潜入捜査員の調査報告書

宵闇(ヨイヤミ)

狩人の町

皆寝静まった、雪の積もっている寒い夜の街の一角にある廃れた町で、今日も銃声が響いた。


悲鳴、鳴き声、叫び声、呻き声、それらがその町には、ほぼ毎日のように響き渡る。それも夜だけ。日中は至って平和な町だ。だがそれすらも、周りから見たら“ 異質 ”なのかもしれない。


この町は、住民は、共通の理由でそこに居る。というよりも、集め、入れられているのだ。


今日は、そんな町の話をしよう。





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「や、やめてくれぇぇぇえ」


夜の町に、一人の男の叫び声が響いた。何があったのかと思い、そこへ足を運ぶと、俺の目の前には血溜まりがあった。


それはもうすごい量の血だ。致死量はあると思う。いや、もしこれほどの出血量で生きているなら、それはもう人ではないのかもしれない。


血液は何処かへと続いていた。きっとそれを辿れば怪我を負っている者がいるかもしれない。そう思い、俺はそれを辿ってみた。


するとどうだ。そこにあったのは身体を解体された死体と、中華包丁を片手に持ち、それをバラしている1人の町人だった。


「な、何をしているんですか」


俺は恐る恐る声をかけた。こんなことは常人のすることじゃあない。この人はきっと、気が狂ってしまったんだ。


「あぁ、夜分遅くにすみません。起こしてしまいましたか」


その町人は何食わぬ顔をして、そう言った。まるで物音を立てて人を起こしてしまったかのように、顔色ひとつ変えずにそこに立っている。


「いや、そうじゃあなくって…それ……」


俺は町人の目の前にある死体を指さした。切断面から血が流れ、血溜まりが出来ている。町人の靴にもそれがべったりと付いてしまっている。町人は俺の指さしたそれを見ると、一瞬不思議そうな顔をし、またこちらを見た。


「これですか。明日からの食材ですよ。もしかして、貴方もこれを狙ってたんですか?」


食材、と確かに町人はそう言った。牛や豚ならまだしも、町人はそこにある死体を【 食材 】と言ったのだ。やはりおかしい。それじゃあこの人は《 食人鬼 》ということになってしまう。


「狙…え……?いや、俺は別にそういうわけじゃなくて………」


頭の中の整理が全く追いつかなかった。そして町人は俺の状況を把握したのか、一瞬にして顔色を変えた。先程まで普通だった顔に、影が落ちたのだ。


「もしかして、最近噂になってる《 異端者 》とは貴方のことですか?」


「俺が《 異端者 》?」


「だってそうでしょう。食材を狩っているのを見てそんなに青ざめるなんて、外部から来た人にしか見えない」


そういえば、ここに来る前に先輩に言われたことがあった。【 外部から来たことを絶対に知られてはならない 】と、先輩からキツく言われたことを、俺は今思い出した。

その時は何を言っているのか分からなかったが、今なら分かる。知られたら、殺されるからだ。


「《 異端者 》は我々の敵だ。食材は狩ったから足りてるんだけど……まぁ、仕方ないよね」


町民は手に持っていた中華包丁を握り直し、こちらに歩いてきた。


血が滴り落ちるそれをゆらゆらと揺らしながら、目はこちらをしっかりと狙っている。


手に持ったそれを上へ持ち上げ、こちらを目掛けて勢いよく振り下ろす。俺はその時、死を覚悟した。


近況で勢いよく振り下ろされたそれをかわせるような俊敏性を、俺は持っていない。


その時だ。何処かから銃声が響く。そして、目の前に居た町民は倒れ込む。背後から急所を一発で仕留められている。飛んできた方向から考えると、町民を殺ったのは町民の背後にあった建物の中か上だろう。


「誰か分からないが…助けてくれたのか……?」


何処からも返事が無い。だが、何処からか、銃をしまう音がする。それはやはり町民の背後にあった建物の方から聞こえてくる。


「そこに居るんですよね。顔を見せてもらえませんか」

「………開いてるから、入ってきてくれないか」


建物の中から男性の声が聞こえてきた。低く冷たい声でありながら、何処か優しさを感じさせるその声に従い、俺は建物へ入った。



古びたその建物の中はそれなりに掃除がされており、生活感が感じられた。


左にある階段を上り、2階のフロアへ出る。そこにはショットガンを片付けている男性が居た。


「さっきのは、貴方が…?」

「嗚呼、俺以外居ないだろ」

「そうですね。ありがとうございます」

「礼は要らない。それよりも……」


立ち上がった男性は、睨みを利かせながらこちらへと向かってきた。その手に凶器らしい物は何も握られてはいないが、注意はしなければならない。


「お前、潜入調査で来たんだろ」

「なっ……!」


バレた。一番気を付けなくてはならないというのに、まさかバレてしまうとは。


こうなったら俺はこの男性を殺さなくてはならない。でないと、俺が殺られてしまう。


袖の中に隠してあったナイフを取り出し、刃を男性の方へ向ける。いつ戦闘になってもいいよう、重心を斜め前へかける。これですぐ出ることが出来る。


「待て。俺は潜入調査第4班の久坂部だ。そんなに警戒しないでくれ」


そう言って男性は証明証をこちらへ見せてきた。確かにそれは俺が所属している潜入調査班のもので、第4班ということが記されていた。


「第4班の久坂部さん……ってもしかして、星影班長のところの…!?」

「嗚呼、そうだ」


潜入調査班の星影さんは、入班してすぐに難関とされていた組織への潜入調査を成功させ、その後も次々と実績を積み、最年少で班長へ上り詰めた人物である。


潜入調査班で彼の存在を知らない者は居ないだろう。


そして彼が班長を務める第4班は、全員が実績を積んでおり、潜入調査員としての技術も一流と噂されている。実際にそれが事実なのかは分からないが、少なくとも俺の目の前にいる男性はかなり出来る人のようだ。


「し、失礼しました。俺は潜入調査第7班の久口です。応援要請を受け派遣されました」

「第7班の班長は確か磯口さんだったな。あの人の班なら信用が出来る。君が来てくれて助かったよ。それじゃあ応援理由と、現時点で分かっていることを話そう」


そこで久坂部さんから聞いた現状報告は、あまりにも残酷で、信じ難い内容だった。




この町の住民は老若男女問わず、全員が食人を繰り返しており、夜になると【 食材 】となる住民を狩るためにうろつき始める。


食人を繰り返していてもなお人が減らないのは、各々が生殖行為をし、子を産んで育てているからだそうだ。その子供も、いつはか誰かに食われる。


この街に老人は本当に少数だ。この町で一番の年配者は57歳。それでもまだ若い方だ。しかし、この町ではそれが年寄りだ。


この町の町人の大半が20代〜30代前半の間に狩り殺され、食べられる。だから40代になる人はあまりいないらしい。


30代後半になると、肉が不味くなるそうだ。脂分が増え、筋もあり、食べにくくもなる。


そのせいだからなのだろうか。30代後半あたりの年齢の者は狩られなくなるらしい。


だが、狩られなくなるからといって、その町人らが狩るのを止めるわけではない。


自分たちで人を産んで増やし、そして狩り殺して食べる。それをこの町は何年も、何十年も続けているそうだ。




久坂部さんはこれを淡々と僕に説明した。この町のそんな異常な事態を、こんなにも冷静に説明出来るなんて、凄いと言うよりも何処か異常性を感じてしまう。


「これが今分かっていることだ」

「てことは、さっき俺が襲われたのって……」

「町人の食材狩りだ」


俺はあの時、町人が食べるための食材にされるところだったんだ。もしあの時久坂部さんに助けられていなかったら、きっと明日の食卓には俺の肉が並んでいたんだろうな。


「ところで、応援要請の理由ってのは……」

「この町を、殲滅する。そのための応援要請だ。流石に俺一人じゃ無理だからな」


この町を、町人たちを、俺たちは殲滅することが出来るんだろうか。“普通”の人の集まりだったなら、それは簡単なことなのかもしれない。だが、狩り狩られる関係にあるここの町人の身体能力は、通常よりも高くなっている。


外が急に騒がしくなってきた。何かを叫んでいる声が聞こえてくるが、どうも救援が来た感じではない。どちらかと言えば、何かが攻めて来ているような声だ。


「そのが騒がしいな……」

「これ、もしかして町人なんじゃ…」

「まさか、そんなはずないだろ。今は狩りの時間だ。だから騒いでるだけじゃないか?」

「いや、でもこの声……この建物の下から聞こえてますよ…?町人全員がこの下で狩りあってるなんてこと、ありえないですよ」

「じゃあなんでここにいるんだよ」

「もしかして、俺たちが潜入捜査官ってことがバレたんじゃ…!」

「そんなことがあるわけが……」


そう話していると、扉の方に誰かが近付いてくる足音が聞こえた。それも一人ではなく複数人だ。それにもしこれが仲間だったとして、応援要請を受け来たのは俺だけで、追加は全く知らされてはいない。


扉へ恐る恐ると近付いてみる。正確には何人いるかは把握出来ないが、10人前後はいるような感じがする。


「下には既に多くの町人がいる。ドアを開けて外に行こうと、窓から飛び降りようと、どちらにせよ逃げ道はないってわけだな」

「ど、どうしますか…?このままじゃ………」


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この村に潜入していた捜査官の日記と、部屋に設置していた盗聴器の内容はここまでだった。


盗聴器の最後には、助けを求めて叫び続ける潜入捜査官たちの悲痛な叫びと共に、町人たちが彼らの部位を取り合っている音声が残されていた。




※これらの日記と音声は、後日回収されたものである。また、村は後日別の班により殲滅され、村は跡形もなく消えた。生き残っている町人は確認されていないが、現在消息不明の町人が二名確認されている。その二人の足取りは掴めていないが、近くに他の村などがないことから、死亡していると予測される。

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