女狐の裏計画
ミッドファル星系の戦いの結果は、惑星エディンバラの衛星軌道上に浮かぶ宇宙ステーション“クラモンド”で行われている会談に混乱を巻き起こした。
「引き分けとは、また面倒な結果ですね」
そう言うのは、このクラモンドの主人でもあるエディンバラ大公夫人である。
彼女がその報に触れたのは、クラモンド内部に設けられた人工の森林公園を執事のフィリップと共に散策していた時だった。
「共和国軍とネオヘル軍の双方はミッドファル星系から撤退はしましたが、戦闘継続の意思はまだあるらしく、近隣の星系に留まっています。おそらくは補給と増援を待っているのでしょう」
旧連合軍の軍服に身を包む老将ランベール中将がそう私見を交えてそう報告する。
「それではこのまま戦火が拡大して大公国にも及ぶ事もあり得るのでしょうか?」
フィリップが不安げな表情を浮かべてランベールに問う。
「可能性は否定できんでしょうな。念のために大公国軍の艦隊を国境沿いの星系に配置したいと考えているのですが宜しいでしょうか?」
「構いません。宜しくお願いします」
「では私はこれにて失礼致します」
ランベールは敬礼をしてその場を後にする。
森林公園で2人だけで残されたエディンバラ大公夫人と執事フィリップは互いに相手の顔に目を向けた。
「中々思うようにはいかないものね。共和国がネオヘルをさっさと潰してくれれば話は早かったのに」
「大公夫人は共和国側の勝利を期待していたのでしょうか?」
「まあね。勢いがあるのは共和国の方よ。それにネオヘルのレナトゥス書記長はやはり信用ならないわ」
実際のところエディンバラ大公夫人は共和国と同盟を結ぶ方向で考えを固めつつあった。
しかし、このまま共和国と共同戦線を張ったとしても、国力に大きな開きがある今のままではエディンバラ大公国は共和国の属国と成り果てるのは目に見えている。
そしていずれは帝国のように、共和国の一部へと組み込まれてしまう事も容易に予想できた。
元々共和国は、旧帝国貴族などの外部勢力を取り込む事で国力を強化してきた。
欲しいものだけ毟り取って、後は飼い殺しにする。そういうやり方をエディンバラ大公夫人は見続けており、その轍を踏むのは回避したかった。
そのため、少しでも恩を売る形で共和国と同盟を結ぶ方が今後のためになる。そんな意図もエディンバラ大公夫人にはあった。
「……フィリップ」
エディンバラ大公夫人は徐に執事の名を呼ぶと、近くにあるベンチへと指を指す。
それを見て彼女の意図を察したフィリップは、彼女をベンチまでエスコートした。
エディンバラ大公夫人がベンチに腰掛けると、彼女はフィリップに自身の隣に座るよう誘導する。
フィリップが主人の命に従ってベンチに座ったところで、エディンバラ大公夫人は上半身を倒してフィリップの膝の上に頭を乗せた。俗に言う膝枕という奴だ。
「ふう。大公夫人というのも疲れるわね。……フィリップ。あなた、私に代わって大公にならない?」
公では見せないような笑顔。それは姉が弟に。母親が我が子に見せるような慈愛に満ちたものだった。
「お、お戯れはお止め下さい。私など大公夫人の足元にも及びません」
「ふふふ。ごめんなさいね。あなたはいつ揶揄ってもピュアに反応してくれるものだから」
「大公夫人もお人が悪いです」
フィリップは頬を膨らませてプイッとそっぽを向く。
その仕草は、彼の幼い雰囲気の容姿も相まってエディンバラ大公夫人には愛おしいものに思えてならなかった。
しかしそれを言っては余計に機嫌を損ねてしまうと考えた彼女は、込み上げてきた感情をグッとこらえる。
「それはそうと、あなたには感謝しているのよ。あの時、あなたの助言が無かったら、今の私は無い。この大公国もね」
「そんな恐れ多い事です。私はただ大公夫人こそが上に立たれるべきと申し上げたまで。ここまでの偉業を成し遂げられたのは、全て大公夫人のお力です」
「ふふふ。ありがとう。……でも、長かった事業もいよいよ大詰めよ。今が例の計画を動かす頃合いかもね」
「共和国とネオヘルとの次の会談は、5日後に予定されています。この前日に発表が行えるように致しますか?」
「そうね。諸侯の賛同も得ている事だし、間近に戦火が及んで危機感を抱いている事だろうし。それも計画を後押しするのに効果があるでしょう」
2人が話す例の計画とは、エディンバラ大公国と旧連合勢力による経済的軍事的連携を強化した“エディンバラ協定同盟”を構築する事で、共和国やネオヘルに次ぐ銀河系第三勢力を誕生させ、貴族連合の栄華を取り戻すというものだ。
計画自体は1年前より存在しており、大公国の外交を担うマザラン男爵が裏でずっと諸侯に働きかけていた。
計画は緩やかにではあるが、確実に実現に向けて動いていた。
しかし、それが一気に加速したのは銀河帝国の帝都キャメロットがネオヘルによって消滅させられたキャメロット事件である。
あの一件でネオヘルの脅威を肌身に感じた諸侯は、今のままでは自分達の身も危ういと危機感を募らせ、大公国に庇護を求める動きを見せるようになった。
そして今回のエディンバラ会談は、大公国が旧連合勢力の代表という立場を銀河中に示す効果を発揮し、計画の達成に大きく貢献する。
「フィリップ、集められるだけで良いわ。5日までに可能な限りの諸侯を集めてちょうだい」
「5日後、ですか? しかしその日は会談がありますが?」
「会談の予定は午後。だから協定同盟の成立は午前中に宣言するのよ」
「そ、それでは会談の方が破綻しませんか?」
共和国側もネオヘル側も会談に向けて色々と用意をしてくるはず。
その直前に、新勢力の立ち上げを宣言しては、会談が滞りなく進む事は難しくなる恐れがある。
そうなっては、この戦乱がより混沌としたものになってしまうのではないか。
フィリップの脳裏にはそんな不安が過ったのだ。
「かもしれないわね。でも、たとえ正常に会談が進んだとしても、混沌とするのは変わりはしないわ。それに私の予想では、会談当日までにもう一戦行なわれるはず。その結果次第かしら。フィリップ、マザラン達に共和国が勝利した場合とネオヘルが勝利した場合の対応を検討するように後で伝えてちょうだい」
「承知致しました。では早速、」
主人の命令を速やかに実行に移そうとするフィリップ。
しかし、エディンバラ大公夫人は彼の膝から頭を移動させるつもりは無さそうだった。
「私は“後で伝えて”と言ったはずよ。少しで良いわ。ほんの数分だけ。このままでいなさい」
「は、はい。承知しました、大公夫人」
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