旧帝国の亡霊

「いやはや。それにしてもウェストミンスター公爵とはまたお懐かしい。まったく音沙汰が無いので、てっきり人知れずお亡くなりになったものと思っていましたが」


 トラファルガー共和国の幹部クラスを召集した会議の席上にて突撃機甲艦隊ストライク・イーグル第3艦隊司令官アレックス・バレット中将が呟く。

 帝国軍時代は少将だった彼だが、この前のジュリアスとウェルキンによる軍制改革を受けて今は中将の地位にいる。尤もこれは昇進とは言い難く、あくまで名目上の変更という意味合いが強いが。


 バレットの言葉で会議室に漂っていた緊張の様相が僅かに解れた中、クリスティーナが口を開く。

「ウェストミンスター公は私達との共同戦線を呼び掛けています。今日はこれに私達がどう答えるべきかを論じたいと思います」


 まず最初に発言を求めたのは、かつてはネルソン子爵家の下でトラファルガーの行政長官を務め上げ、今はトラファルガー共和国副大統領の地位に就いているジョン・ヴィンセント男爵だった。

「ウェストミンスター公とそこに集まっている旧帝国貴族の財力は侮れません。これを味方にできれば、日に日に浮き彫りになりつつある共和国の財政難は一気に片付くかと」


 如何に突撃機甲艦隊ストライク・イーグルが強力な艦隊であり、ジュリアスがいくら帝国軍を撃退したとしても、軍資金が無ければ戦う事すらままならない。

 今のトラファルガー共和国は、1つの星系の経済規模で銀河の全てを相手取ろうとしているのだ。万全の軍備を整えようとすると財政が圧迫されて赤字になるのは至極当然の事である。

 クリスティーナと共に共和国の財政政策を担当しているヴィンセントは、ウェストミンスター公の財力を取り込んでこの経済危機を回避できないものかと考えた。


 しかし、突撃機甲艦隊ストライク・イーグル第2艦隊司令官ヴィクトリア・グランベリー中将がヴィンセントの提案に警鐘を鳴らす。

「それは考えものね。ウェストミンスター公は尊大でプライドの高い御仁よ。下手に弱みを見せれば主導権を握ろうと躍起になるのは間違いないわ」


 グランベリーの意見にジュリアスも同調する。

「俺もそう思う。そもそもこっちと合流せずに別々で兵を挙げて共同戦線を張ろうと持ち掛けてきたのだって、俺達の風下に立つのを嫌っての事だろうかな。共に戦う相方としてはむしろ足手まといになるかもしれん」


 これから帝国軍の大部隊を相手に戦わなければならないという時に、身内で主導権争いに及ぶリスクを負うのは愚策というもの。


 ウェルキンもジュリアスと同じく慎重論を唱えるが、彼にはジュリアスとは別の懸念があった。

「現在、我が軍には旧デナリオンズの関係者も少なからずおります。彼等にしてみれば我々よりもウェストミンスター公に親近感を覚えるはずです。であれば下手に公爵と距離を置くのは彼等を刺激する事にも繋がるのでは? 敵の敵は味方と申しますし、表向きだけでも共同戦線を受け入れては如何でしょうか?」


「確かに。それも一理あるかもしれませんね」

 そう言ってクリスティーナが頷く。


「……」


「トム、どうかしましたか?」

 デスクの上に設置されている端末の画面をじっと注視しているトーマスにクリスティーナが声を掛ける。



「いや。ちょっとこれを見てほしいんだ」

 そう言いながらトーマスが端末を操作すると、皆の前に3Dディスプレイが1枚1枚表示される。そこには今、トーマスが見ている画面と同じものが映し出されていた。

 それは銀河系の航路図のようだった。


「ここが僕等がいるアンダルシア星系で、帝国軍のニヴルヘイム要塞はこの航路を通って進軍している。これだと帝国軍はちょっと道を逸れるだけでウェストミンスター公のいる惑星ジュエルに到達できるんだ」


「つまりトムが言いたいのは、帝国軍がここへ来る前にまずジュエルのウェストミンスター公を叩きに向かうんじゃないかって事か?」


「そう。それなら僕等が帝国軍の背後を突く事もできるかもしれないと思って」


「……ウェストミンスター公は財力はともかく武力の方はそう期待はできない。背後を突いたところで逆に敵の大軍に包囲されて返り討ちにされるだけかもしれんぞ。だったらまだ地の利のあるアンダルシア星系に敵を引き込んだ方が勝機があるってもんだ」


「では、話は自ずと決まりましたね。先ほどウェルキン提督が言われた通り、表向きだけ共同戦線を受け入れるという形で行きましょう」



 ─────────────



 地球を発したローエングリン総統は、アンダルシア星系に向けて進軍中のニヴルヘイム要塞に合流した。

 ニヴルヘイム要塞の中央指令室に入ると、第一提督ファースト・アドミラルヘンリー・ガウェイン上級大将が出迎える。

「お待ちしておりました、総統閣下」


「ご苦労。それにしても、要塞の外の艦隊はすごいものだな」


「はい。総統閣下が率いておられた艦隊を合わせますと、小官の第1総力艦隊を含めて3個総力艦隊の他に32個艦隊。私の知る限り、一方面にこれほどの戦力が振り向けられた戦いは過去に前例がありません」


「私を抜きにしても皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーが3人も参加しているというわけだ。文字通りの総力戦だな」


「はい。必ずや総統閣下に完全なる勝利を献上致します」


「期待しているぞ」


「御意。ところで、ウェストミンスター公が惑星ジュエルにて決起したとの事ですが、総統閣下は如何お考えでしょうか? このまま予定通りまずトラファルガー共和国を討ち果たしてからウェストミンスター公を討伐なさいますか?それともその逆の順か。もしくは兵力を分散させて同時侵攻か」


「それはあいつの成果報告を聞いてからだな。シャーロットをここへ呼べ」


 シャーロット・オルデルート。まだ18歳と若いながらもラプター系統の戦機兵ファイターを開発して量産化へと導き、今も改良を続けている銀河系でも指折りの技術者である。

 元々重罪人という経歴もあり、その身体は常に厳重に拘束されているが、今の帝国軍の技術部にとっては無くてはならない人材となっていた。


 しばらくして拘束椅子に座っている彼女が中央指令室にやって来た。

「久しぶりね、コーネリアス。色々と大変だったようだけど、大丈夫?」


 シャーロットの馴れ馴れしい口調に、ローエングリンのすぐ後ろに控える親衛隊長官ヒムラーや副官のボルマンは不満そうな顔を浮かべるが、当の総統本人は気にしていない様子である。

「問題無い。ところでギガンテス・ドーラの改良はどうなっている?」


「あなたが地球訪問で時間を作ってくれたおかげで最終調整まで完了したわ。これなら最大出力で発射する事も可能よ」


「よし。よくやってくれた。では決まりだ。ガウェイン提督、針路を惑星ジュエルに向けろ」


「はい、閣下。仰せのままに」

 ガウェインはその場で敬礼した後、すぐに指示を出すためにその場を離れる。


 その中、ローエングリンの傍にいる幕僚の1人が動揺した様子で口を開く。

「ま、まさか総統閣下は惑星ジュエルを……」


 幕僚の問いに答えたのはローエングリンではなく、副官ボルマン少佐だった。

「何を驚かれますか? 旧帝国の亡霊の巣と化した星など、もう帝国には必要ないでしょう」


「し、しかし、何もそこまでせずとも」


「そこまでの事をしなければ、新たな時代など夢のまた夢ですぞ。それともあなたはまた大貴族どもがのさばるあの頃に戻っても良いとお考えか?あなたの今の地位も総統閣下が築かれた新たな世だからこそ得られたもの。その事をよくお考え下さい」


「ボルマン少佐、口が過ぎるぞ」


 ローエングリンがそう言うと、ボルマンはまだ言い足りないという様子を見せつつも渋々引き下がる。


「惑星ジュエルは、今でこそやや荒廃してしまったが、かつては多くの富を生み出した星だという。旧帝国貴族の墓標には最適だろう」


 ローエングリンの指令を受けてニヴルヘイム要塞と帝国軍の大艦隊は針路を惑星トラファルガーから惑星ジュエルへと変更した。

 ニヴルヘイム要塞はその巨体故に、速力は民間船にすら劣るほど遅い。そのため、帝国軍の動きはトラファルガーからもジュエルからも手に取るように捉える事ができた。

 ウェストミンスター公はトラファルガー共和国に援軍要請を出しつつ、自分の下に集まった艦隊をジュエル付近の宙域に集結させて帝国軍を待ち構える。


 数日の航海を経てニヴルヘイム要塞はウェストミンスター公の艦隊の正面に堂々を姿を現し、旧帝国貴族の残党達にその威容を見せ付けた。


「いやはや。かつては帝国の政治と経済を思いのままに操ったウェストミンスター公の指揮する艦隊があれとは」

 ニヴルヘイム要塞中央指令室のメインモニターに映し出されたウェストミンスター公の艦隊を目にしたボルマンがそう言って笑いを堪える。

 今、メインモニターに映っている艦隊は、帝国軍や連合軍のような正規軍ではなく、ましてやデナリオンズ艦隊の残党ですらない。名門貴族達が私兵として抱えていた艦艇の寄せ集めに過ぎない。そのため、帝国軍では老朽化が進んでお役御免となった艦や民間に払い下げられて護衛艦として簡単な武装しか積んでいない艦などがほとんどであった。これはもはや艦隊というより武装商船の船団と言った方が良いだろう。


「如何致しますか? あの艦隊もどきの相手をされますか?」


 ボルマンの問いにローエングリンはまずは一笑で返す。

「その必要はあるまい。今、その艦隊もどきとやらとジュエル、そしてこのニヴルヘイム要塞は一直線上に展開している。つまり一撃で全てが片付くという事だ。ギガンテス・ドーラの発射用意。最大出力だ」


「はい、閣下! ……ギガンテス・ドーラの発射準備に入れ! 太陽反応炉アポロンリアクター12基を全て稼働させ、最大出力! 目標は惑星ジュエル!」


 ボルマンがオペレーター達に指示を飛ばし、中央指令室、そして主砲制御室が慌ただしくなる。

 やがてエネルギーの充填は完了したギガンテス・ドーラは漆黒の闇の中に太陽光の如き眩い輝きを放つ。

 解き放たれた膨大なエネルギーの塊は、今この銀河にある全ての戦艦の艦砲射撃を束ねたところで到底届かぬ規模と熱量を誇り、その奔流に晒されたウェストミンスター公の艦隊は一瞬にして光の中へと呑まれて宇宙の塵と消える。

 そして艦隊を駆け抜けたエネルギーの奔流はそのまま一直線に惑星ジュエルを直撃した。それは光の槍の如くジュエルの地表を貫き、星の中枢を目掛けて奥へ奥へとその硬い岩盤を抉り取る。ジュエルの地表には宇宙空間からでもよく見える大きな裂け目が幾つも生じ、ジュエルは内側から引き裂かれ、最後には木っ端微塵に吹き飛んだ。


 ジュエルに拠点を構えていたウェストミンスター公と大勢の旧帝国貴族達もジュエルと運命を共にした。

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