第一章 多摩第二収容所

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 世界各国でレジスタンスの結成と治安部隊及び軍隊との争いが展開されてから、行政機関や国際機関は殆どが内戦・紛争の影響で機能を低下させ、幾つもの国々は混迷を極めていた。この事態に国連は超法規的な権限を与えた武装介入部隊、内戦調停監視団の設置を行い、残存するレジスタンスの制圧や停戦に向けての交渉や調整が進められていた。

 しかし日本では政府が治安維持を目的として結成した『国家警備局』所属の準軍事組織である私設軍とレジスタンスの内戦が依然として続いていた。日

々悪化する内戦の中、レジスタンスに参加した特異体質者の中には新たな能力に目覚める者が現れ始めていた。特異体質の突然変異であり、日本にいる該当者達は、国家警備局の最重要警戒対象となる。


 最重要危険警戒対象──『ブラックリスト』


 そう一概いちがいに呼ばれる者達は通常の特異体質者達よりも脅威的である。ブラックリストには第一段階から第五段階まで存在し、第三段階を境に危険度が格段に跳ね上がるとされている。

 因みにアメリカで引力を操り、テロを実行した特異体質者は被害の甚大さと凶悪性から、第四段階レベルであるとされている。

 彼らの最高時戦闘能力は小隊または大隊クラスのポテンシャルを有しているとされ、個体によっては更に強力な能力を発動する事も確認されている。この能力の行使を行えば、一人で数百人規模の兵士達を蹴散らす事が可能であるとの研究結果も発表されている。

 実際に新潟県で発生した大規模戦闘では、第四段階ブラックリストと判断された特異体質者による攻撃で、大勢の兵士やヒューマノイドロボットを巻き込む被害が発生したとの記録が残されている。


◆◆◆◆◆


 東京都にある準危険区域に建てられた収容所に向けて、国防陸軍所属機であるUH-60JAブラックホークが一機ほど飛行していた。そのヘリのキャビンには二名のドアガンナーや乗組員に加え、出発時に貸し出されたヘッドセットを装着した二人の少女が座っていた。

 黒髪をポニーテールに束ねたスーツ姿の少女と、トレンチコートをプレートキャリアの上から羽織っている白髪の少女。凡そ危険な場所へ行くには場違いそうな二人であるので、彼女達の素性を知らない乗組員達は二人を密かに訝しんでいた。

 その様な事に気付きながらも、白髪の少女──冬島紗耶は、気にも留める様子はなく、凛とした表情でヘリの外に視線を向けていた。

 飛行するヘリの内部から見える景色は、いつも過ごしている都内と都心に集中するビル群だけであった。しかし、景色は流れ、国家警備局が封鎖した道路の上を通過する頃になってくると、殆どが損傷した建物ばかりとなってきた。

 更に飛行を続けると、国家警備局私設軍が管理する侵入管理ゲートとフェンスが道路を区切り、完全に封鎖された区域が現れた。


『お嬢様、準危険区域に入りました』


 パイロットがヘッドセット越しにそう報告してきたが、返答する必要はない。

 準危険区域──レジスタンスと治安部隊との武力衝突の危険があるこの地区は、現在内戦状態にある危険区域と隣接する周囲に住む民間人に避難指示を発令し、常時私設軍の兵士達と陸軍が警戒し、安全地区に内戦の火種が飛び火するのを水際で防いでいる。

 その区域を軍隊所属外の人間を乗せた航空機が飛行する場合、危険区域内または準危険区域に侵入したら、先程のパイロット同様に報告しなければならない。紗耶はスライドドア越しに景色を眺め、彼方で上がる黒煙を見ながら口を開いた。


「奏、この内戦、貴方はどう思うかしら?」


 白髪の少女に奏と呼ばれたスーツ姿の少女は、突然自分に投げかけられた問いに、少しばかり返答に困った顔つきで答えた。


「どう思うとは?」

「そのまんまの意味よ。この内戦、元を辿れば特異体質者達を迫害する政策に抗議する比較的平和な運動だったのよ。でも私設軍が言う事を聞かない民衆を武力鎮圧し始め、それに反抗するレジスタンスと国防軍の部隊の一部と共に武力蜂起を行った」


 紗耶は機外に広がる荒廃を始めている景色から奏に視線を向けると、小さなため息を出した。


「元々この内戦は回避できたはずなのに長岡市にスマート爆弾を使用した爆撃を行って、過激派組織が報復で安全区域内で大規模テロを起こした。もう処理が大変なのよ。その現状を踏まえて、奏はこの内戦についてどう思うのか聞いているのよ」


 奏は一度小さく悩む様な仕草をすると、考えをまとめた様に紗耶に顔を向けて口を開いた。


「全ての原因の迫害政策はまだ撤回されていないばかりか、危険区域や準危険区域の制圧部分では私設軍による過剰統制が行われています。今の内戦はなんというか……その、レジスタンス狩りにも等しいのではないかと思います」

「……ふーん、レジスタンス狩りねぇ」


内戦の発端となった特異体質者の生命・身体を侵害すると叫ばれている政策は、当時の内閣が交代した現在でも引き継がれ、未だ撤回されていない。なので、私設軍はテロリスト掃討と戦地に残された無辜の民の解放を掲げて戦闘を継続している。

 しかし、一部の準危険区域ではレジスタンスとは無関係な市民が強引に連行され、尋問や拷問の末に有益な情報を得られなければ口封じに殺され、レジスタンスの犯行に仕立て上げると噂されている

 もしも噂が本当なら、テロリスト掃討を謳う集団のする事としてはどうかと思うが、このような事を齢十六の未成年二人が考えたところで、内戦を劇的に終焉しゅうえんに導く事は出来ないだろう。

 その時、機内からも聞こえる距離で空爆が行われた。紗耶はヘリの機外へ視線を向けると、二階建てのビルが攻撃ヘリから放たれたミサイル弾によって崩れ落ちて砂埃が立っていた。


「もうすぐ此処も危険区域になるかもね」

「そうですね」

『お嬢様、到着しますので、お荷物の準備を』


再びヘリパイロットからの通信が入った。紗耶は機外を見てみると、視線の先に対空砲や警備塔の設置されたコンクリートの塀に囲まれた収容施設が見えて来た。施設名は『多摩第二収容所』。レジスタンスの民兵を拘束し、組織の情報を引き出すことを目的とした施設である。特異体質者などは特殊収容区に収容されている。

 四階建ての鉄筋コンクリート製の建物が二つ立ち並び、入場管理所のゲートの横には脱走又は襲撃に対応する為、私設軍警備隊の駐在所や塀の内側には施設を守る私設軍連隊の基地が建てられていた。ヘリは施設の上空に差し掛かり、建物の近くに設置されているヘリポートへゆっくりと垂直に降下して着陸した。

 乗組員がヘリのスライドドアを開くと、一気にキャビン内に新鮮な空気がまるで洪水の様に流れ込んできた。奏が先にヘリから降り立ち、紗耶も手を借りてヘリから地面へと降り立つ。強風で顔にかかる髪を手で払い除けながら、紗耶はダウンウォッシュの吹き荒れる中で目を細めた。

 ヘリポートの入り口付近に軍の将校しょうこうらしき制服に身を包んだ男性士官と女性士官が見えた。二人ともまだ若そうな面持ちで、片方は見たことがあるが片方は初めましての人物である。少女達は足早に士官達に歩み寄ると、男性士官が二人に向けて笑みを浮かべてきた。


「長旅お疲れ様です。お嬢様、廣瀬護衛員」

「其方こそお元気そうで何よりです、赤渕あかぶち少佐」


 赤渕と呼ばれた少佐は私設軍の特殊研究部隊を率いる部隊長である。紗耶とは特異体質の研究を行う関係で面識があるので、いつしか顔馴染みとして親しく接する事の出来る数少ない一人となっていた。


「お嬢様、私の新しい副官である曾根中尉を紹介させてください」


赤渕少佐は、隣で姿勢を正して敬礼する黒髪をポニーテールにした険しい表情の女性士官を示した。


「第十八特殊研究隊副隊長に任官しました、曾根摩子中尉と申します」

「お初にお目にかかります、曾根中尉。私は冬島家代理当主の冬島紗耶と申します。隣の子は私の護衛班を率いる統括護衛員の廣瀬です」

「冬島家護衛班班長、廣瀬奏準一等護衛員です」


 それぞれ自己紹介をして握手を済ませると、赤渕少佐は紗耶達を促しながら施設へと歩み始めた。紗耶と奏もその後を続いて行こうとするが、ふと紗耶は何かの気配を感じると右側へと視線を移した。

 そこには灰色のパーカーに黒いジーンズを履き、弾倉ポーチなど様々な装備の装着したプレートキャリアをパーカーの上に装着した少女が、慌ただしく動く私設軍兵士達の中でポツンと一人だけ紗耶達の方を向いて立っていた。

 右腰には拳銃の入ったホルスターが装着されているが、明らかに装備的に私設軍の兵士ではない。どちらかと言えば、レジスタンスの民兵寄りの装備だった。しかし、その少女が見えていないのか、周りの軍人達は何事もない様に彼女の周りで忙しなく走り回っている。

 黒髪を後ろで三つ編みにしている少女は、何処か期待する様に、小さな笑みを紗耶に向けて浮かべていた。紗耶は無意識に立ち止まり、視線を向けて固まっていたが、少女の前を通過した車両により一瞬姿が隠れ、次の瞬間には少女は消えていた。


「あの子は……」

「お嬢様?」


奏の声に意識を戻した紗耶は慌てて奏達の方に顔を向けると、奏が不思議そうに小首を傾げて立っていたが、紗耶は誤魔化しがバレない様な笑みを浮かべて軽く首を横に振った。


「いえ、何でもないわ。行きましょう」


紗耶はチラッともう一度、民兵らしき少女の立っていたところを見たが、そこにはもう誰も立っていなかった。


「……また、あの子か」


そう呟くと、紗耶はきびすを返して施設の中へと入って行った。

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