Guardian.

指揮最上級上等兵曹

第一部 〈Blackout〉

プロローグ

 大地を揺るがす轟音と振動で目を覚ました。

 うつ伏せに倒れていた体を黒いアンダーシャツで隠した太い両腕で支えて起き上がると、辺りにぼやけた視線を向ける。辺り一面は砂煙が舞い、煙の中でも人体から飛び散った腸の一部と血肉、肉の抉れた片腕、太ももの途中で体から分離した片足、左眼部分から口まで裂かれ、骨が剥き出しとなった頭部が転がっているのが点々と確認できた。視認した直後、煙の中から呻き声や死の直前に起こるいびきに似た呼吸音が、煙の中の環境音を支配するかの様に響いてきた。音を発する正体が見えないため恐怖が倍増され、息遣いが僅かに荒くなる。

 恐怖心を抑えていると、私が視界を借りている主人が、右手に何かが触れている事に気付いて視線を落とした。そこには軽い火傷を負い、皮膚が裂けて捲れている小さな手が重ねられていた。

 その手を握り返すと僅かに跳ねた。だんだんと目が環境に慣れてきたので、目を擦ってから手の主を見ると、その主は黒い帽子を被り、チェストリグを装備している少女だった。彼女は側頭部を地面に付けながら辛そうに見上げてきた。

 少女の下半身が見えてくると右足は通常では曲がらない方向へ歪に曲がり、左足は膝下から欠損して血肉や骨が覗いていた。低く唸っていると少女が手を握ってきた。こちらに生気を感じない瞳を向けながら微かに少女の唇が動く。声は出ていないが、唇の動きを読み取り、自分に何を伝えようとしているのか理解した。

──助けて。

 視界の主は紺色の手袋で覆った右手で、少女の手を優しく握り返した。


「大丈夫だ」


 バラクラバ越しで籠る低い声色が呟くと、後方から一定のテンポを鳴らす数多のアラーム音と金属が地面を踏みしめる音が、薄暗い砂埃の中から響き渡ってきた。振り返ると赤色と灰色の装甲フレームを纏い、頭に軍用赤外線ゴーグルを装着している自立型戦闘用ヒューマノイドの群体が、砂塵の中で蠢いていた。両手に専用装備の大口径アサルトライフルを抱えて、生き残っていた民兵に複数回発砲して確実な死を与えていた。

 その内の一体が視界の主と瀕死の少女の存在に気づき、アラート音を発しながらアサルトライフルを構えて発砲してきた。銃弾が地面を抉り出そう急ぎ少女を瓦礫の影に引き摺り込むと、左太腿の付け付近で止血帯を巻きつけた。レバーを回して縛り、簡易的な処置を施す。しかし欠損状態のため、止血帯だけでは気休め程度にしかならない。処置が遅れれば失血死するのは確実だ。

 瓦礫の陰から尚も発砲を続ける機械の兵士に視線を向けてから、左手に巻いているG-SHOCKに視線を落とし、現在の時刻を確認し終わると虚な目で見つめている少女の肩を強く掴んだ。


「奴らを倒して、すぐに戻ってくる。気をしっかり保っているんだぞ、いいな?」


 肩を掴んで少し揺らすと少女は小さく頷いた。

 視界の主は瓦礫から顔を覗かせると発砲してきたヒューマノイドはリロードを行なっていた。すると死んだふりをしていたのか、うつ伏せに倒れていた少年兵が突然起き上がり、AKの銃口をヒューマノイド兵に向けた。フルオートで銃口がブレながらも7.62mmのライフル弾を相手に放つ。

 ヒューマノイド兵は突如として襲ってきた銃撃に耐えられず、また反撃もできずに機能を停止して横向きに倒れる。直後、少年兵に向けて別のヒューマノイドがセミオートで大口径弾を叩きつけた。

 正確に狙われた少年兵の頭が赤黒い破片を散らしながら吹き飛ぶ。それを見届けると視界の主は立ち上がり、左腰に装着した鞘から黒く光る刀身のロングマチェットを引き抜いた。


「……よし」


 そう呟きながら短く息を吐く。人間であることを疑うほど、飢えた獣の様な唸り声を出すと、そのまま黒色のテープを巻いた柄を握りしめる。

 脅威を発見したヒューマノイド兵が銃口が向けてきた。その瞬間、敵に意識を集中し、聴覚に押し寄せる外界の音と悲鳴が一瞬にして消え去った。姿勢を低く屈ませ、アスファルトが沈降するほどの力を両足に加え、通常の人間を凌駕する速度で走り出した。ヒューマノイド兵がアラームを響かせ、援護に現れた二体目と共に銃を構えて発砲してきた。

 主は深く息を吸い、相手の反応速度を超えながら真上へと飛び上がった。空中で身体を捻り、横に回転しながらマチェットを振り下ろして機械の頭部を切断、二体目のヒューマノイドの横に着地した。

 相手が体を向けてくるが、それよりも早く身体を左横に回し、青炎を纏った右足で後ろ回し蹴りを放ち、靴底が頭部にめり込み、青炎が閃光となって頭部を穿ち抜いた。部品を周囲に散らしながらヒューマノイド兵が仰向けに倒れ、突き刺さっている右足を引き抜きながら辺りに視線を向けた。

 異変と危険を察知して周りを取り囲むヒューマノイド兵達の銃口が、次々と向けられる。視界の主は交戦する相手を見渡しながら、まるで獰猛な野獣の咆哮の如き雄叫びを上げ、心が暴力を叫ぶかの様に赤く染まった。

 

◆◆◆◆


 その少女は白いシーツが敷かれたベットで目覚めた。寝返りを打ち、左脇に置かれたアンティークテーブルの上で静かに時を刻む時計に目を向ける。まだ、午前二時を十分ほど回ったばかりだ。

 少女はそのまま仰向けになり再度目を閉じようとしたが、先程の強烈な記憶を見てしまうと、眠る事が出来ないのはお約束である。昨日は従者との最高な夢を見たのに、今回は極めて残酷な記憶とリンクしてしまった。

 だが、今に始まったことでは無い。

 これまで何度もリンクし、その時々で彼の記憶を辿って凄惨な光景を見てきた。これは《共鳴》という特異的な現象だ。何らかの関わりを持つ特異体質者同士が波長を合わせ、記憶の同期が発生するというものであるが、未だ明確な発生根拠や理由は不明のままである。しかし、この能力が発動する理由がどのようなメカニズムを有するか不明でも、記憶の同期は突発的に何度も起きており、少女は共鳴に慣れてしまった。

 少女は瞼を開けて起き上がり、ベットから立ち上がった。窓から差し込む淡い月光に照らされ、まだ薄暗い室内に、しなやかなシルエットを浮かび上がらせた。夜光に煌めく雪原を連想される程の肩まである幻想的な白髪、薄水色のネグリジェから覗いた肌は頭髪と同じような純白さを備えている。

 全体的に引き締まったスタイルの少女はテーブルに置かれているクリップ留めがされた紙束を持って窓辺へと歩み寄ると、窓辺に置かれたロッキングチェアに座り、紙束に記述された情報を見つめながら小さく笑みを浮かべた。その紙の右上には少年の顔写真が貼られていた。写真の左側には名前・年齢、その他身体情報などが記述されている。


「……全く、君に会うのが楽しみだからこの記憶を見たのかしら。それとも、君からのメッセージなのかな?」


 少女の両眼──左右非対称の眼球の色彩の内、翡翠色の色彩をした左眼球は、淡い光の中でも特に鋭い光を見せた様であった。少女は小さな鼻歌を口ずさみながら資料を数十分眺め、やがて大きなあくびをすると資料をテーブルに放り投げた。

 そうして再び一人で眠るには大きなツインベットへと登り、そのまま寝転ぶと布団を掛け、ゆっくりと瞼を閉じた。


◆◆◆◆


 西暦2032年。世界は特異体質者を擁護し、復権を求めるレジスタンスと、それを鎮圧する治安部隊側に分かれ、各国で内戦や紛争が勃発していた。

 全ての始まりは某大国が周辺諸国を取り込む無謀な侵攻により、ヨーロッパ諸国を巻き込み、約9億8000万人の戦死者や食料危機による餓死者を生み出した第三次世界大戦が終結した数年後、世界は未だ戦中の影響下であるが、戦災の復興を行なっていた。その事件が起きたのは正にその時期、欧州のとある小国の避難キャンプでの出来事だった。

 キャンプを食糧の強奪目的で襲った二十五名の武装した暴漢を、居合わせた一人の男性が特異的な能力を使用して鎮圧したのだ。その結果、避難キャンプに身を寄せていた百名以上の民間人達を、飢餓の危機から救った。

 この事件は瞬く間に世界に広がったら。男性の屈強な容姿や、特異的な力を発揮した時に全身から霧の様な煙が放出していた状態から、彼は新聞やニュース等で〈フロスト・ガーディアン〉と呼ばれた。

 ほぼ同時期、事件が発生してから世界各地で彼と同じ様な特異的で、一般人では扱えない力を持つ者達が観測され始めた。ネット上や各種メディアでは新たな人類の進化系だと言われた彼らは、一纏めに『奇跡の人類』と呼称する様になった。しかし、奇跡の人類を危険視する者達も少なくはなかった。

 ネット上で陰謀説を唱えるものや、彼らは本当は地球外生命体なのではないか、又はどこかの国の人形兵器を秘密裏に実験として表世界に解き放っているのではないのか、その様な根拠のないフェイクや彼らを必要以上に警戒するもの達もいた。

 国々のトップ達もこの件について言及してきたある日、アメリカ合衆国のニューヨークで数十人で構成された完全なら防弾装備や協力な銃火器を持つ武装テログループよって、9.11以降に起きたテロで最大規模の事件が発生した。

 NYPDとSWAT、FBIや州兵、海兵隊までも動員して五日かけて鎮圧されたこの事件で、テロリストグループと一般市民、警察官や特殊部隊員も含め、一七八名が死亡、百五名が重軽傷を負った。

 首謀者は特異体質者の白人男性であり、引力を自由自在に操る特異能力を使用し、都市中心部にて多数の人々を無差別に殺害していた。首謀者は最終的に警察や軍の特殊部隊によって殺害されたが、首謀者が殺されるより数時間前、ある映像が動画共有サイトにアップロードされていた。


『盲目な特異体質者の同志達よ、今こそ目覚める時だ。君達は普遍的な人間よりも進化した存在、すなわち次世代の新人類に選ばれたのだ。旧人類より優れている我々が己の力を行使し、新たな世界を作り上げよう。そして誰が新たな時代に相応しい人類であるのかを旧人類達に見せつけるのだ。今こそ立ち上がれ、同志たち。旧人類をこの世から滅し、君達が新世界の立役者となるのだ』


 この様な内容が十分間続き、動画は終了する。

 アメリカでのテロ事件を受け、各国は揃って自国に存在する特異体質者達を危険視し始めた。一部の国は特異体質者を炙り出して拘束し、隔離または処分する政策を開始した。しかし一方で、その行き過ぎた政策や彼らの迫害に反発する人々が集い、ある組織がアメリカで結成された。


反政府運動組織──『レジスタンス』


 レジスタンスの結成は主に特異体質者に対して迫害政策を行う国々で徐々に、そして短期間の内に不自然だと思われるほど急速に組織への参加者を増やし、勢力は世界各国に拡大していった。しかし、このレジスタンス結成が世界規模の特異体質者復権運動や地獄の世界情勢へと続いていく事になるとは、まだ、誰も知らなかった。

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