ジュリアスの秘策
「あの時とあべこべだな」
ギガンテス・ドーラに一撃を加えて、大損害を与えるという戦果を上げた超戦艦ヴァンガードの艦橋にて、ウェルキン提督が呟く。
「あの時、ですか?」
副官のウィリマース大尉が首を傾げながら問う。
「分からないか?バーミンガム星系の戦いだ。あの戦いでは、我が軍の機動要塞アンダストラは、光学迷彩で身を隠していたニヴルヘイム要塞の奇襲を受けて消滅させられた。あの時と似ているとは思わないか?」
「確かに考えてみるとそうですね」
「敵討ち、ではないが、これでクリトニー等あの戦いで散った者達の無念が少しでも晴れてくれれば良いのだがな」
「きっとそうなっていると思いますよ」
「そう祈るとしよう。尤もこの戦いに負けては彼等を落胆させかねん」
ヴァンガードは敵軍との距離を保ちつつ、敵艦砲の射程外から自身は主砲による砲撃を加えて敵の戦力を削り取るという戦法を取る。
─────────────
ギガンテス・ドーラに砲撃を受けたニヴルヘイム要塞は、一時的に要塞機能が停止。中央指令室も予備電源が作動して必要最低限の機能のみを残してシステムの大半が動かなくなってしまう。
ギガンテス・ドーラの大爆発の振動は、要塞の中心部に設けられている中央指令室にも激しく伝わり、転倒する等して負傷者が相次いだ。
ローエングリンは運良く負傷を免れたが、ボルマンは床に背中から倒れ込み、一時は呼吸が止まってしまう事態に陥った。
「くう。一体何があったのだ?」
ローエングリンが状況の説明を求める。
それにまず答えたのはシャーロットだった。
「私が設けた安全装置が作動したのよ。もしギガンテス・ドーラが暴発しそうになったら、要塞の全機能を一時停止させて誘爆を防ぐっていうね」
「つまりギガンテス・ドーラは潰されたというわけだな」
「まず間違いなくね」
次第にオペレーター達も要塞各所から集まってきた報告を読み上げ始める。
「ギガンテス・ドーラの太陽反応炉(アポロンリアクター)3基が破損!残り9基にも損傷が見られ、再発射は不可能との事です!」
「第1から第6推進装置が破損。要塞の航行は困難な状態です!」
中央指令室が状況確認に勤しむ中、接近中の小惑星群を迎撃すべくガウェイン提督は各艦隊の司令官及び各艦の艦長の判断の下で各個に小惑星群への艦砲射撃を命じていた。
全ての小惑星を撃ち落とす事は無理だとしても、少しでも要塞に衝突する小惑星を数を減らすために。
しかし、ただでさえ統制が乱れて数に見合った働きが難しい今、小さな小惑星を払うのが精一杯であった。
小惑星群の中央に陣取る一際大きな小惑星は、どれだけ砲撃を加えても軌道を逸らす事すらままならない。
小惑星群が間近にまで迫ると、ガウェインは艦を盾にしてでも要塞を死守するよう命じる。しかし、そんな命令を実行できる者はほぼ皆無と言ってよく、各艦は各々の判断で衝突回避に奔走。
それでもギガンテス・ドーラの暴発に巻き込まれて、思うように動けなくなっている艦の多くは、小惑星の直撃を受けて爆沈してしまう。
艦隊の攻撃を退けた小惑星は、ニヴルヘイム要塞に次々と衝突した。
小惑星はまるでミサイルのように要塞に命中してはこの周囲を吹き飛ばし、鋼鉄の装甲を粉砕していく。
中央指令室は、急いでシールド生成器(ジェネレーター)を復旧させて展開した。
要塞表面に張られたシールドは飛来する小惑星を次々と弾き返す。
エネルギーシールドの技術は、そもそも宇宙船が小惑星やスペースデブリから身を守るために開発されたもの。それが軍事利用されるようになって現代にいたるわけだが、決して万能ではない。同じ個所に幾つもの小惑星が衝突してダメージが蓄積するとシールドが破れてしまう事もあるし、ギガンテス・ドーラのような桁外れの高エネルギー帯や小惑星規模の大きな小惑星を防ぐのは困難だった。
ただでさえギガンテス・ドーラの暴発で要塞そのものが大きく損傷している今の状態では、シールドの出力が思うように上がらずに通常通りの防御力を発揮できていない箇所、そもそもシールド生成器(ジェネレーター)が作動せずにシールドが展開できない箇所もあり、全ての小惑星から要塞を守る事は不可能である。
そして最後に、小惑星群の中で最も巨大な小惑星がニヴルヘイム要塞に正面から衝突した。
ニヴルヘイム要塞に比べると遥かに小さい小惑星ではあるが、それでもドレットノート級宇宙戦艦の軽く数十倍以上の大きさを誇る。それほどの巨大な物体が超高速で要塞に衝突し、要塞の装甲にめり込んだ小惑星は、それからもしばらくはそのまま要塞の奥へ奥へと突き進もうとした。
やがて巨大小惑星は、要塞の巨体で受け止められてその動きを止める。
「状況確認を急げ! 全周警戒を厳に!」
ようやく揺れが収まった中央指令室にてグデーリアン大将が声を上げる。
一方、ボルマンはローエングリンの身を案じて声を掛けた。
「総統閣下、お怪我はありませんか?」
「あ、ああ。問題無い」
主君の無事に、ひとまず安堵の息をボルマンが漏らした。
その直後、中央指令室の警報が鳴り響く。
「背後の惑星グラナダの影より敵艦隊出現!」
索敵オペレーターが声を上げ、中央指令室に緊張が走る。
─────────────
惑星グラナダより姿を現したのは、突撃機甲艦隊(ストライク・イーグル)全戦力である。
突撃機甲艦隊(ストライク・イーグル)総旗艦ヴィクトリーでは、作戦の成功にジュリアスが喜び、子供のように飛び跳ねていた。
「よっしゃー! 思い通りうまく行ったぜ!」
「ふふ。流石はジュリーだね。本当に大したものだよ」
「ええ。悪知恵でジュリーの右に出る者はいませんね」
トーマスとクリスティーナが、作戦の立案者であるジュリアスを褒め称える。
ジュリアスは、アームストロング社から購入した大量の推進装置を、アンダルシアの小惑星帯に浮かぶ手頃な小惑星に取り付けて彗星の如く移動させて質量兵器とした。
しかし、これ自体がギガンテス・ドーラを潰すための囮だったのだ。
アームストロング社が新開発した光学迷彩装甲板を大量購入してウェルキンの旗艦ヴァンガードに装着。その姿を隠しながら、ギガンテス・ドーラの射線上に自ら入り込み、発射直前のギガンテス・ドーラにヴァンガードの主砲を撃ち込む。
それによりギガンテス・ドーラを暴発させて、あわよくば周囲を固める帝国軍艦隊も纏めて葬り去る。
それがジュリアスの作戦であった。
「ヴァンガードは単艦で、敵艦隊の有効射程外から主砲による砲撃を加えています」
オペレーターの報告を受けたジュリアスは意気揚々と指示を出す。
「いつまでもウェルキン提督1人に任せているわけにはいかない! 俺達も最大戦速でニヴルヘイム要塞に向かうぞ! 要塞の推進装置を全て破壊するんだ!」
ジュリアスの作戦はまだ続いている。
ニヴルヘイム要塞には計24基の推進装置が存在し、これは赤道沿いに等間隔で配置されていた。
これを全て叩いてしまえば、ニヴルヘイム要塞は身動きを取る事すらままならなくなる。
「ニヴルヘイム要塞の様子はどうですか?」
クリスティーナが問うと、艦橋のメインモニターにニヴルヘイム要塞の現在の軌道に関する情報が表示された。
それを目にしたクリスティーナは満足そうに頷く。
「ジュリーの作戦通り、ニヴルヘイム要塞は惑星グラナダの重力に引かれつつあるようですね」
「ああ。後は推進装置を破壊してやれば、ニヴルヘイム要塞はグラナダの重力に引っ張られて、グラナダに墜落。流石の要塞も星に落ちればただじゃすまないだろう」
グラナダは無人惑星であり、仮に宇宙要塞が墜落したとしても誰も困る事はない。
ニヴルヘイム要塞ほどの大型要塞ともなれば、艦隊戦力で陥落させるのはかなり困難を極めるだろう。であれば、惑星に墜落させてやろう。そうジュリアスは考えたのだ。
「問題は残る敵艦隊の動きと要塞の防空網がどれだけ生き残ってるかだね」
トーマスが目下の不安材料を口にする。
大損害を被ったとはいえ、未だに数だけでは帝国軍の方に分があると言って良い。
帝国軍艦隊が混乱を収拾して迎撃に全力を注げば、自分達の勝算はかなり低くなってしまう。また、仮に帝国軍艦隊の反撃が手薄だったとしても、ニヴルヘイム要塞には多数の対空砲台が設置されており、推進装置を破壊するために近付くには、分厚い弾幕の中へと飛び込む覚悟が必要となる。
「だからこそ敵が態勢を立て直す前に、敵を叩かないとな!」
「ってジュリー、まさかまた戦機兵(ファイター)に乗って出て行っちゃうつもりじゃないだろうね?」
「勿論出るさ! 今日はトムもクリスもいるからな!」
「まったく。ジュリーは相変わらずだな。ハミルトン准将もいつも大変だね」
「もう慣れております。ご心配なく」
薄っすらと笑みを浮かべながらハミルトンは言う。
彼の頭の中では、自分の役目はジュリアスの補佐、そして留守番役と既に諦めていたのだ。
一方、ジュリアスの小姓(ペイジ)として旗艦ヴィクトリーに乗艦しているネーナも声を上げる。
「ネーナもおります! どうぞ安心して出撃して下さい!」
「おう! 頼りにしてるからな。留守を任せるぞ」
ジュリアスが優しく声を掛けて頭を撫でる。
するとネーナはうっとりとした表情で「はい!」と元気よく返事をした。
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