嵐に備えて

 シュタウフェンベルク伯爵の爆弾テロ事件からヒムラーの大粛清と、銀河帝国は大きな混乱の渦中にあった。

 今の帝国は、皇帝リヴァエル帝ではなくローエングリン総統という独裁者を中心に機能していると言って良い。しかし、ローエングリンを頂点に立てた政治結社ヘルによる支配体制は、この一連の事態で大きく揺れ動こうとしていた。


 ローエングリンの内諾を得たとはいえ、ヒムラーは巨大な警察権力を振るって大弾圧を強行した。これは実際にヒムラーが有している地位と権限を遥かに越える権勢ぶりを人々に印象付け、副総統ゲーリングを差し置いてヒムラーをヘルのナンバー2と見る者さえいたほどだ。


 ローエングリンが療養のために宮廷病院に入院して、表舞台に顔を出す機会が激減した事もあり、ヘル内部には閣僚や行政官を中心とするゲーリング派と軍部や警察機構を中心とするヒムラー派による対立が生じるようになった。


 この事態は、トラファルガー共和国のジュリアス達にとっては何よりの吉報だった。

 トラファルガー共和国と銀河帝国の国力、軍事力の差は凄まじいもので、今すぐに正面衝突したら確実にトラファルガー共和国に勝ち目は無いだろう。


 トラファルガー共和国大統領府の一角に設けられている大統領執務室にて3人の大統領はこの状況を最大限に利用する方法を模索していた。


「ヘルが内部分裂を起こすのなら、それは勿怪の幸いというものでしょう。しかし、私達が介入してどうこうなるものでもありません。ゲーリング派にしても、ヒムラー派にしても、私達はしょせん辺境の反乱勢力でしかないのですから」

 クリスティーナはそう述べる。いくら亀裂が生じたと言っても、それを抉るための手が無い以上、ただ見ているしかできない。下手に手出しをして失敗したら、せっかく分裂した二派が手を取ってこちらに敵意を向ける機会を与えてしまうリスクすらある。


「それは確かにね。でも、逃すには惜しい機会だよ。僕等に合流した貴族連合やデナリオンズの残党から伝手を辿って旧帝国貴族にコンタクトを、ってわけにはいかないかな?」


 現在、トラファルガー共和国には極少数ではあるが、行き場を無くして宇宙をならず者として徘徊していたような連中が集まりつつある。

 武装した軍艦や戦機兵ファイター、そして兵士を少なからず抱えた彼等が合流してくれた事は共和国軍の戦力を上げるのに大いに貢献している。しかし、余所者が続々と流入した事によって惑星トラファルガーでは都市部を中心に治安の悪化が目立つようになり、市民の反感を買っていた。

 その問題はひとまず置いておくとして、合流した彼等の中にはかつては高位の爵位を持ち高い権勢を誇った貴族もいるだろう。その貴族のパイプを介して帝都に残っている貴族と連携を取れないものかとトーマスは考えた。

 以前にローエングリン総統暗殺の報が公式発表よりも早く届いたのは、帝都に仲間が残って情報を流してくれたからだ。通信手段も完璧とは言えないが、ちゃんと確保できているのだから。


 しかしトムの考えはジュリアスによって否定される。

「難しいな。そもそも帝都の貴族は皆、あの大粛清で尻込みしてるだろうぜ。ただでさえ特権も奪われて気弱になっている貴族が俺達に協力してくれるとは思えない。それどころか帝都に残っている仲間が捕まっちまうリスクも高まるぞ」


「……確かにそうだね」

 ジュリアスの意見は尤もだと思いつつも、どこか残念そうにするトーマス。


「それより今回の大粛清でヘルに不信感を抱く連中はこの銀河に大勢現れたはずだ。彼等を味方に引き込む事ができれば良いんだが、結局戦力不足じゃ頼りにならないって思われるのがオチなんだよな」


「部隊編成の方はどうなってるの?」


「ハミルトン准将が中心になって進めてくれてるよ」


 共和国軍の実戦部隊は、突撃機甲艦隊ストライク・イーグルを主軸とした艦隊編成で進められる事が決まっている。具体的には突撃機甲艦隊ストライク・イーグルの3個艦隊はそのままに、新たに第4艦隊と第5艦隊が編成される。それもあり、かつて統合艦隊司令長官として突撃機甲艦隊ストライク・イーグルを指揮したジュリアスは、大統領職とは別に突撃機甲艦隊ストライク・イーグル司令長官という役職も兼ねて共和国軍の実戦部隊の最高司令官という立場を得ていた。


「数だけは何とかなりそうだが、正直、実戦で使い物になるかは怪しいところだな。そういえばトム、頼んでおいた件はどうなった?」


「どうなった、じゃないよ?何だよ、あの申請書は?ブラケット中佐が悲鳴を上げながら僕の所に来たから何事かと思って見てみたら」


「い、いや~。帝国軍の総侵攻に備えるには、あれだけの物が必要になるんだよ」

 後頭部をポリポリ掻きながら笑って誤魔化そうとするジュリアス。


「一体誰がお金を工面して用意すると思ってるんだい?」


「勿論トムしかいないだろう!」


 即答で丸投げされたトーマスは大きな溜息を吐いた。

「はぁ~。まったくジュリーは」


 2人のやり取りを見て、クリスティーナは思わず吹き出した。


「く、クリス?」


「何を笑ってるんだよ?」


「ふふふ。いえ。ただ、何だか昔にもこんなやり取りがあったなと思いまして。そう考えると、ジュリーはちゃんと私達へ帰って来てくれたんだなと実感できたような気がしたんです」


 クリスティーナの言葉を聞いてトーマスもクスリと笑う。

「確かにそうだね。ジュリーは無鉄砲で我儘で、とっても困った奴だけど、いつも明るく僕等をどこまでも引っ張ってくれる。それがジュリーだ」


「な、何だか、すごく貶されてるような気がするんだが」


「え?そんなつもりは無いよ。ジュリーがいなかったら今の僕はいないって話さ」


「ええ。そうです。私もジュリーのおかげでとても充実した人生を送れています。感謝していますよ」


 2人の優しい笑みを向けられて、ジュリーは小っ恥ずかしさから顔を赤くする。

「は、話が逸れちまったな!話を戻そう。とりあえず突撃機甲艦隊ストライク・イーグルの部隊編成と訓練はこっちで何とかするから。トム、申請した件は宜しく頼むぞ」


「うん。分かった。何とかしてみるよ」


「それと軍備面だけど、裏でアームストロング社と取引できないかなって考えてるんだけどどう思う?」


 ジュリアスが言った“アームストロング社”とは、銀河帝国最大規模を誇る軍需産業企業で、宇宙戦艦から歩兵用の光子剣フォトンサーベルまで製造している。かつてデナリオンズや貴族連合軍が使用した無人戦機兵ドローンファイター《スピットファイア》を開発したのもこの会社だった。

 かつてデナリオンズがアームストロング社から兵器を購入したように、自分達も兵器を購入できないものかと考えたのだ。


「確かに敗残兵を集めるよりは質の良い兵器を揃えられるでしょうが、問題は資金ですね。向こうも反逆者相手の商売となれば、それなりにリスクも伴いますし、こちらの足元も見てくる事でしょう」


「今のトラファルガーの経済力じゃお金の話になると厳しいかもね」


「いや。とりあえず1回でも完勝できるだけの軍備が揃えられれば良いんだ」


「どういう事だい、ジュリー?」

 トーマスが首を傾げながら問う。


「今回の大粛清で、ヘルの支配に少なからず恐怖心を持つようになった連中は大勢いるはずだ。そこへ帝国軍の大部隊を俺達が打ち破ったってニュースが銀河中に流れてみろ。資産家なんかは身の安全を確保するためにも挙って俺達に投資する事は間違いなしだ。1回投資させてしまえばこっちのものだからな。後は自動的に金が集まるようになるって事だ」


「んん。そんなにうまく行くのかな?」


「確かに少々虫が良過ぎる気がしますね」


 あまり乗り気ではない様子のトーマスとクリスティーナ。それも無理はない。そう簡単に行けば誰も苦労しないのだから。

 しかしジュリアスは2人とは違う考えを持っていた。


「いいや。分からないぞ。貴族連合もいなくなった今、帝国軍は徐々に軍縮の時代を迎える。そうなれば兵器発注は減少して結果、アームストロング社の利益は大幅に低下する。向こうだってそれは避けたいはずだ。それにアームストロング社にも旧帝国貴族の息が掛かっていてヘル政権下で立場を危うくしている連中はいるかもしれない」


 ジュリアスの言葉を聞いたトーマスは、腕を組んで難しい顔を浮かべると「確かに行けるかも」と前向きな考えを示す。


 一方、クリスティーナはまだ不安を拭い切れない様子だったが、もう反論するつもりは無かった。

「ジュリーは完全にやる気のようですし、どうせ私が何を言っても聞かないんでしょうね」


「お、おい、クリス、人聞きの悪い言い方は止めてくれよ」


「だって事実ではありませんか」


「うぅ」

 何も言い返せずにジュリアスは言葉を詰まらせる。


 するとクリスティーナがクスリと笑った。

「そんな顔をしないで下さい。ちょっと強引過ぎる方がジュリーらしくて良いですよ。それに何かあればトムが何とかしてくれますから」


「え? ちょ、ちょっとクリス! 何で僕1人に押し付けるのさ!」


「トム! 宜しく頼むぞ!」

 悪戯っ子のような笑みを浮かべてジュリアスが言う。


「じゅ、ジュリーまで。はぁ~。まったく2人して!」

 大きく溜息を吐いたトーマスは、ジュリアスとクリスティーナの二人に目をやると途端に笑い声を上げる。

 それに釣られるようにジュリアスとクリスティーナも無邪気に笑った。

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