[5]

 紗耶が話し終わると同時に部屋の外から爆発音と悲鳴、怒号や更に小銃の発砲音までもが聞こえてきた。その音を聞くと同時に、曾根と奏はそれぞれホルスターから拳銃を抜き出した。


「お嬢様、扉から下がってください!」


 奏がベレッタPX4を片手に紗耶の手を引いて扉から引き離すと、それと同時に拘束室のブザーが鳴り響いた。曾根はすぐに扉の横にある通話型インターホンに駆け寄るとボタンを押した。


「もしもし?」


 すると、通話越しの相手は荒い息遣いでこちらに早口で語りかけてきた。


『おい、そこにまだ人はいるのか!?』

「軍人一名、研究者とVIPと護衛がこの中にまだ残っている。一体どうしたんだ?」

『襲撃だ、特異体質者に襲撃されている!絶対にこの部屋から出るな!絶対に……くそっ!』


 話の途中で悲鳴が遠くから聞こえ、次に小銃や機関銃の発砲がインターホン越しに、先ほどよりも勢いが増されて聞こえてきた。確実に近づいてきているのだ。インターホン越しの兵士が何かの命令を大声で叫ぶが、焦りと恐怖によって早口気味に叫んでいる。


『いいか、絶対にここから出るなよ!こいつを片付けたら、すぐに──ゔぐぇっ!』


 インターホン越しの兵士は話を終える前に喉が潰れる様な不気味な掠れ声を発し、それ同時に重たい何が地面に崩れ落ちた音も聞こえた。

 曾根はそれを聞いた瞬間、身体中の毛穴が開き、凄まじい悪寒に似た震えを感じた。


「ドアから離れてください!」


 曾根はそう叫ぶとドア付近に固まっていた研究者達を後方に下がらせ、ベルトに装着していたヒップホルスターからSIG P320を抜き出すと両腕を伸ばしてドアに向けて銃を構えた。


「これは想定以上に拙いかも知れないわね」


 紗耶には扉の前から禍々しいオーラを明確に感じ取っていた。人を殺す事に躊躇のない人間特有の負の感情の集合体の様な澱んだオーラである。

 紗耶は全身に鳥肌が走った。十六年の人生で何度も殺されかけ、強大な敵にも立ち向かったが、澱みきったオーラを直接体に浴びたことは、今まで一度もない。奏も後方で銃を構えながら、扉の近くに立っている曾根に向けて叫んだ。


「中尉も下がってください、そこは危険です!」

「いえ、私はここで皆さんの盾に──」


 その時、鋼鉄製の強化スライドドアが外側から強い衝撃が加わり、腹に響くほどの衝撃音が鳴り響いた。


「強引に入ってくる気だぞ!」


 伏見はスライドドアを苦い顔で見つめながら、部下の研究員達を後ろへ下げようと押しやっている。

 紗耶は辺りを見渡すと研究員達は悲鳴を上げてドアから離れ、部屋の隅へと逃げる者、観察室の小部屋に駆け込み、篭もる者なども出てきており室内はパニック状態であった。更に重い打撃音が連続して鳴り響き、加えて扉の耐久力が低下していく。

 打撃音が鳴るたびに室内にいるもの達は死が目の前から迫ってくるという絶望に晒された。直後、遂にスライドドアの表面の一部が室内に向けて隆起した。扉の前の特異体質者が蹴り込んだ強烈な一撃でによるものである。


「中尉、下がって!!」


 紗耶は曾根に向かって怒号に似た声で叫んだ。これには曾根も慌てて後退し、机を横に倒すとそれを障害物にして銃を構えた。だが数秒が経過しても次の一撃が加えられる事はなく、不気味な静けさだけが室内に広がっていく。皆一様に次の攻撃に対して息を呑んで待ち構えている。


「お嬢様?」


 少々荒い息遣いの奏が両手で銃を構えたまま紗耶にチラリと視線を向けてきたが、紗耶は扉から目を離さずに奏に向かって囁いた。


「まだ扉の前にいるわ、警戒を解──」


 その一撃は全くの不意のものであった。落雷が隣に落ちたかと思うような衝撃音が轟き、スライドドアが室内に向けて吹き飛んできた。それは曾根の真横を突き抜け、呆然としていた研究員二名を巻き込んで壁に激突すると、血飛沫を上げて研究員諸共深く突き刺さった。

 全員が言葉を失って悲鳴さえもあげる事が出来なかった。紗耶でさえも半ば呆然とその光景を眺めていたが、すぐに意識を取り戻すと煙の先に立つ人物を睨みながら再び相手に集中した。


「この一撃ために、力を溜めていたのね」


 紗耶が呟くと煙の中から血まみれのククリナイフを両手に持ち、黒色のプレートキャリアを装着している十代半ばの赤髪の少女が現れた。顔や服には返り血が付いて、ククリナイフには人間の皮と血肉と思わしきものが付着している。


「武器を捨てろ!」


 曾根が銃を構えながら怒鳴ると同時に、曾根に視線を合わせた赤髪の少女が腰を低く構えるとその場から消え、次の瞬間には曾根の前に現れた。

 曾根は驚愕の表情を浮かべながらも立ち上がりながら腕を若干曲げて発砲したが、少女は一瞬で姿勢を低くして銃弾を躱すと、高速でククリナイフを二本同時に右足に深々と突き刺した。


「ゔぁ"あ"ッ!」


 曾根は苦悶の表情を浮かべて呻き声を上げ、体がぐらりと揺れて後方に倒れていく。少女は追い討ちを掛けるように、ククリナイフを二本とも曾根の頭上に振り上げた。しかし、その時だった。少女の身体に鉄製の椅子が高速で飛び込んできた。

 少女は咄嗟に両腕で頭を守る防御姿勢を取るが、左腕に強い衝撃が走り、壁に吹き飛ばされた。

 よほど衝撃が強かったか、少女は壁に激突した瞬間、両手からククリナイフを取り落とした。

 少女は倒れ込みながら椅子が飛んできた方向に視線を向けた。白髪の少女──紗耶が銃の形にした右手を相手に向け、右眼の虹彩を僅かに青紫色に発光させてを目を細めた。


「……喰らえ!」


 刹那、紗耶の手から牽制程度に錬成した無数の紅く光る炎の弾丸が、少女兵の方へと飛来した。少女兵はそれを見て、瞬時に後方にあった机を持ち上げると、勢い良く振りかぶって投げ飛ばした。

 机に阻まれた炎の弾丸は、そのまま机に負荷を掛けると、空中で爆音を轟かせて四散した。

 爆音と机の破片に奏は少々怯んだが、間髪入れずに少女に向けて何度も発砲した。しかし赤髪の少女は目線を奏に向けると、まるで弾丸の軌道が見えるかの如く右手で弾丸を掴み取り、そのまま9mm弾を握り潰した。


「くそっ、銃弾を握るのか!」


 奏が銃弾を取られたことに驚愕したが、続けて引き金を絞って発砲する。少女は銃弾を避けると同時に右足に装着したレッグホルスターからベレッタAPXを引き抜くと、奏に銃口を向けて引き金を四回絞り9mm弾を叩き込んだ。

 奏は胸を弾かれる感覚と同時に圧迫感を感じ、呻き声をあげて僅かに体を僅かに折り曲げた。だが尚も応戦しようと銃口を向けて二発ほど発砲したが躱されてしまい、更に赤髪の少女は両手で銃を構えて発砲し、奏は二発を胸に被弾して仰向けに倒れた。


「奏!」


 紗耶は呻き声を上げている奏を一瞥してトレンチコート内に手を入れると、腰裏に装備していたホルスターから、コンシールドキャリー用に装備していた9mm弾を十発装填しているS&W. CSXを引き抜いた。そうして奏の方向に後ろ向きで足早に近づきながら、両腕を突き出してアイソセレス・スタンスの構えを取り、少女兵に向けて発砲し始めた。

 だが、未だ前回の戦闘で負ったダメージが全回復していないので腕が痺れ、震え、照準がぶれる。更に少女兵の反応速度が良すぎる事もあって、銃弾は発砲した十発のうち二発が命中したが、他は全て転がるか反射神経の良さで避けられてしまった。


「……やっぱりまだダメか」


 赤髪の少女はプレートキャリアの胸と腹部に銃弾を受けたが衝撃によろけたが、姿勢を低く走りながら銃弾を避ける。紗耶に向けて応戦する為にC.A.Rシステムに似た構えを取り、発砲する為に引き金を絞った瞬間、横からの衝撃が加わり、銃口や狙いがぶれた。

 紗耶はホールドオープンしたCSXを片手に姿勢を低くし、ステップを踏みながら移動しつつ瞬時に左手を掲げると赤髪の少女へ視線を向けた。高速で回転する銃弾の弾頭が空中に静止すると同時に、目の前の光景に見開いた。


「曾根さん!」


 紗耶の視線の先、赤髪の少女にタックルを繰り出した曾根の姿が見えた。赤髪の少女はバランスを崩して片膝を付くと、曾根が青白い顔で脂汗を滲ませながら紗耶の方に顔を向けて叫んだ。


「お嬢様、急いで拘束室に逃げてください!拘束室なら防弾で──ッ!?」


 直後、瞬時に立ち上がっていた少女兵が右斜め上から曾根の頭部に回し蹴りを繰り出し、彼女を地面に叩きつけた。それを見ていた伏見は急いで立ち上がると、拘束室の扉をロックしているボタンへと駆け寄ると解除ボタンを押し、扉がブザーを鳴らして開き始めた。


「紗耶さん!」


 紗耶は伏見の方に顔を向けると、伏見は怯えた表情を向けながらも、紗耶に拘束室を指さして叫ぶ。


「急いで拘束室へ、貴女も本調子ではないんだ!いつ身体の負荷が現れるか分からない、それに、負傷した廣瀬ひろせ護衛員を、早く連れ──」


 しかし、全てを言い終える前に赤髪の少女が伏見に銃口を向けるとダブルタップで発砲した。拳銃弾は頭部と首を貫き、伏見は管理コンソールにぶつかりながら地面に倒れた。

 右眼の虹彩の発光が消えた紗耶はホールドオープン状態である銃のスライドを一度後方に引いて元の状態に戻し、ホルスターに収めた。そうして倒れた奏に駆け寄ると、身体を起こさせて遮蔽物としている金属製の机の裏で拘束室の入り口を指さした。


「奏、あそこまで行けるわね?」

「はい……大丈夫です」


 紗耶の問いかけに、奏は咳き込んでから唾を吐き捨てるとPX4の弾倉を変えながら応答した。紗耶は奏に向けて三つの指を掲げた。


「3カウントで一気に走るわよ、いい?」

「ええ、了解です」

「……三、二、一、走れ走れ!」


 二人は同時に立ち上がると、奏が紗耶の盾とならながら拘束室の扉へ駆け出した。赤髪の少女は発砲しようと銃を構えるが、それよりも早く奏は赤髪の少女に銃口を向けると素早く二度発砲した。

 赤髪の少女は弾丸を胸に受けて後方によろめき、奏はそれを見逃さずに次に管理コンソールへ狙いを定めると二発の銃弾を撃ち込んだ。

 制御を失った拘束室の扉が閉まり始める。赤髪の少女兵は銃を片手に走り始める。だがその行動は後方からの勇気ある研究員の大柄な男性による羽交い締めによって阻止された。


「二人のところへは行かせない!」

「取り押さえろ!!」


 上司の伏見を殺された恨みを胸に更に数人の研究員達が少女兵に飛びかかった。しかし、鬱陶しそうな表情を浮かべた少女は、羽交い締めにしてきた男性研究員の顔に肘打ちを繰り出して拘束から抜け出すと、飛び掛かってきた男女三人の研究員達に向けてC.A.Rシステムの構えを取り、素早く数回発砲して全員の頭や首を撃ち抜くと地面に転がした。

 丁度三人を仕留めて弾切れとなった拳銃を投げ捨てて振り返ると、装備ベルトからボウイナイフを引き抜く。そうして順手のまま先ほどの肘打ちで混乱したまま尻餅を付いていた男性研究員の太い首を掴み、刃を顎の下に深々と突き刺し、ナイフが刺さったまま回し蹴りを繰り出して、大柄な遺体を地面に転がした。

 赤髪の少女兵は一息付いて紗耶と奏が逃げた方向に視線を向けると、既に二人は拘束室の中へと飛び込み、安全対策のため強化された鋼鉄のスライドドアが閉まっていた。少女兵は防弾ガラスから飛び込もうと考えていたが、窓に刃も刃ガラスは強化シャッターが降り、完全に二人はブラックリストのいる部屋に立て籠っていた。

 赤髪の少女兵は舌打ちをすると研究員の頭からボウイナイフを引き抜き、遺体の服で血を拭ってからまだ息のある曾根を掴み上げた。

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