[32]

 その攻撃は室内で待機中の紗耶達は勿論、警備員や構成員の男性達などを吹き飛ばすには十分過ぎる威力であった。爆風や衝撃波と共に飛来した外壁の瓦礫や大小破片は、まるで散弾銃の如く瞬間的に広範囲に四散し、董哉達が待機していた階段側から上がって来ていた警備担当の男性の頭の上半分を破片が吹き飛ばした。

 その横では、バランスを崩した董哉と小さな破片が左腕の上腕に直撃した枇代が、爆発地点から最も近かった為、吹き飛ばされて階段を転がり、数段下の踊り場まで落ちると、二人は同時に倒れ込んだ。

 一方、二階に集っていた面々も爆発位置から至近距離のため、至近距離で衝撃波を喰らい、全員が地面に吹き飛ばされていた。諏訪はうつ伏せに倒れながらも、何とか両肘で身体を支えて起き上がり片膝と片手で姿勢を保ちながら、鳴り止まない耳鳴りの中で激しく咳き込んだ。

 紗耶も仰向けに倒れていたが、隣で片膝付いている奏と起き上がろうとしている條太郎を一瞥してから、ゆっくりと壁伝いに立ち上がる。目の前を散る粉塵を手で払い、声を上げようとした時、クリック音と共に通信が入ってきたため紗耶はPTTのボタンに指を触れた。


『Jackson7からJackson0、現在こちらは攻撃を回避して建物上空を旋回している。敵の攻撃が着弾したのを確認、そちらの状況は?』


 少しばかり機嫌の悪そうな夏朋の声が聞こえてきたので、紗耶は粉塵の影響で短く咳き込んでから応答を始めた。


「攻撃が着弾して負傷者がいる。そっちから建物周辺の敵の状況は見える?」

『建物周辺、多数の方向から接近中、あと四十秒ほどで建物に到着予定』

「了解、退避するからサポートをお願い。旋回しながら敵の動きを逐次報告して、攻撃を受けたら回避に専念、絶対に撃墜なんかされないでよね」

『了解』


 紗耶は通話を切ると、徐々に立ち上がり始めていた護衛員の面々を見渡しながら声を上げた。


「みんな無事?」

「……ああ、Jackson2は無事だ」

「Jackson1無事です」

「あぁくそっ、いったい何が起きた?」


 條太郎と奏の報告に次いで、遠藤と呼ばれた男性は起き上がりながら声を上げた。紗耶は諏訪に顔を向けるて「諏訪君?」と声を掛けると、片膝を付いていた諏訪は唾を吐き捨ててから「自分は大丈夫だ!」と声を上げて応答し、隣にいた瑠衣も「ボクも大丈夫!」と言い、片手を上げてからサムズアップを行った。

 廊下は瓦礫とガラス片が散乱しており、粉塵も舞っているので視界が悪い。廊下の外壁に開いた大穴から差し込む陽光が廊下を照らしており、視界確保に一役を買っていた。

 紗耶は目を凝らしていると、階段付近に一人が頭部付近に血溜まりを形成して仰向けに倒れている姿を見つけた。しかし、近くにいたであろう董哉と枇代の姿が確認出来ない。紗耶は二名の護衛員の安否を確認するため、PTTのボタンを押し込んで顔を近づけた。


「Jackson5及びJackson3、こちらJackson0。あなた達の姿を確認できない。繰り返す、そちらの位置を確認できない。もし無事で通信が聞こえるなら応答を──」


 返答がない。

 紗耶は再びボタンを押すと、今度は護衛員の安否をリアルタイムで確認可能な装置を有する夏朋に通信を繋げた。


「Jackson7、そっちの画面表示でJackson5と3の安否を確認してほしい。私の方からじゃ連絡が付かない」

『えーと……Jackson5と3は生存して──』


 すると短いクリック音が鳴り、夏朋の声に被さるように通信が舞い込んできた。

 

『すまないJackson5だ、こちらは無事だ。3も生きてるけど、左腕を負傷している』

『Jackson3です。私は負傷してますが、戦闘に影響が出るほどではありません。そちらに合流した方が良いですか?』


 通信の主は董哉と枇代だ。

 董哉は咳き込みながらも声を張り、その声は無線機を通り越して紗耶の耳にも聞こえてきた。枇代の方もしっかりとした声であるが、痛みを耐えているのか若干息遣いが荒かった。紗耶は二人の生存に安堵すると共に指示を出し始めた。


「指示を出すから二人ともよく聞いて、すぐにここから脱出する。Jackson3とJackson5は今すぐ二階に上がって私達に合流してほしい」

『Jackson5了解、そちらに向か──」


 董哉が応答しようとした瞬間、一階から腹に響くほどの連続した爆発による重低音が轟き、二階の床を本震と錯覚するほどの揺れが襲ってきた。直後階段側を通じて、重機関銃の発砲音と構成員達の悲鳴と、怒号及び反撃しているであろう複数のAKライフルの銃声が聞こえてきた。


『Jackson3、一階から複数の発砲音を確認!』

「まずい、防衛が破られたか」


 状況を理解した遠藤がトランシーバーのボタンを押して部下達に指示を出しながら、枇代と董哉がいる階段に向けて走り出した。すると廊下の奥、紗耶達の背後にある外階段に繋がるドアが破られた。

 小さな爆発音と共に勢いよく室内に向けて開かれ、屋外から黒色の戦闘服を着てケブラーマスクを装着した大柄な民兵が現れた。

 男の両手には通常弾倉より拡張されたロングマガジンを装着したツァスタバM72AB1軽機関銃が握られており、紗耶達が集まっている方向に銃口を構えて向けてきた。紗耶と隣に立っていた條太郎がいち早くサプレッサーを装着したSIG MCX LTの銃口を持ち上げ、奏も銃を巨漢の男に銃口を向けながら声を上げた。


「コンタクト、12時!」

「──私の後ろに!」


 紗耶は指示を出すと後方で立ち上がっていた諏訪や瑠衣が紗耶の背後まで跳躍し、地面を転がる。

 紗耶も右眼の虹彩を青紫色に光らせ、素早く顔の前に両手を突き出そうとした瞬間、巨漢の男が構えていた軽機関銃の銃身が横薙ぎに振られた。次いで拡張弾倉内に装填された7.62×39mm弾が室内に轟く爆音と共に襲来してきた。

 相手が引き金を引く前にシールドを展開することに成功した紗耶は、明確な殺意が込められたライフル弾を受け止める事が出来た。しかし瞬間的に数十発の銃弾を受け止めたので、大柄な男性にタックルを繰り出された様な衝撃を受けて僅かに後方へ押し出される。紗耶が展開するシールドの後ろで身を屈ませていた諏訪は後方を振り返り、危険を察知して顔を覗かせ、軽機関銃のターゲットにされている董哉と枇代を見た瞬間、PTTのボタンを押した。


「Jackson4から5と3、二階で敵と交戦中。相手は軽機関銃を持っているから、制圧するまでその場で待機してろ」

『了解』


 董哉からの返答が届いた直後、諏訪の右側で身を屈ませていた遠藤が、シールド展開外から攻撃を加えようとAKを構えて反撃する為に発砲した。

 大柄な男は僅かに身を屈めてから遠藤に素早く銃口を向けて連続して発砲した。正確な射撃に狙われた遠藤は、数発の銃撃を胴体に受け、上半身が後方に反って仰向けに倒れた。


「…ッ、おい!」


 諏訪は仰向けに倒れた遠藤をシールドの裏に引き摺り込もうと咄嗟に手を伸ばそうとしたが、背後から瑠衣が素早くその手を掴んだ。


「あれはもう駄目だよ」

「クソッ……」


 諏訪は首から流れ出た血が身体の下に溜まり始めた遠藤を一瞥してから舌打ちをすると、視線を再び軽機関銃手に向けた。男の背後から一人がAKを発砲しながら手前の部屋へと前進している。


「敵が入って来てるぞ!」

「撃ち返して!」


 MCX LTだけをシールド展開外に出して相手に向けて発砲している條太郎と紗耶が声を上げ、諏訪はMK10を左手に持ち替えると、シールドの展開外から身を乗り出して軽機関銃手に向けて撃ち返し始めた。瑠衣も諏訪の背後で片膝を付くとMP7A2を左手で構えて同じく反撃する。

 巨漢の民兵は諏訪と瑠衣の反撃に被弾すると身体を僅かに震わせ、軽機関銃を発砲しながら隠れようとするが、再び諏訪が放った10mm弾が右の太腿辺りに被弾して体勢が僅かに崩れた。紗耶はその様子を視認した瞬間、シールド能力を解除すると、條太郎と奏は素早く民兵に照準を合わせた。

 條太郎は親指でMCX LTのセレクターをフルオートの位置に素早く合わせ、立ち上がるとオフセットサイトのTrijicon RMRを覗いて射撃を始め、奏は巨漢の民兵の背後で発砲している別の民兵に向けて発砲を始めた。サプレッサーの篭った独特な発砲音が連続して廊下に響き渡り、流石の巨漢の男は数十発の5.56mm弾の被弾には耐えられず、外階段の入り口付近で仰向けに倒れた。


「奥の部屋にもう一人!」


 奏は冷静に努めて銃口を外階段出入口手前の部屋に向けながら言うと、もう一人の民兵が僅かに体を晒してAKを構えてきた。民兵の姿を視認した紗耶と奏は殆ど同時に発砲、銃撃を受けた民兵は廊下側に横になって倒れ、紗耶は追撃としてSCARを構えながら、相手の頭や上半身に向けて四発ほどの銃弾を撃ち込んだ。

 しかし、室内の敵を倒したのも束の間、僅かに階段入り口の外側から身を乗り出した民兵が発砲してきた。紗耶は咄嗟に腰を低くして部屋のドアの方向に飛び退きSCAR-SCを再び構えたが、左耳が至近弾が風を切り裂く音を拾った瞬間、隣で発砲しようとしていた奏が僅かに呻くと右半身を震わせ、肩が僅かに跳ね上がった。


「ゔぅ…ッ!」


 呻きながら悪態を吐いた奏は被弾した衝撃で尻餅を付いたが、銃に装着したEOTech ホロサイトを覗いて民兵に向けて発砲した。しかし民兵は素早く壁に隠れ、銃弾は壁の一部を削り取った。


「この屑が……!」


 紗耶はそう吐き捨て、スリングを装着したSCARを手放すと右手を銃の形に指を折り曲げ、左手を右手の下に添えてから腕を伸ばして構えた。

 それと同時に右眼の虹彩が青紫色に発光し、伸ばした人差し指と中指の先端に炎が集まり始める。右手から僅かに煙が昇り始め、指の先端に集約された炎はライフル弾の様な形状に変化し始め、刹那、常人では認識できる速度を超えた速さで炎弾は徹甲弾ほどの大きさへと変化した。

 紗耶は両足を地面に根付かせる様に踏ん張り、炎弾は高速で回転しながら紅く燃える軌道を空中に残し、周囲に衝撃波を生み出しながら射出された。放たれた炎弾の勢いは衰えず、外階段の入り口に直撃すると、ドアフレームと民兵が隠れていると思われる右横の壁諸共爆炎と共に突き破った。

 着弾時の爆発によりコンクリート片や粉塵が広範囲に散在し、爆風の熱を僅かに感じながら紗耶は指の形を解いて腕から放出していた煙を払うと、息を吐いてPTTのボタンを押した。


「J0よりJ7、外階段の状況は?」

『隠れてた敵兵はお嬢の攻撃で吹き飛んだよ。死体を二つ確認、現在階段付近に敵影なし』

「了解──」


 紗耶が応答をしていると、一階へ続く階段から董哉が所持しているVectorと枇代のDDMK18の発砲音が聞こえてきた。紗耶達は素早く階段方向へ振り返ると通信が舞い込んできた。


『こちらJackson5、現在交戦中。援護を頼む!』

「Jackson0了解、援護に向かう」


 紗耶はPTTボタンを押して応答し、董哉と枇代のいる階段方面から護衛員達に顔を向けると、外階段を指さして指示を出し始めた。


「外階段から屋外に退避するよ。條太郎と瑠衣は先に階段出入り口まで前進して退路の確保、私と諏訪君と奏は二階に上がってくる董哉と枇代の援護に回る。みんな良い?」


 護衛員達は全員が頷くか、サムズアップして応答したため、紗耶は頷くと頭の上で人差し指を回しながら動き始めた。


「行動開始」


 紗耶は指示を出すと條太郎と瑠衣は銃を構えて警戒しながら外階段の方向へ、紗耶は奏と諏訪を引き連れ、董哉と枇代が交戦している屋内階段の方向へと分かれて走り始めた。

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