異世界に召喚されたけど、なぜか俺だけチート能力が貰えなかった

たいちょー

序章 召喚されたけどチート能力は貰えなかった

第1話 召喚


 朝早く、残暑も消え肌寒ささえ感じるようになってきた、いつもの通学路を俺は全力で走っていた。


その日は朝から何かと運が悪かった。


セットしておいたはずの目覚まし時計は何故か鳴らず

交差点では尽く赤信号で足止めをくらい

駅では安全確認の為、電車か遅延していて

挙句の果てに靴紐まで切れる始末


 そんな踏んだり蹴ったりな状況に若干うんざりしながらも漸く、登校している生徒の一団に追いつく事が出来た。ここまで来ればもう遅刻する事は無いだろう。そう思い、俺は歩くペースを緩める。


「よっ、秀助!おはよう!」


そんな俺に声をかけてくる生徒がいた。同じクラスの男子で、いつも一人でいる俺を気遣ってくれているいい奴ではあるのだが、憂鬱な朝に彼のテンションの高さは少し厳しい。


「……ああ、おはよう」


「ん?元気ないな!どうした?」


「いや、別に……そんな事よりも、そっちはやけに上機嫌だな」


「あ、わかる!?いやー実はさっきさ、咲耶さんに声をかけられちゃってさ~」


「へぇ」


「そうそう、これってアレかな?もしかして脈ありだったりすんのかな?」


その彼女は男女問わず分け隔てなく接する人格者であるという事で有名なので、多分ただ挨拶をしただけだと思うけど、万が一という事もある。


「かもな」


俺は敢えて否定はしなかった。


「やっぱ、そう思う!?じゃあ、もう早速放課後にでも告ちゃおうかな~」


ますます、ヒートアップしていく彼のテンションに若干、辟易しながらも適当な相槌を返していく。


 そして校門をくぐった瞬間、俺は不意に違和感を覚えた


『ソレ』は最初、小さな穴の様なモノだった。が、『ソレ』は瞬く間に広がって行き、次から次へと人を呑み込んでいく。


俺は咄嗟に後ろに下がろうとしたが、こちらが下がるよりも早く『ソレ』は俺の足元にまで及ぶ。


(これ……確実に助からないよなぁ)


落ちる様な、吸い込まれる様な不快な感覚と共に飲み込まれていく中で、静かに目を瞑る。


(痛くないといいなぁ)


頭の片隅にそんな事を思い浮かべながら。




 だが、結局その時が訪れる事はなかった。それどころか不快な感覚は次第に衰え、やがて奇妙な浮遊感に包まれる。


自分の身に何が起こっているのか確認するために、ゆっくりと目を開くと

そこは淡い光を覆われた空間が広がっていて、辺りを見渡してみれば自分と同じ様に『アレ』に呑み込まれた生徒たちの姿もあった。


みんなは混乱の最中にあるのか、呆然と立ち尽くしていた。或いは、死後の世界か何かだと思っているのかもしれない。


(まぁ死後の世界では無い、とは言い切れない状況だけどな)


『いいえ、あなた達はまだ死んではいません』


俺の心の声に答えるように、脳内に声とおぼしきものが響いた。


『ですが、それに近しい状況であると言わざるを得ません』


「ど、どうゆう事だ!?」


一部の生徒がその言葉に半ば悲鳴の様な大声を上げる。


『あなた達は異世界から召喚されました。そして、今から元の世界へ戻る事はできません』


普通ならとても信じられない様な非現実的な言葉だったが、今の俺達が置かれている状況を考えると誰も反論する事は出来ず押し黙る。


『そして、その世界には人に害を及ぼす存在が蔓延っており、力無き者の命は瞬く間に失われることになるでしょう』


そんな俺達に構うことなく、声の主は更に残酷な事実を告げる。


しかし、続いた言葉はそれだけではなかった。


『故に授けましょう、その世界で生きていくための最低限の能力を』


その言葉と共に、全員の体が淡く輝きを放つ


『そしてもう一つ、あなた達自身が求める力を授けましょう』


例え声の主が何者で、どんな目的があったとしても、こんな状況下ではその言葉に縋る以外の選択肢は、俺達には存在しなかった。


(力、か)


気が付けば、誰からともなく目を瞑り、一心不乱に祈りを捧げだす。そして、しばらくすると一人ずつ順番に強い輝きに包まれていく。


赤、白、青、様々な色の光を放つ彼等を眺めながら、俺も同じ様に目を瞑ってみた。


『……言葉が足りなかったのかもしれません、あなたが必要としている力を想像しなさい、私はそれを授けましょう』


その声は、どこか呆れのようなニュアンスを含んでいた。どうやら最初の説明で理解できなかった奴がいたらしい。


(まぁ、ちょっとわかりずらかったからな)


『何を他人事の様に考えているのですか、あなたの事ですよ。斎藤秀助』


俺の事だった、少し恥ずかしい。気恥ずかしさを紛らわす為に周囲を伺ってみるが、こちらを向いている者は一人もいない、どうやら俺にだけ聞こえているらしい。


何者なのかは依然わからないが、指摘を本人だけに届ける声の主の配慮に少し感謝した。


『漠然としたものでもかまいません、私がそれを元に加護を与えましょう』


(ふむ、なるほど)


漠然としたものでいいと言われたので、なんか、こう、イイカンジの力をイメージしてみる。


『……私の話を聞いていましたか?』


駄目らしい。


(もうちょっと具体的な方がいいのかな?)


具体的、グタイテキ、ぐたいてき……

具だくさん、たい焼き、トンテキ……

なんか腹減ってきたな、そう言えば今日まだ何も食べてなかったっけ……。


(いかん、思考が逸れてしまった)


『……そこまでの覚悟があるのならいいでしょう』


なんか知らんが納得された。


(結局、どんな力が貰えるのだろう……?)


『私からあなたに与えられる加護は、どうやら無いようですね』


(えっ?)


予想外の言葉に戸惑う俺の内心とは裏腹に、周囲は既に元の静けさを取り戻していた。


(えーと、もしかして俺だけ加護とやらを貰えないって事?)


そう心の中で問いかけても答えが返って来る様子は無い。


そのまましばらく呆けていると、次第に周囲の光が眩いほどに強くなっていく。


(……まぁ、いいか)


そして、俺達は召喚された。





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