エディンバラ協定同盟
ジュリアスとクリスティーナは、今もクラモンドの港に滞在している。
次の会談を明後日に控える中、ジュリアスは戦況が膠着化しているアリューソルト星系の救援に自ら向かいたいとクリスティーナに訴えた。
「ちょ、待って下さい。会談は明後日なんですよ! それにマルガリータから既に増援艦隊は派遣されています。もう少しの辛抱です!」
「だけどよ、クリス。味方が近くで戦っているってのに、こんなところでぬくぬくとしているってのは俺の性に合わない」
「ジュリーだって立派に戦っていますよ。大統領という立場で」
「……」
ジュリアスは拗ねた子供の様に膨れっ面をする。
「第一、ジュリーが救援に向かうにしても、今からではマルガリータから出撃した艦隊の方が先に到着します。どの道、ジュリーの出番はありませんよ」
「……」
ジュリアスの頬が更に膨らみを増す。
「何ですか。その膨らんだ頬っぺたは?」
「べ、別に、何でも無いよ!」
「ふふふ。まったくジュリーは。本当に堪え性が無いですね。……焦る気持ちは分かりますが、もう少しの辛抱です。この会談をうまく取り纏める事が叶えば、旧連合勢力は全てこちらの側に付く事になります。そうなれば、ネオヘルとの戦争で私達は一気に有利となる事ができるんです。それにはジュリーの力も何としても必要になります」
クリスの説得を受けて、ジュリアスの膨らんだ頬が空気の抜けた風船のように萎む。
「分かったよ、クリス。そこまで言うのなら、ここで大人しくしてる」
「ありがとうございます、ジュリー」
「尤も前回の会談の感触的に、俺がいなくてもこの会談は成功したも同然だと思うけどな」
前回の会談で、ネオヘルの書記長レナトゥスは突如精神異常を起こして途中退席している。
ただでさえネオヘルにとっては不利な戦況である事を考えると、エディンバラ大公夫人がネオヘルを同盟相手に選ぶとはジュリアスには考えられなかったのだ。
「確かにジュリーの言う事は分かりますし、ジュリーらしい考えだとは思いますが、そういう楽観的な思考は交渉の場では命取りになりますよ」
クリスティーナがそう言ったその時だった。
突如、激しい爆発音と共に地響きのような震動がクラモンド全体を包み込む。
「な、何ですか、一体!?」
「これは、爆発か?」
2人が声を上げようとした次の瞬間、クラモンド全区画に警報音が鳴り響く。
─────────────
クラモンドを突然襲った爆発。
それは数ヶ所で同時に起きたものだった。
1つ1つの爆発の勢いは大したものでは無かったが、それが多数集まることでクラモンド全体に衝撃を与えたのだ。
そして、その爆発の1つはエディンバラ大公夫人の居室をも襲っていた。
ちょうどその時、居室にいたエディンバラ大公夫人は爆発の衝撃で吹き飛ばされ、倒れてきた家具の下敷きになり、身動きが取れない状態になってしまう。
「はぁ、はぁ、い、一体、何が?」
重傷を負いながらも、エディンバラ大公夫人は辛うじて意識を保っている。
しかし、自身よりもずっと大きく重量もある家具に身体を挟まれて、自力で脱出する事は不可能だった。
「いやはや。ご無事でしたか、大公夫人」
突如聞こえた声に、エディンバラ大公夫人はふと頭を上げると、そこにはマザラン男爵と執事のフィリップの姿があった。
「あ、あなた達、よく来てくれたわ。早く私を助けてちょうだい」
「申し訳ありませんが、それはできません」
淡々とした口調で、マザランはエディンバラ大公夫人の要求を拒否する。
そして、懐から一丁の拳銃を取り出して、その銃口を身動きの取れないエディンバラ大公夫人に向けた。
「な、い、一体、どういうつもりなの!?」
目の前の状況が理解できないエディンバラ大公夫人は目を見開いて問い質す。
「あなたがいけないのですよ。あなたがさっさとネオヘルと組むと言って下されば、我々もあなたに忠節を尽くせたというのに」
「な、何を言って、るの?まさか、あなた達、ネオヘルと裏で?」
「ふふふ。違いますよ。我々が心から崇拝し、忠誠を尽くすのは最高司祭猊下と母なる神々だけです」
そう言ってマザランは左手で懐から純金製の十字型の小さなアクセサリーを取り出す。
それは銀河中で信仰される宗教・地球聖教のシンボルである。地球聖教が神々として崇める人類発祥の地・太陽系の星々が惑星直列の状態にある事を現すその十字は、マザランが地球聖教の信者である事を示す何よりの証拠。
「地球聖教? さ、最高司祭って。まさか、あの男が生きていたの?」
「それはあなたが知る必要のない事です」
マザランが拳銃の引き金を引こうとしたその瞬間、エディンバラ大公夫人は視線をマザランの後ろにいるフィリップへと向けて声を荒げる。
「フィリップ! あなた、あなたはずっと私を騙していたの?答えなさい!」
「……申し訳ありません。でも僕が本当に信じるのは、母なる神々の恩寵、そして最高司祭猊下のご威光だけなんです」
「そ、そんな、嘘よ」
「今までお世話になりました。しかし、もうあなたは用済みです」
銃声が2度、居室に鳴り響く。
これ以後、マリー・ドトリッシュ・エディンバラ大公夫人が人前に姿を現す事は無かった。
─────────────
翌日。
マザラン男爵がエディンバラ大公国の代表として、超光速通信を通して銀河中に向けて声明を発表した。
「昨日、クラモンドを襲った同時多発爆発により我等が盟主マリー・ドトリッシュ・エディンバラ大公夫人が死去された事をここに公表致します。そして今回の爆発事故は調査の結果、ただの事故ではなく、銀河共和国の破壊工作であった事が判明致しました」
「は!? な、何を言ってるんだよ、このおっさん!?」
旗艦インディペンデンスの艦橋にてクリスティーナや高級士官達と共に中継を見ていたジュリアスは驚きのあまり声を上げる。
「ジュリー、静かにして下さい。声明はまだ途中です」
「……」
ジュリアスは溢れる気持ちを抑えて通信画面を注視する。
「我々は現在、このクラモンドにて共和国とネオヘル、双方の代表との直接交渉を続けていた。その交渉が不利になるや共和国は、このような暴挙に出た!我々は共和国の横暴な振る舞いに屈しはしない! 亡き大公夫人の名誉と志を守るためにも断固戦う事をここに宣言する! そして更に、我等と心を同じくする旧連合諸侯17名と共に、“エディンバラ協定同盟”を発足する!」
エディンバラ大公夫人が水面下で計画し、マザランが裏で準備を進めてきた新勢力がここに誕生した。
経済力・軍事力、どれを取っても共和国やネオヘルには遠く及ばないが、これを無視する事はできない。
この勢力を味方に引き込んだ側がこの戦いにおいてより一歩抜きん出た存在となる事は疑うべくも無いからだ。
「我々エディンバラ協定同盟は、ネオヘルと手を取り合い、共和国と戦う事を決断した! かつての旧連合時代の同志の中には、共和国に味方した者も大勢いる事と思うが、彼等が真の正義に目覚めてくれる事を切に願う!」
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