アリューソルト星系の戦い

 アリューソルト星系。

 エディンバラ大公国領に近い位置に存在するこの星系の第4惑星アルナックには、旧貴族連合軍の廃棄された軍事基地が今も残っている。

 この情報を、旧連合軍出身の将校から入手した共和国軍は、その基地を再稼働させて今回の戦いの前哨基地とする計画を立てた。


 この実行のために、共和国軍はロバート・シオボルト少将を指揮官とする建設部隊を派遣する。

 惑星アルナックの廃棄された軍事基地は、長らく放置はされていたものの、シールド生成器(ジェネレーター)や砲台などの設備は幸い問題なく使用できた。


 このままここを整備して、ミッドファル星系付近の宙域で今もネオヘル軍と対峙しているグランベリー大将の第2艦隊及び第6艦隊の後方基地として機能させるべく動いている中。

 ネオヘル軍も流石に共和国軍の動きに勘付き、それを妨害するために惑星ジテールにいるデーニッツ提督はトロンキー艦隊を出撃させた。


 トロンキー艦隊は、戦艦3隻と半個艦隊程度の規模しか有していないが、シオボルト少将の建設部隊はそもそも実戦部隊ではないため、これで充分だろうとデーニッツは判断した。


 このトロンキー艦隊が、惑星アルナックの低軌道上に展開して基地の上空に布陣した頃。

 地上基地では警報音が鳴り響き、ドーム型シールド生成器(ジェネレーター)を起動させる。

 基地は半透明状のドーム型をしたシールドによって覆われ、外部からの攻撃に備えた。


 基地内部の司令部のメインモニターに襲来したトロンキー艦隊の映像が映し出されると、40歳くらいの黒髪をした指揮官シオボルト少将が悔しそうな口調で話す。

「くそ。まさかこれほど早くネオヘル軍が出てくるとは。……ウィリマース中佐、援軍が来るまでこの基地は持ち堪えられるのか?」


 そう問うシオボルトの視線の先にいるのは、腰の辺りまで真っ直ぐ伸びる艶のある黒髪と紫色の瞳をした美しく若い女性だった。

「はい。シールド生成器(ジェネレーター)は旧式ではありますが、計算上では充分持ち堪えられるはずです」


 彼女の名はアナベル・ウィリマース。

 旧貴族連合の名家ウィリマース伯爵家の令嬢であり、旧連合軍の名将リクス・ウェルキンの副官を務め、彼の最期を看取った人物だ。

 上官の死後も共和国軍人として現役で、今回の基地建設作戦を提案したのも彼女だった。


「敵艦隊の内1隻が戦列を離れて大気圏への降下を開始しました!」


 オペレーターの報告を受けてウィリマースは旧連合軍時代に培われた実戦経験の知識から私見を述べる。

「おそらく敵軍は、本隊で宇宙への退路を断ち、別動隊で地上からこの基地を叩くつもりなのでしょう。艦砲射撃でシールドを破れないとなれば当然の戦術です」


 大気圏外からの艦砲射撃を防ぎ、地上都市や基地を守るためのドーム型シールドは、地上に近付けば近付くほど出力が低下する。

 そのため、地上からであればシールドを通り抜けて中に入る事は可能だった。


「こちらの戦力は限られている。早急に防衛陣地を築いて、シールドに侵入してきた瞬間を叩くしかなかろう」


 共和国軍の戦力はわずかな護衛部隊のみと明らかに劣勢であり、正面からの戦いになれば当然勝ち目は無い。つまり、共和国軍が勝つためには、ネオヘルの攻勢をひたすら受け止めて援軍が到着するのを待つしかない。


 しかし、それも容易な事ではない。

 今から急ごしらえで防衛陣地を築いたとしても、ネオヘル軍の攻勢をどこまで防げるかは分かったものではない。


 だが、他に道が無いことも事実であり、シオボルト達は今できる最善の布陣を作るべく全力を注ぐ。


「ネオヘル軍は東の草原に上陸して橋頭堡を築きました! 基地への攻撃までおよそ30分と思われます!」


「まっすぐここを攻めてこなかったのは不幸中の幸いだな。これで少しは時間が稼げる」

 シオボルトはそう言って笑うが、それはあくまで司令部の面々の緊張を解すためのもので、内心ではまったくと言っていいほど安堵などしていなかった。

 なぜなら、ネオヘル軍がわざわざ地上に橋頭堡を築いたという事は、ネオヘル軍も万全の態勢を整えて攻めてくる事になるからだ。



─────────────



 およそ30分が経過した頃。

 ネオヘル軍の上陸部隊が基地のシールド圏内に接近した。


「敵軍の戦力はフォートレスおよそ300機。その後ろに別動隊の存在も確認しています。そちらの数までは分かりません」


「……まずは第一陣で様子見と言ったところか」


「おそらくは。ただし、こちらの戦力はライトニングが200機。その第一陣にも劣っています」


「地理的優位はこちらにある。それを最大限に活かしてカバーするしかなかろう」


 そうこうしている内に、まず最初の戦闘の火蓋が切って落とされる。

 地上すれすれの超低空を飛翔するフォートレス部隊がドーム型シールドに突入し、その内部へと侵入を開始した。


 基地の周辺は、草木がまったくと言っていいほど生えていない荒野。

 大小様々な岩がゴロゴロと転がっており、共和国軍のライトニング部隊は、シールドの内側にある、岩々を防御壁として活用して、シールド内に侵入してきたフォートレスに射撃戦を仕掛ける。


 ライトニング部隊の防御陣は決して強固とは言えなかった。

 しかし、フォートレス部隊が一点突破を仕掛けてきたために、集中砲火を浴びせる事ができたので、シールドを突破してきた敵機を確実に屠る。


「フォートレス部隊の動きが妙に鈍くないか?」

 司令部から戦況を見守っていたシオボルドはふとそんな事を思った。


「見たところ障害物の回避に手間取っている様です。ここは障害物の少ない宇宙空間ではなく地上ですので、フォートレスの積んでいる戦術AIが慣れない環境に苦戦しているのではないでしょうか?」


 共和国軍とネオヘル軍の戦争は、およそ半年間続いているが、今回のような地上戦はあまり例が無い。

 そのため、ウィリマースはフォートレスの戦術AIは地上戦用のデータが不足しているのではないかと予想したのだ。


「だとしたら、こちらとしては好都合だ。このまま何とか持ち堪えてみせるぞ!」


 僅かに希望の光が見えた中、オペレーターの1人が声を上げる。

「敵の第二陣が動き出しました!! 今度は広範囲に部隊を展開させています!」



─────────────



 基地の上空に展開しているネオヘル軍トロンキー艦隊。

 その旗艦ボルチェリの艦橋では、衛星カメラと地上部隊からの報告で地上戦の様子を見守っている。


「地上は随分と手こずっているようだな」

 艦隊司令官ボルチェリ少将が苦々しい表情を浮かべながら言う。


「目的は基地の破壊ではなく、あくまで制圧です。極力基地を傷付けずに手に入れようとすると、フォートレスには加減して戦うよう設定せざるを得ません」


「く。このままでは損害が増えるばかりだ。こうなったら、基地ごと敵軍を葬るか?」


「ですが、デーニッツ提督からは基地を制圧して我が軍が使用するとの命令でしたが」


「分かっている。ただの戯言だ」


 その時、オペレーターの1人が声を上げる。

「提督、クラモンドに滞在中のガウェイン元帥が戦況報告を求めておられます。どう報告致しましょうか?」


「……取り繕っても仕方あるまい。ありのままを報告せよ」


「しょ、承知致しました」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る