ミッドファル星系の戦い・後篇

 共和国軍艦隊への強襲を成功させたフォートレス爆撃部隊は続々と、惑星イースタンの衛星軌道上に陣取っているネオヘル軍艦隊に帰艦していた。


「帰艦したフォートレスは、直ちに標準装備に換装させろ!敵艦隊がこちらに来るぞ!」


「閣下、お待ち下さい。装備換装には時間を要します。それよりも爆撃装備のフォートレスには、今の装備のまま出撃させて、イースタンを迂回。敵艦隊の背後を突くというのは如何でしょう?敵艦隊は思ったよりも少数です。これでしたら防空は今の布陣でも充分に守り切れるかと」


「・・・良かろう。その手で行こう」

 幕僚の進言を、シュニーヴィントは僅かな思案の末に採用する事を決めた。


 マルシャル艦隊及びリュッチンス艦隊のフォートレスは、換装作業を取り止めて急遽、現装備のままフォートレスを再出撃させた。


 少しして、両軍は相手を射程距離に捉えて砲撃戦を開始する。


 ネオヘル軍艦隊は3個艦隊、23隻。共和国軍艦隊は2個艦隊、14隻。

 数の上ではネオヘル軍に分があると言って良い。

 しかも、共和国軍艦隊は先の爆撃で傷付いている艦が多く、万全な状況ではなかった。


「敵艦隊よりライトニング部隊が多数発艦!ビーム攻撃の射線上を迂回しつつ、こちらに向かってきます!」

 索敵オペレーターが声を上げる。


 しかし、シュニーヴィントに驚く様子は無い。

 共和国軍は戦艦よりも戦機兵ファイターに重点を置いた戦術思想を抱いている事を知る彼にとって、共和国軍の動きは至極当然のものでしかなかった。


「敵は艦艇数の不利を戦機兵ファイターで補おうとしている。我が艦隊もフォートレス部隊を出撃させて応戦しろ!ただし、やり過ぎるなよ。適度に引き付けて別動隊の奇襲を成功させやすくするのだ」


 いくら共和国軍が戦機兵ファイターを重宝しようとも、結局戦闘の勝敗を決めるのは艦隊を叩くか叩かれるか。

 別動隊の奇襲が成功した瞬間、この戦いは勝ったも同然とシュニーヴィントは考えた。


 しかし、予定時刻になっても別動隊は姿を現さなかった。


「なぜだ?なぜ、別動隊が来ない?」


「提督、イースタンの裏側で戦闘らしき熱源を検知しました!」


「何?まさか敵も別動隊を放っていたのか?」


 この後、詳しく索敵を行なった末に判明するのだが、共和国軍も同じように別動隊を出撃させていたのだ。

 兵力はネオヘル軍の別動隊とほぼ同等で、今も艦隊戦が展開されている宙域から、惑星イースタンのほぼ裏側の宙域で格闘戦ドッグファイトを行なっている。


「まずいな。別動隊のフォートレスは重い爆撃装備。その状態で格闘戦ドッグファイトに臨めば勝ち目は無い」


「提督、これはむしろ好機です。敵の戦機兵ファイターの大半が惑星の反対側に足止めされているという事は、敵艦隊の守りは手薄となっています。ここは艦隊戦力を以って一気に敵艦隊を葬ってやりましょう!」


「そうです、提督!敵戦機兵ファイター部隊は、今のフォートレス部隊の布陣で充分に防ぎ切れます。戦艦同士の決戦となれば、我が軍のビスマルク級が負けるはずがありません!」


 幕僚達は満場一致で艦隊による正面決戦を主張した。

 彼等の上官シュニーヴィントはネオヘルでも指折りの猛将として知られる指揮官だが、彼等自身もその影響を受けたのか猪突猛進の気があった。


「諸君等の意見はよく分かった。良いだろう!全艦隊、突撃陣形を取れ!」



 ─────────────



 ネオヘル軍艦隊が陣形を再編成している事を察知した共和国軍側でも混乱が起きていた。

「別動隊は今もイースタンの裏側で交戦中です」


「まさか敵も同じ事を考えてるとはね。ここは敵の奇襲を防ぐ事ができたと喜ぶべきか。それともこちらの奇襲が阻止されたと嘆くべきなのか」


「提督、艦隊の前面に展開しているライトニング部隊も身動きが取れずにいます。このままでは艦隊同士の決戦となってしまいます」


 副官ニールズの言葉を聞いたグランベリーの表情はやや険しいものになる。

「まずいわね。艦隊決戦ではこちらに勝ち目は無いわ。・・・イースタンの衛星軌道に沿って後退よ!」


 共和国軍艦隊は後退を始めた。

 しかし、ネオヘル軍艦隊の追撃の手は苛烈を極め、艦隊からの艦砲射撃とフォートレスからのビーム攻撃は共和国軍艦隊にじわじわとダメージを負わせていく。


「第6ライトニング大隊、損害多数により戦闘継続困難!」


「一旦、下がらせなさい!」


 ライトニングは攻撃において真価を発揮する機体であり、守勢はあまり得意とは言えなかった。

 対してフォートレスは射撃戦が専門なので、逃げ回るライトニングを撃ち落とすのはお手の物だったのだ。


「提督、敵フォートレス部隊が更に前進!このままでは戦機兵ファイターの損害が増すばかりです!ここは撤退して一度態勢を立て直すべきではありませんか?」


「ダメよ。もう少し。もう少しだけ踏み止まりなさい」


 このままでは、戦力を少しずつ削り取られるばかりで勝機を完全に失ってしまう。

 そんな危機感が艦橋を包み込むその時、索敵オペレーターが声を上げた。


「敵艦隊の更に向こうに熱源多数を確認!これは、我が軍のライトニング部隊です!別動隊の到着です!」


 駆け付けた別動隊のライトニング部隊は、ネオヘル軍艦隊に背後から高エネルギービームを放った。

 戦艦の背後は、艦の心臓とも言える機関部に直結しているスラスターなどの推進装置を抱えているものの、その守りは構造的にどうしても脆くなっている。


 そこを狙って戦艦を一気に仕留めに掛かるライトニング部隊の奇襲は正に効果的であった。

 機関部に損傷を負わされてネオネル軍艦隊の後衛に陣取っていた戦艦5隻をあっという間に航行不能に追いやったのだ。


 索敵オペレーターの報告を受けてグランベリーは安堵の息を漏らす。

「ふう。何とか間に合ったようね」


 彼女が完全に撤退しようとはせずに、あくまでこの宙域に留まり続けたのは、別動隊が駆け付けるための時間を稼ぐ意図があったからだった。

 しかしグランベリーは、これで勝利を掴めたとまで楽観的には考えていない。


「とはいえ、別働隊も万全の状態での奇襲には失敗しているし、あのまま敵艦隊を壊滅。なんて都合よくは行きそうにないわね」


 別動隊同士の遭遇戦。

 爆撃装備のフォートレス部隊は、ライトニングから見たら動きが鈍く、格闘戦ドッグファイトでは優位に戦えるが、その格闘戦ドッグファイトが始まる直前の会敵時における初撃は、長射程で精確な射撃が行えるフォートレスに先手を許す事になり、そこで多くのライトニングが撃墜されていた。


「全部隊に通達!敵艦隊の混乱に乗じて一時撤退!ポイントアルファの座標にて再集結するわ!」


 グランベリーは撤退を指示した。

 無線通信を通して全部隊に通達が行くと同時に、撤退を意味する信号弾が旗艦グラディエーターより打ち上げられる。


 それを受けて、共和国軍艦隊とライトニング別動隊はそれぞれネオヘル軍艦隊に背を向けて撤退。

 そして戦闘開始前に、“ポイントアルファ”として指定された座標に向けて移動した。


 ネオヘル軍艦隊は別動隊の襲撃による混乱から、本格的に撤退を始めた共和国軍を追撃するのは断念し、これを以って“ミッドファル星系の戦い”は終了となる。


 しかし、共和国軍もネオヘル軍も艦隊戦力の大部分は健在と、ほぼ引き分けのような結果に終わった事から、後に“エディンバラ戦役”と呼ばれるエディンバラ大公国を巡る新たな戦いが幕を開けるのだった。

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