「明日の食卓」 獏

@Talkstand_bungeibu

第1話

「明日の食卓」


 僕は新卒入社した企業で15kgも太ってしまった。その会社はハードワーキングな会社だった。俗に言う「ブラック企業」ではなかったように思う。最低限の福利厚生はあてがわれていたし、残業代もしっかり出た。某大手製造・販売企業よろしく、たくさん働いて、たくさん稼ぐ図式であっただけだ。


その企業を選んだ理由は至極単純。「遊ぶ金欲しさ」だった。しかし、蓋を開けてみれば、あまりの忙しさに帰って寝るだけの日々。家事炊事などやる気も起きず、連日コンビニ弁当で食事を済ませた。怒られた日はなお悲惨だった。酒が進み、食欲が暴発する。弁当1つじゃ足らず、ホットスナックだ、つまみだのまで平らげてしまう始末だ。見栄っ張りで買い揃えたお洒落な食器類は日の目を見ることもなく、小さなちゃぶ台の上には紙屑と空き缶と空の容器が積み重なっていった。


転機は入社して4年目の夏だった。その会社ではお盆前の時期に社員旅行に行くことになっている。僕は、その年の旅行前日に凄まじい倦怠感に襲われ、やむなくキャンセルした。病院で診てもらうと、「過労と栄養失調だろう」と告げられた。コンビニ弁当生活が免疫を低下させたのだ。

そんな病院からの帰り道、たまたま友人と出会った。卒業を機に離れてしまったが、近ごろ異動で近所に引っ越してきたそうだ。近況を聞いていると、友人が「こっちきてから彼女ができたんだ、合コンで出会った子。ほら可愛いだろ?」と言って写真を見せてきた。僕は言葉を失った。その写真は、そのシチュエーションは、自分が求めてやまなかったものなのに!そのために忙しさを飲み込み、今まで懸命に働いてきたのに!途端に腹の肉が踊りだして己を嘲笑うかのような感覚を覚えた。その後の友人とのやり取りはもう覚えていない。


僕は転職を決意した。とにかく今より労働時間が短いところへ。幸いにも転職先は見つかった。ただ、以前よりも収入は大きく減った。毎日コンビニ弁当だ、お酒だとはいかない。代わりに自炊をするようになった。鶏肉は大きい物を買い、切って冷凍保管。後は野菜を買って煮たり炒めたりする。

就労時間が短くなったことで、料理の他にも運動もできるようになった。別に好きというほどでもないので、週に2回くらい走り、週末誘われたらテニスをする程度だ。それでも、転職から2年、ピークだった転職直前から10kg痩せることができた。

最近は安く、彩の良いご飯の調理に挑戦している。長いこと眠っていたお洒落なお皿に盛り付ければ、ライクもファボもない自己満足の「映え」の完成だ。

こうして、僕のちゃぶ台にはお洒落なお皿が載せられ、ご飯時以外は片づけられ整頓されている。「遊ぶ金」はないけれど、「遊ぶ心」は手に入れた。僕は、チラシを眺めながら呟く。

「さあ、明日は何食べようか」

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