ウェルキンの猛攻

 ジュリアスの搭乗するラプターEXを先頭に、突撃機甲艦隊ストライク・イーグルから出撃したラプター部隊は艦隊に先んじてニヴルヘイム要塞に強襲を仕掛けた。

 それより一歩遅れて後続の突撃機甲艦隊ストライク・イーグル所属のセグメンタタやシュヴァリエも攻撃を開始する。これ等の戦機兵ファイターは全て目視による敵味方の識別を容易にするために、カラーリングを全てスカイブルー色で統一されていた。


 これに応戦すべくニヴルヘイム要塞からも戦機兵ファイターが出撃した。

 そのほとんどはセグメンタタであるが、中にはラプターMk-IIの姿も見られた。ルナポリス造兵工廠で量産化が進められ、遂に突撃機甲艦隊ストライク・イーグル以外の部隊への配置も始まったという事だろう。


「いつかはこんな日も来るだろうと思ってたが、上等だぜ! ラプターの扱いはこっちの方がずっと慣れてるんだからな!」


 ジュリアスはスラスターを全開して単身敵陣に飛び込み、縦横無尽の戦いぶりを披露する。


「司令長官閣下、お待ち下さい! お一人では危険です!」


 ラプターEXのコックピットに設けられている無線機から護衛大隊の隊長アルバート・グレイ中佐の声が鳴り響くが、ジュリアスはそれをまったく聞き入れはしない。


「立ち止まってる方がよっぽど危険だ。ガンガン進むぞ!」


 そのまま押し寄せる敵を蹴散らしながら、前へ前へと突き進む。

 しかし、ニヴルヘイム要塞から出撃した戦機兵ファイター部隊の数は多く、質の面で見ても決して雑魚というわけではない。

 双方はどちらも一歩も譲らぬ激しい攻防を繰り広げ、ジュリアス達は目的の要塞に中々思うように近付けなかった。

 少しして、格闘戦ドッグファイトが展開されている宙域に帝国軍艦隊と突撃機甲艦隊ストライク・イーグルが急行。

 お互いの総力をぶつけ合う総力戦が始まった。


 要塞を守るべく陣形が整う前に急いで駆け付けた巡洋艦部隊の内の1隻が、不用意に突出したためにラプターMk-IIが放ったビームランチャーIIの高エネルギービームに艦体を貫かれて轟沈。

 敵のセグメンタタ部隊に四方八方を囲まれて、十字砲火に晒され撃墜されるラプターMk-II。

 俊敏に動き回るラプターMk-IIが右手に握る光子剣フォトンサーベルで敵のセグメンタタを両断する。


 どちらも一歩も譲らぬ激しい攻防を展開するが、長期戦になればなるほど共和国軍側の方が不利になるのは明らかである。


 この戦況を一歩離れた位置から見ていたウェルキンはある決断をした。

「機関最大! 敵艦隊の背後を突く!」


 現在、ヴァンガードには5隻のアリシューザ級宇宙巡洋艦が主砲の射線上を避けながら接近してきている。まともに戦艦同士で戦っても勝ち目は無いと判断したガウェイン提督は足の速い巡洋艦を差し向けてヴァンガードに対抗しようとしたのだ。


「巡洋艦の火力如き直撃をいくら受けてもこのヴァンガードはビクともしない。敵巡洋艦は強行突破する!」


 ヴァンガードは一気に速度を上げる。

 そして迫り来る敵巡洋艦を副砲群で応戦しながら、ニヴルヘイム要塞を大回りに迂回して敵艦隊の背後へと回り込んだ。

 本隊を援護すべく主砲で敵戦艦を撃沈し、敵の注意を分散させようと試みる。

 その戦いぶりは貴族連合軍の名将の名に恥じないものであり、ヴァンガードの巨体、火力、防御力を遺憾なく発揮して敵陣を掻き回した。


 しかし、必要以上に敵陣に食い込んだために、逆に四方を敵に囲まれて集中砲火を浴びるという危機に陥ってしまう。

 敵の注意を引くという目的は達成でき、敵艦隊にも多大な損失を与えはしたが、返り討ちにされるのは目に見えていた。


 旗艦ヴィクトリーの艦橋にて、司令長官のジュリアスに代わって艦隊の指揮を執っているクリスティーナは後退を促すべくヴァンガードとの間に通信回線を開いた。

「ウェルキン提督、貴官の活躍でこちらは戦線を立て直す事ができました。しかしこれ以上は貴官の身が危険です。一旦後退なさって下さい」


 クリスティーナの要請をウェルキンは一笑する。

「ヴァレンティア元帥、この艦の性能を甘く見てもらっては困りますな」


「で、ですが提督!」


「本艦の事は小官にお任せ下され。元帥は、お預けした私の艦隊を何卒宜しくお願い致します」

 そう言うとウェルキンは通信を切る。

 ウェルキンがふと視線を横に向けると、晴れ晴れとした笑みを浮かべるウィリマースの姿があった。


「妙に楽しそうだな。どうかしたのか?」


「いいえ。提督がそのように活き活きとされているのを久しぶりに見た気がしまして」


「そ、そうだったか?」


「ええ。やはり提督は戦場に立たれている時が一番輝いておられます!」


 敵軍の眼前にも関わらず、ニッコリとした副官の笑みを向けられてウェルキンも思わず笑みを零した。

「では、この一世一代の大会戦! 持てる全てを尽くして戦い抜こうぞ!」


 ウェルキンは更に艦を前進させて敵陣との距離を詰めた。

 戦艦をも沈める火力を有するラプターの餌食とならないように、艦の格納庫で待機中のシュヴァリエ隊も全て出撃させて直掩機に付かせ、艦の防空網を強化する。


「3時方向より敵巡洋艦3隻が接近!」


「10時の方角より敵戦艦2隻が急速接近!」


「針路を10時方向に向けろ! 主砲で敵戦艦を仕留める! 3時方向の敵には副砲群で応戦せよ!」


 敵艦隊の懐近くにまで飛び込んだヴァンガードは、四方八方から敵の攻撃に晒される。

 ヴァンガードの強固なシールドはその攻撃を悉く防ぐも、ダメージが次第に蓄積していき、それは無視できないものになりつつあった。


「提督、これ以上はシールドがもちません。そろそろ潮時かと」


「……止むを得んか。一旦後退するぞ」


 流石のウェルキンも後退を決意したその時だった。

「直掩機の防衛網を突破して敵戦機兵ファイター小隊が急速接近!」


「対空砲火で蹴散らせ!」


 ヴァンガードに設置されている無数の対空気銃が、一斉に迫り来る帝国軍のラプターMk-II3機に砲門を向ける。

 そこから放たれたエネルギービームの砲弾は雨の如く降り注ぎ、3機のラプターMk-IIへと襲い掛かるが、縦横無尽に飛び回るラプターMk-IIに命中させるのは至難の業だった。

 そして1機のラプターMk-IIがビームランチャーIIの銃口をヴァンガードに向けて高エネルギービームを放つ。

 その直撃を受けたヴァンガードのシールドは遂に負荷に耐え切れなくなる。シールドは部分的にほんの一瞬だけ消滅した。

 だが、その一瞬で艦の装甲が高熱で蒸発してしまう。艦体に亀裂が生じ、爆風が艦の内外を駆け抜けた。


 艦橋にも激しい振動が伝わり、皆がその場に伏したり、壁に捕まるなどして耐える。

 揺れが収まり切る直前にウェルキンは状況を確認するようオペレーター達に指示を出した。


 しかし、報告が上がるより早く、敵のラプターによる2撃目、3撃目がヴァンガードを襲う。

 艦の各所で、内部から爆発が生じ、熱と光の柱が装甲を突き破った。

 艦橋でも天井が崩落し艦橋要員の大半がその下敷きになってしまう。そしてウェルキン提督も崩れてきた天井と機材に下半身を潰され、致命傷を負った。


「提督!」

 幸いにも軽傷で済んだウィリマースは、ウェルキンの上に乗っている瓦礫の山から彼を救おうと試みる。


「待て。どの道、私はもう助からん」


「しかし提督!」


「総員に退艦を命じろ」


「では提督も一緒に参りましょう」


「良い。貴官等だけで行け。……なに、そう悲観する事は無かろう。私はエディンバラ貴族連合のウェルキン侯爵家に生まれてよりずっと戦場を己の居場所としてきた。だが、その連合がこの銀河から消え去り、一時は己の道すら見失いかけていた。そんな私が、最期を迎える場として、これ以上の場があろうか? それに、たった一星系だけで、銀河の全てを相手取るなどという酔狂な連中と共に戦えて、私はそれなりに楽しかった」


「提督……」


「後は頼む」

 副官に看取られながら、リクス・ウェルキン提督は静かに、そして満足そうに息を引き取った。

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