混戦

 ヴァンガード、撃沈。リクス・ウェルキン提督、戦死。

 その知らせが旗艦ヴィクトリーに届いた時、トーマスとクリスティーナは戦闘の最中ながら、せめてもの弔いとして共に短い黙祷を捧げた。


 目を開けて再び戦闘に全神経を2人が向けた時。

「ニヴルヘイム要塞の要塞表面に大きな爆発を観測! 我が軍の攻撃によるものと思われます!」


 それはジュリアスの乗るラプターEXが、ニヴルヘイム要塞の推進装置の1つを破壊した事で起きた爆発だった。

 ウェルキン提督のヴァンガードによる猛攻で帝国軍艦隊の防衛線に亀裂が生じ、ジュリアスはそこを一気に駆け抜けて要塞に取り付く事に成功したのだ。


 ニヴルヘイム要塞には赤道沿いに計24基の推進装置が搭載されている。

 これを半分に当たる12基も破壊してしまえば、ニヴルヘイム要塞は自力での航行が不可能になる。自力航行ができなくなるとニヴルヘイム要塞はグラナダの引力に引かれてグラナダの地表に墜落して消滅するというわけだ。


 ギガンテス・ドーラの暴発に巻き込まれて推進装置は6基が破壊されており、たった今ジュリアスが壊した物を加えると計7基。あと5基は最低でも破壊しなければならない。


「トム、艦隊を前進させて、私達も要塞への直接攻撃に出ましょう」


 クリスティーナがそう提案をすると、トーマスはそれに同意する。

「ウェルキン提督のおかげで、敵の防衛線に亀裂が入っている。今が攻勢を掛ける絶好の好機だと僕も思う」


「では決まりですね。全艦、最大戦速! 要塞の推進装置を、艦隊の火力を以って叩きます!」

 かつてはこの艦にて艦隊の指揮を執っていただけあり、非常に慣れた様子で指揮を執るクリスティーナ。


 突撃機甲艦隊ストライク・イーグルは、攻撃に特化されたグランベリー中将の第2艦隊を前面に立てて一気に攻勢に出る。

 トーマスの言う通り、帝国軍艦隊の防衛線はウェルキンの猛攻によって亀裂だらけであり、勇猛果敢なグランベリー中将の攻撃であっさりと突き崩された。



 ─────────────



 ニヴルヘイム要塞中央指令室では、オペレーター達の悲鳴が鳴り止まなかった。

「敵の攻撃で第13推進装置が破壊されました!」


「敵艦隊が味方艦隊の防衛線を突破! 要塞に接近中!」


「隕石の衝突で破損した区画で発生した火災の消火活動が進まず、今も各所に延焼しています! ダメージコントロール班より増員要請!」


「要塞表面に敵の戦機兵ファイター部隊が取り付きつつあります!」


 上げられる報告1つ1つにグデーリアン大将は的確に対処していく。その働きぶりは流石というほかないが、どれもこれもが後手に回っていると言わざるを得ない。


 そんな中、ローエングリンが不意に口を開く。

「ボルマン少佐、貴官に1つ頼みがある」


「は? は、はい。何なりとお申し付け下さい」

 こんな状況下で頼みとは一体何事かと思ったボルマンは、やや身構えながらローエングリンの口元に意識を集中させる。


「貴官にはシャーロットと共にニヴルヘイム要塞を降りて、帝都のエフェミアの下へ向かってもらいたい」


「は? な、なぜですか!?」

 まさかの命令にボルマンは声を荒げずにはいられなかった。


「落ち着け。何も遺言を託そうと言うのではない。このままでは要塞も危うい。戦いには勝つだろうが、要塞が落ち、辛勝ではヘルに歯向かおうと企む輩が出るやもしれん。それに備えてもらいたいのだ」


「でしたら、帝都に残っておられるゲーリング副総統にお命じになられれば良いでしょうに」


「荒事は文官のゲーリングには荷が重かろう。それにシャーロットはヘルにとって有用な人材だ。ギガンテス・ドーラも潰された今、ここに置いておくより、安全な場に移した方が良いのは当然だろう。故に信頼できる者に送り届けてもらいたい」


 ローエングリンがそう言うと、後ろの方に控えているシャーロットが声を上げる。

「嬉しい事を言ってくれるわね、コーネリアス」


「では総統閣下も共に参りましょう」


「最高司令官が司令部を離れたとあっては、兵達の士気を下げかねん」


「……」


「ボルマン少佐、帝国総統として命じる。シャーロットを連れて帝都に戻れ」


「了解、致しました、総統閣下」

 渋々ながらも、ボルマンは敬礼をして、ローエングリンの命令を受け入れた。

 そして名残惜しそうにしつつも、ボルマンはシャーロットと共に中央指令室を後にしようとする。


「シャーロット、後の事は分かっているな?」

 視線を変えずにローエングリンは不意にそんな事を言い出した。


 周囲の皆は何の事かと首を傾げるが、シャーロットだけは笑みを浮かべた。

「ええ。勿論よ!」

 無邪気な声でそう言うと、シャーロットはボルマンに連れられて中央指令室を退出した。


 そんな2人の後ろ姿を見送る親衛隊長官ヒムラーが、クスリと笑いながらローエングリンに声をかける。

「戦闘の最中に副官を避難させるとは。珍しい事をなさいますな」


「勘違いするな。先程の私の言葉に嘘は無い。必要と判断すれば私は何でもやる。それだけだ」


「は、はぁ」

 ローエングリンには悟られないようにしつつも、ヒムラーは小さく首を傾げる。


 そんなヒムラーの姿を見て一笑した後、ローエングリンはメインモニターに映し出されている戦闘の映像を見ながら呟く。

「お前なら私の狙いくらい分かってくれるだろ。なぁ、エルザ」

 ローエングリンは今は亡き桃色の髪をした少女の姿を思い浮かべるのだった。



 ─────────────



 戦闘宙域は次第にニヴルヘイム要塞の近隣に限定されるようになった。

 このままでは、突撃機甲艦隊ストライク・イーグルは要塞からの対空砲火と帝国軍艦隊からの艦砲射撃に挟まれてしまう。


 かと思われたのだが、実際には要塞の砲台はギガンテス・ドーラの暴発や小惑星の衝突によって大半が機能していなかったのだ。

 直接、被害を受けなかった区画でも電気系統に不調が生じるなどのトラブルが発生し、技術士官達が要塞内部を駆けずり回っていた。


 帝国軍艦隊も要塞との距離が近付くにつれて、要塞への誤射を恐れるようになり、砲撃の手を加減せざるを得なくなっていたのだ。


 これにより敵の只中に身を起きながらも突撃機甲艦隊ストライク・イーグルは意外な善戦を披露した。


 そんな中、1人先行していたジュリアスのラプターEXは、次の要塞の推進装置を破壊する。

「よし! これで2基目だ! このまま他の推進装置もぶっ潰してやるぜ!」


 意気揚々と要塞を赤道沿いに飛翔するラプターEXを落とすべく、要塞所属の戦機兵ファイター部隊が四方八方から襲い掛かる。


「俺を落とそうなんて百年速いぜ!」


 ジュリアスは、ラプターMk-IIを数段引き離す性能を誇るラプターEXをまるで自分の手足のように自在に乗りこなす。

 縦横無尽に飛び回って押し寄せる敵機を撃墜していく。

 とはいえ、圧倒的多数の敵に取り囲まれては流石のジュリアスでも多勢に無勢。劣勢は避けられない。だがそこへジュリアスに置き去りにされた護衛部隊が到着。戦線に加わった。


 ラプターEXを囲うのに必死になっていた帝国軍の戦機兵ファイターは、駆け付けた増援への応戦が一歩遅れてしまい、増援の先制を許した。


「司令長官閣下、あまり御一人で無茶をなさるのはお止め下さい」

 護衛大隊長グレイ中佐が叱るように言う。

 彼は旧ネルソン艦隊時代からジュリアス達と共に幾多の戦場を駆け抜けた仲であり、その口調は上官と部下という関係の割には親し気であった。


「いや~悪い悪い。でも助かったよ、グレイ中佐! 流石にここまで来ると防空網が厚い。援護頼むぞ!」


「はぁ~。了解しました」

 溜息を吐きつつ、グレイは上官の命令を受諾した。


 その時だった。コックピットに設置されているアラームの1つが音を鳴らす。

「な、何だ?」

 何事かと思ってジュリアスが画面に目をやると、それはニヴルヘイム要塞が移動を開始した事を伝えるものだった。


「要塞が移動を始めた? いや、これは、グラナダの引力に引っ張られているのか」


 推進装置が破壊されていったために要塞の姿勢制御が難しくなった結果、グラナダの引力に引かれ出したのだ。

 これは勝利が近付いた事を示すものではあるが、今のままではまだ不充分だった。


「グレイ中佐、この勢いで一気に行くぞ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る