故敵との共同戦線
モーデル艦隊及びマントイフェル艦隊を討ち果たし、アンダルシア星系に侵入した帝国軍を全て打ち破った
そして双方は、小型艇を出して両艦隊のほぼ中間宙域にて接舷。双方の指揮官はそこで直接会合に及んだ。
小型艇には要人同士が話し合える部屋はあるものの、そこは本来は広めに設けられた休憩所のような場所で話し合いの場としてはやや不適切ではという意見もあった。しかし、艦隊同士が接触していずれかが相手方の艦に乗り込むのはリスクが高過ぎるという意見が多数あったため、このような形式が取られたのだ。
小型艇同士の接舷部分にて対面したジュリアスとウェルキンは軍人らしく敬礼をして挨拶を交わす。もはや2人共帝国軍人でも連合軍人でも無いのだが、この場に相応しい挨拶の作法が存在しなかった。
「お初にお目にかかります、ジュリアス・シザーランドです。まずは御助勢に感謝致します」
「敵の敵は味方というだけの事。礼には及ばん。それにしても、戦場では幾度も砲火を交えてきたせいか初めて会った気がしないな」
そう言って歴戦の名将は気さくに笑う。
「本当ですね。ウェルキン提督に本当に何度も苦戦を強いられたものです」
「ふん。よく言う。貴官の、いや。ネルソン提督の頃から、貴官等が参加する戦場ではいつも私は負け戦であったわ」
「しかし、今回は違います。我等2人共今回は勝ち戦です」
「ふふ。確かにそうだな」
「ではこんな所では何なのでどうぞこちらへ」
ジュリアスはそう言いながら、ウェルキンを自分の小型艇の中へと案内する。
2人の指揮官は親し気に言葉を交わすが、彼等の後ろに控えている衛兵達は違う。相手に何か不審な動きがあれば、即座に上官を守り、相手を返り討ちにしてやろうと牙を立てていた。
ジュリアスがウェルキンを自身の小型艇に導こうとした時には、声を上げようとしたウェルキン提督の衛兵もいたのだが、寸でのところでウェルキン提督の後ろに控えていた副官ウィリマース大尉が制止する。
そしてウェルキンはジュリアスに案内されて、急ごしらえで用意された応接室で会談を始めた。
開口一番、ウェルキンは単刀直入に用件を述べる。
「我々の提示する2つの条件を呑んで頂けるのであれば、我々はあなたの指揮下に入る事を約束しよう」
「その条件とは?」
「まず我が艦隊の全将兵の身の安全の保障。トラファルガー共和国に市民権を与えて頂きたい。彼等には、もうこの銀河に居場所などいないのです」
貴族連合の崩壊以降、ウェルキン艦隊は辺境宙域を転々としながら帝国軍の目を掻い潜る日々を過ごしていた。
貴族連合が出した停戦命令を無視したウェルキン艦隊はもはや正規軍ではなく、武装したテロリストのような立場に陥り、今更帝国に投降したとしても、命の保障は無いだろう。
「ご心配なく。元より我が共和国は、味方してくれる者全てを受け入れる用意があります」
国力増強のためにジュリアス達は“来る者は拒まず”を基本方針としていた。まして貴族連合軍の最精鋭部隊ともあれば喜んで歓迎するというものだ。
「そのお言葉を聞いて安心致した」
「しかし、そう言われるという事はウェルキン提督には貴族連合を再建するおつもりは無いのですか?」
トラファルガー共和国は、とにかく生き残るために反ヘル勢力を悉く受け入れるという姿勢を取っている。だがそれは、自分達に臣従するという条件付きだった。
もしウェルキンに貴族連合再建の気があるのだとすると、旧帝国貴族やデナリオンズの残党との間に軋轢が生じるやもしれない。最悪、共和国軍が二派に分裂してしまうリスクすら抱える事になる。
「その点については断言する。私に貴族連合を再建する気など微塵もない。私も連合軍の軍人であり、また連合貴族の一員ではあったが、滅び去った連合の再建など無駄な事。元々銀河帝国と貴族連合の50年に及ぶ抗争は既に限界が見えつつあった。その隙を突いて銀河を掌握したのがヘル政権という事なのだろう」
「ではウェルキン提督は、このトラファルガー共和国で何をしようと言うのです?」
ここまでの話を聞く限り、ウェルキンの意思は部下達の身の安全にあるように思える。しかしウェルキンは最初に2つ条件があると言っていた。つまり、この2つ目こそがウェルキンがトラファルガー共和国を利用して成し遂げたい本心である可能性が高いとジュリアスは予測していた。
「戦争が終わり、連合が滅んだ今、もはやここまで私に従ってくれた将兵達の事だけが気掛かり。そう思った事もあった。だがやはり、どうしても死ぬ前にやりたい事がある」
「それは?」
「貴族連合をヘルと皇帝に売り渡し、自身は旧連合領の総督の座に収まっている男、ジュール・ベルナドット伯爵。あの者だけは許す事ができん! 何年掛かっても構わない。ベルナドットの命をこの手で取るのに協力してほしい」
「……」
私怨を晴らしたい。素直に聞けばそう取れるが、それは少し違うとジュリアスは感じた。これはウェルキンにとってけじめなのだ。貴族連合に捧げたこれまでの人生への。帝国軍との戦いに敗れたのではなく、内部の裏切り者によって滅亡したという現実に納得ができないのだろう。だからこそ、自分の手で裏切り者を討ちたいのかもしれない。
だがその一方でジュリアスの脳裏には、もしかしたらウェルキン提督はここに死に場所を求めてきたのではないか、という可能性も過っていた。
「多くの将兵の命を預かる身としては何とも情けない条件だというのは重々承知なのだがな」
ウェルキンは視線を下げて、やや自嘲気味に笑う。
「小官も似たようなものです。そもそもこの共和国自体が我が身大事さに作ったようなもの」
「巷では此度の戦乱は、ヘル党内部の派閥争いに端を発すると言われておりましたが、何か裏がありそうだな。いや。詮索をするつもりは無い。こんな時代だからな。色々とあるだろう。ところで私の望みは聞いてくれるのかな?」
ジュリアスは返答に迷った。ウェルキンが狙うベルナドット伯爵とは現在、惑星エディンバラに総督として身を置いている。このアンダルシア星系からは遠く離れた地であり、とても安請け合いはできない。仮に了承したとしても、自分達の身を守るだけで手一杯の現状では、いつ実現するかは分かったものではない。
「……」
険しい表情を浮かべるジュリアスを見て、ウェルキンはクスリと笑う。
「いやはや。シザーランド元帥はもう少し強かなお方かと思っていたが、存外生真面目なお人のようだ。あのネルソン提督の部下だっただけの事はある」
「え? ま、まさか私を試したのですか?」
「ふふ。勘違いされるな。そんなつもりは無かった。しかし、貴官が信頼に足る人物であるという事はよく分かった。私の個人的な望みは頭の片隅にでも置いて頂ければ結構。それよりも何卒我が艦隊の将兵を宜しく頼む」
そう言ってウェルキンは深く頭を下げる。
「あ、いや、こちらこそ宜しくお願いします!」
ジュリアスも慌てて頭を下げた。
こうしてウェルキン艦隊がトラファルガー共和国軍に合流した。これで共和国軍は、新たにヴァンガード級宇宙超戦艦2隻、マジェスティック級宇宙戦艦18隻、ペンシルベニア級装甲巡洋艦25隻を配下に収め、その武力は一気にも倍近くにまで膨れ上がった。
トラファルガー共和国は、帝国軍の侵攻を完膚なきまでに叩きのめして銀河中にその武勇を知らしめた。そしてさらに、かつての帝国軍と連合軍それぞれの最精鋭部隊が合流して1つの軍隊を組織した。これは戦略的には勿論の事だが、政治的にも大きな効果を呼ぶ。
もはやトラファルガー共和国は、過去の敗者達の寄り合い所帯ではない。ローエングリン総統のヘル政権を打倒しえる軍事勢力なのだと銀河中の誰もが認めざるを得なくなったのだ。
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