最高司祭と財閥解体

 帝国総統コーネリアス・B・ローエングリン公爵は、地球聖教より“最高司祭”という称号が贈られる事となった。

 これによりローエングリンは教皇の次点に置かれる立場となったが、引き替えに地球教皇庁が保有していた大企業の株式の一切を手に入れて、銀河中の経済界に確固たる地位を築き上げた。


 しかし、これは序章に過ぎない。最高司祭就任式が地球にて執り行われ、ローエングリンが地球を訪問した時に人々はそれを思い知らされる事となった。

 貴族連合の消滅で50年に及ぶ戦乱の時代に終止符が打たれたかと思いきや、一向に平和な時代は訪れず、臣民の間に不安が募りつつある情勢下。

 国教でもあり、銀河中に多くの信者を抱える地球聖教の権威を、ヘル政権の権勢に取り込むというのが主な狙いだったが、その一方でローエングリンの護衛に付けられた大艦隊の威容を銀河中に見せ付ける事で帝国軍とヘル政権の求心力を高めるという狙いもあった。


 ローエングリンは、地球訪問を終えた後、帝都キャメロットには戻らずにそのままトラファルガー共和国に向けて移動を開始したニヴルヘイム要塞と帝国軍の大艦隊と合流する予定となっている。トラファルガー共和国がこの隙を突いてローエングリンの命を狙う事も加味して、ローエングリンは何重にも罠を張っていたのだが、遠く離れたトラファルガーから手出しもできなかったのか、それは結局徒労に終わった。


 そして、この地球訪問時に、地球教皇庁が置かれている地球の聖都アース・シティの聖アース大聖堂にてローエングリンが行なった演説の一節が銀河中に衝撃をもたらす事となった。


「今、銀河帝国は大きな時代の転換期を迎えている。だがしかし、今も帝国の各所には旧体制の残党が鳴りを潜めているのも事実。以後はこれをヘルの名の下に1つに統一していく事になるだろう」


 そのまま受け取れば、トラファルガー共和国を滅ぼして帝国全土を平定するという風になるだろう。

 しかし、先日の地球教皇庁から大企業の株式を買い占めた話と絡めると、資産家の中にはローエングリン総統がかつてグリマルディ財閥の株を買い占めて経営権を奪い取ったように、他の大企業や財閥も掌握しようと目論んでいるのではないかと不安がる者が続出した。


 ローエングリンの地球訪問に同行したエフェミアは、数日に及ぶ式典を終えて地球で過ごす最後の晩に、宿所となっているホテルの居室にて、夫と共に紅茶を飲みながら、彼の真意を問い質す。と言っても、仮にどんな答えが返ってきたとしても、エフェミアには特にどうするつもりもない。あくまで夫の考えを知っておきたいという程度であった。


「明日にはあなた様は戦場へ。そして私は帝都へ戻ってあなた様の帰還をお待ちしています。ですがその前にあなた様のお考えを知りたいのです」


「ふふ。あなたは修道女というわりには非常に好奇心の強い方だな」


「それはあなた様に対してだけですよ。あなた様の事でしたら何でも知りたいのです」


「そう言われては答えないわけにもいかないな」

 ローエングリンは右手首に装着しているブレスレット端末を起動して1枚の3Dディスプレイを開く。その立体映像の画面をエフェミアに見せた。


「これは?」


「先刻、帝都のゲーリングから届いた知らせだ。とある旧帝国貴族が保有している株式を買い取ってもらえぬかという相談に来たというな。接収されるくらいなら金に変えつつ、少しでも私の心象を良くしようという算段なのだろう」


「なるほど。こうして貴族達が自ら株を手放すように仕向けたというわけですね」

 エフェミアが3Dディスプレイを右手の人指し指でスライドさせると別の画面が表示される。そこには同様にヘルに自身が持つ大企業の株を売却したいと言ってやって来た貴族に関する資料が表示された。


「かつて栄華を誇った帝国貴族が今は、自己保身のために地位も財産も売り込もうとするとは時代も変わったものだ。グリマルディ財閥の奪取から始まってヒムラーの大粛清で奴等はすっかり腰抜けになったらしい」

 そう言って楽しげに笑みを浮かべるローエングリン。


「ふふふ。それもあなた様の計画通りというわけですか?」


「ヒムラーは以前から過激な所があったからな。ある程度自由に裁量を震えるようにしてやれば、ああいう行動に出る事は容易に予想できた」


「悪い人ですね。部下をまるで玩具のように」


「ふふ。まあそう言うな。それに今回の事には教皇聖下にも一肌脱いで頂いたのだからな。教皇聖下が教皇庁所有の株を売り渡してくれたおかげで信心深い貴族などは聖下に倣う者も少なからず存在する」


「人の信仰心すらも利用するとは」


「私を軽蔑するか?」

 ローエングリンの妻になったとはいえ、エフェミアは教皇の孫であり、少し前まで修道院で過酷な修道生活を送っていた。そんな彼女にしてみれば自分の所業は許せるものではないだろうと思わないでもないローエングリン。


「いいえ。この人類社会を統べるにはそのくらいの強かさはむしろ当然かと」

 エフェミア自身、ローエングリンのやり口にまったく戸惑いを覚えないわけではない。しかし彼女はローエングリンが単なる権力志向が強いだけの残虐非道な支配者ではないという事を知っている。それもあってエフェミアにはローエングリンに対して不信感や嫌悪感などは芽生えなかった。


「それにしても、このような面倒な真似をしなくてもヘルの力で強引に株を買い集める事はできないのでしょうか?」

 帝国総統の妻としてエフェミアは政治や経済に関する知識・教養を日々必死に勉強している。しかし、これまでずっと俗世から離れた修道院で過ごしてきたために、ローエングリンのような独裁者がこのような回りくどいやり方をしている事に疑問を抱いた。


「できなくはない。私も最終手段としてはそうするつもりだ。財閥経営で帝国の経済界を牛耳る旧帝国貴族からその経営権を奪取し、全ての財閥を解体して国有化する。これでヘルは帝国の財界を完全に掌握する事ができる。だが、これを公権力を用いて強引に行なってしまうと経済の混乱を招きかねない。無論、どんなに穏便に進めたところで多少の混乱は避けられないだろうが、出血は極力少ないのに越したことはない」


「なるほど。ですが、それでしたらトラファルガー共和国を倒してからの方が何の気兼ねもなく改革を行えるのではないかと思うのですが?」


「確かにあなたの言う通りだ。しかし、こんな状況だからこそ目下の脅威に立ち向かうために挙国一致体制を築き上げるという理屈も通りやすくなる。トラファルガー共和国は臣民の不安を掻き立てて、ヘルが帝国を纏め上げるのに充分利用できる」


 楽しそうに語るローエングリンを見て、エフェミアは微笑ましく思う。そして彼との会話の中でローエングリンは政治や経済の話をしている瞬間が一番楽しそうだと感じ、彼は根っからの独裁者なのだろうと思うのだった。

 エフェミアがそんな事を考えている間もローエングリンの話は止まらない。

「ただ、トラファルガー共和国の存在が大きくなり過ぎてヘルの手に追えなくなる事態は避けねばならない。その点では今回の最高司祭は僥倖だったかもしれん。これで地球聖教の宗教的権威をヘルに取り入れる事ができたのだからな」


「お役に立てたようで何よりですわ」


「明日にはゲーリングがトラファルガー共和国と裏取引をしている疑いのある大企業に内々に株の売却を持ちかける手筈になっている。私が地球を発ち、トラファルガーに向かうとなれば、生き残るために私に屈する者もおろう。シザーランド元帥等が帝国の大企業と密かに通じている事は既に掴んでいる。残念ながら証拠を得るには至っていないがな。だが、そうして財界の力を旧帝国貴族から徐々にヘルへと移していき、頃合いを見て財閥を一気に解体する。その先に私の目指す帝国の姿があるのだ」


「その姿が1日も早く実現する事を私は常に祈っておりますわ」


 その時だった。ローエングリンのブレスレット端末から着信音が鳴り出した。

 こんな時間に誰だ、と思いながら通信回線を開き、ローエングリンの前に3Dディスプレイが表示される。そこ画面に映ったのは、画面越しとはいえ姿勢を正して敬礼をする副官ボルマン少佐の姿だった。

「総統閣下、お休みのところ、申し訳御座いません」


「構わん。で、何事だ?」


「は、はい。それがつい先ほど惑星ジュエルより銀河中に通信が発せられ、ヘルへの宣戦布告及びトラファルガー共和国への共同戦線の呼びかけが為されました。それを行なったのが旧ディナール財団理事長兼デナリオンズ運営委員会委員長であったリチャード・ウェストミンスター公爵なのです」


「ウェストミンスター公爵だと? あの俗物め。ついに姿を現したか」

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