講和条約
帝都キャメロットより副総統ゲーリングの親書を携えた使者が、惑星トラファルガーを訪れた。
ゲーリングの親書を受け取ったジュリアス達は、早速政府及び軍の幹部クラスを集めて会議を開く。
本来であれば、ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人による三人委員会で論じても良いのだが、このような大事な事案には皆の意見も聞くべきだというトーマスの提案もあって急遽皆を招集した。
この会議で最初に口を開いたのは突撃機甲艦隊(ストライク・イーグル)第2艦隊司令官ヴィクトリア・グランベリー中将だった。
「講和というなら、私は大歓迎よ。正直、艦隊の皆もかなりくたびれてるわ。それにグラナダでの戦いでの損失も大きかったしね」
グランベリーに続いて第3艦隊司令官アレックス・バレット中将も講和には前向きな姿勢を示す。
「確かに。特に旧ウェルキン艦隊の連中は、提督が亡くなった事で上の空になってる奴が大勢いる。今また帝国軍が攻めてきたら、かなりの犠牲を覚悟せきゃならんだろう」
艦隊の状況から見て、2人の提督の意見は一致した。
そんな中、副大統領ヴィンセントが政治家としての立場から意見を述べる。
「私も講和には賛成します。今の共和国の財政状況を考えますと、これ以上の戦争継続は困難です」
ヴィンセントの言葉に、他の政治家達も頷いて同意する。
「では皆様、講和条約の締結自体に異論はありませんね?」
クリスティーナが問うと、皆は「異議なし」と口を揃えて返す。
「よし! それじゃあ次は条約の具体的な内容についてだな」
「うん。そうだね。まずは帝国から出された講和の条件について確認しようか」
トーマスがそう言うと、会議室に設置されている大きなメインモニターに、ゲーリングの親書に書かれていた講和条約の条件が映し出される。
そこに書かれている内容は要約すると以下の通りとなる。
・銀河帝国はトラファルガー共和国の主権を認める
・銀河帝国とトラファルガー共和国の戦闘行為の停止
・戦争責任の追及及び賠償金の請求は一切無し
・帝国軍と共和国軍は双方協議の上で宇宙戦艦の保有数に制限を設ける
・ギガンテス・ドーラのような大量破壊兵器の開発及び使用の禁止
その内容を確認したバレットは鼻で笑う。
「大量破壊兵器の開発及び使用の禁止ね。使った側がそれを言うのもおかしな気がしますが」
「でも僕等にとってはありがたい話だよ。どの道、このトラファルガー共和国の国力じゃあ大量破壊兵器の開発なんてそもそも無理だからね」
トーマスの言葉に皆も頷く。
ニヴルヘイム要塞とギガンテス・ドーラ自体、極秘裏に進めていたとはいえ、帝国軍の力を以ってしても30年という時間を開発・建造に要したのだ。
トラファルガー共和国の国力を考えれば、宇宙戦艦や戦機兵(ファイター)の開発に力を注ぐ方がよっぽど現実的である。
「デナリオンズの残党などを引き渡せと言ってこない辺り、向こうもかなり慎重になっていると見受けられます。ローエングリン総統であれば、そう言ってこちらに揺さぶりを掛けて内部分裂を促すくらいの小細工はしてきそうなものですから」
ヴィンセントがそんな事を言うと、ジュリアスは不機嫌そうにして「あいつは性格が悪いからな」と吐き捨てるように言った。
「あはは。それはそうと、僕はこの条約案を受け入れても良いと思うけど、皆はどうかな?」
「共和国の主権を帝国が認めるって言うなら、収穫としては充分なんじゃないかと俺は思う。ただ、これをそのまま受け入れるってのも芸が無いよな。何かこっちから要求を突き付けた方が強気の姿勢も示せて良いんじゃないか?」
ジュリアスの提案にクリスティーナも「確かに」と呟く。
「しかし、あまりに過大な要求をしてはせっかくの講和を台無しにしてしまう恐れがあります。要求と言っても一体何を求めるのですか?」
「……俺達に関わっていた事が原因で国家保安本部に捕らえられていた人達とその家族を全員、このトラファルガー共和国で受け入れたい。勿論、向こうがそれを望めば、だけどな」
少し悩んだ後、ジュリアスは真剣な眼差しで言う。
以前行われたヒムラーの大粛清によって、ジュリアス達の関係者の多くは監獄星アルカトラズに収監されていた。
今はローエングリンによって釈放されているものの、肩身の狭い思いをして日々を過ごしているに違いないだろう。そんな彼等に安住の地を提供するのは自分達の責務だとジュリアスは考えたのだ。
「もしこれが通れば、クリスの父上、ヴァレンティア伯爵とも再会できるかもしれないぞ」
ジュリアスの提案に即座にトーマスが賛同した。
「確かにそれは良いアイデアだね!」
トーマスに続き、ヴィンセントもジュリアスの提案を好意的に捉えた。
しかし、2人の意図にはやや違いがある。
トーマスは純粋にクリスティーナに父親と会ってもらいたいという思いからだった。
しかし、ヴィンセントは旧
講和が成立するとトラファルガー共和国は、これから国家建設を本格的に推し進めなければならない時代に突入する。
それには有能な人材は1人でも多いに越した事は無い。
こうして、トラファルガー共和国は銀河帝国との講和条約の締結を決定した。
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会議が終わり、ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人が並んで大統領府の廊下を歩いていると前からジュリアスの婚約者であるパトリシア・ネルソンが姿を現した。妙に不機嫌そうに頬を膨らませて。
「あ、あの、パトリシア、何かあったのか?」
恐る恐る伺いを立てるジュリアス。
「何かあった!? 何と情けない。愛する妻をずっとほったらかしにしておいて」
ここしばらくはずっと仕事が忙しくてパトリシアとは顔を合わせても軽く挨拶をする程度の日が続いていた。
端から見れば、とても婚約者同士のやり取りとは思えないだろう。
「あ! す、すまん! 悪気は無かったんだよ!」
身に覚えがあったジュリアスはすぐさま頭を下げて謝罪した。
「悪気が無ければ何をしても許されるのかね?」
「うぅ。そ、そんな事は無いよ。勿論」
「ふん。まあいい。では罰として今日は私に付き合ってもらうぞ」
「あ、ああ。分かったよ。でも、今すぐってわけには、」
ジュリアスがパトリシアの要望を受諾すると、後ろからトーマスが手をジュリアスの肩に乗せる。
「後は僕とクリスでやっておくから、ジュリーはちゃんと奥さん孝行してあげなよ」
「お、奥さん孝行って、俺達まだ結婚してないんだけど」
「何を言いますか。結婚の有無はともかく、今の私達がこうしていられるのはパトリシアのおかげなんですから、大切にするのが男として当然でしょう!」
「おお。ジュリアスの親友にしては物事の道理を分かっているな」
パトリシアはニシシッと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「ま、まるで俺が常識が無いみたいじゃないか?」
「ほお。ジュリアスは自分が常識があると思っていたのかね?」
ジュリアスが言葉を詰まらせた。
すると、トーマスが口を開く。
「ジュリーに常識だって? もしあるなら、僕はこれまでこんなに苦労させられる事は無かったんだよ」
「確かにそれは言えてますね」
「な! 親友に向かって、何だその言い草は!」
「前にも言ったと思うけど、親友だからって何でも許されるとは思わないでよね」
「うぅ。トムの意地悪」
何も言い返せないジュリアスは、苦し紛れの抵抗を試みた。
しかし、それを目にしたトーマス、クリスティーナ、パトリシアの3人はほぼ同時に吹き出して笑い出す。
急に笑い者にされてジュリアスは一瞬苛立ちを覚えるも、楽しそうに笑う3人の顔を見ていると、次第にジュリアスにも笑みが零れる。
トラファルガー共和国の置かれている状況は今も厳しく、決して楽観視はしていられない。
如何に皇帝アドルフとローエングリン総統が倒れたと言っても、今だ銀河帝国は巨大な勢力であり、もし再び全面戦争となればどうなるかは分からない。
だが、ここにいる皆の力を結集させれば、きっとどんな困難でも乗り越えられる。ジュリアスはそう確信していた。
第一部・完
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