クラモンド攻防戦・前篇

 ネオヘル軍とエディンバラ大公国軍が守りを固める、惑星エディンバラを周回している宇宙ステーションのクラモンドを陥落させるべく今、共和国軍艦隊は進軍しながら各地の戦力を糾合するという多難を極める作業を実施していた。


 その甲斐もあって共和国軍艦隊は通常の軍事常識を遥かに上回るスピードで大軍を展開させる事に成功した。

 ネオヘル軍も迅速に部隊展開を進めていたが、共和国軍の動きはそれを凌駕していたのだ。


 共和国軍艦隊の戦力は計9個艦隊。

 対するネオヘル軍・エディンバラ大公国軍連合艦隊の戦力は12個艦隊。

 数だけ見ると、共和国軍側が不利ではあるが、連合艦隊側はろくに指揮統合も図られていない混成部隊であり、数に見合った実力を発揮できるかには疑問があった。


 そんな両軍の艦隊は、惑星エディンバラを擁するロージアン星系外縁部の宙域で対峙する。


 最初に戦端を開いたのは、ネオヘル軍総旗艦サンクトペテルブルクにて指揮を執るレナトゥス書記長だった。

「全艦、砲撃開始!!」


 ネオヘル軍・エディンバラ大公国軍連合艦隊は一斉に艦砲射撃を開始した。

 強烈な閃光が流星群のように真空を切り裂く。


 飛来したエネルギービームは、共和国軍艦隊に襲い掛かるが、その光と熱は全てインディペンデンス級宇宙戦艦各艦が張っているエネルギーシールドによって阻まれた。

 それはインディペンデンス級のシールド生成器ジェネレーターが高性能な事もあるが、最大の要因は間合いが開き過ぎている事だった。

 有効射程に入る前に砲撃を始めてしまったために、ビームのエネルギーが拡散して有効打とならなかったのだ。


 共和国軍第1艦隊旗艦インディペンデンスで指揮を執るジュリアスもその事は重々理解しており、彼はまだ砲撃命令を出してはいなかった。


 とはいえ、ジュリアスは本来であれば砲撃を始めても良さそうな間合いに入っても中々砲撃命令を出さず、インディペンデンスに同乗していたクリスティーナが疑問の声を上げる。

「あの、ジュリー、流石にそろそろ砲撃命令を出しても良いのではないですか?」


 久しく前線を離れて政務に専念してきたとはいえ、彼女もれっきとした軍人であり、その才幹は多少のブランクはあるものの健在だった。


「いいや。まだだ。……全艦、砲門を敵左翼に陣取る大公国軍に向けろ! 連中は長らく実戦から遠ざかって勘が鈍ってる。しかも艦艇は全て旧式でシールドの出力も弱い。ここを突いて敵陣を切り崩すぞ!」


 共和国軍の各艦は、砲門を敵軍の左翼を構成している大公国軍艦隊に向ける。

 距離を詰めて、狙いを充分に合わせたその時。


「全艦、撃ち方始め!!」


 ジュリアスの命令が無線を通して全艦隊に告げられる。


 次の瞬間、共和国軍の各艦より膨大な熱量を伴った閃光が雨のように解き放たれた。


 その無数のエネルギービームは、連合艦隊の左翼を担う大公国軍艦隊に飛来し、致命的な打撃を与えた。

 旧式の艦艇は次々と炎上して爆沈し、宇宙の塵と化す。


「よし! 全艦隊、ライトニング部隊を出撃! 艦隊も敵との距離を詰めて近接戦闘で一気に薙ぎ払うぞ!」


 連合艦隊左翼に生じた混乱の隙を突き、近接戦闘で傷口を強引に広げる事で、左翼の混乱を連合艦隊全体の混成へと拡散させる。

 これがジュリアスの狙いだった。


 数の不利を逆手に取り、敵の弱い部分を的確に突く悪知恵と大胆さは、相変わらずだなと横で見ていたクリスティーナは思う。


 こうなってくると、ネオヘル軍にとって大公国軍の存在はもはや邪魔と言って良い。

 本来であれば、この段階で両軍の艦隊を切り離して、各々で迫り来る共和国軍艦隊を迎え撃った方が良かったかもしれない。


 しかしレナトゥスを初めとするネオヘル軍総司令部は、指揮系統を分断する事で混乱は収拾できても、それでは共和国軍に分断されて各個撃破されてしまうのではないか、という懸念が浮かんだ。


 ネオヘル軍の総指揮を執っているのはレナトゥス書記長だが、彼はあくまで政治家であり、軍人ではない。ローエングリン総統を彷彿とさせる卓越した指導力と知略を持つ彼だが、その能力が戦場でも通用するかどうかはまた別の話である。


 そして彼の周りで総司令部を構成する提督達は、長く続いたネオヘルの権力闘争の末に散っていった上官達の穴を埋めるべく昇進した者ばかり。デーニッツやガウェインのような大艦隊を指揮した経験を持たず、その対応は常に後手後手に回った事も連合艦隊の動きの鈍さの一因となった。

 ここにガウェインが残っていたなら、彼を中心に指揮系統を整えて戦線を立て直す事は容易にできただろう。

 しかし、彼はレナトゥスの命令で既にこの場を離れていた。レナトゥスは決戦を前にして自ら墓穴を掘ったと言える。


 連合艦隊の動きの鈍さは、共和国軍にとって好都合以外の何物でもなかったが、その鈍さはジュリアスの予想を超えるものであった。

「……もしかして、これは何かの罠か?」


「罠?そうでしょうか?確かに敵の動きは妙ですが、罠というには流石にわざと過ぎるような気も」


「それもそうか。敵は左翼を中心に戦線が崩壊寸前。罠にしては無謀過ぎるな」


 ジュリアスとクリスティーナがそんな会話をしていると、ハミルトンが二人の前に立つ。

「閣下、敵の戦線は大きく乱れております。ここは後方の予備兵力も投入した方が良いかと考えますが、宜しいでしょうか?」


「そうだな。それが良いだろう。予備兵力も全て前線に投入しろ。砲火を敵の中央に集中させて敵艦隊を分断する」


「了解致しました!」


 共和国軍艦隊は、持てる火力を全て結集して、連合艦隊の中央に叩き付けた。

 それは重厚な装甲で覆われたネオヘル軍のビスマルク級宇宙戦艦を、葬るのに充分な熱量だった。

 前衛を担っていた3隻のビスマルク級は、艦橋を、主砲を、推進機関を一瞬にして蒸発させられ、艦体は白い花火となって消滅する。

 その後続艦も戦闘継続を困難にさせられるほどのダメージを負い、操艦が不能になって僚艦に激突してしまう艦や誤って味方艦に誤射してしまう艦まで続出した。


「全艦隊、一時後退せよ! 戦線を立て直すのだ!」

 ネオヘル軍総旗艦サンクトペテルブルクからレナトゥスの命令が各艦隊に告げられる。


 ネオヘル軍の各艦はその命令に従って順次後退を始めるが、それはあまりに無秩序な有り様で、共和国軍の攻撃に怯んで逃げているだけのようにも見えた。

 とはいえ、ネオヘル軍のビスマルク級宇宙戦艦と戦機兵ファイターのフォートレスはどちらも高火力と重装甲が利点の兵器であり、最初こそ窮地に陥るが、次第に異常な粘り強さを発揮するようになる。


 しかし、大公国軍艦隊は別だった。

 陣形が乱れたところに、ライトニング部隊の攻撃を受けて戦線は崩壊。

 ネオヘル軍からは見捨てられるような形で敵中に取り残されてしまう。


 こうなってしまうと、ネオヘル軍総司令部ではクラモンドまで撤退して戦い自体を仕切り直すべきではという考えが濃厚になる。


「このままではこちらが不利です。レナトゥス書記長、ここはクラモンドに一時撤退しましょう」

 意を決して真っ先にそう進言したのは、ネオヘル軍大将リノフスキー大将。

 サンクトペテルブルクに置かれた総司令部では最年長だった彼は誰よりも撤退の必要性を痛感していた。

「クラモンドには、要塞としての装備もあり、しばらくであれば共和国軍の攻勢も防げるでしょう。その間にデーニッツ提督が増援を率いて駆け付けるはずです」


 現在、ネオヘル軍はデーニッツ提督が指揮する3個艦隊が増援としてエディンバラに向かっている。

 これが到着して共和国軍の背後を突けば、戦況は一気に傾くだろう。


「良かろう。全艦隊をクラモンドまで撤退させろ」

 レナトゥスは撤退を決断した。


 これにより、この戦いは宇宙空間での艦隊戦から要塞戦へと移行していく事になった。

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