喪失

 時は少し遡る。

 帝都キャメロットの軍令部にて開かれた最高幕僚会議。

 トラファルガー共和国討伐について議論するために帝国総統ローエングリン公爵の名において開かれたこの会議は、皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーと帝国軍大将数人が出席していた。


 この会議に出席した大将の1人マイケル・シュタウフェンベルク伯爵は、旧帝国貴族の復権のために、いざとなれば自爆も覚悟で爆弾を仕込んだ鞄を持参している。


 今ここには総統ローエングリンだけでなく、帝国全土の警察機構を掌握しているエアハルト・ヒムラー上級大将もいた。纏めて始末できれば、ヘルは求心力だけでなく、治安維持能力も失われるだろう。

 シュタウフェンベルクの爆弾テロが成功したら、すぐに同胞の貴族が私兵を率いて決起する計画となっている。その成功率を上げるためにもローエングリンとヒムラーは何としてもここで始末しておきたいとシュタウフェンベルクは考えていた。


 この会議室に入った時点で、計画はほぼ成功と言って良い。そうシュタウフェンベルクは考えていた。鞄の中に仕掛けてある爆弾は、この部屋を吹き飛ばすのに充分な火力を有している。そしてこの会議室は窓が1つも無い密閉された空間。爆発の衝撃が外に逃げる心配は無い。


 会議が始まって約10分程が立った頃。

「現在、惑星トラファルガーの周辺星系に駐留している艦隊を掻き集めてトラファルガー包囲網を構築しようと動いております。しかし、それには数が不足しています。突撃機甲艦隊ストライク・イーグルが相手となると、中途半端な戦力では太刀打ちできますまい」


「同感ですな。大兵力を動員して包囲網を形成。総攻撃を仕掛けて一気に攻め落とす。それが妥当でしょう」


 会議の流れは、戦力を用意できるまでは慎重に事を運ぶべきという意見が多かった。

 そんな中、事態は急速に動き出す。

 シュタウフェンベルクが左手首に巻いているブレスレット端末に着信が有り、バイブ機能が作動した。それを見たシュタウフェンベルクは席を立ち、皆に敬礼をしてその場から早々に立ち去った。

 一見すると、緊急の知らせがあったのだろうとしか思わないだろうが、この会議室でただ1人、シュタウフェンベルクの挙動に不信感を抱いている人物がいた。


 それはローエングリンの奴隷エルザである。

 彼女はこの会議室でシュタウフェンベルクを最初に見た時から違和感を感じていた。そして会議が進む毎にその違和感はより強固なものとなる。

 その要因は彼の視線だった。エルザは、シュタウフェンベルクが妙に周囲の視線を気にして頻繁に周囲の顔色を窺うような視線を周りに送っている事に気付いていた。


 新米の大将であれば、彼が顔色を伺うべきは帝国の独裁者ローエングリン1人のみであろうに。そして今、着信を受けてシュタウフェンベルクが退席した事が彼女の違和感を不信感へと発展させた。

 ローエングリンの心象を悪くする事は身の破滅に繋がりかねない。それ故にこの会議に出席する者は皆、着信音すら出ないように会議中はブレスレット端末の電源を落としている。にも関わらず、シュタウフェンベルクは電源を落としていない。それどころか、先ほどまで周囲の顔色を窺っていた彼が嘘のように、すぐに電話に出るべく会議室を後にした。


 そう考えた上で、シュタウフェンベルクが鞄を持参していた事を思い出すと、エルザは何とも言えない不安が脳裏を過る。


「ご主人様、少しだけ失礼します」

 ローエングリンにそう耳打ちをし、、エルザは主人の傍を離れる。

 シュタウフェンベルクの席まで来ると、周囲の目も気にせずに席の傍に置いてある、シュタウフェンベルクの鞄を手に取ってその中を確認した。


「んな!」

 鞄の中に入っていた爆弾を目にした瞬間、エルザは絶句した。

 そしてそれが時限式で、もうあと数秒後に爆発すると知った時、彼女は考えるよりも先に身体が動いた。


 鞄を出入り口の扉の方へ、つまりローエングリンから最も離れた方向へ投げ捨てた。

 それから数秒後、体感的にはほぼ一瞬と言っても良いかもしれないが、鞄の中に入っている爆弾が爆発した。



 ─────────────



 エルザが鞄を投げた。

 次の瞬間、ローエングリンの視界は真っ白になる。それから数秒間の記憶は無く、彼が気付いた時には会議室の天井を見つめるように横に倒れた状態だった。

 爆発の衝撃で身体の節々は痛むが、幸い大きな外傷は無いらしい。そう思ったローエングリンは、身体を起こそうとする。しかし、自分の身体の上に何かが乗っている事に気付き、それを目をやった時、ローエングリンは絶句した。


「なッ! え、エルザ?」


 ローエングリンの身体の上には、エルザが力なく横たわっていた。彼女の背中には、爆発で吹き飛ばされた机や椅子の破片が無数に突き刺さっている。傷口からは大量の血が流れ、エルザの顔からみるみるうちに血の気が退いていく。

 エルザは自分の身体を盾にする事でローエングリンの身を守ったのだ。


「ご、ご主人様、お怪我は、ありませんか?」


「あ、あぁ、お前のおかげでな。それよりも」

 ローエングリンはすぐに起き上がってエルザの背に刺さった破片を抜き取り、止血を行おうとした。

 しかし、それを阻んだのはエルザ自身の両手だった。ローエングリンの上に乗ったまま彼女は残る力の全てを出し切って、両手をローエングリンの背に回して彼を抱き締める。


「私は、もう助かりません」


「……」

 ローエングリンはエルザの言葉を否定できなかった。彼女の顔色が、目に宿る生気が、もはや生者のものではなかったからだ。


「ずっと、こうして欲しかったです。ご主人様に、抱いてほしかった。ご主人様はチキンさんですから。とうとう私から来ちゃったじゃないですか」


「……ば、馬鹿。会議中に主人を襲う奴隷があるか」

 それは銀河帝国の独裁者とは思えないほど弱々しい小さな声だった。


「ふふ。では、そんなオイタをする奴隷をどうなさいますか?」


「罰してやるさ。お前はこの先、未来永劫ずっと私の奴隷だ。解放などしてやるものか。お前なんか、お前のような唯一無二の奴隷を、誰が手放してやるもんか。お前の身体、お前の処女、お前の命、全ては永遠に私の物だ」

 ローエングリンの両手は、エルザの身体をしっかりと抱き締めていた。もう2度と放すつもりは無いかのように、力強く。


「あぁ、ようやく、ご主人様が、私を……」

 彼の腕に抱かれる感触を、彼の肌の温もりを感じると、エルザは残る力を振り絞って微笑んだ。

 やがて彼女の両目が閉じ、ローエングリンを抱き締める両手から力が失われた時、ローエングリンは堰を切ったように両目から涙を流す。

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