決戦の終幕

「どういう事だ? なぜ総統閣下と連絡が着かんのだ?」


 旗艦ガラティーンの艦橋に、ガウェイン提督の声が響き渡る。

 ローエングリンより突撃機甲艦隊ストライク・イーグルを要塞の近くに封じ込めるよう命じられたものの、それ以降何の別命も無く、要塞にも何の変化も見られない事から、徐々に疑念を抱いたのだ。


「わ、分かりません。総統閣下が要塞より脱出したとの知らせもまだありません」


「……まさか、総統閣下の身に何かあったのか?」

 最悪の事態がガウェインの脳裏を過る。


「閣下、要塞を脱出した船の中に我々にでななく、直接その戦闘宙域から離脱する動きを見せたものが数隻あったようです。総統閣下はそれで既に安全な場所へとお移りなのではないでしょうか?」


 それはボルマンとシャーロットを乗せた脱出船だった。ローエングリンの命令により2人はガウェイン提督の下ではなく、エフェミアのいる帝都キャメロットを目指した。

 しかし、そんな事を知る由もないガウェインは幕僚の話に耳を貸したが、すぐに新たな疑問が浮かぶ。

「だがおかしいではないか。ではなぜ、要塞は今も健在なのだ? 要塞内の兵達も脱出もほぼ完了した。もういつでも要塞を吹き飛ばしても良いはず」


「総統閣下はまだ要塞内に居られるのか。それとも何らのトラブルで自爆が不可能になったのか」


 幕僚の出した2つ可能性を聞き、おそらくそのどちらかだろうとガウェインは考えた。

 そして思案の末、ガウェインは決断を下す。

「要塞の自爆は失敗したものと判断する! 全艦隊、砲撃しつつ前進! しかし、敵艦隊の背後にある要塞を極力傷付けないようにするため、艦砲のビーム出力は極力抑えるように!」


 ガウェインは、要塞への多少の被害は覚悟の上で攻撃命令を下した。

 ローエングリンがいるであろう中央指令室は要塞の中心部近くに設けられている。艦砲射撃を多少浴びたくらいでは、ローエングリンの身に危険が及ぶ事は無いだろう。

 それに、これだけの損害を被った以上、ここでトラファルガー共和国の実戦戦力は何としてでも叩き潰さなければならない。


 帝国軍艦隊は一気に攻勢へと出た。

 この攻撃から味方を守るために、ヴァンガード級宇宙超戦艦ヴィジラントが前に出て艦を盾となる。

 しかし、敵の攻撃から味方を身を挺して守り続けたヴィジラントのエネルギーシールドは限界寸前だった。


「もう一押しであの連合の亡霊を仕留められるぞ。ヴァンガード級に集中砲火を浴びせよ!」



 ─────────────



 ヴィジラントの撃沈が時間の問題となりつつあった頃、ニヴルヘイム要塞に強制接舷していたヴィクトリーにジュリアス達突入部隊が全員帰艦した。


「全艦、機関最大! 要塞を時計回りに進んで一旦後退だ!」


 ジュリアスの命令が突撃機甲艦隊ストライク・イーグル全艦艇に伝わる。

 しかし、艦隊が移動を開始した直後だった。


「ヴィジラントが沈みます!」


 オペレーターの1人がそう叫び、艦橋のメインモニターに各所で爆発が起き、炎に包まれていくヴィジラントの姿が映し出された。

 ヴィジラントの最期を、ジュリアスはただ静かに敬礼をして見送る。


 これでかつてその巨体と火力で銀河を疾走したヴァンガード級宇宙超戦艦、最後の1隻もこの銀河から消滅した。


 しかし、その間に突撃機甲艦隊ストライク・イーグルは退却の準備を整える事ができた。


「全艦、この隙に要塞から離れるぞ!ヴィジラントの犠牲を無駄にするな!」


 退却を始めた突撃機甲艦隊ストライク・イーグルを追撃すべく当然、帝国軍艦隊は前進しようとする。

 だが、突撃機甲艦隊ストライク・イーグルに追い付く最短ルート状には撃沈したヴィジラントの残骸が浮かんでおり、ガウェイン提督は迂回ルートを選択せざるを得なかった。

 それは些細な遅れで本来なら小さな誤差程度でしかないのだが、それでもガウェインは焦りを感じずにはいられない。


 一方のジュリアスは、敵の追撃を受けているにも関わらず、これという動揺は見られない。


「よし。いいぞ。そのまま付いてきやがれ」


 その様子を傍で見ているトーマスは「なるほどねぇ」とやや呆れた様子で声を漏らす。

「ジュリーの考えてる事が分かったよ。本当に悪知恵の働く奴だ」


「ふふふ。本当にそうですね」

 クリスティーナは楽し気に笑う。


「流石は俺の生涯の親友だぜ! よく分かってる!」

 ジュリアスも嬉しそうに笑った。


「ちょ、ジュリー、皆の前でそんな風に言うのは止めてよ。恥ずかしい」


「えー。良いだろ、別に。俺達親友じゃないか」


「そうだけど、……あぁ、もう良いよ」

 諦めたトーマスはあっさりと引き下がる。


 3人が楽しそうに会話を展開する中、ハミルトンが恐る恐る伺いを立てる。

「あ、あの、どういう事かご説明頂けませんか?」


「見てたらすぐに分かるさ。まあ、大船に乗ったつもりで待っててくれ!」


「は、はぁ」

 ジュリアスは大言を吐く事はあっても、虚言を吐くような人ではない。

 その事をよく熟知しているハミルトンは、この無邪気な指揮官を信じて深く追求はしなかった。


 各所で爆発が起き、グラナダの引力に引かれつつあるニヴルヘイム要塞を沿うように時計回りに航行して退却しようとする突撃機甲艦隊ストライク・イーグル

 それを追撃しようとする帝国軍艦隊。


 やがて帝国軍艦隊はニヴルヘイム要塞のすぐ横を通り、突撃機甲艦隊ストライク・イーグルは徐々に要塞から距離を置いていく。

 それはたまたまそうなったのではなく、ジュリアスがそうなるように全て計算した上で艦隊の針路を設定していたのだ。


 そして頃合いを見計らってジュリアスは自身のブレスレット端末を起動し、表示されたボタンを押す。


 その直後、オペレーターの1人が声を上げる。

「ニヴルヘイム要塞内で高エネルギー反応を検知! これは、ギガンテス・ドーラです!」


「何だと!?」

 ハミルトンは動揺して声を上げる。

 そしてジュリアス達に視線を向けるが、3人の元帥が平然としているのを目にしてハミルトンはようやく先ほどのジュリアスの言葉の意味を理解した。


 その時、小惑星の衝突で砲台を激しく損傷したギガンテス・ドーラは、膨大なエネルギーが適切に発射口へと向かわずに内部で蓄積され、それが限界に達した。

 要塞は一瞬にして内部から破裂するように爆発した。それはまるで小さな超新星爆発のようで、激しい光と共に激しい爆風と残骸の波が周辺に拡散される。


「全艦、エネルギーシールドのパワーを全て艦尾に集中させろ! 全速前進だ!」


 元々背後から迫る敵の追撃を防ぐために、突撃機甲艦隊ストライク・イーグル各艦はシールドのエネルギーを艦尾に集中させていた。多少の残骸の衝突は大丈夫だろう。また、要塞を背にしている事から爆風は都合の良い追い風となって艦隊の速力を一気に上げた。



 一方、間近で爆発に晒された帝国軍艦隊は悲惨だった。

 艦隊の3割は爆発に呑み込まれて消滅。残る7割も爆風と残骸を浴びて艦列が大きく乱れ、中には機関部などを損傷して航行不能になる艦も多数あった。

 ガウェインの旗艦ガラティーンも主砲に残骸が命中してしまい、航行自体には問題無いものの、戦闘能力は大きく低下した。


「なんて様だ」

 ガウェインは自軍の惨状を苦々しい思いで確認する。


「戦艦テルリオンのシグナル消失しました!」


「何!?」


 それはニヴルヘイム要塞から脱出したヒムラーとグデーリアンの2人を受け入れた艦だった。2人の安全を考えて艦隊の中では後方に布陣していた事が、完全に仇となる結果となってしまった。


「提督、もはや我が軍は艦隊としての体すら成しておりません。このままでは、戦闘継続は困難かと」


「くそッ!」

 ガウェインは声を荒げて床を蹴る。

 そして軽く深呼吸をした後、全軍に撤退を指示した。


 後に「グラナダの戦い」「トラファルガー決戦」などと呼称されるようになるこの会戦は、ここに幕を閉じる。

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