トラファルガー決戦、開幕

 35個艦隊という途方も無い戦力を引き連れたニヴルヘイム要塞は、トラファルガー共和国の本拠地であるアンダルシア星系へと侵入を果たした。

 先のモーデル上級大将の大敗により、共和国軍が星系全域に広大な索敵網を敷いている事を掴んでいた帝国軍は、あえて通常航路を堂々と突き進む。


「さて。敵はどんな手で来る事か」

 ニヴルヘイム要塞の中央指令室にてローエングリン総統が呟く。その口調と表情はどこか楽し気であった。


 そんな彼の問いに答えたのは、今回主席幕僚としてローエングリンの補佐を務める事になったハリー・グデーリアン大将だった。

「シザーランド元帥は風変わりな戦術を好む指揮官です。しかし、ギガンテス・ドーラがある限り敵を発見次第すぐに葬り去る事が出来ましょう。当面は索敵に力を注ぐという事で宜しいかと」


「では艦隊を展開させるようガウェイン提督に命じよう」


 第一提督ファースト・アドミラルのガウェイン提督は艦隊の指揮に専念すべくニヴルヘイム要塞ではなく自らの旗艦ガラティーンにその身を移していた。


「いえ。艦隊戦力を分散させるのは得策とは言えません。ギガンテス・ドーラが惑星トラファルガーを射程に捉えた時点で我等の勝利なのですから、要塞の守りは艦隊に徹底させ、索敵はあくまで戦機兵ファイターのみで行うのが宜しいかと」


「なるほど。それで良い」

 ローエングリンは二つ返事でグデーリアンの提案を受け入れた。

 彼はあくまで政治家であって軍人ではない。軍事に関する事は、その道の専門家の意見を極力尊重しようというのがローエングリンの考えであった。


 それ以降、帝国軍は何の抵抗も受ける事なくアンダルシア星系の奥へと進軍を続けた。ニヴルヘイム要塞の巨体と鈍足を考えると、仮に共和国軍が星系内に厳重な索敵網を敷かなかったとしても捕捉するのは容易だろう。

 にも関わらず迎撃部隊が現れないという事は、どこかに陣を張って待ち構えている可能性が高い。

 しかしだからと言って、帝国軍はどうするでもなかった。敵が攻撃を仕掛けて来ようものなら、数倍の戦力を誇る帝国軍艦隊で蹴散らすだけの事。仮にそれを破られたとしてもニヴルヘイム要塞の防空網、そしてギガンテス・ドーラという切り札が帝国軍にはあるのだ。


 “前に進めば進むほど勝利に近付く”


 それが帝国軍の論理だった。


 そして帝国軍が第5惑星グラナダ付近の宙域を航行していた時、遂に帝国軍の索敵網に不審な影が引っかかった。

 帝国軍全軍に緊張が走り、ニヴルヘイム要塞の中央指令室ではその影の正体の確認を急ぐ。


「総統閣下、接近中の物体ですが、小惑星群である事が判明致しました」


「小惑星群だと?」

 グデーリアンの報告に、ローエングリンは不審な目を向ける。


「はい。大小様々な小惑星がおよそ100個ほど移動をしております」


 その小惑星群は真っ直ぐニヴルヘイム要塞に向かって移動しているという。ニヴルヘイム要塞はその巨体から僅かに引力を発しており、程無くして小惑星群はその引力へと引かれて確実に要塞への衝突コースに入るのだという計算が導き出された。


「しかし妙ですな。これほどの小惑星群がこのタイミングで現れるというのは」

 そう述べたのは副官のボルマン少佐だった。


 しかし、彼の疑問はすぐに解決する事となる。


「小惑星群の中に、人工的な熱源を確認!おそらくですが推進装置のようなものかと思われます」


 オペレーターの報告を受けてローエングリンは「なるほど」と呟いた。

「敵は小惑星を質量兵器としてこの要塞にぶつけようとしているに違いない」


「ふふ。そんなもの、今すぐに要塞の針路を変えて回避行動に出れて良いではありませんか。シザーランド元帥の悪知恵も底を突いたようですな」

 ボルマンは鼻で笑いながらジュリアスを嘲る。

 彼は以前よりジュリアスの事を内心で毛嫌いしていた。かつては主君ローエングリンに重用されていたジュリアスに嫉妬し、今ではそんな大恩のあるローエングリンに背いたジュリアスを憎悪している。


「いいや。そうとも言い切れん」


「え?」


「この要塞はあまりに大きく動きが鈍い。今から回避行動に出たところで果たして間に合うかどうか」


「総統閣下の仰る通りかと。付け加えますなら、艦隊の一斉砲撃で小惑星群の軌道を逸らす事も難しいでしょう。小さな小惑星ならともかく大きな小惑星はもはやどうにもなりません」


「で、では、一体どうすべきとグデーリアン大将はお考えなのですか?」


「苦肉の策ではあるが、ギガンテス・ドーラで小惑星群を焼き尽くす他ありますまい」


 そうは言いつつも、グデーリアンには別の懸念もあった。それこそが敵の狙いだという事だ。小惑星群で帝国軍の切り札であるギガンテス・ドーラを使用させ、再チャージまでの間に強襲を仕掛けるというのが敵の作戦なのだろうとグデーリアンは予想した。

 その事についても述べようとしたが、ローエングリンは既にその考えに至っているようだった。


「こうなっては仕方がない。敵の策に乗ってやるか。ギガンテス・ドーラの発射用意。艦隊には射線上から退避させろ。要塞の周辺で陣を組ませてギガンテス・ドーラがうち漏らした小惑星を艦砲射撃で粉砕するんだ。これに乗じて敵が出てこようものなら、小惑星と共に蹴散らすだけの事」


 グデーリアンもローエングリンの考えに異論は無い。というより他に選択の余地は無かった。


 ニヴルヘイム要塞は、進撃を停止。向きを変えてギガンテス・ドーラの砲門を小惑星群の方へと向ける。ギガンテス・ドーラは固定式砲台なため、目標を射線上に捉えるためには要塞そのものの向きを変えねばならなかった。


 やがて砲門の向きを小惑星群に向けたニヴルヘイム要塞はその場で制止する。

 艦隊も要塞を覆い尽くし、いざとなれば艦を盾にしてでも要塞を守る構えを見せた。


太陽反応炉アポロンリアクター12基、臨海状態に到達! 連動率も安定域の90%に達しました!」


「エネルギー充填、93%! 発射可能です!」


「撃て」

 惑星をも一撃で破壊してしまう威力を誇るギガンテス・ドーラの発射指示を、ローエングリンは淡々と眉一つ動かさずに述べる。


 総統の指令を受けた主砲制御室は、ギガンテス・ドーラ発射スイッチの安全弁を外し、そのスイッチを押した。

 それと同時に、主砲のエネルギーに悪影響を与えぬように、要塞表面に張られているエネルギーシールドがギガンテス・ドーラ砲台の周囲のみ部分解除される。

 鋼鉄の装甲で覆われた要塞の表面には12の光が円を描き、今にも膨大なエネルギーの塊が光の槍となって銀河を駆け抜けようとした。


 だがその瞬間、ニヴルヘイム要塞と小惑星群の間に突如、巨大な戦艦が姿を現した。

 それはウェルキン艦隊を象徴するヴァンガード級宇宙超戦艦だった。

 今、ニヴルヘイム要塞とヴァンガード級の間には何の障害物も存在しない。要塞主砲の射線上に入ってギガンテス・ドーラの巻き添えに会わぬようにと帝国軍の大艦隊は射線上から退避していた。

 そしてギガンテス・ドーラが発射される寸での所で、ヴァンガード級の戦艦すら一撃で屠る主砲が発射する。


 放たれた主砲のエネルギービームは、帝国軍艦隊の間隙を抜けて、発射直前のギガンテス・ドーラに命中した。

 シールドが解除されて無防備となっているギガンテス・ドーラ砲台を守る物は皆無に等しく、ギガンテス・ドーラは大爆発を起こす。

 蓄えられたエネルギーは発射ではなく、暴発という形で解き放たれた。


 暴発したエネルギーは、ギガンテス・ドーラ砲台を中心にニヴルヘイム要塞に大きなクレーターを生じさせ、さらに周囲に展開している艦隊にも襲い掛かる。

 凄まじい大爆発に呑み込まれて一瞬で消滅してしまう艦、爆発の衝撃で損傷してしまう艦、激しい爆風で艦のコントロールを失い僚艦に衝突してしまう艦。


 艦隊の指揮を預かるガウェインは、ギガンテス・ドーラからは比較的離れた場所に旗艦ガラティーンを布陣させていたため、艦が爆風に煽られて操艦が一時的に困難になる程度で難を逃れる事ができた。しかし、彼にとっての困難はこれからである。


「各艦隊で損害確認! 陣形を再編するのだ!」


 ガウェインは必死に艦隊の秩序回復に勤しむ。しかし、元が大艦隊であった事から1度混乱が生じると収拾するのは至難の業である。


「要塞との通信回線を開け! 総統閣下の安否を急ぎ確かめよ!」


 艦隊の総司令官としての職務に精励しつつも、ガウェインはローエングリンの身が心配でならなかった。

 しかし、通信オペレーターからは、通信障害が出ており要塞との回線が開けないとの返事が来るのみだった。

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