[20]
港区某所にある交差点は、暴走したトラックに巻き込まれた車両が路上に散在していた。何台かはまだエンジンが付いているままである。
事故車両から漏れ出した灯油は地面に流れ、ボンネットからは故障したエンジンにやる灰色の煙を吐き出している。
αは特異体質者の部下を二名追走させて事故車両の間を縫う様に走りながら、標的である諏訪匡臣との交戦に備えていた。
しかし直後、車両を挟んで前方にいたチーム2の男性隊員が呻き声を上げ、そこへ目線を奪われた。
被弾した隊員はよろけており、連発した発砲音と共に追撃の銃弾が飛来してきた。
拳銃弾に被弾した衝撃により体を震わせ、頭部へ被弾したのか頭が後方に跳ねると、脳髄と鮮血が混ざり合った液体を後頭部から吹き出した。
仰向けに倒れる隊員を目撃し、三人は前方に放置された事故車両の物陰へと滑り込んだ。αはすぐさま車両から半身を出してUDPー9を構え、タクシーに向けて複数回発砲して応戦する。
追走していた部下も発砲し始め、αは再び車体の裏に隠れると、左肩に装着ししている個人無線機に繋いだPTTのボタンを押した。
「1ー1からタイタス、標的からの発砲を確認。2ー3ダウン、繰り返す、2ー3がやられた」
αが報告している中,二名のチームメンバーは自動小銃をを構えながら制圧射撃を行なっていた。標的側からの反撃を抑えるため、絶え間なく放たれる5.56mm弾はタクシーへ吸い寄せられていく。
攻撃を抑える目的は成功していた。反撃に遭った隊員達は身を隠していた地点から、ゆっくりとではあるが前進できていた。αは味方が前進している姿を目で追ってから、制圧射撃中の二名のメンバーを見上げた。
「φ、χ、指示を出すぞ。よく聞け」
頭髪が一部変色している少年・少女兵はαの声を聞くと、すぐに発砲を中止して車体の裏へと隠れ、視線を向けてきた。
「φはここから援護、能力の使用は私の許可を待つんだ。鉄の塊は持っているな?」
「問題ありません、ストックも十分です」
片目を覆う紫色の髪を垂らした少女兵──φは、背負っていたバックパックを下ろし、片手を突っ込むと手の平サイズの鉄の塊を取り出した。
この鉄の塊は彼女の特異体質能力を発動する際の必需品で、φにとっては能力を戦闘に使用する時の生命線でもある。
αは鉄の塊を一瞥し、今度は黒髪の短髪に緑色の毛が少し混ざった少年兵へ顔を向けた。
「χは私と一緒に来い、標的へ接近する。目標は対象の捕縛だ。場合にもよるが、なるべく殺害しないように努めろ。良いな?」
「了解だ」
少年兵が頷いて応答したのを見てからαは個人無線機のチャンネルを操作し、通話ボタンを押して離れた位置にいるチーム1の隊員に通信を繋げた。
「ψ、聞こえるか?」
『聞こえるよ』
「ωと共に標的を直接襲いに行け、私達もすぐに向かう。いいか、標的Bはなるべく殺すな」
『了解』
「……よし、行くぞ。χ、後に続け」
αはそう言うと立ち上がり、UDPー9を構えて発砲しながら、少年兵──χを引き連れて走り始めた。φはそれを見送り、片膝立ちの姿勢になると事故車両のボンネットに銃身を置いた。
そうして援護射撃を行う為に、ARー15に装備したドットサイトのレティクルを、タクシーに合わせて引き金を三度絞って発砲する。
5.56mm弾が射出される衝撃を肩にくい込むストックを通して感じ、φはふと上空を見上げた。発砲音に支配された交差点の上空を、二機のドローンが標的達の元へと高速で飛び去っていった。
◆◆◆◆◆
諏訪はタクシーのボンネット付近に発砲しながら移動して屈み、ホールドオープン状態のSAR9. CXの弾倉を交換した。
タクシーの車体がら僅かに体を乗り出して迫り来る相手に向けて発砲するが、相手は素早く事故車両に隠れる。堪らず、諏訪は舌打ちを鳴らした。
「……クソッ、全然当たらないな」
襲撃部隊の実力が高いのは確実だ。車両を使って身を隠しながらではあるが、お互いをカバーし合って元は100m以上開いていた距離を素早く着実に前進して埋めて来ている。
諏訪は顔を上げて相手を見ると、物陰から身を乗り出した民兵がAKを構えて発砲してきた。空気を割いて飛来する音と共に火花が上がる。僅かに驚きの声を上げて身を隠し、少し荒くなった息を整えて左耳に装着したインカムの通話ボタンを押した。
「Jackson4からJackson7、付近の防犯カメラを更にハッキングして、相手の人数を正確に把握できないか?」
『言われなくても既にハッキングしてるよ、でも思ったよりその周辺にあまり防犯カメラないから、人数の把握は難し───右側から二人来てるよ!』
諏訪は素早く右側へ体と銃口を向けると、少年兵が二名ほど距離を詰めて来ているのを視認した。スライドに取り付けたドットサイトの照準を合わせると同時に引き金を絞る。
発砲の衝撃で揺れた照準の先で一人は素早く事故車両へと滑り込み、もう一人は僅かに身を隠してから再びARー15を構えて立ち上がり、複数回発砲して反撃してきた。諏訪は車体の裏に屈み、両手で銃を握って中腰のまま、董哉と枇代に顔を向けて声を上げた。
「奴らすぐそこまで来てるぞ、下がらないと蜂の巣にされてお終いだ」
それを聞いた枇代はSIGの弾倉を変える為にタクシー裏に屈んで後方を見渡すと、ある場所を見つけて指をさすと声を上げた。
「後方の商業施設に立体駐車場があります、そこへ逃げ込むのはどうです?」
「いい案だ、そうしよう」
枇代の指さす方へと顔を向けていた董哉もグロック19の弾倉を変えながら頷いていると、突如タクシーの真上を甲高いモーター音を纏った何かが高速で通過していった。
諏訪は上空へ顔を向けると、二機のドローンが三人を取り囲む様に左右から旋回を始めている。
「おい、あのドローンはなんだ?」
諏訪がそう言うと董哉が顔を向け、素早く銃口をドローンに向けて発砲した。しかしハンドラーの腕が良いのか、ドローンは不規則な動きを披露し、銃弾をいとも容易く躱すと旋回を続けた。
董哉が再び引き金に力を掛けた瞬間、いきなり全員のインカムに鋭いノイズが響き、聴覚に直接的なダメージを与えてきた。
三人は殆ど同時に呻き声を上げ、左耳に装着したインカムを素早く外した。諏訪は左腕に巻いたウォッチに視線を向けるとノイズが走っており、まるで波の様に画面が揺れていた。ジャミング攻撃を受けている事は、たとえ機械に詳しい訳ではい諏訪の様な人間が見ても一目瞭然であった。
「クソッ、通信ダウン!」
「あぁ、なんてこと……」
枇代が左耳を押さえながら、まるで苦虫を噛み潰した様な表情へと変化した。
上空を旋回する迷惑な黒い羽虫を撃ち落とさなければ、通信を使用する事は不可能だろうと考えていた諏訪は眉を顰めた。董哉がグロック19Gen5の銃弾を撃ち切って車体裏に屈むと、弾倉を変えながら諏訪と枇代に顔を向けてきた。
「二人とも、すぐに移動するぞ。準備は?」
着弾音とAKの爆音に晒された状況でも、その声色が焦りを帯びている事は瞬時に汲み取れた。董哉の問いかけに枇代は頷き、諏訪も頷きながらスーツの内ポケットから円筒の物体を取り出した。
それを見ていた枇代は、民兵に向けて数発発砲してから屈んで顔を向けてきた。
「諏訪君、それは?」
諏訪が取り出したのは護衛協会本部で荻原店長から受け取った、長さ10cmの白色と紺色でペイントがされた円筒物体〈Fー225〉だ。
諏訪は枇代を見て片目を閉じてから、爆音に似た銃声を放つ喧しい発生源へと顔を向けた。
「秘密武器だ。よし二人とも、俺がこれを投げたら立体駐車場まだ全速力で走ってくれよ」
枇代と董哉は頷くのを見てからFー225のピンを抜き、タイミングを見計らって腕を振りかぶり、勢いそのままに円筒物体を投げ飛ばした。
Fー225は空中に半円を描きながら迫り来る民兵達の方角へと飛び込むんだ。地面を数回バウンドして、なんと一人でに民兵達に狙いを定めて速度を増しながら転がり始めた。
民兵の誰かが警告の叫び声を上げた。しかし、叫び声が聞こえてきた時には諏訪も声を張り上げたので、相手側の声は届かなかった。
「行け、行け!」
諏訪の声に董哉と枇代は銃を撃ちながら、後方へと走り始めた。諏訪も援護射撃を行い、敵を牽制すると董哉達を追走する為に走り出す。すると、急に諏訪の右横からARー15を両手で持つ少年兵が飛び出してきた。
諏訪と少年兵の瞠目し合った目線が衝突する。
銃口が向けられると同時に、諏訪は方向を急転換して新たな目標に向けて跳躍した。
少年兵が構えるARー15が火を吹き、高速で回転する5.56mm弾が射出される。だがそれを反射能力で銃弾を回避し、左手でアサルトライフルのハンドガードを掴むと勢い良く引き込んだ。
少年兵は銃を握る右腕を無理に引っ張られたので前のめりの姿勢となり、諏訪は少年兵の右腕を左腕で挟み締めると、右手で握った拳銃の銃口を少年兵の喉元へと殴る様に繰り出した。
鉄の塊で喉元を殴られた少年兵は目を見開き、咳き込みながら、尚も銃で殴ろうとした諏訪の右腕を掴んで攻撃を阻止した。
しかし諏訪の攻撃は止まらない。両腕を使えない状況で素早く繰り出した右足の蹴りは、少年兵の左足を関節とは逆に向けた。
少年兵が苦しみに悶える声を上げるのを聞きながら、尚も自身の右腕を掴む手を振り解こうと揉み合いになっていると、枇代がこちらを振り向いて銃口を向けてきた。
「諏訪君!」
「構うな、行け!」
「でも──」
「早く行け!」
諏訪の怒号に枇代は戸惑っている様であったが、仲間の必死な表情で頷く姿を見ると、小さく頷き返して反対方向に向けて駆け出した。
「クソ野郎、早く死ね!」
諏訪は少年兵にそう叫ぶと、右腕を掴む手を強引に振り解いて再び銃口を相手の喉に殴りつけ、左腕側に勢い良く回転すると、少年兵はバランスを崩して巻き込まれた諏訪と共に地面に倒れた。
諏訪は仰向けに倒れたが、固めていた右腕から左腕を離して素早く起き上がり、左手で相手の首を掴んで銃口を相手の顔面に向けると二度発砲した。
銃弾は眉間と左眼を撃ち抜き、それを見届けると瞬時に立ち上がった。すると、先ほどの少年兵が現れた方角からもう一人の少年兵がこちらに走ってきているのを発見した。
両手で銃を握りながら二人の未成年兵に銃口を向けた、その時であった。
視界の右斜め前で視界が眩むほどの閃光が瞬いた。諏訪は左手で顔を隠しながらも、その正体をすぐに悟った。
「……あぁ、まずい」
そう呟いた次の瞬間、爆発音が連発して交差点に鳴り響いた。爆発影響範囲は諏訪の予想よりも広かった。周囲にいた民兵を放出した爆炎が飲み込み、
事故車両が次々と誘爆し、それにより生み出されたかなりの爆風と衝撃波をまともに喰らった諏訪は、軽々と後方に吹き飛ばされた。
諏訪の聴覚から環境音が消え去り、視界が反転する中で最後に得た感覚は、勢い良く自身の体がバウンドしながら硬いコンクリートを転がる感覚のみであった。
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