[22]
両腕で受け止めた右拳の威力は骨が軋むほどであり、諏訪は攻撃の重さに思わず呻いた。両腕を上げて格闘の構えを取りながら繰り出される左右の拳は加速し、αは打撃を相手の両腕に加えていく。
諏訪は打撃を受けてよろけながらも、後方に飛んで距離を取り、テーザー銃を構えようとするが、後方から少女兵──φが飛び出して来た。
彼女の右手にはスタンバトンが握られており、突きの姿勢で迫って来るが、諏訪は左足を軸に半回転してスタンバトンでの攻撃を避けた。
左手でφが繰り出した右腕を掴んでから、至近距離で相手の首筋にテーザー銃のカートリッジを押し付けて放つ。破裂音と共に射出された射出体はφの首に刺さると本体から流れて来た電流を放った。
テーザーから鳴り響くチャージ音と、φが感電して震える様な苦痛の呻き声が部屋中に響き渡る。
相手を三十秒間だが一時的に行動不能にし、諏訪はテーザー銃を投げ捨て、相手の首を右肘で殴打した。小さく鈍い音が聞こえ、そのまま首と右腕を掴むと駆け寄って来ていた赤髪の少女兵の方へと投げつける。
αは咄嗟に避けずに受け止めたので、投げられた姿勢のままのφを抱えて勢いよく尻餅をついた。それを見た諏訪は投げたテーザー銃を拾い上げ、二人から距離を取った。
そうして振り返りながらテーザーを腰裏のホルスターに収納し、ショルダーホルスターから特殊警棒を抜き出すと右腕をしならせて展開した。
全長51cmの特殊警棒は4130クロモリ鋼を使用しているので、重量感があるが相手に対して高い威力を発揮できる。これならば、近接戦闘時でも多少はα達に対して優位に渡り合えるだろう。
諏訪は深く息を吐いて両の瞼を閉じた。対特異体質者戦で誰にも見られていないこの状況なら、今こそ体の主導権を明け渡す時だ。
「紗奈、頼む」
────了解、任せて。
頭の中で静電気が流れる様な小さな衝撃が走り、諏訪の意識は闇へと落ちる。反対に第二の人格は闇の中から呼び起こされ、宿主の全身へ意識と神経が繋がると完全なる憑依を果たした。
再び瞼を開けた諏訪の雰囲気は先ほどとは一変していた。だが、人格変化は一般人では違和感を感じられないだろう。それほどまでに微細な変化なのだから。諏訪は小さく息を吐き、警棒を持った右手首をを軽く回す。その後、少し顔を顰めて左脇腹に手を当てながら小さく舌打ちを鳴らした。
「………あぁ、痛い」
すると、部屋にある鉄筋コンクリートの柱の一つの陰からαが飛び出し、UDP-9のフォアグリップを握りながら銃口を向けてきた。銃口を向けてから何かを悟ったのか、諏訪の姿を見たαは苦虫を噛み潰したかのような表情に変わった。
「この雰囲気、仁藤紗奈を憑依させたか」
「私の名前も知ってるんだ。ていうか、久しぶりだね。半殺しにした筈だけど元気だった?」
諏訪の体に憑依した紗奈は小さな笑みも浮かべずにαの事を見据えた。αは躊躇わずにUDP-9の引き金を絞って二発発砲するが、諏訪の姿が一瞬揺らめくと、9mm弾は背後の柱へと着弾した。背後でコンクリートの破片が舞い、諏訪は再び輪郭を得ると苦笑いを浮かべる。
「物騒な挨拶だね」
「こちらは任務を遂行しなければならないんだ。あなたに用は無い、速やかに体の主導権を戻せ」
すると少し遅れてφが首筋を抑え、ふらついて顔を顰めながらも右手に鉄の塊を持って現れた。諏訪は一瞬だけ目線のみを動かして位置を確認、すぐにαへと戻すと片眉を上げた。
「返答はもう分かってる筈だよ」
「………反抗するなら」
αはUDP-9の銃口を下ろすと、その場に落としてから戦闘靴で蹴り飛ばした。そうして左右のコンバットグローブを外し、左手で腰の後ろに装着したナイフを抜き出して逆手で構えた。
「お前は楽に捕えられる相手じゃない。だからこちらも殺す勢いで手荒くしてでも、必ず連行する」
「いいね、そういうの嫌いじゃないよ」
諏訪は右足を下げ、腰を低くし、右手に持った特殊警棒を肩で担ぐ様に構える。φもそれを見て右手に持った鉄の塊を、既存のものよりも長いスタンバトンへと変化させて構えた。
両者は見つめ合う。
微かに漏れる息遣いと建物の外から聞こえる連続した発砲音と爆発音が、コンクリートで囲われた部屋へと音を供給する。刹那、αとφが高速で諏訪へと駆け出すと、そのまま飛び掛かった。ボウイナイフの刃とスタンバトンの電流を纏う金属の棒が、頭上と下方向から勢いよく迫り来る。
諏訪は迫り来る二つの物体に素早く視線を合わせると僅かに体を捻った。
◆◆◆◆◆
紗耶達は現在、要請した自動運転車車両二台に分乗し、国家警備局の装甲車に先導されながら諏訪達の元へと急行していた。
両方の自動運転車両の運転席には、ホログラムで成人男性に偽装したヒューマノイドが、道路交通法違反対策の為にハンドルを握っている。
紗耶は運転席を一瞥してから、肩まである白髪を後ろで一つに束ね始めた。左耳に装着したインカムからは枇代が報告する声が流れ続けている。
『諏訪君はスマホと通信用インカムを損失、チャットでの報告では現場近くの解体作業現場に逃げ込んだ様です。襲撃犯にも追われています』
『こちらJackson7 、諏訪君の姿は防犯カメラで確認済みだよ。追って行ったのは、ファンシーな髪色の少女兵二人。AR系統とPCCらしき銃器を携行している模様』
「了解したわ」
紗耶は髪を束ねて報告に対して短く返答した。後部座席を振り返ると、條太郎はスマホを操作しており、奏は予備として積み込んでいた40口径弾仕様のH&K UMPの動作を確認していた。
奏を少しばかり見つめた紗耶は再び視線を前へと戻し、インカムの通信用ボタンを押した。
「枇代、董哉と今どこに退避しているの?」
『襲撃地点の近くにある、商業施設〈カナベル〉の立体駐車場に退避しています。過激派から追撃は受けておらず、追っ手も確認していません』
枇代の声の後ろでは、尚も爆発音と小銃による連発した発砲音が聞こえていた。更にドローンと思われる多数のモーター音も聞こえ、それは通信越しでも羽虫の様に鳴り響いている。紗耶にとって、それは不快な音であった。
「了解、そこから動かないでね。あなた達を先にピックアップしてから、諏訪君を救出に行くから」
『分かりました、待機します。通信終了」
インカムでの通信を終えた紗耶は、溜息を吐いてから奏を振り返った。奏も丁度顔を前に向けていたので紗耶と視線が合い、小首を傾げた。
「どうしました?」
「ちょっと聞きたいのだけれど、枇代は仲間が危機に陥っている時、待機命令に従うと思う?」
「いえ、聞かないと思います。あの子は仲間意識の強い子です。身近な人に死の危険が迫っているのなら、動かない筈がありません」
「やっぱり、そうよねぇ……」
紗耶はそう呟いて再び顔を前に戻すと、両手で顔を覆って座席に身を預けた。
◆◆◆◆◆
襲撃地点の近くにある立体駐車場、枇代と董哉はワンボックスカーの裏にしゃがみ込んでいた。枇代はインカムでの通信を終えると、外から聞こえる爆発音に顔を顰めながら董哉に顔を向ける。
「董哉、諏訪君を助けに行きますよ」
「それに異論はないけどさ………」
董哉が車の陰から外に顔を向けた瞬間、立体駐車場の外壁にドローンが激突し、爆炎と共に鉄の塊が四散した。無数の鉄の部品が駐車場内に飛び散り、爆風が二人の元にも襲来した。
董哉は尻餅を付くように車の陰に隠れ、目を見開きながら枇代を振り返った。
「こんな戦場の真っ只中を突っ走るのか?」
「訓練を受けたら絶対に死なない、なんて事はありえない。覚悟を決めて行くしかないですよ」
枇代は SIG P365X Macro の弾倉を抜いて残弾を確認してから、タクティカルリロードで弾倉を交換した。そうして僅かにスライドを引き、薬室に銃弾が入っている事を確認してから董哉を見つめる。
「準備は大丈夫ですか?」
「ちょっと待て……」
董哉はGlock19の残弾を確認すると、枇代と同じくチャンバーチェックを行う。次いで親指を上げ、無理やり口角を上げて笑みを浮かべた。
「書き忘れた遺書以外は準備よし」
「……よし、行きましょう」
「くそ、もうどうにでもなれってんだ!」
枇代と董哉はワンボックスカーの陰から飛び出すと、自身の武器を片手に立体駐車場の入り口へと全速力で駆け出した。
◆◆◆◆◆
空中に投げ飛ばされたφは鉄筋コンクリート製の柱に音を立てて激突すると、手から吹き飛んだスタンバトンと共に音を立てて地面に転がった。
φが飛んで来た方向、諏訪がαから高速で何度も繰り出されるナイフによる攻撃を、相手と同等以上の速さで捌いていた。お互いが振りかざす警棒とナイフがぶつかり、奏でられた金属音は反響して耳を劈くほどに鳴り響く。
一進一退の攻防、諏訪は攻撃を避け、相手の右脇腹に打撃を与えた。防弾ベスト越しでも鈍い音が聞こえ、αは堪らず脇腹を抑えて距離を取る。
「ギブアップするなら、今のうちだよ」
諏訪──体を操る紗奈──は、再び警棒を構え直して相手を見据えた。αは息を整えると、打撃を受けた箇所を何度も殴り、脂汗を額に滲ませながらも両腕を上げてナイフを再び構えた。
「これくらい、もう慣れている」
牽制し合う二人はお互いに睨みながら、獲物を狙う狼の様な唸り声と、獰猛な獣を連想させる息遣いを漏らしていた。
諏訪は間合いを取りつつ、起きあがろうとしているφを一瞥した。すると、正面に捉えていた気配が急速に接近して来る。全身の毛が一気に逆立つ感覚を覚え、気配の発生源へと視線を向けた。
視線の先、姿勢を低くしたαが握るナイフの刃先が眼窩を穿つ為に迫ってきていた。諏訪は瞠目して反射的に上体を背後に反らすと、刃とそれを握る拳が視界の数センチ先で天に突き上がった。
「あっ、やば」
直後に足がふらつき、体勢を素早く直せなかった諏訪は思わずそう呟いた。それを見たαはチャンスと捉え、右手に握ったナイフを逆手に持ち替え、頭上から振り下ろす。
だが、そのナイフは諏訪の頭に到達する前に、軌道上に現れた太い左腕に進路を塞がれた。ケーキにフォークを突き立てるかの如く、鋭利な刃物は左腕に深々とすんなり突き刺さったのだ。
「ッ……!」
αの顔に驚愕が顕著に現れ、諏訪は痛みで顔を顰めた。傷口から噴き出る鮮血で顔を汚しながら、上半身を捻って勢い良く相手の頭部に向けて警棒を振り下ろす。
αは咄嗟に左腕を曲げて防御体勢を取るが、諏訪の渾身の一撃で腕の骨にヒビが入り、防ぎきれなかった衝撃を左の側頭部に食らった。
目の前が一瞬白く光り、衝撃が脳へと伝わる。αは体勢を崩して地面に跪き、勢いでナイフからも手を離してしまった。
(マズい──ッ!)
そう思って顔を上げた瞬間、警棒による二度目の打撃が右頬に直撃する。αは声が潰れた様な呻き声を上げ、首の骨が折れそうな速度で顔が左横に向いた。そのまま、力が抜けて仰向けに倒れる。
「……くたばれッ」
諏訪は警棒を振り下ろす途中、突如として発砲音が鳴り響き、諏訪の胸に銃弾が着弾した。諏訪は呻きながら仰向けに倒れるが、素早く地面を転がって近くの柱の背後へと隠れる。
遮蔽物の陰から少し顔を出し、銃弾が飛来した場所に顔を向けると、φが咳き込みながら両手でグロックを構えていた。
「投降しろ、諏訪匡臣!」
「クソッ、お邪魔虫が」
諏訪は舌打ちを鳴らすと、ナイフが突き刺さったままの左腕を一瞥した。先ほど警棒での攻撃をαに与えた際、上半身を捻った為、腕の裂創が更に広がってしまっていた。
傷口から流れ出た鮮血は左腕を紅く染め上げ、シャツにも飛び散っている。出血量から考えて、無理に抜けば失血死になる可能性があるので抜くことは出来ない。
ならば、刺さったままで相手を殺害すれば良い。
素早く、確実に仕留めるのだ。
諏訪はそう考え、鉄筋コンクリートの柱から飛び出した。φがグロックの銃口を素早く向けて発砲するが、放たれる弾丸を諏訪は避けて跳躍すると、警棒を相手に向けて振りかぶる。
あと少しで相手の銃を吹き飛ばせる、その時であった。轟音と共に二人の横から突如、爆炎と瓦礫の雨が襲い掛かり、二人を飲み込んだ。
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