[33]

 萩野庄司が拠点としていた建物の一階は過激派の部隊が小型爆発物を用いて奇襲を仕掛けたため、部屋の中や廊下には瓦礫や数十体の死体が転がる凄惨な状態となっていた。その中の一つ、エントランス近くの部屋でハンチング帽が頭の近くに転がっていた男性が潰れた様な唸り声で呻き、うつ伏せのままゆっくりと動き出した。

 紗耶と入り口で言葉を交わした知人の構成員である三好は襲撃時、入り口から屋内に戻って来た時に爆破攻撃に巻き込まれ、意識を失っていた。破片で浅い傷や軽度の火傷を負った顔を上げると、目の前には首や胸に破片が突き刺さり粉塵で身体を汚した筋骨隆々な上半身裸の男性が、既に息絶えた死骸となって横たわっていた。


「……琉さん」


 三好はゆっくりと起き上がりながら口に含んでいた血を吐き出してハンチング帽を被り、傍に落ちていた中折れ式の猟銃を掴むと、机を支えに立ち上がる。辺りを見渡すと部屋の中には十人ほどの男女が倒れていた。衣服を赤黒い鮮血で染め、床は流れ出た血で染まり、壁には飛び散った飛沫血痕が、まるでアートの様に豪快に振り掛かっていた。

 拠点を急襲した襲撃者の部隊は既に廊下の奥まで進み、二階に繋がる階段近くの部屋で仲間の構成員達との銃撃戦を繰り返しながら怒号を上げ、リーダー格の男性が何かを指示していた。

 三好は口元の血を拭いながら壁際から僅かに顔を出して様子を伺い、自身の仲間達を次々と殺害していく黒色の戦闘服を着用した集団の後ろ姿を見つめた。素早く制圧していく彼らの動きを見て、三好は自身を含めた構成員達よりも練度が上であろう事は容易に理解する事が出来た。三好は目線を外して重機関銃の発砲音が聞こえてきた入り口方向に顔を向けていると、再び襲撃者の声が聞こえて来た。


「標的BとCは二階だ、護衛を殺して早く追え!」


 襲撃者の言葉を聞いて三好はハッとすると再び銃撃戦を行う者達がいる方向に顔を向け、脳裏に冬島紗耶の顔が浮かんだ。

 三好は短く考えを巡らせると、外から依然として聞こえるエンジン音と重機関銃の発砲音を聞き取りながら屋外の脅威に対して猟銃を構えて警戒し、屋内の敵から認知されない様に素早く出入り口へ向かい始めた。


◆◆◆◆◆


 階段の踊り場から身を乗り出した董哉はVectorの上部に取り付けた照準器を覗かずに、フルオートで45ACP弾を階下にバラ撒き、敵の進行を阻止していたが敵側の弾幕による反撃を受け、再び身を物陰に引いた。


「リロード、援護してくれ」

「了解」


 枇代は董哉を後方に下げるとDDMK18を構えながら身体を斜めに向け、僅かに上半身を物陰から出すと、階下に向けてセミオートで発砲しながら牽制を始めた。しかし階下からの反撃も強く、多数の弾幕の襲来に枇代も思わず物陰に隠れた。踊り場の壁にAKから発射されたライフル弾が着弾し、弾痕を形成しながら僅かな粉塵を上げている。

 枇代は物陰に隠れながら爆発の影響で打撲程度の怪我を負って若干腫れている左腕を掴み、息を整えてから銃口だけを物陰から出して階下に向け、再度数発発砲しながら敵を牽制し始めた。


「奴らどうあっても上がって来る気ですよ」

「標的がいるんだから当然だろうな」

「……ッ、リロード!」

「援護する」


 枇代が弾倉交換を終えた董哉とリロードの為にポジションを入れ替えていると、階下から勢い良く手榴弾が投げ込まれてきた。その事態に気づいた枇代はそれを目にした瞬間、瞠目しながらも、董哉の横に落ちて来たので慌てて拾い上げた。


「グレネード、グレネード!」


 枇代は早口で叫びながら拾い上げた手榴弾を階下へと投げ返すと、叫び声に近い怒号が聞こえた。董哉も素早く物陰に隠れ、両目を瞑りながら身を丸めた瞬間、階下からまるで落雷が目の前に落ちたかの様に爆発音が轟いた。直後、粉塵と煙が踊り場まで流れ込んできた。


「……ふざけた真似しやがって!」


 董哉はVectorの銃身を物陰から出して数発発砲していると、枇代は二階から自分達に接近して来る足音を察知した。マガジンポーチから引き抜いていた弾倉と空の弾倉を素早く交換し終え、DDMK18の銃口を二階に向ける。数秒の間、相手を待ち伏せて警戒していたが足音の主から声が聞こえてきた。


「ブルー、ブルー! そっちに向かう」


 聞こえてきたのは諏訪の声であった。

 また、ブルーとは同士討ちを防ぐため敵味方識別に使用される色であり、青は味方を示している。枇代は銃口を下ろすと、二階から諏訪が中腰になりながら銃を若干斜めに構えて姿を現した。


「援護に来た、怪我は?」

「私はまだ左腕の方が痛みますが、董哉は擦り傷程度の怪我しかありません。ただ階下からの攻撃が激しくて、もう長くは持ちません」

「二階の外階段から退避する、援護するから二人とも上がって来い」

「援護するから先に行け」

「了解」


 董哉はVectorを階下に向けて構えながら目線だけを振り向かせて枇代に言うと、枇代は立ち上がって二階へと駆け上がった。諏訪は背後で待機していた紗耶と奏が枇代に他の怪我がないかを確認している姿を一瞥すると、右脇腹部分に装着した二つの手榴弾ポーチの内一つを開き、MK3A2攻撃型手榴弾を取り出すと背後へと振り向いた。


「奏、手榴弾を投下するから援護を頼む」

「了解」


 奏は諏訪の横まで来るとDDM4 PDWを持ち上げて階下に構え、諏訪は応戦している董哉に向けて声を上げた。


「董哉、上がって来い」

「了解、移動する!」

「手榴弾を使う、全員注意しろ」


 諏訪は二階の面々に注意を呼び掛けると、董哉がVectorを両手で保持しながら駆け上がって来た。諏訪は董哉とすれ違いながら階段を数段降りると手榴弾のピンを引き抜き、壁に向けて投げつけた。

 壁に当てた跳ね返りを利用し、階下に手榴弾を投げ落とすと瞬時に階段を駆け上がった。再び階下から警告を伝える怒号が聞こえ、諏訪が二階に到達したと同時に爆発音が轟いた。

 諏訪は銃を持ち上げて振り返ると、相手の呻き声と共に粉塵が階下から上昇してきていた。紗耶は董哉の怪我の有無を確認し終えた後に指示を出した。


「よし、後方に注意、外階段まで行こう」


 紗耶は指示を出すと走り始め、諏訪達も後方を警戒しながら紗耶に追随して外階段まで走り始めた時であった。諏訪が丁度階段方向へ振り向くと、階下からオレンジ色の光が高速で階段の踊り場に直撃する瞬間を目撃し、瞠目すると同時に叫んだ。


「ッ……伏せろ!」


 諏訪の声に紗耶と董哉と枇代は瞬時に伏せ、諏訪は素早く隣にいた奏のプレートキャリアを掴むと前方に突き飛ばして階段から離し、自身も床に飛び伏せた。直後、ヘッドセット越しでも鼓膜が破れそうになるほどの爆発音が轟き、舞い上がった粉塵やコンクリートの破片が諏訪と奏に降り注いだ。

 紗耶は素早く立ち上がりながら諏訪と奏に顔を向けてきたが、諏訪はサムズアップをしながら顔を上げた。更に追撃のためであろう、階下から階段を登ってきている複数の足音が聞こえてきた。


「階下から敵が来ます!」


 同様に足音を聞いといた奏が素早く起き上がって階段に銃を向けながら報告すると、紗耶は條太郎と瑠衣が安全確保の為に先行している外階段を指差した。


「全員階段まで退避、私は奴らの足止めをする。みんなは車両の確保をお願い」

「一人では流石に危険ですよ」

「私なら護られなくても大丈夫、行きなさい」

「……了解」


 紗耶の指示を受けた奏は頷くと、諏訪に駆け寄ってから立ち上がらせ、董哉と枇代も引き連れて走り始めた。紗耶は奏達を一瞥し、階段へSCAR-SCを構えると二発ほど発砲して牽制を行った。

 すると金属製の物体が階段の踊り場に投げ込まれる投擲音が響いてきた。紗耶は反射的に横のドアに気を付けながら後方に大きく下がり、右手を上げてシールドを展開した。だが破裂音と共に白煙が階下から昇ってきた光景を見て、投げ入れられたのは発煙手榴弾だと理解した。


「──詰めてくるか」


 その時、紗耶は階下から急速に接近する何者かの気配と殺気を察知した。再びSCAR-SCを構えようと掴んだ矢先、灰色の煙の奥でオレンジ色の光が瞬いた。光を視認した瞬間、紗耶はほぼ無意識の内に右眼虹彩を青紫色に発光させ、凡そ肉眼では追えないスピードで、素早く左手を上げてシールドを展開した。刹那、波打つ透明のシールドにオレンジ色の発光体が衝突すると、まるで花火の様に火花と鼓膜が破れたと錯覚させる程の爆音が轟いた。


「重も……ッ!」


 攻撃の威力が高く思わず紗耶は瞠目し、両足で踏ん張ったものの数メートル後方へ押し返された。爆音により耳鳴りが止まずに表情を歪ませる。

 煙が充満して視認性が悪化している中で紗耶は警戒しながら視線を巡らせていると、最初の攻撃から間を置かずに、左斜め前から再びオレンジ色の発光体が高速で飛来してきた。紗耶は足腰に力を込めて踏ん張ったが、突如発光体は直前で爆発し、花火の様な模様を浮かばせて爆音を轟かせた。

 再び至近距離で炸裂した爆音に紗耶は顔を顰めた瞬間、彼女の右側から黒色の戦闘服とプレートキャリアを着用した青年が勢い良く飛び出して来た。

 黒髪には飛来してきた発光体と同じオレンジの蛍光色の様な毛が多く混じり、左手に握るトマホークを振り下ろしてきた。紗耶は咄嗟にシールドを解除しながら身を低くして左側に転がる。

 青年は攻撃が空振に終わるが、膝を地面につけて着地すると素早く立ち上がり、振り向くと同時に紗耶に向けて飛びついて来た。紗耶も素早く起き上がると既に青年は間合いを詰めて武器を振り上げた。

 青年は斜めにトマホークを振り下ろすが、紗耶は両手でSCAR-SCを掴み上げてその攻撃を防ぎ、銃本体で青年の顔を殴り付けた。青年は仰け反ったので僅かに体勢が崩れたが、すぐに右腕を下から上へと振って繰り出した第二の攻撃も上体を反らして回避した。


「避けるなよ!」


 青年が苛立たしく叫び距離を詰めて再び攻撃を行おうとしたが、紗耶は銃を手放して両手で彼の右腕を掴むと、相手の体格が勝るにも関わらず、勢い良く背負い投げを繰り出すと、青年を地面に叩きつけた。すると、薄ら晴れてきた煙の奥から援護するかの様にAKの発砲音が何発か轟き、ホルスターから銃を抜こうとした紗耶の顔右側を至近弾が通り過ぎると、直後に一発のライフル弾が運悪くプレートキャリアに被弾した。

 防弾プレート越しの右胸辺りに7.62mm弾が被弾すると、常人より頑丈な紗耶でも流石に衝撃が全くない訳ではないので、思わず青年から手を離して短く声を上げて仰向けに倒れた。拘束を逃れた青年は急いで階段方向に転がり、ほぼ伏せている状態で紗耶に顔を向けると声を上げた。


「いいぞ奴が倒れた、そのまま撃ち続けろ!」


 紗耶は素早く起き上がりながらも若干の息苦しさを感じていると、青年の背後からAKを構えた黒色の服装を纏った男が現れた。更に青年も短時間で掌に形成したエネルギー弾を投げつけてくる。シールドを張る余裕はない。紗耶は不思議なほど冷静に、再度の特異体質者による狙撃のリスクを覚悟すると真横の部屋へ飛び込んだ。

 床を転がると数秒前まで居た場所で花火の様な爆発が起こり、衝撃波に巻き込まれると、窓の下まで吹き飛ばされて壁に左半身を強打して倒れた。紗耶は素早く両手で身体を支えて起き上がっていると通信が掛かってきた。


『Jackson7からJackson0、其方の状況は?』


 ドローンで周囲を旋回しながら奏達に敵の位置を支持していた夏朋の通信を聞き、紗耶は唾を吐き捨てるとPTTのボタンを押して応答した。


「私は大丈夫、車両確保の援護をお願い」

『無茶はしないでよ』

「ええ」


 通話を終えると複数の足音が聞こえてきた。一つが異常に早く、あと数秒で姿を表すだろう。紗耶は壁を背にして座り、スピーディーな近接戦闘に不適格なSCAR-SCをバックパネルの上に背負い、視線を上げると薄緑色のカーテンが窓を覆っていた。これなら普通の狙撃手を相手にした場合、自身の姿を一時的にロストさせる事が可能だ。

 しかし、相手は透視系の能力を使用して12.7×99 mm弾の様な高威力攻撃を放つため、遮蔽としての意味を全く持たない。だが相手が狙っている箇所に青白いレティクル模様が浮かび上がるため、攻撃を逆手に取って敵に打撃を与える方法が存在しない訳ではなかった。

 その様な事を紗耶が考えていると、追撃の為に接近して来た青年が入り口に姿を現した。それを視認したと同時に紗耶は迷いなくカーテンを掴むと、勢い良く下に引っ張り、留め具を壊しながら窓を覆う布を剥ぎ取った。

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