総統、死去!?

 トラファルガー共和国大統領府。かつては惑星トラファルガー行政府庁舎と呼ばれていたここは、白亜の宮殿を思わせる純白の建築物だった。

 その純白の建物は一見美しくも見えるものの、その作り自体はシンプルなためかは訪れた来訪者からは平凡な印象を持たれやすいという妙な形で注目を集める建築物でもあった。


 この建物の一角に設けられている大統領執務室。

 ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人が政務と軍務を行なう場所で、この部屋の中央には円卓が設置され、3人の大統領はこの円卓を囲うように座ってデスクワークに勤しんでいる。


 ジュリアスが空腹感を覚え出し、そろそろ昼食にしようと言おうかと思っていた頃。それを妨げようとするかのような事態が起きる。

 慌てた様子で帝国軍の軍服を身に纏った、腰まで真っ直ぐ伸びる水色の髪をした可憐な15歳の少女が駆け込んだ。彼女は数日前にトラファルガー共和国と合流した突撃機甲艦隊ストライク・イーグルに同行して帝都キャメロットを脱出したエミリー・ブラケット中佐。かつては軍令部にてトーマスの副官を務めていた少女である。トーマスを心より尊敬し、密かに恋心まで抱いていた彼女は、上官にして思い人であるトーマスを追って反逆者の汚名を甘んじて受ける覚悟を決めたのだ。

 突撃機甲艦隊ストライク・イーグルの帝都脱出の際には軍令部の端末から情報攪乱を行なって、影からその脱出をサポートするという実績を立てていた。


「ご、ご報告します! て、帝都に残っている同志より緊急通信です!!」


「ちょ、ブラケット中佐、少し落ち着いて。ほらまずは深呼吸をして」

 その異常な慌て様に、トーマスがまず落ち着くよう促す。もはや帝国軍人ではないというのに、今だに“中佐”と呼ぶトーマス。これはトーマスの生真面目さに起因するものではなく、トラファルガー共和国軍の軍組織が完成し切っておらず、便宜上帝国軍時代の階級や上下関係がほぼそのまま継続して用いられていた。

 トーマスは席を立ち上がり、執務室の端に設置されている給水機でコップに水を注いでブラケットに渡す。


「あ、ありがとうございます」

 よほど喉が渇いていたのか、ブラケットは受け取った水を一気に飲み干してしまう。

 そして喉を潤したブラケットは姿勢を正して改めて報告を行う。

「帝都にて爆弾テロが発生し、ローエングリン総統が死去したとの事です!!」


「え?」

 あまりに予想外の報告にトーマスは絶句した。


「「……」」

 ジュリアスとクリスティーナは自分の耳を疑って言葉すら出なかった。


 帝国総統ローエングリン公爵の死。それはこれまで3人が練ってきた戦略を根本から覆しかねない事態。指導者であるローエングリンがいなくなれば、ヘル政権は少なからず動揺するだろう。そこを突けば、この絶体絶命の状況の改善、うまく行けば講和の道も見えてくるというものだ。


「と、とにかく、まずは真偽の確認です。もっと情報を集めて下さい」

 しばらくの沈黙の後、クリスティーナは冷静な判断の下に指示を飛ばす。


「は、はい! 了解致しました、閣下!」

 ブラケットは敬礼した後、大統領執務室を後にする。


 執務室に残る3人はこの事態をどうすべきか頭を悩ませた。


「ったく、まさかこんな事態になるなんてな」

 ジュリアスの言葉が沈黙を破る。


「きっと僕等の行動に触発された旧帝国貴族の仕業だね」


「おそらくはそうでしょうね。いくら旧貴族の力が衰えたとはいえ、この帝国に張られた根は深い。それを利用して勢力を盛り返そうと考える輩は大勢いたでしょうから」


「あとはヘルに対抗できる武力が必要で、俺達はそこを当てにされたってわけか? 何か癪に障るな~」


「でも、これで僕等の状況はかなり良くなるはずだよ」


「そりゃそうだけどよ」


「この際はトムのように割り切る方が懸命ですよ、ジュリー」


「ん、んん。じゃあそう思うようにするよ」


 そんな気持ちの持ち様はともかく、3人は早急にこの事態にどう対処すべきか話し合わねばならなかった。

 トーマスが席に戻り、円卓に集った3人の大統領が今後の事についていざ話し合おうとしたその時。


 グウウウ~


 執務室の中を、豪快なお腹の虫が駆け抜ける。

 トーマスとクリスティーナは迷わず、ジュリアスに視線を向けて、ジュリアスは隠す素振りも見せずに笑いながら後頭部を掻いた。


「いや~悪い悪い。そろそろお昼だしよ。会議は良いんだけど、その前に何か食わないか?」


 この緊急時に何を呑気な事を、と思うトーマスとクリスティーナは、お互いに相手の顔を一目見ると同時に吹き出す。

「ふふ。そうだね。僕もお腹が空いてきたから、そうしようか」


「ええ。ジュリーは空腹など思考力が1割にまで下がってしまいますかね」


「お、おい、クリス! 1割は言い過ぎだろ!」


「まあまあジュリー、本当の事なんだから、落ち着いて!」


「ったくトムまで! 2人して俺を大食漢みたいにッ!」


「「だって大食漢だから」」

 トーマスとクリスティーナが口を揃えて言い放つ。


「うぅ。……ま、まあ、それは置いておいて早く飯を食べに行こうぜ!」


 こうして3人の会議は執務室ではなく、食堂で行われる事となった。


 共和国大統領と言っても、しょせんは反乱勢力の首領のようなもの。彼等の食事は三元帥マーシャル・ロード時代に比べるとかなり質素なものになっていた。帝国軍との戦いがもし長期化したなら、食糧不足になる事も容易に想像できる。そこで彼等は自ら率先して食事の量を減らして節約に努めていたのだ。


「ローエングリン総統が死んで、確かにヘル党内部には混乱が起きるだろう。でも、副総統のゲーリングが党を纏めて政権を安定させようとするはずだ。だからその前にこっちから打って出て、帝国軍に強烈な一撃を加えてやるのが良いと思う」


 話している内容は至って真面目なのだが、口一杯に肉を詰め込んでのジュリアスの台詞に、トーマスとクリスティーナはついつい吹き出してしまいそうになる。


 それを必死に堪えながら、クリスティーナはナプキンで口を拭う。その動作はとても優雅で貴族の令嬢らしいお淑やかさを感じさせた。

「ジュリーの言う事も分かりますが、下手に戦端を開いては却って落し所を見失うのではないでしょうか? 総統が死んだ以上、ヘルはこれまで以上に政権維持に奔走するはずです。むしろ今こそ和平交渉を行う好機では?」

 このような事態に陥った以上、何とか穏便に済ませたいという思いが芽生えるクリスティーナ。


 しかし、その意見にトーマスは難色を示す。

「ヘルが政権維持に奔走するなら、むしろ僕等を討ち果たして、力を銀河中に誇示しようとするんじゃないかな?だとしたら、ジュリーの言う通り敵が態勢を整える前に攻撃を仕掛けた方が良いと思うな」


「確かにトムの言う事にも一理あるかもしれません。ですが1度、事を構えてしまえば、向こうも負けたままでは終われないと考えるかもしれません」


「それを言うなら、俺達はそもそも皇帝暗殺未遂犯だ。ヘルとしては何としても討ち取りたい相手だろうよ」


「……確かにこのまま穏便にというわけにというのは虫が良過ぎますね。しかしこちらから攻撃を行うと言っても具体的にはどうするのです? 下手に動いてはそれこそ敵の思う壺です」

 クリスティーナもジュリアスとトーマスの先制攻撃案をひとまず受け入れたものの、それでも慎重な姿勢には違いなかった。


「今、帝国軍は艦隊を展開してこの星系を包囲しようとしている。だけど、まだ包囲網が完成したわけじゃない。そこで包囲軍の各艦隊を各個撃破してやるのさ」

 ジュリアスが自信満々の笑みを浮かべながら言う。

 突撃機甲艦隊ストライク・イーグルは機動力重視の艦隊であり、こういう機敏な戦術は得意分野だった。そもそも突撃機甲艦隊ストライク・イーグルはジュリアスの一見無謀な作戦を実行するために創設された艦隊と言っても過言ではない。


「簡単に言うけど、そううまく行くかな?」


「問題無いさ。帝国軍の動きはどういうわけか異常なくらいに遅い。だから包囲軍の各艦隊の動きはバラバラで、連携も皆無。付け入る隙は充分にある。それにいざとなったら、トムの出番だ!」


「ぼ、僕?」


「ああ! パールライトを奇襲した時やバルバロッサ作戦の時みたいに通常航路を外れて新航路をトムに設定してもらえば楽勝さ!」


「あ、あれすっごく大変な作業なんだよ。そりゃいざとなったらやるけど、最初から当てにするのは勘弁してほしい」


「大丈夫だ! トムならやってくれると信じてる!」


「まったく君はいつも勝手なんだから」

 陽気に言ってのけるジュリアスにトーマスは呆れる。しかし、口で言うほど嫌そうな顔でもなかった。むしろいつも通りのジュリアスで安心している気持ちすらトーマスにはあった。


 その時だった。

 食堂に、ブラケット中佐が現れる。昼前と同じく酷く慌てた様子で。

「はぁ、はぁ、はぁ。ご、ご報告致します。帝都の同志より再度の緊急通信です!」

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