クラモンド攻防戦・中篇
ネオヘル軍と大公国軍の艦隊は、クラモンド付近の宙域にまで後退してクラモンドを中心に防御陣を形成していた。
クラモンドは、貴族連合がエディンバラの内外を繋ぐ交通網の管制塔として建造したものだが、戦時下に作られたという事もあって要塞としての機能も備えていた。
多数の砲台にシールド
「いやはや。ネオヘルも地に落ちたものだな」
クラモンドの一室にて壁一面を埋めるディスプレイ・モニターに映し出されたネオヘル軍艦隊を見ながら、エディンバラ大公国外務官マザラン男爵が嘲笑うような口調で呟く。
「まったくですね。書記長自ら挑んだ戦いでこうも早く逃げ帰ってくるとは」
そう言うのは、エディンバラ大公夫人に仕えていた執事のフィリップだった。
「しかし、これも最高司祭猊下の読み通りの展開。流石は神々の恩寵を受けしお方だ。フィリップ、元はと言えば、お前が悪いのだぞ。お前が大公夫人を唆し、ベルナドット伯爵に謀反を起こさせなければ、エディンバラは労せずに教会の傘下に加えさせる事ができたのだぞ」
「ベルナドット伯爵のような老人では、どの道エディンバラを今日まで生かす事などできなかったでしょう」
嘲笑うような口調で言うフィリップ。その表情は、これまでエディンバラ大公夫人に見せていたのような純粋なものではなく、狡猾で野心に満ちた男のものだった。
「ふん。よく言う。己の立身出世のために大公夫人に取り入ったくせに。大公夫人にエディンバラの政権を取らせたのも、全ては影の支配者を気取るためであったのだろう?」
「さぁて? 一体何の話でしょうか?」
「……まあ良いさ。どの道、お前にももう用は無い」
マザランは懐から拳銃を取り出してフィリップに向けた。
「な、何の真似ですか? 私達は共に神々にお仕える
「黙れ。貴様にとってはしょせん教会も己の栄達のための道具なのだろう? お前のような奴を野放しにしておけば、いずれ最高司祭猊下、いや大帝陛下に害を及ぶのは明白。だからこれは、全て教会の繁栄のためなのだ」
銃口をフィリップに向けたまま、マザランは一歩また一歩と彼へと近付く。
死を覚悟したのか、フィリップは抑えていた感情を爆発させるかのように声を荒げる。
「何が悪い!
拳銃から放たれた閃光がフィリップの額を貫いた。
撃ち抜かれた傷口は、ビームの超高熱によって焼かれて即座に止血されたので、周囲に血が飛び散る事は無く、傷口も致命傷の割には綺麗なものである。
しかし、その内側は一瞬にして焼き尽くされ、脳はその活動を完全に停止した。
「馬鹿め。この銀河の支配者はただ御一人、アドルフ大帝陛下のみだ」
そう吐き捨てるように言うと、マザランは何事も無かったかのように平然とした様子でその場を後にする。
─────────────
共和国軍艦隊はネオヘル軍を蹴散らし、クラモンドを攻略すべく進軍している。
しかし、旗艦インディペンデンスではどのように攻勢を仕掛けるかで意見が分かれて議論が繰り広げられていた。
「ネオヘルの増援艦隊はそっちに向かって進軍してきている。今すぐに攻撃を仕掛けて落とさないと、俺達は二正面作戦を強いられるぞ」
ジュリアスは、ネオヘル軍の増援が到着する前に積極的攻勢を仕掛けてクラモンドを迅速に陥落させるべきと主張した。
「ジュリーの言う事も分かりますが、要塞攻略戦を行うには数が不足しています。ここはこちらも増援艦隊の到着を待つしかありません」
クリスティーナはジュリアスとは逆に慎重論を唱える。
彼女はジュリアスの長所が即断即決である事をよく理解しているが、一方でそれが裏目に出る事もあるのだと先のスバロキアの戦いで痛感していた。
あの時は、迅速さを要する状況だったのでやむを得ない部分があったとはいえ、クリスティーナの増援が間に合わなければ危うく全滅しかねないところまで追い込まれた。
前回の二の舞を踏むわけにはいかない。その思いがクリスティーナに慎重論を唱えさせる原動力となっていた。
二人が一歩も譲らぬ議論を展開する中、第2艦隊司令官グランベリー大将が意見を述べる。
「もうじき到着する補給部隊に混じって潜宙艦が来るでしょ。あれでクラモンドに奇襲を仕掛ける事はできないかしら?この前のアルヴヘイム要塞を攻撃した時みたいに」
グランベリーはどちらかと言うと猛将タイプの指揮官であり、このまま攻撃を仕掛けたいというのが本音だった。
また、先のミッドファルの戦いでは痛み分けという結果になり、このエディンバラにおける戦いの長期化を招いてしまった事に責任を感じていた事が積極性に繋がっていた。
しかし、グランベリーの提案にクリスティーナは難色を示す。
「スバロキアの戦いで、潜宙艦の存在はネオヘルにも完全に知れ渡っている事でしょう。最初の奇襲は成功するでしょうが、潜宙艦1隻の火力では効果的な奇襲は難しいと言わざるを得ません。せめて量産化が成功していれば、話は変わってくるのですが」
「……いや。待った!」
何かを思い付いた様子のジュリアスは満面の笑みを浮かべて声を上げる。
「ジュリアス様、そのお顔はまた悪巧みを思い付かれたのですね!」
ジュリアスの傍に控えているネーナはなぜか嬉しそうであった。
「おうよ! グランベリー大将のおかげで名案が浮かんだぜ!」
楽し気に語るその様は、歴戦の名将というよりは悪戯小僧だった。
満面の笑みを浮かべるジュリアスに、クリスティーナは警戒心にも似た感情を抱きながら口を開く。
「……ジュリーがそんな風に笑う時は少し怖い気もしますが、一応その名案を聞かせてもらいましょうか」
「何だよ、クリス。親友の名案をどうしてそんなに警戒するんだよ」
「ジュリーの言う名案はいつもいつも滅茶苦茶ですからねぇ。一か八かのギャンブルのようなものも多かったではありませんか」
「うぅ。そ、それはそうだったかもしれないけど、でもそのギャンブルに救われた事も何度もあっただろ?もっと信用してくれても良いんじゃないか?」
「えぇ。ですから、一応内容を確認させてほしいと言っているのです」
やや棘のある会話だが、そこに悪意は微塵も無い。
相手への強い信頼が前提にあるやり取りだからこそ、ジュリアスとクリスティーナは共に楽しそうに会話をしていた。
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