第4話 依頼

 朝、窓から差し込む日差しを感じ、俺は目を覚ます。この部屋に時計は無い、それどころかこの世界で時計は広場など人が多く集まる場所にしかなく。個人的に所有しているのなんて、お堅い職業の人間くらいだ。大抵の人は日が昇ったら起きて働いて、陽が沈んだら寝る様な生活をしている。俺達もそんな例に漏れない。


 俺達が借りている部屋は冒険者ギルドと提携している施設の一つで、4人部屋で備え付けベッドの4つある寝室が一部屋に、リビング、キッチン、シャワールームにトイレがある、これでも一番安い部屋なのだから中々豪華だ。


俺は寝ぼけ眼を擦りながら、軽く身支度を整え寝室からリビングに向かう。


「サクヤ様は水晶版を自由に使えるのですね。それも加護によるものですか?」


「いや、これは私達の世界にも似たような物があったからだね。多分、他の召喚者達も同じ様に出来ると思うよ」


「似たような物ですか……、魔石も無いのにこういったものを作れると云うのはとても不思議に思えます」


「私からすれば、石油や電気を使わずにこれだけの文明を作り上げている事の方が不思議に思えるけどね」


リビングでは先に起きていた咲耶とシオンが寛いでいた。


それはいいのだが……


「俺もいるんだから、二人共ちゃんとした格好してくれよ」


昨日まで俺と一緒にいる時、咲耶は白を基調としたローブ姿でシオンはメイド服姿だった。しかし、今の二人は魔導スーツ姿だった。


 魔導スーツは正式名称を魔導式強化機能付きフルボディスーツと言いこの世界の戦闘職の者にとって一般的な装備で、防御能力に優れているだけでなく、その名の通り、着用者の身体能力を向上させる機能もあり、なお且つ動きやすさも損なわない。しかし、その性質上、肌に密着する仕様になっており


つまり、まぁ


ボディラインがくっきりと出ているので、とても目のやり場に困るのです。


「自室でくらい楽な格好をしてもいいだろう?」


「いや、でも最初の頃はちゃんとしてたじゃないか……って、言うか楽なのか?その恰好」


ぱっと見、なんか窮屈そうだけど


「もちろん、通気性、吸水性にも優れているし、オーダーメイドで丁度良いサイズに作って貰ったからね」


「くっ、それなら仕方ない……! シ、シオンは監視役だろ?あまり気を抜いたらマズいんじゃないか?」


「お言葉ですが、私も人間です。常に気を張り詰めておく事などできはしません。それに監視は私一人ではありませんので、常に気を張る必要もございません」


「ぐう……」


ぐうの音でない、いや、ぐうの音しか出ない正論だった


「まぁ、いいや、取り敢えず食堂に行ってくる。お前たちはもう済ませたのか?」


「ああ、いつも通りに君が食べ終わった後に合流して、仕事に行こうか」


「わかった」


冒険者は活動時間が不定期なので、深夜を除き何時でも食堂を利用できる。ただしメニューは無く、料理人の裁量で料理は決まる。それ以外を食べたい人は基本的に自分で作る。


そして、使う食材は基本的にその土地の物になるのでアルテアの場合、肉料理である。多くの男子高校生と同じ様に俺も肉は好物なのでここの料理はいつも楽しみなのだ。








 冒険者ギルドでは冒険者の動向を把握する為、探索に向かう冒険者に事前に届け出を出す事を義務付けている。その為、どんな活動をするにせよ、冒険者は、まずはギルドへと向かわなければならない。


「あれ?依頼が残ってるな、珍しい」


ギルドに着くと掲示板に依頼書が張り付けられていた。


冒険者の仕事は探索して集めた物を買い取って貰うだけでなく、民間又は国がギルドを通じて冒険者に仕事を依頼する事もある。依頼による仕事は、探索で同じ事をやるよりも報酬が割増になっている為、探索をせずに依頼が無ければ仕事をしない冒険者もいる程だ。

しかし、依頼は依頼人からの条件指定が無ければ先着順なので、普通に探索していると依頼書を見かける機会すらあまり無い。


「残っているという事は、まぁそう云う事だろうね」


「取り敢えず見てみよう。依頼書の内容なんて見たこと無いから興味ある」


そのまま掲示板に向かい、依頼書の内容を確認する。


「これは……魔法薬の治験依頼? しかも、やたらと報酬が良いな」


「この国では魔法薬の治験は冒険者に依頼するものなのかな?」


同じく依頼書の内容を見た咲耶がシオンに尋ねる。


「いえ、国が主導して希望者を募って行われます」


「つまり、これは国の管轄外の魔法薬、という事だね」


「はい、安全性は保障されていませんので推奨はしません」


「でも、面白そうだな。キャンセル時の違約金とかも無いみたいだし、受けてみてもいい?」


依頼書には依頼を放棄した際のペナルティなどは一切書かれてなく、個人的にそんなヤバい魔法薬にも興味があった。


「……私はシュウ様の判断に従います」


「私も興味はあるし、見に行くだけなら良いかもしれないね」


「よし、じゃあ受注してくる」


二人の許可を得た俺は掲示板から依頼書を剥がし、それを受付カウンターに渡す。そして、手続きを済ませた後、受注書と依頼人の住所のメモを貰い出発する。





「で、ここが依頼人の家か」


ギルドで貰ったメモに書かれていた住所着くと、そこにあったのは小奇麗な一軒家だった。


「思ったより普通だな」


「君は一体どんな場所を想像していたのかな?」


「そりゃ、魔女の家みたいなおどろおどろしい廃屋を」


「野盗等が住み着きますと、問題になりますので、管理の行き届いていない家屋は取り壊す決まりになっております」


「あ、そうなんだ」


ちょっと残念。


気を取り直して、依頼人の家のドアを叩く。


「ごめんくださーい。依頼を受けて来た冒険者でーす」


すると、直ぐにドアが開いた


しかし、中に人は見えない


「魔術だね。どうやら依頼人は随分と魔術に精通している人物らしい」


「えっと、入っていいの?」


「もちろん、家主が開かなければ開かない術式だからね」


「じゃあ、お邪魔します」


薄暗い家の中を進んで行くと、金色の双眸を持つ人影が見えた。その女性の顔は、闇に溶け込む様な青い肌の所為で見え辛かったが、近づいてよく見ると結構若く、俺と同じくらいの年齢に見えた。


「あなたが依頼人のエファリアさんですか?」


「……ん」


彼女は静かに頷くと、おもむろに虚空に手を翳す、すると部屋の中から一冊のノートと禍々しい色をした液体の入った試験管が飛んできて、その手のひらに収まる。

その内のノートをこちらに差し出してくる


「実験の……レポート」


俺は渡されたレポートに軽く目を通す。



試薬ラット実験

一日目

投薬開始、直後に背部が肥大化

その頂点に直径三センチの腫瘍が生じる

腫瘍を切開した所、神経節を確認

切開した部位は10分程度で完治


二日目

背部から上腕部にかけて肥大化

腫瘍が五センチに、更には眼球が生じる

腫瘍を切開した所、眼球の視神経は神経節から生じていることを確認

切開した部位は7分程度で完治

ラットの摂食量、前日の半分程に低下


三日目

腫瘍10センチ、頭部を覆う

切開、頭骨を確認できず

切開部位5分で完治

ラットの活動、確認できず


…………


………


……




「いや!これ確実にヤバい奴じゃん!」


「ん、問題……無い」


そう言って彼女はおどろおどろしい色をした液体の入った試験管を取り出す


「この、薬を……使えば」

「助かるのか!?」


「処理できる」

「ダメじゃん!」


「……? 外には……出ない」


「いや、そうかも知れないけどさ。くっ、ラット実験は安全性を確認する為にやるものでは無かったのか……」


「だからこそ冒険者ギルドに依頼が来たのだろうね」


「まぁ、そうだよな」


冒険者ギルドは冒険者に対するサポートが手厚い反面、探索や依頼中に受けた被害に関して、ギルド及び依頼人に対して一切の賠償請求をできない。

その為、危険な依頼を避ける能力も重要になったりする訳だ


俺は取り敢えず試薬を受け取り、咲耶とシオンに問いかける。


「二人はこれ飲むか?」


「私は遠慮しておこうかな」

「私も辞退させて頂きます」


「だよなぁ」


念の為、二人の意思を確認した後、エファリアさんに向き直り


「と云う事でこの薬は



俺が飲む!」


試薬を一気に飲み干す。


その瞬間、心臓が大きく脈打つ、全身の血液が沸騰するように熱くなり、眩暈を起こし、思わず膝をつく。


その瞬間、左腕が装具を吹き飛ばし袖を突き破って激しく隆起する。更には肩口が膨れ上がり、そこからこぶし大の腫瘍が生じた。





「これは……興味深いね、この腫瘍は筋繊維で出来ている。しかも内部に神経節まで生じている」


「ねぇ、いきなり解剖するのはヤメテ! しかも、スケッチまで取ってるし!」


左肩の腫瘍を確認するや否や、咲耶は魔力のメスとハサミでそれを切り開き、シオンは咲耶が摘出し、膿盆の上に置いた物を手際よく試験管に入れて保存し、エファリアは切り開いた内部を素早く正確にスケッチしていった。


完璧なチームワークだった、こんチクショウ。


「すまない、つい」


そう言うと、彼女は解剖の為の器具を消すと、次第に傷口が塞がってゆく


「いや、わかってくれればいいんだ、うん」


「ん、わかった」


傷が塞がったのを確認したエファリアは一旦スケッチを中断し、奥へと案内してくれた。


案内された先で俺は手術台を思わせる簡素なベッドに寝かされ


そして、解剖と観察が再開された


(うん、もういいや)


抵抗は無意味と悟った俺は、その処遇を甘んじて受ける事にした。




 一日目

「ここは痛みを感じるかい?」


「いや」


咲耶は切開した内部をピンセットでつつき、反応を伺ってくる。が、痛みはほとんど無い、精々くすぐったい程度だ


「では、ここは?」


「あ、ちょっと痛い」


「なるほど、どうやら肥大化した部分の神経は肩の神経節に繋がっていて、君の脳とは独立しているみたいだね」


「えーと、肉襦袢みたいな感じ?」


「むしろパワーアシストスーツみたいな物だと思うよ。例えば、そうだね……まず、これを右手で持ってみてくれるかな」


そう言ってこぶし大の物体を手渡される。


「……石?」


紛れもなく石だった。


てか、どこから出した?


「それを左手で持って見てほしい」


そんな疑問は横に置いておいて、言われるがままに左手に持ち替えると


「あれ?」


石は粉々に砕け散ってしまった。


「軽く持っただけなのに……」


「それだけ君の筋力が強化されている、という事だろう」


「結果が出ました」


隣の部屋で試験管に入れた細胞片を分析していたシオンとエファリアが戻って来た


「どうだった?」


「はい、元の肉体と肥大化した部分ではアニマの性質に相違が見られました。別の生物と言っても良いと思います」


「え?俺の体どうなっちゃってるの?」


「大体……ラットと同じ」


「あ、そうなんだ」


って、全然安心できる要素じゃないな


「ところでお腹は空いてないかい?」


「いや、朝食ったばかりだから大丈夫だけど」


「じゃあ、肥大化の際の栄養素は別の方法で供給されているのか……」


(あっ、そういう……)


この日、俺達三人はエファリア宅に泊めてもらう事になった。


エファリアは二人と気が合ったらしく、午後にはお茶会みたいなのを開いたりして、交流を深めている様だった。



 二日目

目が出た、誤字にあらず。


「うわぁ、間近でみると結構きもいな」


肩口の出来たこぶし大の眼球はギョロギョロと動き回り、辺りを見回していた。レポートの内容から大体予想していたが、実際目にするとスケッチの絵よりも数倍きもかった。


そんな眼球を咲耶はいきなり摘出する。


「うお、躊躇なく行ったな」


「やはり、視神経は肩口の神経節に繋がっているみたいだね」


眼孔を覗き込みそう呟く咲耶に


「こちらの構造は一般的な眼球とほとんど変わらない様です」


摘出された眼球を真っ二つにしたシオンが報告する


「念の為、アニマの性質も調べてみようか」


「畏まりました」


二人が摘出した眼球を分割し部位ごとに試験管に保存すると、隣の部屋に運び込む。そして、二人と入れ違いに今度はエファリアが入って来た。


彼女はおもむろに俺の上に馬乗りになると、いきなり俺の服を脱がしてきた。


「い、いきなり何をする!?」


いきなり服を脱がされた事よりも、俺の胸部を覗き込む彼女の側頭部から生える二本の角が喉元に突き付けられる事に思わず身構えてしまう。


「腕から……広がってない……?」


「ん?」


確かにラット実験では肥大化した部分は拡大して行ったのに、俺は未だ左腕だけだ。人とラットの差だろうか?


「……興味……深い」


それだけ言うと彼女は部屋から出て行ってしまった。


女性三人は同じ部屋で寝泊まりしているらしく、夜中に部屋の前を通りかかるとガールズトークで盛り上がっている様だった。



 三日目

昨日の状態では引っこ抜かれる度に再生し、せわしなく動き回っていた眼球も、今はうつろな目をして中空を見つめていた。サディスティックな彼女達にもてあそばれて精魂尽き果ててしまったのかもしれない。


そして、咲耶はやっぱり迷わずにそれを摘出した。


「水晶体に濁りが生じているね。急速に老化しているのか、それとも別の要因があるのか、いずれにせよ、ラットの時には見られなかった変化だ」


「左腕自体にも少し退縮が見られます」


「薬効が……薄れてる……?」


「そんな事があり得るのでしょうか?」


「可能性があるとすれば……」


三人の視線が俺に集中する


「え?何?どゆこと?」


「これはもっと詳しい検査が必要みたいだね」


妖艶な笑みを浮かべた咲耶が俺ににじり寄ってくる。


「と云う事で、また検体を採取してもいいかな?」


「採血か?まぁ、別に構わないけど」


薬を飲んでまだ三日だが、一日に何度も血を取られたので、もはや、ちょっとやそっとなら気にもならなくなった、幸い咲耶は採血も上手い。


「ありがとう。ただ、今回はちょっと多めに取らせてもらうけど、命に関わる事は無いから心配しないで欲しい」


「ん?


え? ちょっと待って、そんな取るの? ホントに大丈夫なんだよな? なぁ!」




人体の可能性を目の当たりにした。人間ってあんなに血を抜いても平気なんだ……。



その後、咲耶とエファリアは隣の部屋と他の部屋を慌ただしく行き来して、シオンに至っては外に出かけたまましばらく戻ってこなかった。


 四日目

目が落ちた、そして肩の眼孔も綺麗サッパリと塞がってしまった。左腕の大きさも、右腕よりちょっと太い程度に収まっていた。


「予想道理ではあるけれど、大分元に戻っているね。じゃあ、また採血させてもらうよ」


「それもそろそろ最後か?」


「そうだね、この様子なら明日には元に戻っているだろうから、その時にまた採血して、それで終わりかな」


「そうか、色々あったが、明日で終わりだと思うと少し寂しいな」


「ふふ、君さえ良ければいつでも採血してあげるよ」


「いえ、それは遠慮シマス」


たった四日だが、もう一生分血を取られた気がする。流石にもう血を抜かれるのはごめん被りたい。





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