マルガリータ同時多発テロ事件

 突如姿を現した地球聖教最高司祭コーネリアス・B・ローエングリンが、銀河中に行なった『神聖銀河帝国建国宣言』は人々に大きな不安の影を落とした。


 エディンバラ戦役の終結によって平和な時代が訪れるかに見えた頃になって新たな軍事勢力が登場したのだ。

 しかもその後ろ盾になっているのは、銀河中に多くの信者を抱える地球聖教。

 これまでの戦乱では常に中立を保ってきた教会を隠れ蓑に、ローエングリン総統が帝国再建の機会をずっと窺っていた。

 その事実が人々を不安に陥れているのだ。


 不安と懸念が銀河中を包み込む中、銀河共和国首都マルガリータにて一つの事件が勃発する。

 惑星ボリトルからマルガリータに向かっていた宇宙貨物船が何者かにハイジャックされたのだ。

 その宇宙貨物船は、通常航路に沿って規定通り進み、マルガリータの宇宙港へと衝突した。

 これにより宇宙港は稼働不可能に陥るほどの深刻な被害を受けてマルガリータの交通網は完全に麻痺してしまう。


 大統領府でこの知らせを聞いたトーマスは、即座にマルガリータ警視庁と消防署に消防と救助を命じ、その総指揮官に副大統領ジョン・ヴィンセントを指名した。

 この星の事に最も精通している彼に各部署の纏め役を担ってもらうのが一番効率的だろうというヴィンセント自身の立候補があっての事である。


 大統領府にて総指揮官を拝命したヴィンセントは現場に向かう前に私見をトーマスに述べた。

「これだけ見ると、積荷目当てで貨物船をハイジャックしたものの、事故で宇宙港に突入してしまった。というのが自然でしょう。しかし、ローエングリン総統による神聖銀河帝国が誕生した直後と考えると、テロの可能性も視野に入れるべきでしょう」


「では犯人は、地球聖教の信者と副大統領はお考えですか?」


「あくまで可能性の話です。しかし歴史上、信者の己の都合の良い様に洗脳し、宗教団体が捨て駒のように利用する例は数え切れない程あります。私はローエングリン総統との面識はありませんが、目的のためなら手段を問わない人だったと聞きます。そんな人物が宗教勢力を取り込んだのだとしたら、過去の例に倣う可能性は充分にあるかと。勿論、信者の早まった暴走という線もあり得ますが。まあいずれにせよ。私の今の役目は、宇宙港の秩序を取り戻す事です。ではこれにて失礼します」

 ヴィンセントは一礼すると、その場を後にする。


 少し考えた後、トーマスは補佐官であるエミリー・ブラケット准将に指示を出した。

「ブラケット准将、しばらく僕の大統領令としてマルガリータの港は完全閉鎖。星から出るのも星へ入るのも全て禁止するよう交通管理局に伝えてくれ」


「は、はい。ですが、全てですか?」

 マルガリータの港を完全閉鎖するという事は、共和国の経済活動をストップさせる事に等しい。

 それは国力の低下と国内の混乱を招き、戦争継続能力にも影響を及ぼすかもしれない。戦時下で下す決定としては、非常にリスクが高いと言わざるを得ない。


「全てだよ。どの道、マルガリータの交通網は混乱するだろうから。いっそ閉鎖して整備に専念させた方が良いと思うんだ」


「分かりました。では直ちに」

 そう言ってブラケットは退出した。


 そして入れ替わるように、若い官吏が血相を変えてトーマスの前に姿を現した。

「か、閣下! 一大事です!」


「ど、どうしたんだい?」


「そ、それが、国立金融センターで爆発事故が発生しました! おそらく爆弾テロではないかと!」


「何だって!?」


 ここでトーマスは確信した。

 宇宙港に続いて今度は国立金融センター。これは共和国の経済機構を破壊する意図があっての犯行に違いないと。


 その時、慌てた様子で別の若い官吏が駆け込んできた。

「閣下! セントラルターミナル駅にて爆弾テロです! 列車数台が脱線し、大多数の死傷者を出していると報告がありました!」


「な!」


「また市街地において銃を乱射するテロリストが多数現れ、市内はパニック状態です!」


「……」

 トーマスは決断に迷った。

 そしてこんな時、ジュリーならどうするだろうか、と思案を巡らせる。

「大統領権限で、非常事態宣言を発令します。軍を動員してテロリストを直ちに鎮圧して下さい! それから共和国領内での教会関係施設を全て公安警察の管理下に置く!」


 トーマスの言う“非常事態宣言”とは、一言で言えば国家的危機に対処するために大統領の権限を強化する措置である。

 共和国議会の権限の多くを、大統領に移譲する事ができるもので、元々は議会に取り込んだ旧帝国貴族や旧連合貴族の存在が国家運営に支障を与えた際に、これを速やかに排除するためにジュリアスが提案して設けた制度。


 しかし、それだけにその扱いには細心の注意が必要であり、副大統領ヴィンセントからは大統領3人の署名無しには発動できないくらいの処置は必要だと言われたほどだ。

 尤もその提案は、ジュリアスの「俺はトムとクリスを心から信用してる。2人の内のどっちかでも必要だと判断したのなら俺に異存は無いよ」という発言から不採用となり、3人いる大統領の内の1人でも発動できる制度となった。


「で、ですが、大統領閣下、それはあまりに性急過ぎませんか? シザーランド大統領やヴァレンティア大統領とも協議の上で決められた方が良いのでは?」


「僕はその2人から留守を預かっている。今、この事態を終息させるのは僕の役目だ!」

 トーマスは力強い言葉で宣言する。


「わ、分かりました。直ちに手配致します」

 普段は温厚なトーマスが、いつになく声を荒げたので、官吏は身が引き締まる思いがした。


 それからトーマスは、大統領府に自らを本部長とする対策本部を設置。

 現場指揮を執るヴィンセントと共に治安の回復に努めた。


 日付が変わる頃にはテロリストの鎮圧は完了し、マルガリータはようやく平穏を取り戻すも、この傷はあまりにも深く大きかった。

 この一連のテロ事件によって死者はおよそ1万5000人、負傷者にいたっては10万人以上存在する。


 事件の翌日。

 夜明けと同時にトーマスは、事件現場の一つであるセントラルターミナル駅を視察した。

 そこで開いた記者会見で今回のテロ事件を「共和国始まって以来、前例の無い蛮行だ」と力強い言葉で非難する。


 そしてこれ以上の被害を出さないためにもトーマスは、非常事態宣言発動によって付与された大統領権限によって共和国市民に向けて不要不急の外出自粛、公共交通機関の運行規制、軍によるテロ警戒の強化、さらに地球聖教関連施設を全て警察の管理下に置くと言った処置を下した。


 トーマスの迅速な対応は、多くの民衆の支持を呼ぶ。

 後日、テロの実行犯が地球聖教の関係者である事が発覚し、共和国政府がそれを公表すると、民衆の嘆きと悲しみは教会への怒りと憎しみに転じる。


 かつて銀河帝国の国教として栄えた地球聖教は、銀河中に多くの信者を抱えていた。勿論、共和国領内にも教会は数多く存在し、一般市民の中にも信者は大勢いる。


 しかし、その信者全てが共和国の敵になるかと言えば、必ずしもそうではなかった。

 教会は、長い歴史の中で徐々に帝国貴族達との癒着を深め、貴族と共に民衆から搾取する側に回る事も多くなっていた。

 そうした現状に不満を抱く宗教改革運動が、平民層の聖職者や信者を中心に広がったりと、民衆達の信仰心と教会の在り方が必ずしも一致しなくなっていた事も事実である。


 今回のテロ事件は、その流れに大きな一手を投じた。

 テロ事件に巻き込まれた被害者、もしくはテレビ中継でその惨状を目にした民衆の多くは、教会打倒を掲げて地球への出兵を叫ぶのだった。

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