[31]
諏訪は目の前で重要な情報を聞けそうであった人物の頭が破裂する瞬間を自身でも驚くほど呆然と見つめていた。破裂した頭部から紅色の鮮血と共に割れた頭蓋骨の破片、脳の破片などが飛び散る。諏訪は咄嗟に姿勢を低くすると、遮蔽物となるソファ裏に転がり、奏も同様に姿勢を低くし、紗耶はコーヒーカップを投げ捨てると珍しく声を詰まらせながら姿勢を低くして叫んだ。
「スナッ…スナイパー、スナイパー!」
「ボス……クソッ!」
その声を聞いて壮年の男性は顔を顰めてから苦々しく叫ぶと、退路を確保しようと隣にあったドアノブを掴むために背後を向いた瞬間、彼の左脇腹に青白いレティクルが浮かび上がった。それを見ていた三人は同時に目を見開くと、近くにいた奏が叫んで男性に手を伸ばした。
「伏せて、狙われ──!」
しかし奏が男性のベルトを掴んだ瞬間、男性の脇腹に萩野の頭部を粉砕した凶弾が突入した。威力は凄まじく、男性の体を貫いた凶弾はドアに勢い良く大きな穴を開けると、壮年の男性は勢いよくドアに叩き付けられた。奏は小さく声を上げ、衝撃で手を離すと、諏訪は素早く奏の襟元を掴んで腕をソファ裏に強引に引っ込ませた。
奏が床に臀部を強打した直後、僅かな熱風を感じると同時にドアに叩きつけられた男性の頭部が吹っ飛んだ。脳や赤黒い鮮血が再び大きく空いたドアの木片と共に散らばる。諏訪はその光景から目を逸らして奏に向け、彼女の上半身を手で触りながら、被弾していないかを確かめ始めた。
「おい、痛みは? 被弾してないか?」
「平気……被弾なし、何も問題はないよ」
奏は少し顔を顰めながら臀部を摩り返答した。直後、壮年の男性が狙われている隙に遮蔽物を求めて床を転がっていた紗耶が、そのまま諏訪と奏が隠れていたソファ裏に飛び込んできた。既に隠れていた二人は突如として目の前に飛び込んで来た紗耶に思わず驚きながらも、奏は若干早口になりながら主の被弾を尋ねた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「問題ないよ、あなた達も見た感じ大丈夫そうね」
『Jackson2、応接室内の誰でも良い、応答を』
短なクリック音が鳴り、部屋の外で瑠衣と共に待機していた條太郎の声がヘッドセット越しに聞こえてきた。奏は他の二人よりも早くPTTの通話ボタンを押し、ドアの方に視線を移した。
「Jackson1、応答可能」
『部屋の外で待機中に異変を確認した。ドアに穴が空いて血が吹き出してきたぞ。一体何があった?』
「狙撃だよ、襲撃されてる。萩野氏と冨樫さんが殺された。これより部屋から脱出するけど、絶対にドアに近づかないで。スナイパーは多分特異体質者で狙撃の威力は五十口径弾に相当するから」
『なんてこった……了解、待機してるぞ』
『Jackson6も了解』
『Jackson5だ、3とそっちに行くべきか?』
「いや、その場で待機して、必要なら呼ぶから」
『了解』
奏が董哉からの通信に応答した直後、またもやクリック音と共に、どこか切迫した声色のオペレーターである夏朋の声が、ヘッドセットから聞こえてきた。
『こちらJackson7、建物から北東約600m点に不審車両を複数台確認。視認できるだけで五台はいる模様、レジスタンスの可能性あり。全要員は警戒レベル4で対応を』
夏朋からの通話を聞いている最中、再び窓の外から凶弾が飛来して来た。しかも先ほどよりその弾道は低く、窓枠を一部破壊して突入してきた凶弾はソファの背もたれを一部抉り、諏訪と奏の丁度真上を掠っていった。
突然の凶弾の衝撃波と僅かな熱風を感じながら諏訪と奏は思わず声を上げ、膝立ちの姿勢から更に地面に伏せると、諏訪は飛ばされた暗緑色の帽子を被り直した。紗耶は驚きながらも、更に姿勢を下げつつ声を上げた。
「このままじゃ奴に撃ち抜かれるから、私の能力を使って脱出するわよ。死にたくなかったら、私の後ろから絶対に離れないでね」
紗耶から指示を受けた諏訪と奏は内容を理解すると同時に軽く頷いた。それを見た紗耶は深呼吸を行うと、右眼の虹彩が青紫色に発光し始めた。
諏訪と奏は片膝を着きながら窓側に体を向けている紗耶の背中に移動すると、奏はDDM4 PDWを片手で握りながら紗耶の肩を掴み、諏訪も奏の後ろに並び、BANSHEE MK10を片手で握りながら奏の左肩を掴んだ。
「行くよ」
紗耶は僅かに背後を振り返ると両手を広げ、腕を前に伸ばすと三人は同時に立ち上がった。紗耶の手の先、左右上下広範囲に及ぶシールドの役割を果たす透明な防御壁が僅かに波打っていた。
「移動するぞ」
「了解、移動する」
最後尾にいる諏訪の声に奏は応答すると、三人は足早にドアに向かって移動し始める。ドアの前にまで来ると、紗耶は体の正面を窓の方に向けてシールドを張りながら顔だけを後ろに向けた。
「諏訪君、冨樫さんの死体を退かしてくれる?」
「了解」
「Jackson1から部屋の外で待機中の要員へ、今から部屋を出る」
奏は背後で作業に移る諏訪に視線を向けた。頭部を殆ど失い、湧水のように鮮血が溢れている遺体の両肩を掴んだ諏訪はドアから遺体を退かして脇に寝かせると、ドアノブに手をかけた。
紗耶は背後に向けていた顔を正面に戻すと、その異変を瞬時に確認した。
「あっ…やば」
シールド越しであるが顔のある位置、ちょうどその真正面に、男性二名の生命を奪った死神の印、青白いレティクルが浮かび上がっていた。その様な事をドアを開けようとしている諏訪や後方を振り返っていた奏は梅雨知らず、諏訪はドアノブを回して扉を開いた。ドアを開けるとすぐに諏訪は待機していた條太郎と鉢合わせた。
「よし早く出ろ、また狙わ──」
條太郎が諏訪の袖を掴む為に手を伸ばした。その刹那、指先がほんの数センチしか離れていなかった諏訪が、背後から吹き飛んできた紗耶と奏の衝撃で上半身が僅かに反ると、勢いそのままに三人は廊下まだ飛び出して転倒した。
転倒すると、二人分の装備を含めた重量が合わさって諏訪に襲い掛かり、更に防御姿勢を取れなかったので、プレートキャリアと予備弾倉越しに胸部を強打した。奏に限っては仰向けで後方の諏訪と紗耶に挟まれていた。なので防御姿勢が取れずに衝撃を吸収が出来ず、更に華奢な体が圧迫され、喉が潰れた様な呻きか嗚咽が分からない音を吐き出した。
紗耶は奏の上で仰向けになり衝撃で瞬間的に能力が解除されたが、すぐに起き上がりながら片手を部屋の中に向けて声を上げる。
「援護、援護して!」
咄嗟に身を引いて呆然としていた條太郎と瑠衣は彼らが地面に転がったのを見た瞬間、体が反射的に動き、條太郎は諏訪の横で仰向けに転がって咳き込む奏の襟を掴むと、ドアから離す為に引き摺り、うつ伏せの姿勢から起きあがろうとしていた諏訪に手を貸していた瑠衣に叫んだ。
「早く諏訪を引っ張ってドアから離れろ!」
「分かってるよ!」
瑠衣は懸命にダメージを負った諏訪を起き上がらせようとしていたが、体格も体重も自身より大柄な上に重い相手を簡単には起こせず、悪戦苦闘していた時であった。隣の部屋から異変に気が付き、構成員の一人が部屋から飛び出して来ると、諏訪を引き摺ろうとしていた瑠衣に駆け寄った。
「大丈夫か、手伝うぞ」
「ありがとう、そっちを持って!」
瑠衣と男性が諏訪プレートキャリアを掴んでドアから離す際にも、紗耶は窓の方向から飛来してきている凶弾を受け止めており、右腕を左手で掴みながらシールドを展開して足腰に力を入れていた。
そうしていると諏訪を安全な場所まで引き摺り込まれたので、それを確認した條太郎は、紗耶のジャケットの袖を掴むと引っ張った。
「お嬢もういいぞ、下がれ下がれ」
紗耶は頷くとシールドを展開したまま横にステップしてドアから離れると能力を解除し、SCAR-SCを持ち上げてチャンバーチェックを行うと、諏訪と奏に交互に視線を向けた。
奏は苦しそうに顔を顰めながらも既に立ち上がっていたが、諏訪は片膝を付いてベストの胸辺りを押さえながら咳き込んでいる。瑠衣が隣で被弾の有無を確認しており、紗耶は確認の為に声を上げた。
「諏訪君!」
紗耶が呼ぶ声に諏訪は顔を上げ、すぐに彼女が何を言いたいのか理解すると、咳き込みながらも左手を挙げて声を上げた。
「大丈夫だ、問題ない」
紗耶はその言葉に頷いていると、外階段に繋がる扉から入って来た警備担当の中年男性が異変に気付き、AKを片手に駆け寄って来た。男性は即座に異変を察知した様で、顔見知りの紗耶の近くに来ると応接室のドアに銃を構えながら尋ねてきた。
「嬢ちゃん、何があった」
「遠藤さん襲撃された、全警備を集めて施設の防御を固めないといけないわ!」
遠藤と呼ばれた男性は、驚愕した表情を浮かべる顔を紗耶と応接室のドアに交互に向けると、再度紗耶に視線を向けて来た。
「ボスはどうした!」
「狙撃されて冨樫さんと一緒に殺された。ここにも襲撃犯の増援が来るかもしれないから、だから早く皆んなに武器を持たせておいた方がいい!」
「……ああ、分かった。すぐに集める!」
紗耶は遠藤に状況を簡潔な説明と助言を行い、愕然としていた遠藤がトランシーバーで緊急事態を告げているの声を聞いていると、無線の着信を告げるクリック音が鳴った。
『Jackson7からJackson0へ、不審車両が建物内向けて動き始めてるよ。こちらは特異体質者からと思われる攻撃を受けている、現在地はどこ?』
緊急事態を伝える夏朋の切迫した声が左耳に響いてきた。僅かにドローンの飛行音とは明らかに違う轟音が聞こえ、操作盤を激しく操作する音も聞こえてきた。無線で状況を伝えている最中も攻撃の回避に専念しているのだ。すると、建物外から花火に似たような音が轟き、直後に花火が散る様な音も聞こえてきた。無線からも夏朋の舌打ちと悪態、そして外で轟いたのと同じ異音が聞こえる。
瑠衣と共に諏訪を引っ張った男性が階段を駆け降りると、入れ違いで上がって来た警備担当の男性に向けて遠藤は防御線を敷く様に命令を始めた。
「まだ建物内、今から退避をするところ」
『警戒レベル5に繰り上げて、今すぐそこから退避し───不味い、不審車両からロケット弾らしき物体とオレンジ色に発光した物体の発射を確認!全員警か───」
夏朋からの警告を受信していた途中、諏訪と瑠衣の背後の壁が轟音を轟かせながら爆発し、大小様々な瓦礫と粉塵が四散した。更に広範囲に及ぶ衝撃波が生まれ、応接室の前で集合していた紗耶達に襲いかかってきた。
◆◆◆◆◆
萩野の組織が拠点としていた建前から線路を挟んで丁度向かい側に聳えるビル。その線路側の一室のベランダでは、二人の人物が建物の一部が崩れ落ちる轟音と灰色の煙を上げる萩野の拠点を見つめていた。どちらも二十代前半の男性。カーキ色の帽子を被って腰回りには拳銃の入ったホルスターなどが装着されたベルトを巻き、黒色の服に国防軍予備役に支給されてクーデターと共に流出した防弾チョッキ3型を重ね着し、ジーンズを着用し、編み上げた戦闘靴を履いている。
更に帽子からはみ出た両者の頭髪は斑点の様に黒色から他の色に変色していた。狙撃手の男性は頭髪は赤黒色に変色し、観測手の男性は深緑色に変色している。
「良い所に攻撃が直撃したな」
脚を伸ばした三脚に取り付けている豊和M1500を構えていた男性狙撃手は、倍率スコープ越しに爆発の影響で建物の一部の外壁が崩れ落ちる光景を見つめながら、表情を変えずに小さく呟いた。
その隣で片手を狙撃手の右肩に乗せて双眼鏡を建物の方に向けていた観測手の男性が、狙撃手の肩から手を離すと、ベストの左上に装着していたPTTの通話ボタンを押し込んだ。
「Romeo3-2よりKing1-1」
数秒間隔が空き、車のエンジン音と別隊員の声と思われる怒号の混じった通信が返ってきた。
『こちらKing1-1』
襲撃チームのリーダーを務める男性の声が聞こえてきたため、観測手の男性は双眼鏡で萩野の拠点を眺めながら報告を始めた。
「RomeoはKingチームの攻撃が直撃したのを確認したが、粉塵の影響で標的B及び標的Cの生死を確認する事ができない。繰り返す、標的B及びCの生死不明。フェーズ2への移行は可能か?」
『こちらは任務続行に問題無し、現在目標建物に接近中。二分後に突入を開始するため、Romeoは引き続き狙撃での援護を頼む』
「Romeo3-2了解、通信終了」
「続行か?」
観測手が通信を終えると、狙撃手がスコープから目線を外さずに問い掛けてきたので、観測手は頷いて右肩に手を乗せると再び双眼機を建物に向けた。
「ああ、続行だ。やってやろう」
「了解だ」
狙撃手が言い終えた瞬間、双眼鏡の先を見つめる観測手の両眼の虹彩が碧く発光し出した。それと同時に狙撃手の両眼の虹彩も、まるで電子機器に電源が接続されたかの様に碧色に発光し始めた。若干荒くなった息遣いを整え、再び狙撃任務に意識を集中した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます