[18]

 紗耶と行動を共にしていた護衛員からの通信途絶の報を受け、護衛協会本部からタクシーに乗り込んだ諏訪達は紗耶達の元へと移動していた。

 タクシー運転手には事前に、こちらの話しを聞いても絶対に詳細は尋ねない様に、董哉が釘を刺していた。なので、いまこの空間で邪魔なく話す事ができる状態にある。

 隣に座る枇代の補助を受け、諏訪は左手首に巻いたスマートウォッチを操作していた。

 護衛班内の全員と同時通話可能な無線通信モードに表示を変更すると、画面に班員のコールサインが縦にズラリと表示された。

 次いでインカムから短い接続音が聞こえ、董哉と枇代の物音の他に、ボソボソと呟く声にキーボードを滑らかに叩く音も耳に入ってきた。


『よし、Jackson4の通信参加を確認』


 タイピング音が終わり、少女の声がインカム越しに聞こえてきた。まだ声変わり前の様に高い声色で、諏訪は一瞬、声変わり前の小さな子供が喋っているのではないかとも思った。


『Jackson・Unitへようこそ。私はオペレーターの大穂おおぶ夏朋なほ。短いけど自己紹介はここまで、続きは返ってきてからね。じゃあ早速だけど、状況説明を始めるよ』


 大穂夏朋が話し終わると、ズボンに入れたスマートフォンが震えた振動が足に伝わった。

 諏訪はスマホを取り出すと、待機画面に写真が送信されてきたとメッセージが送られてきていた。

 それを開くと、モダンな造りのカフェの写真が画面に出てきた。店先にはプランターに入った観葉植物が置かれ、テラス席も設置されている。

 諏訪は画面を見ながら顎を撫で、ここが紗耶達と連絡が途絶えた、もしくは襲撃された場所であるとすぐに悟った。


『千代田区に店を構えるカフェ・アステラ、最後に確認された場所はここだよ。ジャミングを検知したから襲撃は確定、現在も通信は繋がらない』

「カフェ周辺の防犯カメラ映像をハッキングする事は出来ませんか?」

『試したけど、店周辺の防犯カメラは全部ダメ。徹底的に破壊されてたよ』


 夏朋は溜息混じりに答えた。枇代は顔を顰め、董哉は小さく唸った。少し間を置いてから、諏訪は考えていた事を問いかけた。


「SNSに何か投稿されてないか?」

『いま確認してるけど、まだ関連した投稿は上がってないよ。そもそも、避難する為に動画なんて撮ってる場合じゃないと思うけどね』

「さぁ、少し前みたいにいるんじゃないか?」


 夏朋の言葉に董哉は眉を顰めて発言した。

 内戦状態に至る以前、一般市民は危険な状況下でもその場から逃げずに事件をスマホで撮影し、SNSに映像や写真を投稿していた。

 俗に言う平和ボケの一症例であるが、その様な投稿から世間がその事件を認識し、何かしらの有益な情報を共有していたのだ。

 しかし内戦中期以降、レジスタンスと警察の銃撃戦や騒動を遠巻きから撮影する者はいなくなった。

 理由は単純明快、彼らから格好の標的となるからだ。同時期のレジスタンスでは、戦闘行動の過程で過激思想を抱く者、仮初の平和を有する安全区域の人間を嫌悪する者などが続々と出始めていた。

 その様な思いの中でスマホを向けて撮影している者を見つけたとなると、彼らの神経を逆撫でするのは想像に難くない。

 民兵には基本、自分たちで設ける部隊以外では交戦規定というのものは存在しない。なので、自身の殺意に従って行動するのだ。

 多くの似たり寄ったりな事件の末、安全区域に住む者達は即座に逃げる事を学んだ。ただ、それに気づくには市民の犠牲者があまりに多かったのだが。

 そういうわけで、万策尽きた諏訪は眉を顰め、タクシーの外に視線を向けた。

 タクシーは交差点を赤信号で止まり、夏朋と董哉がコード3を発し、本部に通報するかどうか話しているのが依然として左耳から聞こえてくる。

 青信号となり、前に停まっていた3台の乗用車に続いて再び走り始め、中央付近に差し掛かった辺りで諏訪は異変を察した。


「……ん?」


 右折側で信号を待っていた車両群の後ろ。全く止まる気配のない大型トラックがエンジンを唸らせながら、まるで子供が玩具を手で弾く様に、軽々と小型車を左右に弾き飛ばして突っ込んできた

 衝突音で異変に気づいた董哉と枇代も顔を向け、ほぼ2人とも同じ様に目を見開き、口が自然に開いて驚愕の表情を浮かべる。

 信号待ちをしていた先頭の軽自動車が異変を察知し、衝突を回避する為に左側へ車体を寄せた。

 しかし、時遅く後方部分に衝突すると、勢いよく後部バンパーと部品を撒き散らせながら宙に浮き、交差点に侵入してきたセダンの前に飛び出した。

 それを避けられなかったセダンは、軽自動車の車体側面に衝突し、車体が僅かに浮いた。

 邪魔者を排除しながら突き進んだトラックは交差点に侵入し、突如として荷台部分の下部が爆ぜた。

 下部から噴き出した爆炎と衝撃波を辺りに放出しながら、荷台部分が質量を感じられないほど、打ち上げ直後のロケットの様に持ち上がった。

 そのまま綺麗に180度の半円を描き、交差点の丁度中心、車両の往来の中へと降ってきた。

 しかも、それは諏訪達の乗るタクシーの丁度目の前なので枇代は焦り叫んだ。


「運転手さん、避けて!」


 男性運転手は目を見開き、動転しながらも、進路を塞ぐ様に降ってくる大型トラックを避けようと、左へと勢いよくハンドルを切った。

 タクシーが隣の車線に飛び出した瞬間、枇代の驚いた声と共に左から凄まじい衝撃と、衝突時に割れたガラス片が飛来してきた。


◆◆◆◆


『カール1からタイタス、トラックの爆破を確認。繰り返す、爆破を確認。標的Bが乗っている車両は事故を起こした模様』


 αはハイエースの車内で待機していると、轟音の後に上空から監視していたドローン・ハンドラーの通信が無線機を通じて聞こえてきた。


『こちらタイタス、ブラボーは視認できたか?』

『現在捜索中………標的を視認、繰り返す標的を視認した。標的Bで間違いない、仲間らしき護衛の姿も確認。怪我をしている様だが、健在の様子だ』

『タイタス了解、攻撃ユニットはフェーズ2へと移行。行動開始、繰り返す行動開始。作戦通り対象は可能な限り捕縛、不可能と判断したら標的Bの仲間2人と共に速やかに排除せよ』


 無線のやり取りを聞いていたαは無線機に繋がるPTTのボタンを押して返答した。


「チーム1了解」

『チーム2了解、車外に出るぞ』


 他チームの応答も聞いたαは頷き、車内に座り指示を待つ4名のチームメイト達に顔を向けた。


「作戦開始、行くぞ」


 αは車内の四名に向けてそう言うと、皆緊張の張り詰めた顔つきで頷いた。彼らの顔を一瞥して、αの内心は高揚感や満足感で満ちていた。

 自身の所属する部隊の精鋭。最強とまではいかないが、皆それぞれ十代後半であるが場数は踏んでいるし、他に二名の特異体質者もいる。

 今回の半分誘拐の様な作戦には十分すぎる面子であるし、能力を失っている諏訪匡臣──その中にいるもう一人の人格──もヘマをしない限りは確実に無力化できるだろう。

 側面ドアを横へスライドして開き、チームメンバー達と共に外へと出た。辺りには大事故が発生した影響で野次馬が寄ってきており、交差点を通過しようとしていた車列が続いていた。

 車道に歩み出ると、丁度近くに居合わせた女性の甲高い悲鳴が上がった。誰があげたかは分からないが、確実にこの道路にそれは響き渡った。

 悲鳴を聞いた野次馬達は次々とα達の姿を認識して女性と同じ様な悲鳴を上げ、逃げ出し始めた。

 その姿を傍目に、成人男性が過半数を占めるチーム2と合流したαは標的Bの元へと車列を縫う様に素早く走り出した。


◆◆◆◆


 事故直後の車内は飛び散ったガラスの破片や4名の人間の呻き声で悲惨な状態であった。

 タクシーは側面に衝突された勢いで吐き気が出るほどの遠心力で半回転すると、衝突時の勢いから横転しそうではあったが、運良く横転せずに首尾を衝突した車の方へ向けて停車した。

 諏訪は痛む額を触ると、指に血痕が付着した。しかし量からして、細かな線から滲んでいる程度であるだろう。失血死の恐れはない。

 次いで衝突箇所にいた枇代に視線を向けると、呻きながらも、ガラスの破片により傷を負った顔を何度か拭って諏訪の方へ向けてきた。


「諏訪君、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、君は?」

「少し左足に痛みがある程度で、行動に支障はありません。董哉は?」

「擦り傷程度だ、問題ない。それより早く外に出よう。周囲の状況を確認しないと……」


 董哉は助手席でシートベルトを外し、歪んで半ば開いていたドアを蹴破ると、若干ふらつきながら外へと出た。諏訪と枇代も同じドアから外へ出ると、交差点で起きた大事故の状況、その凄惨さを把握する事ができた。

 交差点には大型トラックが上下逆転で横転し、既に炎と黒煙が包み込んでいた。タクシーの背後や道路の右側では、トラックに衝突された自動車による多重事故が発生していた。辺りは鉄の焼ける匂い、トラックから吹き出る黒煙や乗用車から上がる灰色の煙、漏れ出した石油の音や鼻を刺激する独特な匂いが充満していた。

 諏訪がふと横を見ると、タクシー前方から走ってきた董哉が顔を険しくしながら合流してきた。


「酷いもんだ、右側の道路も含めると十数台以上が巻き込まれてるよ。それに何か嫌な予感もする。タイミングが良すぎる。襲撃に遭ったのか?」

「分かりませんが……これからどうします? これじゃあ、お嬢様達のところに行けませんよ」

 

 枇代は諏訪と董哉の顔を交互に見てから、不安が顕著に現れた顔つきで辺りに視線を向けている。

 諏訪はトラックが爆発してから胸がざわつき、頭の片隅で警鐘が鳴っているのを感じていた。トラックに視線を向け、汗により垂れてきた血を拭いていると、左耳のインカムから通信を告げるクリック音が鳴り響いた。


『あっ、繋がった! みんな大丈夫!?』


 送り主はオペレーターの大穂夏朋だ。

 声色は非常に焦っている様であるが、どこか仲間を心配している声と、何か違う感情も含まれていると諏訪は勘づいた。

 自分の予感があながち間違ってはいないのではないか、そう不思議と冷静に考えていると、遠くで悲鳴が聞こえた気がした。諏訪はその方角へと顔を向け、枇代は反対方向を向き、董哉は顔を下に向けて腰に手を当てながら夏朋の通信に応答した。


「大丈夫だけど、辺りは酷いも───」

『気をつけて、武装集団が接近中だよ!』


 董哉が通信内容に反応するより先に諏訪は彼の右肩を掴み、地面へと強引に引き倒した。ホルスターに収まっていた銃のグリップを握り込む。引き倒された董哉の呻き声と通信を聞いていた枇代も、諏訪と同じ方に顔を向けてホルスターに収納されている銃のグリップを握った。

 それとほぼ同時、董哉が立っていた付近のタクシーの屋根に、遠くから響いた発砲音と共に銃弾が着弾した。枇代はその音に身を竦ませ、諏訪はホルスターからSAR9 CXを引き抜くと、両手で銃を保持しながら、姿勢を低くして、タクシーの割れた窓から銃弾が飛来した方角を見つめた。

 背後では発砲音と着弾音で事故車両から降りていた市民達が口々に悲鳴が上げており、逃げ出す者や事故車両の影に逃げ込む者で、事故現場は一瞬で混乱に陥っていた。


「クソッ、一体なんだ?」

「Jackson3、発砲を確認しました。諏訪君、射手が何処にいるか分かりますか?」

「いま探している最中だ、少し待ってくれ」


 起き上がる董哉に手を貸した枇代は、ホルスターから引き抜いたSIG P365X Macro を片手に持ちながら諏訪の横にやってきた。

 諏訪の視線が向く先、董哉を狙っていたと思われる黒い服の上に装備ベストを身に付けた男が、AKを両手で持ちながら走ってきている。


「対象を確認12時の方向、AKを持ってるぞ」

「あぁ、レジスタンスだ」


 諏訪の報告に董哉は顔を顰め、タクシーの影に移動して割れた窓からその方角へと顔を向けた。男の周囲には同じ装備の何人も男や、諏訪達と同年代の少年兵達がAKとは違うタイプの銃を持ち、車両の列を縫う様にこちらへと走って来ていた。

 集団の一人がAKの銃口をこちらに向けた。

 それを確認したと同時に、諏訪は両手を伸ばして銃の標準をその男へと定めると、殆ど間を開けずに引き金を絞って発砲した。

 9mm弾の軽い衝撃が体へと伝わり、手首が跳ねる感覚と軽い銃声が聴覚を刺激する。諏訪はドットサイトの先で、男が被弾して体がよろけるのを確認すると、行動不能にするべく再び冷静に引き金を絞った。

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