[34]

 紗耶がカーテンの布を剥ぎ取った行為は相手も予想していなかったのだろう、追撃に姿を現した青年は驚きの感情を顕著に浮かばせた。

 紗耶も自殺行為であると理解しているが、狙撃手と目の前の相手をこの場で殺す為には、命の危険を覚悟で大胆な行動を起こす必要があるのだ。


「気でも狂ったのか?」

「いいえ、お前を殺す準備をしているだけよ」


 青年は武器を構えて警戒し、険しい表情で見つめながら問いかけてきたが、紗耶は笑みを浮かべずに首を横に振った。


「なら、その準備が無駄だと思い知らせてやろう」

「残念だけど不可能よ、私はお前より強いもの」


 紗耶は相手を直視しながら両眼の虹彩を発光させると、それを見たμはエネルギー弾を勢い良く投げつけて来た。瞬時に左手で展開したシールドで攻撃を防ぐが、僅かに体が押し返される程度で、先ほどより威力が弱かった。

 だが常人なら確実に一撃で骨折するであろう衝撃はあるため骨が軋み、片腕が痺れた。


「癪に障る、生意気な障害野郎がッ!」


 μは罵声を吐き捨てながら飛び掛かって来た。

 紗耶は冷静に右指を銃の形に折り曲げ、相手を吹き飛ばす程度の威力に抑えた炎弾を二発放った。μは真正面から強烈な衝撃を受け、咄嗟に防御姿勢を取った。しかし、部屋の入り口まで吹き飛ばされ、バウンドの衝撃でトマホークが手を滑り落ち、μは仰向けに倒れた。紗耶は立ち上がって距離を詰めると、μは起き上がりながら素早くエネルギー弾を放って牽制を行なってきた。

 紗耶は姿勢を低く攻撃を回避すると、爆風を感じながらμの頭部に左足を繰り出し、防御姿勢を取った相手を右側に勢い良く蹴り飛ばした。μは激しく床を転がりながら呻き、立ち上がって腰裏からナイフを引き抜くが、紗耶はホルスターから1911DS を素早く引き、C.A.R. システムの構えの一つ、胸の前の辺りで銃を構えるHighというを構えを取り、素早く三発発砲した。

 μは防御姿勢を取ったが、掲げた右腕や手首及び左手の薬指、太ももや腹部などに命中すると、衝撃でナイフを落としながら身体がよろけた。しかし再び左手で錬成したエネルギー弾を下から上に腕を振り上げながら放つが、紗耶は接近しながら至近距離で攻撃を避けた。背後の爆発による衝撃波で転倒しそうになるが、何とか持ち堪える。

 μは投げつけた姿勢から左手を握り締めて拳の甲で殴りつけるが、紗耶は攻撃を避け、一歩踏み込みながら銃口で相手の左頬を殴った。μも手首の骨が折れ、動脈を貫き短時間で赤く染まる右腕を振り上げて抵抗するが、紗耶は右腕を掴んで脇の下に挟みながら捻り上げると、銃口を腹部に押し付けた。


「ッ、離──」


 紗耶はμに銃を持つ手を掴まれるが、四発ほど発砲しながら9mm弾で相手の腹部を抉った。μが吐血しながら呻き声を上げ、先ほどより更に力が弱まった直後、後方から足音が聞こえ、AKを持った民兵がドアから身を乗り出そうとしていた。


「この……よそ見し──」

「邪魔」


 紗耶は強引に右手を相手から引き剥がして右膝の関節を逆に向けるほどの強力な蹴りを放ち、再び銃口で相手の喉を殴り、捻り上げていた腕を放すとプレートキャリアを掴み、成人男性以上の力を行使して窓際に青年を勢い良く投げ飛ばした。

 直後に姿を現した民兵に片手で銃を構えて発砲すると、目の前の壁に着弾して姿を隠した民兵の方向に体を向け、C.A.Rシステムのエクステンデッド・ポジションの構えを取り、民兵が再び姿を見せると三発連続して発砲した。銃弾の一発が民兵の右眼付近に被弾すると頭部を突き抜け、相手は力無く仰向けに倒れた。紗耶は素早くタクティカルリロードを行なってから銃をホルスターに納める。

 重傷を負いつつ何とか立ち上がろうとしているμに歩み寄ると、右手を握り締め、出力を調整した炎がグローブごと右手を覆った。紗耶が青年を掴もうとした瞬間、いきなりμは雄叫びを上げながら紗耶に掴み掛かってきた。

 紗耶は右腕を掴まれたが振り払うと、上半身を捻って腰を回しながら高速で炎を纏った右手をμの腹部に突き刺した。μは口から鮮血が溢れ、穿たれた傷口から身体が徐々に燃え始めていたが、それでも苦しげに小さな笑みを浮かべると、紗耶の右手を掴んできた。


「……チェックメイトだ」

「それはどうかな?」


 紗耶は不意に右手の力を弱めて能力を解除すると炎が消え失せ、μの体の隙間からマンションの方に視線を向けるとマンションの一室で青白い光が瞬いた。紗耶は足腰に力を込めながら手を開いてシールドを展開すると、五十口径弾と同等の衝撃が腕から全身に伝わり僅かに身体が後方に押し出された。

 しかし攻撃は完全に防がれ、狙撃手がいると思われるポイントを発見した。μが驚愕した様に瞠目して見下ろしていると、紗耶は再び右手全体に炎を纏わせ、μの腹部に腕を貫かせたまま、指を銃の形に折り曲げて拳ほどの炎弾を指先に生み出す。

 そうして間を置かずにマンションに向けて高威力に調整した炎弾を放った。


◆◆◆◆◆


 射撃観測担当としてフィールドスコープを覗いていていたRomeo3-2──ιは、標的Cの冬島紗耶が、自身の弟で狙撃手でもあるκが行なった狙撃を防いだ事実を飲み込む事ができなかった。


「くそっ、アイツ防ぎやがった」


 μは狙撃の直前、レティクルマークが相手に浮かび上がって、相手が狙撃される事を悟らせない様にする為に自ら射線上に立っていた。そのため、狙撃手であるκは威力と貫通力を底上げした攻撃を放ったのだ。本来ならば、そのまま冬島紗耶ごと貫く筈であったが、想定外の事態にιとκは戦慄した。


「祥太、狙撃地点を変更する。確実にバレてるぞ」

「ああ、俺も同意見だ」


 確実に殺せると確信していたκは攻撃を防がれた事実に動揺しながらも、豊和M1500ライフルのボルトを引いて空薬莢を廃莢した。直後、フィールドスコープ越しに、冬島紗耶が自分達の位置に向けてオレンジ色の何かを生成している事に気付いたιは、κの肩を掴んで声を上げた。


「相手の攻撃来るぞ、退避だ!」

「……ッ、マジかよ」


 ιとκは三脚に取り付けた狙撃銃とフィールドスコープを手放し、部屋を出る為に玄関に向けて走り始めた。しかし直後、背後で着弾した何かにより爆発が起こり、爆風と爆炎更には衝撃波や大小様々な破片などが一瞬の内に二人へ襲い掛かった。ιとκは何が起きたか理解出来ず、勢い良く吹き飛ばされながら爆炎の中に飲み込まれた。


◆◆◆◆◆


 紗耶は自身が放った炎弾がマンションの側面を穿ち抜いて爆発する光景からμに視線を向け、相手の絶望した表情と脂汗が滲み、血の気が引いて青白くなった顔を見上げてから腕を引き抜くと、μは力無く地面に倒れた。


「チェックメイト」


 紗耶は表情を浮かべずに呟き、尚も手を伸ばそうとしてきたμを確実に殺害する為に、片足を側頭部に乗せると、力を込めて頭部を踏み潰して止めを刺した。靴底に付着した脳髄や鮮血を床で擦り落としていると、部屋の外から四人ぐらいの足音が聞こえてきた。階下から5.56mm弾の銃声や班員の無線が聞こえてくるので、護衛員達が指示通りに動いており、二階の足音は待機していた民兵だろう。

 紗耶は右腕にべっとりと付着した鮮血を机で拭ってから右手の指を銃の形に折り曲げ、40mm×46弾と同等の大きさに錬成した。そうして炎弾を部屋の外に向けて放つと、グレネード弾の様に着弾して爆発すると、数名の悲鳴と呻き声が聞こえてきた。

 紗耶は邪魔者を排除する為に歩き出すと、班員からの無線を受信した。


『Jackson7から各員警戒、レベル5。飛行型の特異体質者と思われる不審人物が接近中』

「Jackson0了解。残りを片付けて、合流する」


 突如として戦場に参加してきた乱入者の情報を聞き、面倒くさい事態であると考えながら、紗耶はドアに向けて走り始めた。

 その時、目の前にAKを持った民兵が飛び出してきた。銃口を紗耶に向けて発砲するが、紗耶は姿勢を低くして銃弾を避けた。そのままAKを掴んで銃口を逸らし、一般人なら余裕で内臓を破裂させる威力の蹴りを繰り出し、民兵を吹き飛ばした。民兵の男は鮮血を口から吹き出しながら壁に当たって力無く倒れ、紗耶は奪ったAKを捨てると、再び炎弾を二発錬成して部屋の外に放った。

 再び外から呻き声と悲鳴が聞こえてきたが、右側からも声が聞こえてきた。


「……ん?」


 紗耶はドアを左右挟んで敵が待ち伏せをしている事に気が付き、μが格闘中にエネルギー弾で開けた壁の穴から左隣の部屋に移動する。SCAR-SCを持ち上げてプレスチェックで薬室を確認し、銃を構えながら部屋の外に飛び出した。廊下は炎弾の攻撃で粉塵が充満していたが、待ち伏せしている敵の姿は紗耶はハッキリと確認できた。

 民兵は一人が地面に倒れ、先ほどまで紗耶が居た部屋の入り口に向けて、二人がAKを構えていた。

 予想した通り、ドアを出て右側にはチェストリグのみを装着した民兵が待ち構えており、もう一人は負傷しているのか座り込んでいた。唯一立ち上がっていた民兵が紗耶と目線があった瞬間、紗耶はその民兵の上半身に向けて六発ほど発砲した。被弾した相手が倒れると、振り向いた民兵に駆け寄り、顔面に蹴りを叩き込んだ。民兵は強烈な蹴りで鼻と歯が折れ、眼球が潰れて血飛沫を撒き散らしながら勢い良く仰向けに倒れる。

 紗耶はSCARを構えながら近づき、相手の頭部に五発連続で発砲し、隣で倒れていたもう一人の頭部にも二発銃撃を加えて確実に止めを刺した。そのまま周囲に銃口を向けて警戒するが、全て殺し終えたのか二階に人影は無かった。


「よし、終わり」


 紗耶が呼吸を整えようとした瞬間、敵を鎮圧した筈の階下から、怒号と連続した発砲音が聞こえてきた。紗耶は警戒しながら窓の外を確認しようとした瞬間、何かが地上付近から飛び上がっていく瞬間を目撃すると、その光景に紗耶は瞠目した。


「えっ……」


 思わず紗耶は声を漏らした。

 視線の先、黒色の服装と翡翠色の髪色をした女性らしき人物が、背中に鷹の様な配色の翼や鎌の刃に似た鋭利で長い爪を生やし、尚且つ蛙の舌を連想させるほど長い舌を口から垂らして、それを使って二人の護衛員の身体に巻き付いて拘束していた。

 紗耶は咄嗟にHOLOSUN HM3Xマグニファイアを起こし、本体に照準を合わせながら発砲したが、二人を抱えながらも高速で飛行して銃撃を避け、そのまま北東側に飛び去っていった。

 紗耶は舌打ちを鳴らした。チームの誰が敵に拘束されたのか確認すべく、紗耶はPTTスイッチのボタンを押そうとした。しかしその直前、荒い息遣いの條太郎からの通信が舞い込んできた。


『Jackson2からJackson0、緊急事態だ。Jackson1と4が拘束された。奏と匡臣が特異体質者に連れて行かれたぞ!』

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