リターン・オブ・ジ・エンペラー

 人類発祥の星である地球は、教会の聖地であるという点を除けば、単なる田舎と言って良い。

 それが今、その田舎はかつて銀河系を支配した銀河帝国の後継者を名乗る“神聖銀河帝国”の都として人類の中心地の座を取り戻そうとしている。


 地球に誕生した神聖銀河帝国の版図は、地球市国が統治していた太陽系のみであった。

 しかし、ネオヘルの指導者であるヘンリー・ガウェイン元帥とヴォルフリート・デーニッツ上級大将が帝国に恭順した事から、ネオヘルの支配領域にまでその勢力を広げる事に成功していた。


 その見返りとしてガウェインとデーニッツは、地球聖教枢機卿すうききょうの地位が与えられる。

 デーニッツ自身は聖職者の地位を得て、教会の聖職者と肩を並べる事にやや違和感を覚えるも、他ならぬローエングリンより賜った地位ともなれば話は別だった。

 デーニッツはネオヘル軍の軍服の上から、枢機卿を表す色である赤のマントを纏って名実ともに神聖銀河帝国の重鎮の座を手に入れる。


 そんな二人は今、聖アース大聖堂にて御前会議に出席した。


 豪華な装飾が施された広間に奥には、“聖座せいざ”と呼ばれる豪勢な造りの玉座が置かれて、そこには今ローエングリンが座している。

 彼の赤と青の視線の先には、神聖銀河帝国の重鎮となる十二人の枢機卿の姿があった。


 ローエングリンは、神聖銀河帝国の建国を宣言すると同時に自身の称号を“最高司祭”から“神聖皇帝”へと改めていた。


 そしてかつては教皇を補佐していた枢機卿は、今では神聖皇帝を補佐して帝国の行政を担う閣僚のような存在へと変わっている。


「皇帝陛下、マルガリータにおける作戦は全て成功致しました。我等の聖戦は、神々の恩寵により陛下の計画通りに進んでおります」

 そう述べるのは、長年に渡って枢機卿を務め上げたコンサルヴィ枢機卿である。

 マルガリータ同時多発テロ事件の詳細を立案したのは彼であり、その成功にコンサルヴィは大いに喜んでいた。


「よくやった、コンサルヴィ枢機卿。ではデーニッツ枢機卿、艦隊の準備はどうか?」


「は、はい! 全て陛下の計画通りです。ご命令があり次第、直ちに共和国領内へと進軍可能です」


 マルガリータ同時多発テロ事件により共和国の国内は混乱状態にある。

 そこへ教会艦隊及びネオヘル軍艦隊で攻め込む。

 それがローエングリンの計画だった。


「宜しい。ではすぐに計画を次の段階へと移せ」


「御意のままに」

 デーニッツは深く頭を下げる。

 そしてローエングリンの命令をすぐに実行に移すべく、その場を後にした。デーニッツはネオヘル軍の主力艦隊を率いて共和国領内へ侵攻する遠征軍の最高指揮官を務めるのだ。

 枢機卿の肩書きを持つ者が大艦隊を率いて銀河を横断する。

 それは教会の権威と力を銀河中に見せ付けるという狙いがあった。


 ネオヘル軍の大将及び中将の階級にいる将官には大司教、少将及び准将には司教の地位がそれぞれ贈られ、ネオヘルは軍事政権としては完全に崩壊し、教会に取り込まれる事になった。

 そしてそれは、教会の世俗化を一気に推し進めて、国家としての体裁を整える事にも繋がる。

 行く行くは、大司教を主要な星系へと送り込んで、事実上の総督、つまりは地方行政長官とする事で新帝国の支配体制を固める方針でいた。


 ローエングリンの視線は、退出するデーニッツの後ろ姿からガウェインへと移った。

「ガウェイン枢機卿、貴公は余の下にあって残留する教会艦隊の指揮を執れ」


「はい、陛下。しかしながら、デーニッツ1人に任せて大丈夫でしょうか? 宜しければ、私も出撃致しますが?」


「ふふふ。それには及ばん。この聖なる都を空にするわけにも行くまい。そなたは余の下におれ」


「御意のままに」

 ガウェインは深く頭を下げる。



─────────────



 御前会議の後、ローエングリンはある人物の来訪を受けていた。

 それは彼の妻で、教皇の孫娘であるエフェミアだった。


「遂に始まりましたわね、神聖皇帝陛下」


「うむ。そなたの協力には感謝しているぞ。教会を掌握できたのもそなたの働きが大きい」


「ふふ。お役に立てて何よりですわ。それにしても、この記念すべき瞬間を教皇聖下、いえ、お爺様にも見て頂きたかったです」


「病で亡くなられた教皇聖下の悲願。教会の繁栄は、必ずや果たしてみせよう。それがそなたとの契約だからな」


 エフェミアの祖父にして地球聖教の本来の宗教指導者である教皇ピウスは、グラナダの戦いの数ヶ月後、病に倒れて亡くなっていた。

 元々高齢で持病を抱えていたピウスは、グラナダの戦い以後の混乱から心労で倒れたのだ。


「そのような契約は、お忘れ頂いて結構ですわ。私は好きであなたの傍にいるのですから」


「中身が夫と別人でもか?」


「……はい」

 聖女の名に恥じない美しいエフェミアの笑みが一瞬だけ崩れた。

「私は夫の望みに従っているだけですわ。夫はこんな途方もない計画を用意して逝きました。であれば、私はその先にあるものが見てみたいのです。たとえあなたが、その計画をご自身の物にされたとしてもです」


「ふん。流石はあの教皇の孫娘よ。肝が据わっておるわ。……だが、此度ばかりは流石の余も神々の恩寵とやらを感じずにはいられなかったぞ。1年にも及んだ昏睡の中で余とローエングリンの魂が混ざり合い、余の魂がこの身体に馴染んだ。おかげでこの身体も完全に余の物となった。そして地球では、ローエングリンが残した計画に従って教会艦隊の建造が始まっていた」


 教会艦隊建造計画はアドルフ大帝すらも知らなかった、ローエングリンが個人的に立案したものだった。


「今ならば分かるぞ。あやつが何を考えていたのかを。まったく哀れな男よ。帝国の滅亡を願いながら、自身はその逆の道しか選べぬとはな」


「……あの方は不器用な方でしたから」


「だが、そのおかげで余はこうして玉座に返り咲く事ができた。やはり、あやつは実に優秀な駒であったな」


「……」

 エフェミアは眉を潜めて不満そうな表情を浮かべる。

 心中はともかく、己の身と生涯を捧げて尽くしたローエングリンを駒扱いした事にエフェミアは嫌悪感を示したのだ。


 それは一瞬の変化であったが、アドルフの鋭い眼力は見逃さなかった。

 しかし、彼はその事を追求しようとはしない。

 この神聖銀河帝国を安定させるには、ローエングリンの妻であり、教皇の孫娘であるエフェミアの存在は何よりも重要になる。

 それを弁えているからこそ、アドルフにとってエフェミアの真意はどうでも良い事だった。こうして傍らにいる事が重要なのだと考えている。


「あやつの計画では、この椅子に座っているのはそなたの祖父のはず。だが、今ここにいるのは余だ」


「あなた様が運命に選ばれた証、と言いたいのですか?」


「運命か。違うな。人類の総意だ。余は人類全ての総意によって皇帝となり、銀河帝国は生まれた。その意志が300年経った今もこの銀河に満ちている。そういう事だ」


「まだ帝国再建が成ったわけではないというのに、すごい自信ですわね」


「無論だ。余は銀河帝国皇帝、いいや、神聖皇帝アドルフ・ペンドラゴンなのだからな」

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