[19]

 冬島紗耶は両手で構えた 1911DS Prodigyの標準の先で、傭兵が運良く高速で回転する9mm弾を避けたのを見てから、隣でMP5Kを構えてきた男に向けて四発連続で発砲した。

 防弾ベストや左腕などに被弾した男は、呻き声を上げながら身を捻ねると同時に体勢を崩した。追撃を阻止するように、腰を上げようとした紗耶へ傭兵はグロックを構えて発砲する。しかし、再び紗耶の輪郭が溶けると銃弾は地面を抉った。

 半ば驚愕しながら声を出した傭兵が発砲しようとしたが、再び輪郭を得た紗耶は傭兵に銃口を向けて引き金を引いた。

 拡張弾倉に装填された残りの9mm弾が間を置かずに放たれ、発砲時の軽い衝撃が腕に絶えず伝わり、銃を保持している両手の手首が跳ね続ける。

 傭兵は真正面から銃撃を受けてしまい、両腕でガードしながら身を捻り、発砲しながら右横へと走り出した。しかし、直後弾詰まりを起こしてしまい、反撃できない状態で右足と腰付近にも被弾し、傭兵は仕切りの裏へと飛び込んで身を隠した。

 紗耶はホールドオープン状態の銃を握り、頬を弾丸が掠めて血が滲むのを感じながら、立ち膝の状態から素早く立ち上がった。

 目の前には四発撃ち込まれ体勢を崩していた襲撃者の男がなんとか立ち上がり、MP5Kの銃口を向けようとしている。

 紗耶はお気に入りの服を粉塵や木片で汚され、無垢の子供を殺そうとした相手への怒りにより、表情筋を般若の如く歪めながら、形成された憤怒を右足に注いだ。

 床が地中へめり込むほど踏み込み、MP5Kを持つ男の間合いに飛び込むと左手を硬く握り、普段は一般人を殴る威力ではない殴打を、男の腹部に向けて繰り出した。

 防弾ベスト越しでも紗耶の拳による一撃は骨が砕け、内臓が破裂するほどであり、男の心臓を止めるのに十分な効果を発揮した。紗耶は獣の如く低く唸りながら、自分より大柄な体格の男を天井へと吹き飛ばし、天井へと吹き飛ばされた男は激突すると力無く床へと落ちてきた。

 紗耶は床にうつ伏せに倒れる男を見てから、深く息を吐いた。殺意を込めたからか、少しばかり心が軽くなっていた。


「お嬢様!」


 紗耶は血の海の中に顔を埋める男の死体から、声のした方へ顔を向けると、木片と粉塵で汚れた奏が最後の襲撃者が飛び込んだ仕切りの方へ銃を向け、こちらに近づいて来ていた。

 刹那、一発の銃声が鳴り響き、紗耶と奏の間に着弾した。紗耶は咄嗟に死体の近くに屈み、奏も屈みながら素早く紗耶の近くへと駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか?」

「ええ、奏は?」

「問題ありません、他の皆んなも無事です。襲撃者は隠れている奴で最後ですか?」

「ええ、片付けるよ」


 奏は頷いた。紗耶は般若の形相を収めると、服の下に隠したマガジンホルスターから弾倉を抜き、空の弾倉を床に落としてからリロードを行う。

 紗耶と奏は銃を構えながら立ち上がり、左側では條太郎と瑠衣も仕切り裏に隠れた男に狙いを定めれる位置へと移動していた。赤渕少佐は武器を持っていないので、隠れながら様子を伺っている。

 紗耶は懸命な判断だと思いながら、店の外でパトカーのサイレンや国家警備局の車両のサイレンが鳴っている事に気付いた。

 これだけ撃ち合ったので、発砲音や手榴弾による爆発音で付近にいた市民が通報したのだろう。

 紗耶は先ほどから荒い息遣いを漏らし、仕切り裏に隠れている襲撃者にゆっくりと近づきながら、声を張り上げた。


「無駄な抵抗はしないで投降しなさい。運が良ければ、お前は私に殺される前に拘束される。もし妙なことをしたら、すぐにでも撃ち殺す」


 直後、仕切りの裏から弱々しい笑い声が聞こえてきた。紗耶が眉を顰めると、襲撃者は咳き込みながら溜息を吐き出した。


「……嘘をつかれたな」

「どういうこと?」


 紗耶が眉を顰めながら聞くと、傭兵は仕切り裏に隠れながら、観念した様に掠れ声で話し始めた。


「俺達が壊滅的な被害を受けた時、増援が……来る予定だった。だが、来なかっ…た。所詮……我々は使い捨ての……駒に過ぎなかったらしい」

「ご愁傷様。ならば、早く武器を捨てて投降しなさい。グスグズするなら射殺する」

「ああ……分かったよ」


 仕切りの裏からまだ弾の残った弾倉が投げられ、次にホールドオープン状態で血の付いたグロックが床を滑って紗耶の前に現れた。

 数秒が経ち、大柄な人影が立ち上がった。防弾ベストを纏った30代後半の男。いま気付いたが、暗殺者は日本人ではなく、アジア系の男であった。

 傭兵は痛みで顔を顰めたままゆっくりと両腕を広げるように上げ、そこで異変は起きた。

 男の両手に何かが握られている。紗耶はそれに気づいて目を凝らすと、すぐに正体が判明した。

 ──破片手榴弾。

 それもピンが既に抜かれており、紗耶はハッとしていると、男は弱々しい笑みを浮かべた。


「手榴弾だ!」


 瑠衣がそう叫んだ瞬間、傭兵は手榴弾を握った片方の手を紗耶と奏の方へ向けて振りかぶった。

 その動きを見逃さなかった奏は即座に発砲し、次いで紗耶や他の護衛員も続けて発砲した。

 傭兵は四丁の銃から放たれた数十発の9mm弾がに被弾して体が舞い、頭部に被弾すると体の姿勢が背後へと崩れて仰向けに倒れた。

 紗耶は傭兵が倒れた瞬間、身を翻して仕切り裏に飛び込むと奏も屈んで両腕で頭を守った。瞬間、二回ほど腹にも響く重低音な轟音が鳴り響き、僅かな熱風や衝撃波に似た爆風が店内を支配した。

 紗耶は爆風を感じ、耳鳴りが聴覚を支配したことで顔を顰めた。数秒が経った後、轟音による揺れが収まると顔を上げて奏に視線を向けた。


「大丈夫?」

「耳鳴りはしますが、問題ありません」


 奏は顔を顰めながら応答し、頭を横に振って耳を抑えた。條太郎達の方にも視線を向けると、瑠衣と條太郎が悪態をつく声が聞こえてきた。

 紗耶は起き上がりながら護衛員達の無事に安堵していると、辺りから運良く生き延びた市民の泣き声や、呻き声も聞こえてきた。なので、紗耶は辺りを見渡しながら叫んだ。


「外に出るなら、今のうちだよ!」


 紗耶の声を聞いた民間人達は、その声を聞くと同時に我先にと外へ駆け出し始めた。多くは銃弾により死が訪れた死体が積み重なる正規の入り口を避け、爆風で割れた窓辺から外へ逃げて行った。

 同じく既に起き上がっていた條太郎と瑠衣も、紗耶が手榴弾から守った母娘に逃げるように促しており、親子は頭を下げながら外へと走り出て行った。

 外に出れば周囲を封鎖している筈の警察、または国家警備局警備部に保護されるだろう。

 紗耶は一先ず親子の安否に安心していると、薄汚れた赤渕少佐が煙を手で払いながら近づいて来た。

 紗耶は服の下に隠したホルスターに1911を収納しながら赤渕に顔を向けた。


「赤渕さん、大丈夫ですか?」

「問題ないです、それよりも……民間人が」


 赤渕の視線の先に紗耶も顔を向けると、手榴弾による煙の中でもその惨状が見えてきた。爆発付近にいた市民は殆どが死亡しており、遺体は皆一様に破片で肉が抉れて紅く濡れる筋肉の繊維が露出し、手足の一部が欠損している無惨な状態であった。

 紗耶が確認できる範囲でも四名の遺体は、頭部の上半分を吹き飛ばされており、そのうち二体は付近にある名門高校の制服を着た高校生であった。


「……勿体無い」


 眉を顰めてそう呟くと背後から何人かの足音が聞こえてきた。振り返ると、まだ銃を手に待つ護衛員達が集合してきていた。紗耶は奏に顔を向ける。


「通信状態は、まだ回復してない?」

「まだダメです、Jackson7に繋がりません」

「ジャマーを探さないとだけど……酷い死体の下にあるのとか、ボクは触りたくないよ」


 瑠衣は溜息を吐き、重なるように倒れている凄惨な遺体に目を向けた。奏もそれには同意したのか、僅かに目を細めて呻いていた。

 不意に條太郎は椅子の下に置かれたダッフルバックへ目線を向けた。机下に置かれたバックは、襲撃者達がMP5Kを取り出した物である。


「そのバックの中には? 襲撃者達が使っていたのなら入っている可能性が高いと思うが」


 條太郎が襲撃者達が使っていたダッフルバックを指さすと、全員の視線が向けられた。

 紗耶と奏は一瞬視線を合わせ、奏はPX4をホルスターに収納してながらバックの傍に跪くと、徐に中を探り始める。数秒が経つと奏は小さく声を漏らし、黒色で四角形の小型物体をバックから出して紗耶達に掲げてみせた。


「ジャマーです、見つけました」

「それ貸して」


 紗耶は奏から小型ジャマーを受け取ると、そのまま片手で豆腐を握りしめるかの如く、簡単にジャマーを握り潰した。紗耶の右手からジャマーの部品が飛び散り、僅かに火花が散った。

 條太郎はいきなりの行動に驚いて目を見張り、赤渕はその様子を見ながら苦笑いを浮かべた。


「……怪力ですね」

「昔からですよ。奏、これで通信が回復していると思うから夏朋に連絡宜しくね」

「分かりました。……Jackson1からJackson7へ応答せよ。繰り返す、こちら──」


 奏は左耳に付けたインカムの通話ボタンを押して紗耶達から離れて行った。それと同時に完全に割れた窓辺からウルフグレー色のBDUとバラクラバ、Ops-core SF Super High Cut Helmetを着用した十名の隊員が突入してきた。隊員達は皆一様にカスタムされたSIG MCXを構えながら、遺体を踏まない様に店内へと素早く展開する。

 紗耶と赤渕は特徴的な戦闘服と装備を見て、国家警備局内で警察と協働し、一般警察業務を所掌する都道府県警備部の特殊介入中隊の部隊員であると素早く理解が出来た。店内に展開した隊員の一人が銃口を紗耶と隣にいた護衛員達に向けてきた。


「両手を見せろ!」


 不審人物の疑いを掛けられてMCXの銃口が向けられたが、赤渕少佐は臆する事なく、両手を開いて両腕を上げながら紗耶達の前に歩み出た。


「銃口を降ろして下さい、我々は容疑者ではありません。国家警備局の赤渕尚樹少佐です、現場指揮官に確認を取ってみてください」

「……Echo1-1からEcho6、至急身元照会求む」


 赤渕少佐の言葉に隊員は銃口と厳しい目線を向けたまま、Invisio V-60 PTTスイッチのボタンを押して現場指揮官に通信を繋げて何かを話し始めた。

 その後、確認が取れたのか何かを呟いて小さく頷くと、銃口を下げて紗耶達に近づいて来た。


「身分確認が取れました、申し訳ありません。私は急襲チームリーダーの大林中尉です。赤渕少佐と冬島家の方ですね、お怪我はありませんか?」

「私は大丈夫ですが、彼女の護衛班に負傷者がいます。外に救急車は?」

「待機中です。さぁ外へ、保護します」


 大林中尉がカフェの外へ促したので、紗耶は外へ出ようとした時、後ろから慌てた様な声が上がってきた。


「お嬢様、大変です!」


 紗耶が振り返ると、その声の主は奏であった。オペレーターの大穂夏朋と連絡が取れた様であるが、その顔には明らかに狼狽の色が滲んでいる。


「どうしたの?」

「董哉達がレジスタンスの過激派の襲撃に遭い、連絡が途絶えました」


 その一言で條太郎や瑠衣、赤渕少佐までもが驚愕の表情を浮かべた。紗耶も衝撃を受けたが、冷静に努めて再び奏に尋ねた。


「場所は把握してるの?」

「はい、董哉達が襲撃を受けたのは港区です。詳細な場所も夏朋からの報告で把握しています」


 紗耶は数秒間、顔を伏せて考えてから條太郎と瑠衣の方へと顔を向けた。その顔色には心配という色合いが顕著に現れていた。


「……行ける?」


 その問いに條太郎と瑠衣は顔を見合わせると、二人は力強く頷いた。紗耶も表情筋を引き締め、真剣な表情で頷き返すと奏に指示を出した。


「奏、夏朋にCode3の要請と車両の手配もしておく様に伝えておいてね」

「了解です」


 そうして紗耶は赤渕にも顔を向けると、赤渕は次に自分が何を言われるのか、それについて大体予想できていたのだろう。小さく頷いた。


「分かっています、現場は私に任せて下さい。大林中尉、聴取は私のみでよろしいですね?」

「え、ええ……はい、問題ありません」


 大林中尉は大変に不安ではあったが、それを口には出さなかった。紗耶達の面は既に決心と覚悟が混合された、年相応以上の顔つきであったからだ。

 いまここで口を挟めば、彼らの覚悟に横槍を入れる事となる。大林中尉はその様な事はしたくはなかった。

 紗耶は護衛員達を見渡すと、全員がしっかりと理解できるよう、少々ゆっくりめに話し始めた。


「車が来たらそのまま現場へ直行、絶対に三人を助けるわよ。よし、行きましょう」


 紗耶の問いに護衛員達は全員が同時に頷いた。

 そうして、紗耶達は損傷の激しい遺体がそこかしこに転がる場所を跨ぎ超え、カフェの外へと向かって歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る