分裂する帝国

 “ニヴルヘイム要塞、陥落”

 “帝国総統ローエングリン公、死去”


 この2つの報は、あっという間に銀河中を駆け抜けた。


 帝都キャメロットにてローエングリンの留守を預かっていた副総統ゲーリングは、その知らせを閣議の真っ最中に他の閣僚達と共に聞く事となった。


「そ、総統閣下が、そんな馬鹿な……」

 ゲーリングはしばらく呆然とした。


「副総統、総統閣下が亡くなられたという事は、今よりあなた様がヘルの代表です。どうかご指示を」

 そう言ったのは情報大臣ゲッベルスだった。

 彼はローエングリン総統と帝国軍の主要戦力のほぼ全てを失った事に、誰よりも速く、誰よりも強い危機感を覚えたのだ。


「あ、ああ。トラファルガーでの大敗はもはや隠し切れまい。だが、総統閣下の件だけは誤報であると報じるのだ。それからガウェイン提督には可能な限りの戦力を引き連れて帝都キャメロットへ戻るように伝えろ。帝都さえ抑えておけば押さえておけば、盛り返すチャンスはまだある」


 そうは言いつつも、ゲーリングの脳裏には諦めのような感情が芽生え、別の道を模索すべきではないかと思いつつあった。

 即ちトラファルガー共和国との講和条約締結への道の模索である。



─────────────



 ゲーリング達が閣議で今後の方針を協議している頃。

 ニヴルヘイム要塞を脱出したボルマンとシャーロットは、ガウェイン提督よりも早くキャメロットへと帰還した。

 そしてローエングリンの命令に従ってエフェミアの下を訪れた。


「総統閣下より、自身にもしもの事があればエフェミア様にこれを渡すように、とこのシャーロットめが手紙を預かっていたようです。どうぞ、お受け取り下さい」

 そう言ってボルマンは、シャーロットが預かっていたという手紙をエフェミアに手渡す。

 普段であれば、なぜ手紙を預かるのが自分ではなく、シャーロットなのだと苛立ちを覚えそうなボルマンだが、流石に敬愛する主君の死を前にして、そんな感情は湧き起らなかったらしい。


 その手紙を受け取ったエフェミアは、その場で中身を開封して目を通す。

 そこに書かれている内容を読み進める内に、エフェミアは目から涙を零した。


「あなた様の目指しておられた世には、あなた様の居場所は端から無かった。そういう事なのですね」

 絞り出すような声でそう言うと、エフェミアは堰を切ったように涙が溢れ出して膝から崩れ落ちる。


 手紙の内容を知らないボルマンとシャーロットは一体どうしたのかと不思議そうな顔をし、お互いに相手の顔を見る。

 そしてボルマンがエフェミアの手にしている手紙を受け取り、シャーロットと2人でその内容を確認した。


「クスッ! 大事な妻に故郷である地球に帰れとは、何とも寂しい遺言ね。ここは自分の意志を継いでヘルを支えてくれ、って言うところだと思うけど」


「馬鹿者! これは遺言ではない! 遺言などと、それではまるで、総統閣下は御自身の死を予期していたようではないか」

 エフェミアに続いて、今度はボルマンが涙を流して泣き崩れた。


「はぁ~。やれやれ。困った副官殿ね。それでエフェミア様。どうします?その手紙通り故郷へ帰りますか?」


「あのお方がそう言われるのでしたら従いましょう。私はコーネリアス様の妻ですから」

 涙を袖で拭ったエフェミアは、そう言ってニッコリとした笑みを浮かべる。


「で、では、私もお供致します! 総統閣下の奥方であられるあなた様はこの命に代えてもお守り致します!」


「暑苦しい奴ねぇ」


「そういうお前はどうするのだ?」


「私の命はコーネリアスの物よ。本人がいないのなら、その妻に付いていくのが筋ってもんでしょ。コーネリアスもそれを望んでるだろうしね」



─────────────



 エフェミアの地球帰還が公表されると、ヘル党内部に1つの疑念が浮かび上がった。

 地球聖教はヘルと手を切り、トラファルガー共和国に加担するのではないか、と。

 こうなってくると、ゲーリングとしてはいち早く混乱を収束させる事が急務となる。そこでゲーリングは臨時閣議を開いてトラファルガー共和国との講和条約の締結を提案した。


「トラファルガー共和国との講和ですと! 馬鹿な。奴等は帝国を裏切り、総統閣下の命を奪った罪人ですぞ」


「その通りです。一体何をどうしたら、そういう話になるのです?」


「ここでトラファルガー共和国に尻尾を振るような真似をしては、それこそ敵対勢力の思う壺。ヘルの力が衰えたと銀河中に晒すようなものなのですから」


 閣僚の多くは、ゲーリングの提案に否定的だった。

 しかしその一方で賛同する者もいた。情報大臣ゲッベルスである。


「皆の言う事も分かりますが、副総統の提案は至極当然のものでしょう。グラナダでの敗戦で我が軍の戦力は大きく低下し、帝国全土を平定する力はもはや無いのですから。旧帝国貴族の残党どもがこれを機に面倒な事を起こす前に、トラファルガー共和国との戦いに終止符を打ち、国内の平定に力を注ぐべきと思いますが?」


「くぅ。そ、それは。……ガウェイン提督はどうお考えか?」


 今回の閣議には、軍部の代表という形でガウェインも出席していた。


「まだ辛うじて総統閣下のご威光が残っている今の内に打てる手は打っておくべきかと。……しかしながら、トラファルガー共和国との講和は賛同致しかねます」


「な、何だと!?」


「この状況で講和条約を締結しても、トラファルガー共和国を利するのみです。戦いはまだ終わってはおりません。如何に戦力が低下したとはいえ、全体数では今でも帝国軍の方が圧倒的に上なのですから」

 ガウェインとしては、亡き主君の敵討ちを望んでいた。

 敗軍の将としての汚名をそそぎ、総統を守り切れなかった失態を挽回したかったのだ。

 それはガウェインの個人的な希望であったが、思いを同じくする者は帝国軍には大勢いた。


「それでもし、また敗れるような事になったらどうする? 戦力だけでも優勢な内に講和の道を模索した方が良かろう」


 ゲーリングは反対する閣僚や軍部の意向を半ば無視してトラファルガー共和国との和平交渉を進める事を決定した。

 彼はローエングリンが認めた有能な政治家ではあったが、この危機的状況下でいきなり政権の舵取りを担う事となって激しい焦りを感じていたのだ。

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