動き出す陰謀

 クラモンド近隣の宙域に滞在しているネオヘル軍総旗艦サンクトペテルブルクでは、ガウェイン元帥が各地のネオヘル軍艦隊を集結させて決戦の準備を進めていた。

 しかし、それはこれまでネオヘル軍が各地に形成してきた戦線の戦力を切り崩してまで戦力を掻き集めるという半ば強引な手法によるもので、このやり方にデーニッツ提督は強く反発した。


「ガウェイン元帥、一体どういうつもりですか!?エディンバラを味方に引き込めた功は認めますが、そのエディンバラを守るために他の星系を捨てるおつもりですか?」


 サンクトペテルブルクのメインモニターに、鬼の形相を浮かべたデーニッツの顔が映し出され、スピーカーからはデーニッツの怒声が鳴り響く。


「落ち着かれよ、デーニッツ提督。エディンバラさえ守り切れば事実上、銀河の半分がネオヘルの勢力下に収まると言っても過言ではない」


「そのために、これまで築き上げてきた戦線を崩壊させても良いと言われるか!?」


「仮にそうなったとしても、それは一時的な劣勢に過ぎん。エディンバラの手付かずの軍事力と経済力をネオヘルに組み込んで反抗作戦に転じればすぐに撃退できる」


「……それがレナトゥス書記長のご指示なのですか?」


「む、無論だ」


「では書記長とお話をさせて下さい。直に真意をお聞きしたい」


「それはならん!」


「なぜですか?」


 デーニッツは、レナトゥスがガウェインとエディンバラに出発して以降、一度も顔を見ていないどころか声すら聞いていない。

 レナトゥスの指示と称してガウェインが指示を出してくるのみだ。

 こうなってくると、デーニッツとしては徐々にガウェインに対して不信感を募らせずにはいられなくなってくる。


「レナトゥス書記長は、エディンバラとの交渉に出ておられる。今が大事な時ゆえな」


「……では、戻られたらすぐにご連絡を頂きたいとお伝え下さい。では、これにて」


 デーニッツが敬礼をすると、ガウェインもそれに応じて敬礼をするとする。

 それから数秒後に通信は切れてメインモニターは真っ暗になった。


「……」

 ガウェインはそろそろ限界を感じていた。

 レナトゥスが倒れれば、築き上げてきたもの全てが無に喫してしまう。

 それを回避するためにもガウェインはレナトゥスが倒れた事を必死に隠し続けてきた。

 だが、デーニッツはその事に強い疑念を抱いており、事態が発覚するのも時間の問題だろう。


 はたしてどうしたものか。

 ガウェインがそう頭を悩ませていたその時だった。


「元帥閣下、地球より通信が入っておりますが」


「地球から? どういう事だ? こんな時に」


「如何致しましょうか?」


「……構わん。繋げ」


 ガウェインがそう命じると、通信オペレーターが端末を操作し、メインモニターに一人の女性の姿が映し出された。

 それはかつて“地球の聖女”と呼ばれ、ローエングリン総統の妻だったエフェミア・キアラモンティである。


「お久しぶりですね、ガウェイン提督」

 5年間、地球に籠って音沙汰がなかったエフェミアは、以前よりも年齢を重ねて美しく綺麗な女性へと成長を遂げていた。


「あ、こ、これは、お久しぶりです、エフェミア様。して此度は一体どのようなご用件でしょうか?生憎とこちらは今、立て込んでおりまして、なるべく手短にお願いしたいのですが」


「いえ。今回は私ではなく、あるお方が閣下とお話をしたいとの仰せなのです」


「あるお方? 一体誰ですか?」

 そうは聞いてみるが、エフェミアほどの人物が出てきたという事は話があるという相手は十中八九、地球聖教の宗教指導者である教皇であろう。少なくともその下にいる枢機卿の誰かのはず。

 この状況下で、わざわざコンタクトを求めているという事は何か裏があるのは明白であり、ガウェインとしてはそれが気になって仕方がなかった。


「他の方にお話を聞かれるのは些か不都合でして、できますれば別室にてお話できないでしょうか?」


「……では私の自室で伺いましょう」


「ありがとうございます」


 一旦メインモニターの通信は切れる。

 ガウェインは通信オペレーターに、通信回線の自身の端末に繋いでおくように指示を出すと艦橋を後にした。


 自室へと入り、左手首に巻いているブレスレット端末を起動する。

 通信スクリーンが表示され、そこにはエフェミアの姿が映し出された。


「それで私に話があるというのは、一体どなたなのですか?」


 ガウェインの問いに、エフェミアはニッコリと笑った後「こちらです」を言って画面の脇に下がる。

 そして画面に姿を現した人物を見て、ガウェインは目を見開き絶句した。

「なッ!」


「久しいな、ガウェイン提督。帝国を再建する時が来た。以前のように余に仕えるが良い」


 画面の向こうから聞こえてきた男の声を聞いた途端、ガウェインは歓喜のあまり涙を流した。


「全ては総統閣下の御意のままに」



─────────────



 翌日。ジュリアス・シザーランド大統領の指揮の下、共和国軍の大艦隊がエディンバラ大公国を目指して侵攻を開始する中。

 ネオヘル軍艦隊総旗艦サンクトペテルブルクの艦橋にヨーゼフ・レナトゥスが姿を現した。


「諸君、しばらく手間を掛けて済まなかったな。直に共和国軍が来るようだが、問題は無い。我等はこれを撃退し、ネオヘルこそが真の銀河系の支配者である事を知らしめる!」


「おおッ!」


 久しぶりに姿を現したレナトゥスに、ネオヘル軍の将兵達は歓喜の声を上げた。

 サンクトペテルブルクの艦橋のメインモニターに姿を映しているデーニッツ提督もレナトゥスの無事な姿を見て安堵の息を漏らしている。


「書記長閣下、ご命令通り艦隊をそちらへ派遣致しました。共和国軍の襲来前には第一陣が到着するでしょう」


「宜しい。デーニッツ提督には色々と手間を掛けてすまなかったな」


「いえ。滅相もありません。ところでガウェイン提督はどちらですか?」


 サンクトペテルブルクの艦橋にはガウェインの姿がなかった。

 まるでレナトゥスと入れ替わりになるようにいなくなかった彼に、デーニッツは妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。


「ああ。ガウェイン元帥にはある特命を与えている。内容は情報漏洩のリスクを避けるために伏せておくが」


「……そうですか」



─────────────



 同じ頃。

 ガウェインは、自身の本来の旗艦ガラティーン・ツヴァイに乗って僚艦も付けずに単独でエディンバラ大公国領から離れた宙域を航行していた。


 表向きにはレナトゥスからの密命を果たすためという事になってはいるが、あまりに急な事態に艦内では疑問の声が上がっていた。

 それを最初に声にしたのは、レナトゥスを作り出した科学者メンゲルだった。

 メンゲルは本来、レナトゥスの傍で彼の状態を管理しなければならない立場にあるのだが、ガウェインによって半ば強引に連れ出されていた。

 ガウェインの自室で二人きりとなったメンゲルは、すぐに戻るべきだと進言する。


「今すぐにエディンバラにお戻り下さい。被験体32号はまだ調整が済んでおりません。今の状態では数日ともたないでしょう。それだというのに、私まであなたに同行せねばならなかったのですか!?」


「落ち着きたまえ。レナトゥスなどもう用済みだ」


「よ、用済み、ですと?一体それは、どういう事でしょうか?」


 首を傾げるメンゲルに対して、ガウェインは不敵な笑みを浮かべる。


「ふふふ。それは直に分かる。直にな」

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