迫る決戦の時

 ニヴルヘイム要塞の主砲“ギガンテス・ドーラ”によって惑星ジュエルは跡形もなく粉砕。同惑星にて兵を挙げたウェストミンスター公以下大勢の旧帝国貴族は、ジュエルと運命を共にした。


 その報は、粉々になったジュエルの映像と共に銀河中に報じられた。情報大臣ゲッペルスが総力を上げてヘル政権の力を見せ付けたのだ。


 惑星を一撃で消滅させてしまうギガンテス・ドーラのその脅威的な破壊力を前にして、全ての人類が戦慄を覚えずにはいられなかった。

 そしてその脅威の矛先が今向けられようとしているトラファルガー共和国では、先の勝利の余韻など一瞬で消し飛んで厭戦気分が蔓延するようになる。


「これは非常にまずい状況です。一歩間違えれば、我々は同士討ちの末に自滅などという事もありえます」

 ジュリアスとトーマスを前にして、クリスティーナが暗い表情で呟く。


「そうやって心理的に人を追い詰める事も総統のやり口だからな」

 ジュリアスが舌打ちをした後に、そう吐き捨てるように言う。


「情報では、ニヴルヘイム要塞はもうこっちへ向かってるって話だよ。要塞の移動速度は艦隊に比べてずっと遅いから、アンダルシア星系に到達するのは3日後ってところかな」


「3日、か」


「迎撃準備の方はどうなってるんだい?」


「3日もあれば充分さ。たとえギガンテス・ドーラが星1つを吹き飛ばす破壊力があったとしても俺の作戦には特に支障は無いからな。問題ないよ」


「あの映像を見たってのに、ジュリーの自信はまったく衰えないんだね。流石だよ」


「トムは一々気にし過ぎなんだよ。敵がこっちの数倍、数十倍の戦力を引き連れてるって事実には何の代わりもないだろ」


「それはそうかもしれないけど、そう言えちゃうジュリーはやっぱり大物だね」


「違いますよ、トム。ジュリーは頭の螺子が何本か飛んでしまっているんです。だからこんな時でも呑気にしていられるんですよ」


「あはは。それは言えてるかもね」


「2人して、親友に向かって酷い言い様だな。もう少し優しくしてくれてもバチは当たらないだろうに」


「ふふふ。ですがそんなジュリーだからこそ、私はあなたを頼りにしているんですよ」


「え?」

 急に頼りにしていると言われて、ジュリアスは恥ずかしさから頬を赤くする。


 そんなジュリアスの分かりやす過ぎる仕草を見てトーマスは思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

「……。あ、そうだ。ジュリー、クリス、2人に1つ相談があるんだけどいい?」


「ええ。構いませんよ」


「あ、ああ。どうしたんだ、急に?」


 改まって一体何事だろうとジュリアスとクリスティーナの不思議そうな視線がトーマスに向けられる。


「今回の戦いは、僕も同行させてほしいんだ! また昔みたいに君と一緒に戦いたい! ジュリーが戦場で命懸けで戦ってるのに僕だけ安全な所で報告を待つなんてもうできないよ!」


「トム……。分かった! 一緒に行こうぜ!」


「うん! ありがとう、ジュリー!」


「というわけだ、クリス。留守番は任せたッ!」


 男2人で女のクリスティーナを除け者にした。そのような疎外感を感じたクリスティーナは眉を吊り上げて不機嫌そうにする。

「待って下さい! トムが行くと言うのでしたら私も行きます!」


「「え?」」


「2人して何を驚いているのです?私だってこれまでずっとジュリーと共に戦場に出たいという気持ちを我慢して職務に精励していたのですよ。トムにだけ抜け駆けは許しません!」


「で、でもさ。クリスまでトラファルガーを離れるのは流石に問題じゃないかな?」


「私などよりもずっとトラファルガーの世情に通じている副大統領のヴィンセントがいます。私がここを離れたとしても問題は無いでしょう」


 トラファルガー共和国を統べる3人の大統領には、制度上は特に優劣も役割分担も存在しない。しかし、ジュリアス達はまるで事前に示し合わせたかのように、次第にそれぞれの担当を持って采配を振るうようになった。具体的には、ジュリアスは軍事の全般、クリスティーナは行政の全般、トーマスはジュリアスとクリスティーナのサポート及び両者の間に立つ調整役という風である。

 それはジュリアス達が旧三元帥マーシャル・ロード時代に就いていた統合艦隊司令長官、軍令部総長、軍事大臣の職務にそれぞれ近しいものがある格好であった。


 いくら習慣的な役割分担とはいえ、個人的な事情でそれを覆せば、誰かの皺寄せが行くのは当然の事。今回の場合は副大統領のヴィンセントが貧乏くじを引く役回りになるだろう。

 人一倍責任感の強いクリスティーナがそれを考えていないはずがない。にも関わらず、このような事を言い出すという事はそれだけの強い思いがあるのだろうと、ジュリアスとトーマスは感じた。


「ったく! しょうがないな。また3人で戦場に立つか!」


「うん! そうだね。クリスも一緒に行こう!」


 旧三元帥マーシャル・ロード時代であれば、決してこのような事は許されないだろうが、今のトラファルガー共和国は良くも悪くも組織形態や制度が今だ開発途上であり、厳格さに欠けていた。本来であれば、この3人こそがこれ等を引き締めていかねばいけない立場にいるはずなのだが。

 これは、過去に類を見ない巨大な強敵を前にして、つい漏らしてしまった彼等なりの弱音でもあった。



 ─────────────



 2日後。帝国軍のアンダルシア星系到達を明日に控えたジュリアス達は、後の事をヴィンセント副大統領に託して惑星トラファルガーを発つ。


 トラファルガーの衛星軌道上にて艦隊を集結させ、突撃機甲艦隊ストライク・イーグルの面々が出撃に向けて最終確認に取り掛かっている中、クリスティーナとトーマスは久しぶりに旗艦ヴィクトリーの艦橋へと足を運んだ。


「少し前まで艦隊司令官としてこの艦に乗っていたというのに、何だか遠い昔のように思えますね」


「あれから色々な事があったからね。僕も同じ気持ちだよ」


 クリスティーナとトーマスは、そう言い合いながら艦橋を見渡す。


「クリス、久しぶりついでに司令官席にも座ったらどうだ? 元はクリスの席だったんだからな」

 そう言いながら、ジュリアスは自身の専用席を指差す。

 その椅子は今でこそジュリアスの物となっているが、以前はクリスティーナが、そしてその前はネルソン提督が掛けていた物であり、ジュリアスにとってもクリスティーナにとっても思い入れの深い場所だった。


「いいえ。ここはもうジュリーの席なのです。そのような気遣いは要りませんよ」


「言っておくが、俺も今回はこの席に座るつもりはないぜ。ここには本来の持ち主に座ってもらうつもりだからよ」


「本来の持ち主?」


「ネルソン提督さ。ここで提督には戦いぶりを見守ってもらうんだ!」


「ジュリー……」


「うん。そうだね。提督に救ってもらったこの命。どんな行く末を迎えるのかを提督にみててもらおう」


 ジュリアス達3人は空席となっている司令官席に向かって敬礼をした。

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