[4]

「ドローンの襲撃だ、攻撃されてるぞ!」


 兵士の叫び声と爆発音が轟き、収容所を警備している警備隊詰所から分隊規模の警備隊員数十名が20式小銃を抱えて飛び出してきた。警備隊員達が施設防衛の為に管理ゲートを駆け抜けると、収容所外のスピーカーからは依然として緊急用サイレンが辺りに響いていた。

 警備塔からもドローンを撃ち落とす為に備え付けの重機関銃が50口径弾弾を吐き出し、重低音の発砲音を連続して鳴り響かせ始めた。


「二時方向、ドローンが来るぞ!」


警備隊より既に展開していた施設警備の為に駐在している私設軍歩兵連隊所属の隊員の一人が指をさして叫ぶ。同部隊の隊員達は空へ目を向けると、飛来したドローンが機関銃と小火器、さらには対空砲の弾幕を回避しながらまるで羽虫の群の様に蠢きながら高速で施設に接近し、数機が対空砲に向けて突入すると爆発音を轟かせて炎上した。

 止めどなく襲来するドローンに地上に展開する地上の隊員達は20式小銃を発砲するが、中々に小銃弾が当たらない。ドローンは隊員達を嘲笑あざわらうかの如く飛行し、数十機が編隊飛行を組みながら警備隊と私設軍の歩兵部隊に垂直落下し、ほぼ一直線で突っ込んで来た。


「おい、不味いぞ」


 防衛戦の指揮を行っていた小隊長の中尉が空を見上げ、ドローン郡が向かってくる光景を目の当たりにすると瞠目し、声を張り上げた。


「ドローンを撃ち落とすぞ、撃て、撃つんだ!」


中尉の命令に兵士達は一斉にドローン郡に向けて発砲を始めた。中にはフルオートで銃弾を広範囲にばら撒く隊員もいたが、蠢きながら迫るドローンは勢いに変化はない。

 更に施設の外周を防衛していた西と東の警備塔に爆薬を抱えたドローン数十機が突如飛来し、鼓膜を破る様な爆音が轟き、熱風が警備塔の下に防衛線を敷いていた隊員たちに向けて崩れ落ちてきた。


「警備塔が崩れるぞ!」


 警備隊の隊員の一人が炎上する塔が崩れる様子を見て叫んだ。小隊長の中尉が20式小銃を構えながら素早く顔を上げると、思わず顔を蒼白にさせながら隊員達に向けて指示を飛ばした。


「退避、屋内に退避だ!」


 指示を聞いた全員が落下してきた瓦礫を避けながら退避する為に走り出すが、彼らが後退し始めた瞬間、ドローン数百機がまるで追い討ちを掛けるかの如く全てが空中で爆発四散した。

 隊員達は退避しながらも振り返って空を見上げると黒い煙が収容所上空を覆い、ドローンの爆発で放たれた数千に及ぶ何かの物体が地上に展開する部隊に向けて降りかかってきた。

 勢い良く降り注ぐ物体と、炎上しながら崩れ落ちてくる東西の警備塔。瓦礫により負傷した仲間を抱え上げた警備隊の軍曹が空を見上げながら小さく呟いた。


「……なんてことだ」


 彼が最後に見た光景は無慈悲という言葉がよく似合うほどの絶望に満ちており、意識の最後に周囲を走っていた仲間達の叫び声が聞こえてきた。


◆◆◆◆


 爆発による揺れが収まった直後の赤渕少佐の行動は迅速であった。曾根中尉に指示を出し、自身は速やかに地上に構えている司令室に向かっていた。

 曾根は赤渕を見送ると、拘束室で諏訪と話していた紗耶と奏が観察室側へ戻って来た。


「曾根中尉」


 曾根は自身の名を呼ばれて振り返ると、小さく顔を顰めている紗耶が見上げてきていた。


「レジスタンスの襲撃ですか?」

「まだ不明ですが可能性は高いです。それと赤渕少佐から、お嬢様には、ここで待機してほし──」


曾根の言葉の途中で観察室の室内灯やパソコンと各種機器の電源がほぼ同時に落ち、室内が薄暗くなると同時に拘束室側で点灯している光が、暗くなった観察室側に差し込んでくる。曾根は拘束室に視線を向けた。どうやら独立した電気系統で管理されている拘束室は辛うじて被害を免れた様だ。ブラックリストの少年兵も問題なく拘束されている。


「一体どうしたんだ?」

「爆発の衝撃で電気系統に異常が発生したのでしょうが、全く問題はありません。すぐに非常用電源が入りますので、どうか慌てないでください」


伏見の焦りを含んだ呟きに曾根中尉は落ち着いた様子で状況を説明した。その時、その様子を見ていた紗耶は部屋の外から何かの気配を感じ取り、小さくピクッと体を震わせると瞼をゆっくりと瞑った。


「……来る」


 数秒の沈黙の後に紗耶はそう呟いた。その声は小さかったので曾根や伏見の耳には届くことはなかったが、唯一隣に立っていた奏にだけは辛うじて聞き取れていた。


「お嬢様?」

「奏、銃を抜いておきなさい」

「えっ……はい?」

「中尉!」


 紗耶は目を開くと素早く奏に短な指示を出してから曾根中尉に駆け寄った。曾根は紗耶の年相応な真剣な表情を見て素早く体を向ける。


「どうしましたか?」

「非常用電源が復旧して避難指示が出されたとしても、絶対にその扉を開けないでください」

「え?」


 紗耶の放った言葉に曾根は一瞬理解が追いつかずに怪訝な顔つきで首を傾げ、心配そうに右往左往する研究者達を振り返ってから紗耶を見つめた。


「……しかし、避難指示が出されれば、すぐにでも皆さんを退避させた方がよろしいのでは?」

「私もそうしたいのですが、その扉を開ければ、多分ここにいる全員が死ぬことになります」


紗耶の口から告げられた言葉に目を見開き、冷や汗を流して驚愕の表情を浮かべた。紗耶はその表情から曾根が考えていることを先読みした。


「信じられないかも知れませんが、私には分かるんです。肌で感じるほどに、体の内から危険が迫っていると警告しているのです」


そう紗耶が言い終えた直後、非常用の電源が入って室内灯や各種機器が回復すると、観察室に備え付けられたスピーカーから緊急用電子音声が流れてきた。


『施設が襲撃を受けました。各エリアにいる職員は至急、最寄りの避難ゲートから避難を開始してください。繰り返します、施設が──』


その放送を聞いた研究員達からざわめきが巻き起こると、伏見が研究達に向かって大声で避難指示を出して避難するために入り口に近づいた。


「皆さん、待ってください!」


しかし、慌てて避難しようとする彼らの動きを紗耶の呼びかける大声で、一瞬にして全員の動きを止めた。伏見が疑問が顕著に現れた表情を浮かべながら紗耶に顔を向けてきた。


「紗耶さん、一体どうしたんですか?」

「みなさん、ここから出ないでください。いま出れば、ここにいる全員が殺されてしまいます」


 研究員達から再びざわめきが起こった。あまりにも突然の警告に、研究員達は理解が追いついていない様であった。だがその中でただ一人、伏見だけはある事に気が付くと紗耶を見つめた。


「もしかして、"感じる"のでしょうか?」

「はい」


 紗耶は伏見の考えを肯定する為に力強く頷いて見せると、こちらを見ている全員に冷静に努めてある事実を告げた。


「皆さん落ち着いて聞いて下さい。あと数十分も経たない内に、特異体質者が乗り込んで来ます」


 その言葉を告げたと同時、紗耶の耳には小銃のの発砲音と兵士の悲鳴が連続的に聞こえてきた気がした。


◆◆◆◆


『おい、誰か応答しろ!』


 特殊収容区の入り口、エレベーターホールから第三段階ブラックリスト収容区に向けて続くコンクリート製の長い廊下に、血まみれになった九名の私設軍兵士がむくろとなって転がっていた。

 散在する遺体の内、分隊長の個人携帯無線機から返答を求める声が聞こえている。しかし無線機で返答する代わりに、編み上げられた黒色のブーツで機械は踏み潰されて部品が辺りに飛び散った。

 無線機を破壊した張本人は少女兵で、上下黒の戦闘服に同色のCondor社のプレートキャリアを着用し、血に塗れた二本のククリナイフを所持して、鮮やかな赤髪を肩までのショートカットにしていた。

 ほぼ真顔で表情の読み取れぬ少女は、顔に飛び散っていた鮮血を戦闘服の袖で拭いながら、長い廊下を足早に歩き始めた。


「おい、そこで止まれ!」

「両手の武器を捨てて、大人しく投降しろ!」


 少女の前から20式小銃で武装した四名の兵士達が銃を構えながら口々に叫んでいる。しかし、少女は止まるどころか徐々に速度を増して兵士たちに向けて走り出した。兵士達は驚愕して後退しながらも少女に標準を合わせて引き金を引く。

 しかし少女はまるで軌道を把握しているかの如くライフル弾をかわしながら、地面がめり込むほどの力で四人に向けて一気に跳躍ちょうやくして距離を詰める。


「クソッ!」


 兵士の一人が半パニック状態になりフルオートで少女に向けて弾をばら撒くが、少女は一瞬で空中に浮かび上がると身体を捻り、天井に足を向けて踏み込むと高速で地面を転がり体勢を立て直す。


「なんだ、こい──」


 兵士の一人が瞠目した瞬間、少女の前方にいた二人の兵士の首が横に薙ぎ払われたククリナイフの刃によって勢い良く骨ごと綺麗に切断された。

 断面から血が噴水の様に吹き出して遺体が倒れながらも、間を開けずに血のシャワーを駆け抜け、後方で銃を構えていた二人の顔面にククリナイフを突き刺し、半円を描くように回ると、二人は顔から鮮血を吹き出しながら崩れ落ちた。

 時間にして約数秒、短時間の内に四人の兵士達は一瞬にして死体へと変貌した。少女は先ほど自身の手で殺害した兵士達を見下ろし、血に塗れた廊下を歩きながらククリナイフに付着した血と肉片を振り飛ばす。


「こっちにいるぞ、今すぐ増援を呼ぶんだ!」


廊下の先から怒号が聞こえてきた。少女は立ち止まり前方を見据えると、数人の兵士達が小銃を構えて待ち受けていた。それを見た瞬間、少女は全身の筋肉が膨張して骨が僅かに軋み始めた。瞼を不気味と感じるほど大きく見開き、こちらに近づいてくる獲物を見つめる。

 そうして残像を生み出すほどの速度で兵士達に向けて走り出し、彼らのほぼ真上に飛び上がり、両手に持ったククリナイフを瞬時に逆手に持ち替え、頭部を切り裂いて脳を抉り出すため、湾曲した刃を勢い良く振り下ろした。

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