エディンバラ占領
戦闘中に突如爆発したクラモンドの瓦礫によってネオヘル軍総旗艦サンクトペテルブルクは撃沈。レナトゥス書記長は戦士した。
さらにネオヘル軍艦隊はその大半が大破してしまうという大損害を被った。
しかし、大きな損害を受けたのは共和国軍も同様である。
ネオヘル軍艦隊を通り抜けた瓦礫は共和国軍艦隊にも飛来した。
「弾幕を張れ! 後退しつつ各艦の間隔を広げるんだ!」
旗艦インディペンデンスにてジュリアスは慌てた様子で指示を出す。
押し寄せる瓦礫の勢いは凄まじかった。
広大な宇宙空間では、スペースデブリや小惑星といった物体が無数に存在し、宇宙船にそれが衝突する事は少なくない。
宇宙開拓時代には衝突事故が原因で宇宙船が沈没して、スペースデブリと化してしまう事も多々あったが、エネルギーシールドの開発によってその数は激減した。
そのため、このような飛来物の接近ではまずエネルギーシールドを展開し、必要とあらば対空砲火で撃破するというのが宇宙軍艦の手順である。
しかし、今回はその勢いも数も桁違いであり、前衛を担っていたグランベリーの第2艦隊は多数の瓦礫の衝突でシールドが消失。艦体に幾つもの瓦礫を受けてしまう。
だが、グランベリーもただやられてばかりではない。
そもそもミッドファル星系の戦いでの汚名返上のために先陣を買って出たのだから、せめてこの身を犠牲にしてでも後ろの味方を守らなければと己を、そして部下達を叱咤する。
「落ち着きなさい! これさえ乗り切れば、この戦いは終わりなのよ!! 陣形を崩さずに弾幕を厚くしなさい!」
グランベリーの指揮の下で態勢を立て直した第2艦隊は迫り来る瓦礫を弾幕で撃ち落とし、時にはシールドを張った艦体で身を呈して防いだ。
やがて爆発したクラモンドの爆風と瓦礫が止むと、旗艦インディペンデンスでは各艦隊から悲鳴のような報告が次々と届く。
「こちら第5艦隊、戦艦2隻が航行困難! 救援を乞う!」
「第2艦隊、戦艦3隻が大破! 1隻中破です! 戦闘継続は不可能!」
「第8艦隊、戦艦ウィックネルの識別信号が確認できず!」
「落ち着け! 各艦隊、各々の艦隊司令官の指揮の下で集結。残存艦の把握を急げ! ネオヘル軍はどうしている?」
ジュリアスの問いを受けて、索敵オペレーターがすぐにネオヘル軍艦隊の状況を確認する。
「……こちらより混乱している模様。撤退を始めた艦隊も確認できます」
「それなら好都合だ。今の内に態勢を立て直すぞ」
一体何が起きたのか。まったく理解できていないジュリアスだが、最高指揮官である自分が混乱していては兵達がさらに動揺して余計な損害を増やしてしまう。
そう考えたジュリアスは、まずは自分の職務に専念する。
そんな中、クリスティーナが自身とジュリアスとで艦隊を二手に分けようと提案した。
「ネオヘル軍も今は混乱しているとはいえ、あちらの方が損害は深刻なはずです。であれば、ここは比較的ダメージの少ない艦隊とそうでない艦隊に分けて、前者を攻撃、後者を再編に着手した方が良いと思いますが」
「確かにそれは名案だな。よし、そうしよう! じゃあどっちが攻撃部隊の指揮を執る?」
そう問うジュリアスだが、彼の瞳は自分がやりたいと強く訴えていた。
クリスティーナはクスリと笑いながら「ジュリーにお任せします」と言う。
クリスティーナは第5艦隊旗艦アナスタシアへと移動して、戦闘継続が困難な艦隊を自身の下に集めて救助と再編成の指揮を執る。
一方、ジュリアスは比較的損害の少ない第1艦隊、第3艦隊、第10艦隊、第11艦隊の計4個艦隊を率いて進軍を開始。
混乱の渦中にあるネオヘル軍に再攻勢を掛けた。
総旗艦サンクトペテルブルクを失い、指揮系統が崩壊状態にあったネオヘル軍はもはや戦闘継続などできる状態ではなく、各艦隊、もしくは各戦艦が場当たり的に応戦するのが精一杯だった。
だが、そんな苦し紛れの戦い方がいつまでも通用するはずもなく、ネオヘル軍は惑星エディンバラを諦めて撤退。
見捨てられた大公国軍の艦隊はジュリアスの出した降伏勧告を受諾した。
降伏した大公国軍艦隊の処置をクリスティーナに委ねたジュリアスは、艦隊を率いてそのまま惑星エディンバラへと進軍。
昼間だったエディンバラ・シティの青空に星々の如き輝きが多数現れ、市民達が空を見上げるとインディペンデンス級宇宙戦艦の威容を目の当たりにした。
その姿に市民は圧倒され、そして混乱する中、エディンバラ宮殿より無条件降伏の申し出が全通信チャンネルで宣言される。
エディンバラ大公国の国家元首であるエディンバラ大公夫人は既に亡く、代理で国の舵取りをしていたマザラン男爵はクラモンドと運命を共にした。
国を纏める存在を欠いた今の状況では、エディンバラ政府には他に選択肢など無かったのだ。
「これで終わりましたな、閣下」
ハミルトンの言葉は、一つの戦争の終結を端的に示した。
「ああ。でも、何だか釈然としないな」
戦争に勝利したジュリアスだが、その表情はあまり浮かない様だ。
「クラモンドが突然爆発した事がでしょうか?」
そう問うのは彼の副官であるネーナである。
ジュリアスの妹として公私ともに一緒に過ごしている彼女はジュリアスの考えている事がすぐに察せられたようだった。
「そうだ。ブルゴーニュの特攻が原因かと最初は思ったけど、いくら何でもそれはちょっとおかしくないか?」
クラモンドは民間用の宇宙ステーションに兵器を取り付けただけの中途半端な
要塞だ。今回はそこを突く作戦を考えたジュリアスだが、まさかここまでの効き目が出るとは流石に想像していなかった。
「確かに閣下の言われる事も分かりますが、ではあの爆発は何が原因だったとお考えですか?」
「そ、それは、わ、分からないけどよ」
腕を組んで頭を悩ませるジュリアス。彼も確信があって言っているわけではなく、あくまで漠然とした違和感を感じている程度なのだ。
「まあまあジュリアス様。戦争も終わったんですから、良いではありませんか。お菓子でも用意しますのでそんな難しい顔をしないで下さいよ」
「……ネーナは、俺の事を何か食べていれば幸せだと思っていないか?」
「はい! 勿論です!」
「はっきり断言するんだな」
やや不満はあるが、事実であるので仕方がない。そうジュリアスは納得してそれ以上は言わなかった。
そして何より、ネーナが用意してくれるというお菓子が既に楽しみでならない。
ジュリアスが口から僅かに涎を垂らすと、ハミルトンが咳払いをして自分の頬を指差し、ジュリアスにそれとなく教えた。
この艦橋にいる兵達はジュリアスの人柄をよく知っている者ばかりなので、今更誰も気にはしないが、それでもやはりお菓子に気を奪われて涎を垂らす指揮官の姿などとても兵達には見せられないというハミルトンの気遣いだ。
それに気付いたジュリアスは咄嗟に軍服の袖で涎を拭こうとするが、するとその前にネーナがハンカチを「どうぞ」と手渡してきた。
「おっと。悪いな!」
「閣下、これより我等はエディンバラ宮殿へと向かい、今後の事についてエディンバラ政府の者達と話し合わなければなりません。所用があるのでしたら、お早くお願いします」
ハミルトンの言った所用とは、言ってしまえばネーナのお菓子を食べる事である。
目を考えてあえて誤魔化した言い方をしたのだ。
「え? あ、ああ。じゃあ。すぐに片付けてくるよ。……ネーナ、行こうか」
「はい!」
そして2人は仲の良い恋人のように並んで歩きながら艦橋を後にする。
様を見ていたハミルトンを初めとする艦橋要員達は、親が子供を見守るような微笑ましい表情を浮かべて2人を見送った。
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