親友との絆

 ギガンテス・ドーラのエネルギーチャージが進む中、その負荷が要塞中の電気系統に及び、要塞各所で不調を起こした電気系統が爆発をし始めた。

 それはあくまで局所的なトラブルであり、要塞そのものを破壊しかねないほどのものではない。

 とはいえ、爆発によって通路が塞がれるなどして脱出路が断たれたり、爆発自体に巻き込まれる危険もあるので、このまま要塞に留まるのは利口とは言えないだろう。


 そんな中、アドルフの言葉が、ローエングリンの口から高らかに宣言され、中央指令室に響き渡る。

「さあ。ジュリアス・シザーランド。いや、アドルフ・ペンドラゴンよ。武器を捨て、余の下へ来るが良い。その瞬間、古き帝国の時代は幕を閉じ、新たな帝国が始まる! 300年前、全ての人類が望んだ、真の帝国が!」


「……」

 ジュリアスから戦意が薄れて、光子剣フォトンサーベルを握る右手の力が弱まる。それにより、エネルギーで生成された剣は消失した。

 そしてアドルフの言う通り、1歩前へと踏み出す。


「ジュリー!」


「え?」

 聞き慣れた声を耳にしたジュリアスは、咄嗟にその声がした背後に顔を向ける。

 そこにいたのは扉から入ってきたトーマスとクリスティーナの姿だった。

「と、トムに、クリスも? な、何でここに?」


「何でって、ジュリーを追ってきたからに決まってるだろ」


「ええ。ジュリーは放っておくと、いつも1人でどこかへ行ってしまうんですから、まったく困ったものです」


 トーマスとクリスティーナはやや怒った口調で言うも、ジュリアスは2人の言葉が何よりも嬉しかった。今にも泣き出してしまいそうなほどに。

 しかし、涙を堪えて、ジュリアスは再び視線をアドルフに向けた。


「アドルフ・ペンドラゴン! 俺はあんたじゃない! いくら血が同じだろうと。遺伝子が同じだろうとな!」


「ほお。では、そなたは自分を何者だと言うのだ?」


「俺は、ネーナの家族で、パトリシアの旦那で、ネルソン提督の部下、そしてここにいるトムとクリスの生涯の親友だ! 他人を道具としか思っていないあんたとは違う!」


「下らぬ。余そのものであるそなたの言葉とも思えぬほど下らぬ! 友などと!」


「あんたには一生分かりやしないさ! 例え何百年生き続けたとしてもな! 俺にはこんなにも頼りになる親友がずっと傍にいてくれた。だが、あんたは誰もいない。1人っきりだ。そんな奴が皆を従えようなんてふざけるな! 人が人を思う心も忘れたあんたに支配者の資格は無い!」


 ジュリアスの話を聞く内に次第にアドルフは、苦々しい表情を浮かべる。

「余の分身が、余を否定すると申すか。余は8000億の市民に選ばれた皇帝ぞ! それを余の分身1人が拒絶するか!!」


「だから分かってねえって言ってるだ。1人じゃない。俺達3人だよ」


「では、余を拒んで、それからどうするというのだ? 帝国亡き後の銀河をどう治める? そなた等が作った共和国か? それとも旧貴族どもの帝国か? いずれによ。それでは世の混乱は治まらぬ。ようやく帝国の再興が完了へと向かい、平和な時代を迎えようとしているというのに、また戦乱の世を始めようと言うのか?」


「俺は、自分の玉座を守るために、貴族連合を作らせて50年もの内戦を始めるような奴の帝国を、正しいとは思わない。俺はあんたもあんたの帝国も認めない!」


「……左様か。ではその友と共に死ぬが良い、ジュリアス・シザーランド」


 落胆したという表情を浮かべるとローエングリンの姿にノイズが走り、一瞬にしてその場から姿を消してしまった。


「ま、まさか、立体映像?」

 いち早くトーマスが前に出て、ローエングリンが立っていた場所に向かう。

 そこで辺りを見渡すと、トーマスのいる所に投影機が向いている立体映像装置を見つけた。


「どうやら総統は既に脱出して、立体映像を介して話していたようですね」


「って事は、あのギガンテス・ドーラの発射トリガーも偽物かよ」


 その時だった。中央指令室の一角で爆発が起きた。

 損傷したギガンテス・ドーラに蓄えられる膨大なエネルギーが不安定になり、要塞中の電気系統に悪影響を及ぼしているのだ。

 爆発の規模は小さなもので、ジュリアス達のいる場所からは少し離れた位置での爆発だったため、ジュリアス達に怪我は無い。

 しかしこれ以上、要塞に留まるのは危険と考えるのには充分だった。


「ジュリー、ここにいるのは危険だ。僕等も避難しよう!」


「避難したところでギガンテス・ドーラが暴走したら、それまでだ!」

 ジュリアスは中央指令室に多数並んでいる端末の1つへと駆け寄ってそれを起動する。そして自身の左手首に付けているブレスレット端末も起動させて、2つの端末を同時に操作し始めた。


「ジュリー、何をしてるの?」


「あいつがやったハッタリを、俺が実行してやるのさ!」


 トーマスとクリスティーナは、ジュリアスの悪戯っ子のような笑顔を見て、このような危機的状況にも関わらず思わず笑みを零した。


「とはいえ、うまく行く保障は無い。2人は先に脱出してくれ」


「何言ってるんだ!」

 ジュリアスの言葉を聞いたトーマスは、険しい剣幕でジュリアスに詰め寄る。


 その勢いに流石のジュリアスも驚いて、ついたじろいでしまう。

「な、何だよ。ビックリするなぁ」


「ジュリーこそ今更、1人で抱え込もうとしないでよね!」


「そうです。私達は生きるも死ぬも一緒。何度も言ってるでしょ!」


「そ、そうだったな。ごめん。それじゃあ3人で一緒に生きて帰ろうぜ!」



─────────────



 ニヴルヘイム要塞のとある廊下。

 各所で爆発が発生し、振動が響き渡る中、ローエングリンは脱出船に向かって歩いていた。


「はぁ、はぁ、はぁ。くッ」


 壁に手を付いて、重たい足取りで進むローエングリンは、ついに力尽きたかのように、壁を背にして座り込む。


「はぁ、はぁ、どうやら、ここまで、か」


 ローエングリンは特に負傷したというわけではない。

 外傷はまったく無いのだが、問題は身体に中にある。今、ローエングリンの身体にはローエングリン自身とアドルフの2つの魂が同居していた。

 それは意図してそうなったのではなく、緊急で転生の儀を強行したために起きた事だった。

 その結果、ローエングリンは二重人格のような状態になってしまったのだが、問題はそれだけではない。

 身体が2つの魂という不自然な状態に耐えられないのか、日に日に衰弱していったのだ。この戦いが始まる直前には手足の感覚が無くなり、手足を普段通り動かす事すらできなくなっていた。

 常に彼の傍らにいるボルマンやヒムラーに、それを悟られないように細心の注意を払っていたローエングリンだが、ついに限界が来たらしい。


「まさか、こんな形で終わりを迎えるとはな」

 ローエングリンが自嘲気味に笑う。

 すると彼の頭の中にアドルフの声が響き渡った。

 《まだ終わらぬ!終わらせてはならんのだ!》


「……人の一生に限りがあるように、国家にも寿命というものがある。それが歴史の常。銀河帝国もその例に漏れる事はなかった。それだけの話ですよ。陛下の帝国は、限界を極めて天寿を全うした。そうは考えられませんか?」

 ローエングリンの望みは、人類社会の平穏でも、まして帝国の繁栄でもない。

 銀河帝国が続く限り、アドルフ・ペンドラゴンの目指した世の実現に尽力する事。

 アドルフの身勝手な支配欲に基づく意志を体現して、かつてアドルフを皇帝にした銀河連邦市民の決断を嘲笑ってやろう。そんな捻くれた事を考えながら、これまでずっと生きていた。

 だが今、銀河帝国はその命数を使い果たし、滅亡へと向かっている。

 しかも、それを実行したのはアドルフと同じ遺伝子を持つジュリアス・シザーランド。何という皮肉な話か。


 《認めぬ! 余は支配者! 銀河帝国皇帝アドルフ・ペンドラゴンなるぞ! 余に終わりなど、あるはずがない!》


「陛下、以前に私が言った事を覚えておられますか? 私は、ジュリアス・シザーランドを初めて目にした時、彼から直感で力を感じたと申し上げたのを。銀河連邦を滅ぼし、銀河帝国打ち立てた、あなたと同じ力を」


 《な! ろ、ローエングリン公、貴様、まさか、》


 朦朧とする意識の中で、ローエングリンは何も無い宙に手を伸ばす。

「願わくば、帝国亡き後の銀河がどんなものか、見てみたかった。エフェミア、私の代わりに見ておいておくれ」


 その時、ローエングリンの近くで爆発が起きた。

 その衝撃でローエングリンの座り込んでいる場の真上の天井が崩落し、ローエングリンはそれに巻き込まれてしまう。

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