神聖銀河帝国

 クラモンド攻防戦以降、エディンバラ大公国及びエディンバラ協定同盟は銀河共和国に無条件降伏。

 その領域は全て共和国に併合される事となった。

 旧帝国と旧連合の残党を取り込む事で共和国はより一層巨大な勢力へと膨れ上がり、ネオヘルとの戦争はもはや決着が着くのも時間の問題だろう。


 銀河中の誰もがそう考えていた。


 そんな中、クラモンド攻防戦で戦死したレナトゥス書記長に代わってネオヘルの暫定指導者となったデーニッツ提督は、大型戦艦グローリアスと護衛艦3隻のみの小規模艦隊で人類発祥の地である太陽系を訪れていた。


 クラモンド攻防戦以後、消息不明になっていたガウェイン元帥が大至急地球へ来るようにと命じたためだ。


「まったく。レナトゥス書記長を守れなかった老いぼれが一体何の用だと言うのだ?まさかエディンバラが無理だったから今度は地球市国と手を組むとでも言うのか?」


 存亡の危機にあるネオヘルの舵取りを任されたデーニッツはいつも以上に気が荒く、口を開けば小言を言っていた。

 その度に彼の副官クルト・フリーブルク中佐がデーニッツを宥めている。


「どうか落ち着いて下さい、提督。ガウェイン元帥もきっと何かお考えがあっての事に違いありません」


「……だと良いがな」

 元々ガウェインとの関係があまり良くなかったデーニッツは、ここへ来て彼への不信感が頂点に昇りつつあった。

 しかし、それでもこうして太陽系まで足を運んだのは、ネオヘルの創設者である彼の功績を高く評価していたからこそである。


「デーニッツ提督、間もなく地球の周回軌道に入ります」

 オペレーターの1人がそう報告する。


 それに対してデーニッツが「ようやく到着か」と呟くと、別のオペレーターが動揺した声を上げた。


「て、提督、熱センターに妙な反応があります……」


「報告は簡潔にしろ。妙な反応では分からんぞ」


「は、はい。地球の裏側に多数の宇宙船らしき反応がありまして、」


「それの何が妙なのだ? ここは協会の総本山なのだぞ。教会関係者の船。聖地巡礼団の船。他にも色々いるだろう」


「い、いえ、ですが、これをご覧ください」

 オペレーターがそう言うと、メインモニターに熱センターの様子が映し出される。


 そこには、地球の反対側に少なくとも10隻以上の大型宇宙船がいるであろう反応を示していた。


「まだ地球の影にいますので、熱源の正体は不明ですが、これは明らかに艦隊です!」


 デーニッツは至急に調べる必要があると判断し、その熱源の正体が観測できる座標まで艦隊を進めるよう指示を出した。

 地球の周回軌道を赤道に沿って進むと、グローリアスのメインモニターに移り込んだのは、見た事もない戦艦が整然と並ぶ大艦隊だった。

 その数はメインモニターの枠では収まり切らないほどであり、即座に何隻いるのかを把握できなかった。


「50隻、いや100隻はいるかと……」

 光学カメラが捕捉できた艦艇をひとまず報告するオペレーター。

 しかし、それに対するデーニッツの返事は「あぁ」のみだった。


「1隻の全長はおよそ5000m。形状は旧帝国軍のドレッドノート級宇宙戦艦に酷似していますが、大きさは旧連合軍のヴァンガード級宇宙超戦艦に匹敵します」


「……ば、馬鹿を言うな! そんな化け物戦艦があんなにも、いるはずが無いだろう!」


 デーニッツは声を荒げて事実から目を背けようとする。

 それも無理はない。ネオヘルと共和国が銀河の覇権を懸けて争っている間に、地球市国は、いや、地球聖教はこのような軍事力を整えていたという事になるのだ。


 その時、グローリアスに地球から通信が届いた。

 デーニッツは即座に通信回線を開くと、彼の手前に3Dディスプレイが表示される。そこにはガウェインの姿が映し出されていた。


「が、ガウェイン元帥、これは一体どういう事ですか!?」

 触れる事のできない立体映像の画面に噛り付くような勢いで迫るデーニッツ。


「まあ、落ち着かれよ、デーニッツ提督。まずは地球へ降下してくれ。会ってもらいたい御方がいるのだ」


「……承知した」


 デーニッツは小型シャトルに乗って地球へと降下した。

 教会の聖地である地球では、大気圏内での大型艦船の航行には厳しい制限が設けられており、地球教皇庁が設置されている聖都アース・シティに行くには小型シャトルで向かうのが最も効率的だったのだ。


 アース・シティには、数度足を運んだ事があるデーニッツだが、町の景色は以前とはやや異なっていた。

 街中には、白い祭服を簡素化したような軍服を纏った兵士があちこちに配置されており、聖地というよりは軍隊の占領地のような様子である。


 そんな町の中央に建つ聖アース大聖堂の豪華絢爛な広間へとデーニッツは案内された。そこは、かつて銀河帝国皇帝が居館としたアヴァロン宮殿にて玉座を置いていた金剛の間にも似ている造りだった。

 その広間の奥には、まるで玉座のような荘厳な装飾が施された椅子があり、そこにはある男が座っている。


「よく来たな、デーニッツ提督」


 この聞き慣れた声。見慣れた銀色の髪。そして見覚えのある赤と青の異なる色を瞳を左右に持つ端正な容姿。


「な! ま、まさか、あなた様は……」


 デーニッツが声を出すのも忘れて驚く中、玉座の傍に立つ赤い祭服を纏ったコンサルヴィ枢機卿が口を開いた。


「銀河帝国総統にして、地球聖教最高司祭コーネリアス・B・ローエングリン猊下であらせられる!」


「お会いできて光栄であります。現在は畏れ多くも総統閣下に成り代わりましてヘルの後継組織であるネオヘルを預かっております、ヴォルフリート・デーニッツ上級大将と申します」

 自分の目を、耳を疑う気持ちも確かにあったデーニッツだが、それよりも敬愛する人物に会えたという喜びが何十倍も勝ったのだ。


「長きに渡り、ご苦労であった。大気圏外でそなたが見た教会艦隊の戦力もようやく完成した。以後は余に従うが良い。帝国の再建を成す時が来た」


「仰せのままに、総統閣下」



─────────────



 事態は数日後、大きく動く。

 銀河系全域の通信チャンネルが、銀河の各地に点在する教会が発する回線にハッキングされたのだ。

 惑星エディンバラで戦後処理に勤しむジュリアスとクリスティーナは、ハミルトンからその事を聞いてすぐに自身のブレスレット端末でその通信チャンネルを開く。


 表示された3Dディスプレイには、玉座に座る純白の豪華な祭服に身を包むローエングリンの姿があった。


「な! こ、これは一体?」


「ろ、ローエングリン、総統?」


 ジュリアスとクリスティーナは衝撃のあまり言葉を失った。

 そしてそれは銀河中でこの映像を見ている全ての人間も同様だった。


 銀河中が沈黙で包み込まれ、死んだはずの独裁者に視線を釘付けにされる中、銀髪の亡霊は優雅な手付きで前髪をかき上げ、力強い妖怪染みた威圧感のある声を銀河系全域に轟かせる。

「余は地球聖教最高司祭コーネリアス・B・ローエングリンである。ヘルによる銀河帝国は、一部の反逆者どもの手によって瓦解し、銀河は分裂と戦乱の時代と化してしまった。だが、余はこうして帰ってきた。余はここに、銀河帝国の再建を宣言する! だがそれは、旧帝国をただ蘇らせるのではない。より強固で、安定した政権を作り上げるのだ! “神聖銀河帝国”の誕生である!!」


 かつてアドルフ・ペンドラゴンが、銀河連邦を乗っ取る事で生まれた銀河帝国。

 それが地球聖教という宗教の力を背景に、姿かたちを変えて蘇った。

 銀河中の誰もが、そしてジュリアスとクリスティーナもそう考える。


「これは、厄介な事態になりましたね」


「ああ。ローエングリンの信奉者だったネオヘルに加えて、これからは銀河中に信徒を抱える教会まで敵に回るって事だ」

 ジュリアスはこの先に、これまでに無い過酷な戦いを予感せずにはいられなかった。


「それにしても、そのローエングリンは本物なのでしょうか?」


「……確信は無いけど、本物だ。きっと。ただ、あれはローエングリンじゃない。あいつは、アドルフ・ペンドラゴン」

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