう一度言うが、今この世界では邪悪な神の復活が間近に迫っている。その邪神を討伐する為の戦力としてお前達を召喚したのだ! 故にお前達は私直属の戦闘部隊で働いてもらう! これは決定事項だ! 例外は認めん!」
話は早くも平行線になってしまい、相手は押し切る為なのか大声で威圧しだした。
俺達の主張の真偽を証明できない以上、相手の言い分もわかる。しかし俺達が意思確認を受けていない事を証明する術がないのもまた事実だ。
だが、相手はこちらの世界のお偉いさんらしいから、いくらでも強硬手段を取れるだろう。なんか少々手詰まり感が漂ってきたが、蒼井さんの表情にはまだまだ余裕が伺えた。まぁ彼女の余裕の無い表情なんて見た事ないのだが。
「戦闘部隊ですか……残念ながら私達はただの一般市民です。その様なものに配属されてもお役に立てるとは思いませんが」
「さっきからいい加減な事ばかり言いおって、異界の住人が特別な力を持っている事を私は知っているのだぞ!」
「では、その力で攻撃されるとは思わないのですか?」
「ふん! 召喚された者は召喚した者に危害を加えられない様に術式を組んである! だから、お前達が私に危害を加える事など不可能だ」
「え? それってつまり、あなたを殴ることが出来たら召喚に不備があったと云う証明になるって事ですか?」
「なっ……!」
俺の思い付きの発言に王子様は顔を青ざめ、絶句する。そこまでは想像してなかったらしい
「意思確認をする術式と召喚者を保護する術式の相関関係が不明だから、証明になるとは限らないよ」
何だ、残念。
「と、とにかくお前達は黙って私の命令に従っていれば良いのだ! これ以上口答えするならば牢屋に叩き込むぞ!」
蒼井さんの発言を聞いて幾分顔色の良くなった王子様が少し上ずった声でそう宣告する。牢屋と言えば臭い飯だが、俺の味覚とこの世界の味覚が同じとは限らない。
(これは……ワンチャンあるか?)
俺がそんな発想にたどり着いた時
「やめんか、アーヴァル」
低く、威厳に満ちた声がその場に響き渡った。
声がした方に目を向けると、上等そうな服を着込んだ初老の男性がこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。
「ち、父上……」
王子様は再び顔を真っ青にしながら視線を泳がせる。王子様の父親という事はこの人が王様なんだろう
王様はそんな王子を一瞥すると
「お前達、アーヴァルは疲れている様だ。少しの間、部屋で休ませてやりなさい」
その指示を受けた護衛の人達は王子を両脇から抱えてどこかへ去って行った。
次に王様は俺達に向き直り
「まずは息子の非礼を詫びよう」
「いえ、不測の事態により動転してしまったがゆえ、と理解しております」
「感謝する。
して、貴公らは意にそぐわぬ召喚をされたと聞き及んでいる。我らとしても初めての事態ゆえ、定かでは無い事も多いが答えられる範囲であれば可能な限り教えよう」
「ありがとうございます。では最初に、私達は元の世界に戻る事は出来ますか?」
その蒼井さんの質問に対する返答を、生徒達は固唾を飲んで見守る。王様は横に控えた人物の意見に耳を傾けると
「貴公らの話が事実なら難しいだろう。通常の召喚であれば契約が失効されれば自動的に送還されるが、貴公ら話が事実なら、その契約自体が存在しない事になる」
その答えに生徒達から、拭い切れぬ失望感が漂う。しかし、蒼井さんにとっては想定内だった様で、すぐに次の質問に移った。
「では、この世界における私達の生活はどの程度保障して頂けるのでしょうか?」
「ふむ、まずは当面の衣食住は既に用意させてある。そして、この国で活動する為の身分証とある程度の資金は提供する事は出来るはずだ。それから就職先が決まるまでの間、税金の免除しよう。もし必要ならば就職する為の支援も行う準備も出来ている」
「ありがとうございます。
次に邪悪な神との戦いに備えている、とおっしゃられていましたが、その戦いに参加を求められる事はありますか?」
「可能ならば参加してもらえるのが望ましいが強制はしない。だた、もし協力してくれる者があれば歓迎しよう」
「わかりました、私からは以上です」
そう言うと蒼井さんは俺達に向き直り
「他に聞きたい事がある人はいるかな?」
その言葉に対する反応は芳しくなかった。どうやら、大半の者にとって、元の世界に帰れないと云うのがよっぽどショックだったらしい。
その中で俺はと云うと
(聞きたい事か……)
一つあった。
「あの」
挙手して反応を伺う
「なんだ?」
「食事はいつ頃出ますか?」
「……くっくっくっ、随分と健啖な男だな」
笑われてしまった。
「昼頃を予定しているが、望むのならばすぐにでも用意させよう」
「っ! ありがとうございますっ!!」
最大の懸念が漸く解消された喜びに思わず心も弾む。
「他に質問がある者はおらぬか」
王様はそう呼びかけ俺達を見回す、そして応える者がいないことを確認すると
「こちら側の不手際で混乱させてしまって申し訳ない。当面の宿に案内させるので、まずはそこで体を休めると良い。貴公らのこれからの生活に幸多からん事を祈っている」
そう言って退室した。
その後、王様の言葉の通り俺達は立派な建物に案内された。洋風の建築物だが部屋数は多く、一人一部屋使ったとしても部屋が余るほどだった。
そして、待望の時間がやって来た。
「初めまして今日から貴方の身の回りのお世話を命じられました、シオンと申します」
その時はクラシックなメイド服を着込んだ少女と共にやって来た
「うん、俺は斉藤秀助、よろしく」
俺は挨拶こそすれど意識は、既に彼女の運んできた食欲をそそる匂いを漂わせるワゴンに集中していた。
「陛下からお預かりした物とお食事をお持ちしましたが、どちらを先になさいますか?」
「食事でお願いします」
その質問に間髪入れずにそう答える。
「畏まりました。急な注文でしたので簡素なものですが、ご容赦ください」
そう前置きをしてテーブルの上に見たことの無い料理が並べられた
「いただきます」
空腹だったので手当たり次第に口に掻っ込んでいく。マナー、という単語が頭に浮かんだのは料理を全て平らげた後だった
「ごちそうさまでした」
「それでは、陛下からお預かりした物をお渡しさせていただいてもよろしいですか?」
「あ、はい」
そう答えると彼女は封筒の様な物を手渡してきた。
「そちらはサイトー様のこの国の身分証と給付される資金となります。無くさない様ご注意ください」
中を見ると、カードが二枚入っていた。
片方にはどういう技術かは分からないが俺の顔写真みたいな物まで付いている。恐らくそちらが身分証だろう。
(お金の方もこれって、クレジットカード?いや、電子マネーみたいな物か?)
「それから最後になりましたが陛下からの言伝をお伝えします。まず、この館の倉庫にあるものは自由に持って行って構わない、と云う事と、この国での生活の補佐をする者を各人に一人派遣する事になりました。サイトー様の担当は私、シオンが務めます。以後、お見知り置き下さい」
異世界から来た人間の世話をしなくちゃいけないなんて……メイドさんは大変なんだなぁ。
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